第3話 リモート肉みそ温玉そうめん

 なんだか寒いな、と思ってPCから目を離したら、電気ヒーターの電源が落ちていた。良く見れば、加湿器も空気清浄機も電源が落ちている。おそらくブレーカーが落ちたのだろう。昼間は明るいからと部屋の電気を点けていなかったので全く気が付かなかった。


 ブレーカーを上げて仕事部屋に戻ってくると、部屋の外はもうすっかり夜だった。いつの間にこんなに時間が経過していたのだろう。そういえばお腹も空いた気がする。とりあえずカフェオレでも淹れるか、と考えていたところで、PC画面の右端に小さな通知がきているのが見えた。


「ハローみすずさん。今大丈夫?」


「うん。大丈夫」


 通知をクリックして通話アプリを開くと、待ってましたとばかりに画面に現れる見慣れた顔。こちらに手を振る黒のパーカーに、つられて私も手を振り返す。


「なんか暗くない?部屋」


「ああ、うん。昼間明るかったから電気点けてなくて」


「……ねえ、今20時なんだけど」


「え、ほんとだ」


「ま~た仕事してて気付かなかったんでしょどうせ!」


 不健康!仕事人間!大概にしてよねもう!と呆れた声が耳につけたイヤホンから次々に飛んでくる。確かにそうだし、返す言葉が見つからなくてとりあえず笑ったら更に怒られた。大河たいがは私のお母さんみたいだ。


 3年前、私がまだ今のように在宅ではなく、オフィスメインで働いていたとき、取引先として出会った大河の第一印象は、無気力な今どきの青年、といった感じだった。その頃既にフリーのデザイナーとして活躍していた彼が、実はこんなに世話焼きなことを知ったのはそこから数か月先のこと。


 付き合いだして数年経って、未だ1ヵ月に数回は出社しなくてはならない私の会社の都合で遠距離になってしまった今も、こうして毎日欠かさず連絡をくれる彼のことを、確実にあの頃より愛おしく思っている。そんなこと、本人には言えないけれど。


「あのさ、先週家行った時、ひき肉と調味料買っておいたから冷凍庫と冷蔵室見て」


 言われるまま冷蔵庫を開けると、確かに見覚えのない食材たちがぎゅっと収まっていた。自分1人では買わないであろうそのチョイスに、少し驚く。いつの間に買って、そしていつの間に冷蔵庫に入れたのだろう。


「色々あるね」


「そこから豚ひき肉と味噌、にんにくチューブ出して」


 はいはい、と食材を取り出して、キッチンに持ってきた。これはもしかして……。


「まさか、私に料理させようとしてる?」


「大丈夫。料理と言う程難しくないから」


「やっぱり……」


「めんどくさがらない!」


 はあ、とため息をつくと、イヤホンからお小言が飛んでくる。いつもコンビニ弁当か、もしくは何も食べないことが多い私にも、調理スキルは必要だとは大河の弁。今はコンビニだって栄養バランス考えたお弁当とか出してるよ、と言ってもこれだけは聞き入れてくれなかった。私にとってはさほど重要ではない食事も、大河にとっては相当重要なミッションのようだ。


「みすずさん包丁とか使えないだろうから、レンジだけでできるやつにしたから」


「えー……」


「はいじゃあレンジでチンのご飯!」


 気乗りしないが、私の為にやってくれていることだし……と思うと強く断ることができず、キッチンの棚の中からレンチンご飯を探す。あれ?ストックないかも。ご飯の代わりに、そうめんはたくさんあるけど。


「ご飯ないや。そうめんはあるけど」


「そうめん?」


「昨日マンションの同じ階の人がくれたの。買いすぎたから、って」


 3つ隣の向井さん。の、彼女さん。いつもピシッとスーツを着こなすキャリアウーマンといった感じのかっこいい女性。ゴミ出しのときに顔を合わせてからなんとなく話すようになって、今では良いご近所付き合いをしている。昨日はエレベーターで一緒になって、もし良かったら、とそうめんを手渡されたのだった。


「うーんじゃあそうめんでいいや。みすずさん、お湯くらい沸かせるでしょ?」


「沸かせますけど」


 私だって一人暮らしをして長い。お湯くらいたまに沸かす。少しむっとした言い様に、大河がごめんごめんと笑った。


「お湯沸かしてる間に、タッパーにひき肉入れて」


「入れた」


「そしたらごま油、味噌、砂糖、鶏がらスープの素、あとにんにくチューブ入れて」


「どのくらい?」


「俺いつも適当だからなあ。みすずさんが良いと思うくらいかな」


「ねえ、ちゃんと教えてよ」


 調味料を集めながら文句を言うと、また大河が笑った。正しい分量を聞いてタッパーに入れ、レンジで2分温める。一度取り出して、少し混ぜてから更に1分。これだけですごく良い香り。あとは茹でて冷水で洗ってあったそうめんと一緒に皿に盛りつけ、ラー油を垂らしたら出来上がり。お気に入りの青い陶器のお皿に盛り付けたら、私が作った割にはしっかりした料理に見えた。


「できた」


「まだだよ~?仕上げに、冷蔵庫の卵入れるところ見てみて」


 もう一度冷蔵庫を開けると、ドア側の小さいポケットに私の大好物が鎮座していた。


「温玉だ……!」


「そう。それ割って上にのせて」


 4個入りパックから卵を1つ取り出し、お皿の一番上に割り落とす。ぷる、と少し震えたそれは、滑り落ちずに真ん中に収まった。


「肉みそ温玉そうめんできあがり~」


 どうぞ、という大河の声にいただきますで返事をして、箸を滑らせる。まずはそのまま。つるつるのそうめんと、にんにくのきいた肉みそがすごくあう。そして中央でぴかぴか光る温玉に箸を入れ、流れ出る黄色い液体と混ぜてもう一口。さっきとはまた違う、肉みそとまろやかな黄身が混ざった濃厚な味がした。


「美味しいね」


 仕事用の机から声がして、慣れない料理をしていたせいでほとんど忘れていたPC画面の方に目を向けると、同じように肉みそそうめんをすする笑顔。皿を持ち上げ、してやったり、と笑うその顔に、思わず私の口元も上がる。


「料理も悪くないかも」


「でしょ?これからはちゃんとご飯食べてよね」


「大河が一緒ならね」


「ま、まあ良いけど」


 早く食べなよ、と照れて赤くなったその顔を見ながら、そうめんをもう一口すすった。










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