第4話 2人で作った2種のつけ汁そうめん

「え~~~~!?せっちゃんも豚バラ買ってきたの!?」


「おう。安かったら買うだろ」


 今日も今日とてサービス残業でフラフラ。寒くて長い駅からの道をなんとか歩いて帰ってみると、さっき立ち寄ったスーパーで見た特売の豚バラを切る恋人のエプロン姿が見えてつい叫んでしまった。まあ、安かったら買うよね。


「私も買っちゃったよお」


「別に豚バラなんてどんだけあっても困んねえよ」


「そうかもだけど……」


 ん、と伸ばされた無骨な手に、持っていたビニールを渡す。もちろんこの中には特売の豚バラ。あとは、こちらも安かった油揚げ。あとなんとなく買ったカレールー。せっちゃんは中身を確認すると、何度か頷いて袋を置いた。あれ、冷蔵庫にしまわないんだ。


「でかしたあんず!もう一種類つけ汁作れるぞ」


「つけ汁……?今日のご飯なに?」


「そうめん」


 そうめん、ともう一度繰り返す。そうめんって夏の食べ物じゃなかったっけ。めんつゆにつけて食べると美味しいあれだよね?不思議に思いながらも、さっき切っていた豚バラを長ネギと炒めるせっちゃんの横に、そうめんの袋が見えた。


「ハルがいっぱいくれたんだよ。また買いすぎたらしい」


 ハルくんはせっちゃんの高校からの友達で、たまたま同じ会社に就職したと思ったらこれまたたまたま同じマンションに住んでいた人。あとめちゃくちゃ美人の彼女がいる。私にとってはまだその程度の認識だけど、たまに作りすぎたから、とお裾分けしてくれるおかずはどれも美味しい。だからたぶん良い人。


「今日はそうめんパーティーだな」


 せっちゃんが上機嫌にそうめんを茹で始める。とりあえず手でも洗ってこようかな、と上着を脱ぐと、目の前で黒いスウェットの袖がずるずると落ちていくのが見えて、慌てて両手でたくしあげた。悪い、と笑う至近距離のせっちゃんに、思わずうっ、と声が出た。好きな顔過ぎる……。


 せっちゃんと私は、幼稚園からの幼馴染。でも、付き合い始めたのは本当に最近の事。


 幼稚園の頃から親同士が仲良しで、よく2人で遊んでいた。かっこよくて優しくて、勉強ができて食べ物の好き嫌いがなくて、あと運動もできてケンカも強かったせっちゃん。好きなところなんてあげていけばキリがないけど、小さなころから私の大好きな人。でも、中学からはお互い別々の学校に通い始めて、疎遠になってしまっていた。


 再会したのは小学校卒業から10年以上経った同窓会だった。特別友達が多いわけでもないのに、もしかしたら会えるかも、と期待して参加したその飲み会に、思惑通りせっちゃんはいた。そこからは自分でも驚くほどのアプローチをして、1年の歳月をかけてお付き合いにまで持ってきたという流れ。あの時、同窓会に参加して本当に本当に良かったと今でも思う。


 あとから聞けばせっちゃんも私のことが忘れられなかったなんていうのは、最近本人から聞いた事実。ああ、私今幸せだなあ。にやにやしちゃう。


「俺つけ汁もう1つ作るから、杏こっちやって。豚バラとカレールー……あと油揚げも使って良い?」


「……そうめんだよね?」


「そうめんです」


 髪をまとめてエプロンをして、キッチンに戻ると、3口あるコンロがフルで使われていた。お互い料理は得意というわけではないけど、2人でする料理は悪くないな、と思うようになったのもここに越してきてからだ。


「豚バラ炒めたらだし汁、しょうゆ、みりん、カレールーな」


 スマホに表示されたレシピを私に見せながら、フライパンでネギを炒める。そこに水を加える音を聞いていたら、早く!と怒られた。


 というかそうめんでカレールー……?カレーつけ麺みたいなことなのかな。豚バラが鍋底にくっつくのを剥がしながら、なんとか炒めて調味料と水を入れた。一欠だけ入れたカレールーがどろりと主張し始めた頃、油揚げを入れて軽く煮込み、火を止める。


「たぶんできたよ」


「よし、じゃあ俺持ってくから座ってて」


 サンキュ、と鍋の持ち手に手がかかる。本人は何も考えてないかもしれないけど、せっちゃんのこういうところが好きなんだよなあ。


 リビングに行くと、私がすることなんて何もなかった。ただ座るだけになっている状況にいたたまれなくなって、なんとなくその場でそわそわと立ったまま、テーブルの中央に置かれた大皿、その中に泳ぐそうめんを見つめる。夏にしか目にしないはずの白いそれが、きらきらと照明を反射していた。


「はいおまたせ」


 カレーの香りが近付いてきたと思ったら、4つの小さな器が湯気を上げながらテーブルに運ばれてきた。私の方に2つ、せっちゃんの方に2つ。器が置かれて、私達も食卓につく。


「大量そうめんと2種のつけ汁パーティ」


「ほんとだ、パーティだね」


 器にそれぞれ入った色の違う2つの液体は、片方は豚バラとネギのつけ汁、もう片方は出汁の香りがするカレーつけ汁だった。どちらも豚バラがちらりと顔をだし、美味しそうな脂が浮いている。あまりの美味しそうな様子に、それらをじっと見つめていると、ごめんどっちも豚バラ入れちゃった、とせっちゃんが笑う。


「いただきます」


「おかわりあるぞー」


 では遠慮なく、と手を合わせて、まずは豚バラとネギの方にそうめんを入れてみる。底の方をかき混ぜながら浮上させると、少し焦げ目の付いたネギと、ふわふわの油揚げが一緒についてきた。構わず口に入れると、お肉の脂がそうめんに絡んで美味しい。


 待ちきれずにカレーの方にもそうめんを入れて、掬う。とろみのある茶色がお肉を連れてきて、いつものカレーとはまた違う、出汁のきいたカレーうどんのような和風の味がした。


「美味しい……」


「それは良かった」


 お腹が空いていたこともあって、瞬く間にそうめんはなくなり、お互いに足りなかったので追加で茹でようと席を立つ。


「座ってていいぞ」


「やだ。私も手伝いたい」


 上手じゃないかもしれないし、足も引っ張るかもしれないけど、あなたと一緒に作る料理が、私にとって一番美味しいご飯なの。

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そうめん一緒に食べようよ @kura_18

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