第9話

 意外に落ち込んでしまった。

 自分自身がマイノリティだから、誰かを差別することはないと思っていた。

 だけど結局わたしも、自分の「普通」を人に押しつけて生きているのかもしれない。


 ひとりが好きだ。

 だけどときどき、だれかの存在を目の前や隣じゃなく、背中にそっと感じたくなる。


 美味しいものを食べても、綺麗な夕焼けを見ても、おもしろいことに出くわしても、それに感動する自分がどこか空虚で白々しく感じる。


 同じような明日が来るのが嫌で、それでもやり過ごすしかなくて、生きていることすら惰性に思える。


 それはぜんぶ、恋する気持ちを知ってしまったせいだ。


 人の存在を受け入れることができ、相手にも受け入れてもらえているという安心感。


 いっしょに食べたら何だって美味しくて、どんな景色も思い出になって、辛いことだって笑い飛ばせるんだってこと。


 新しい一面を発見したり思いが深まっていって、毎日眠るのが惜しく、起きるのが楽しみになること。


 諦めた今でも残り香のようなものが漂って、懐かしく思い出してしまう。


 いっそ、人を好きにならないのならよかった。孤独だけを望んでいれば、今の自分でも満足できていたはずだ。


 今だって気持ちを必死でおさえている。

 わたしの恋は幸せなゴールを迎えたことがないし、これからも無理だと諦めていたのに、またこりずに恋をしている。

 自分の中の冷静な部分が、鋭く目を光らせて問い詰めてくる。


 まだ会ったこともない人を本気で好きになるだろうか。

 友愛を恋愛と勘違いしているだけではないか。

 そもそも、同性を恋愛対象とする人間だという自覚もないのに、女性を好きになっていいのか――。


 まるで、恋をしない言い訳のように。

 恋なんかしていないと言い張るかのように。


 恋愛ってこんなに難しかっただろうか。もっと単純に「好き」と思うだけのものだったはずなのに。

 セクシャルマイノリティだと気づき、そのレインボーカラーの中でもどんな色に身を置けるのか分からないでいるうちに、人を好きになることすら忘れていた。

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