いつかどこかの世界の話
猫の手
情報商材
資本主義
労働者が労働力の価値に相当するものを生産し、余剰労働を資本に充当した時点を超えた労働は、絶対的剰余価値の生産である。それは「資本家システム」の一般的な土台を形成し、相対的剰余価値の生産の出発点となる。
— 『資本論』、(カール・マルクス、フリードリヒ・エンゲルス)
私の名はたかし、間もなく大学を卒業し社会人としてこの資本主義の大海原を一匹の人間として泳いでいくこととなる。そして僕は他の人間とは違うある大きな選択をした。
僕はどこにも属さず、独りの力のみでこの大海を60年そこいら泳ぎ切ってみせるのだ
周りの人間は笑うだろう。しかし、これが本来一番効率がいいはずなんだ、会社に属すれば、自分が生産した資本は会社のものになる。
ひいては、それは社長や幹部の懐を温かくするにすぎず、ヒラの人間のもとに返ってくるのは自分が生み出した価値からその会社への寄付を除いた分だけしかない。
この資本主義において自己資本のみで戦うことが最も効率がいいんだ。理論的には…
ということで僕はどんな価値を生み出して一人の社長になるのかを悩んでいた。
どんなこともまずは情報集めが信条だ。今日も起業のため、多くの動画を見漁っていると、こんなサムネが目を惹いた
「誰でも月収100万!ソコナラの使い方!!」
ソコナラというのは個人の間でそのスキルを売り買いすることができるサービスのことだ。
なるほど、僕のすでに持っているスキルを売ればいいじゃないか…そうと決まれば自分が何をできるのかを洗いだすとしよう。そう考えながらその日僕は3本のソコナラ関連動画と2本の空想科学系の動画と4本のネコが食事をする動画をみていつの間にか入眠していた。
翌日、動画の内容を思い出しながらどんな商品がいいのか考えることにした。
まず思い出したのは翻訳、しかし英語が平均点の僕には難しいだろう…
あとは、イラスト系、苦手ではないが今からこれを極めるのは難しそうだな…
web制作はなんか面白くなさそうだ。動画を作るのは時間効率が悪いだろう。
悩み相談…
いいのがあるじゃないか、僕は自分の人生で人の話を聞くことが多かったことを思い出し、これを天職と思い早速自分のストアページを開設し、この新たな船出に普段は入らないような、やや高級なイタリアン店に足を運び、家でビジネスに役立ちそうな洋画を2本見たところで意識が消えていた。
翌日いつになく早起きをした僕は、どれほどの注文があるのかを確認してみた。しかし、そこにはなんの通知もなく、念のためストアページの確認をする、が問題なくオープンしていた。
そうこうしているうちに洋画の知識だけを増やして1週間がたった。注文はいまだゼロ。これではいけないと書店に何かヒントを求めに出向いてみた。
ビジネスのスペースをおもむろに歩いてみるもヒントは見当たらない。そして僕は猛烈な便意に襲われる。子供の頃から書店に入ると無性にトイレに行きたくなってしまうのだ。その個室である本と運命的な出会いをする。
「若人よ情報を売れ!」
そう書かれた本が個室内に置き去りになっていた。やけにふるぼけた本でこれが書商品ではないことはすぐにわかった、誰かの忘れ物だろう。
僕は手に取り20分が経過していた。
なるほど、これなら…
もともとエネルギ―と時間だけはたんまりあった僕は3日でストアをいくつも開いた。内容はこうだ、
「明日から使えるプレゼンの極意教えます!」
「3連単は一番簡単!競馬は軸から導く!」
「アイデアというのは常に二手三手先を読め!アイデア術!」
もちろんプレゼンも競馬も商品開発も経験なんてない。
しかしその本によれば
「マジックは必ず種があるとわかっていてもだまされる。それは目で見てその種が見つけられないからで、情報商材も種以外の部分だけを見せることで人は驚く」
そのようなことが書いてあった。僕は種もしかけもないが虚構の実績だけを見せつけることでスーパービジネスマンとして多くの人たちに出鱈目な情報を売りさばいた。
始めは2、3件だった。その翌日は5件、さらにその次の日は10件になりアルバイトでは到底稼ぐことができない金額を1日で稼げるようになった。
初めの頃は自分でもバレないだろうかとビクビクしながら注文をこなしていたが今では自分は立派なビジネスアドバイザーだと思えるまでになってきた。
そして一番驚いたのはその顧客のレビューの内容だった。
「TK氏のおかげで競馬で年間7000万かせいじゃいました!!本当にありがとうございます!!」
TK氏というのは私、たかしのことだ。それだけではない。
「プレゼンした企画が社内で通り、その結果幹部に異例の出世をしました!!」
「ずっと夢だった高級車が株で1カ月で買えました!」
などなど多くの成果が寄せられたのだ…
どういうことだ…僕は本当にプレゼンや賭博、商品開発、投資が向いていたのか…?
どうしてもその情報を確かめたくなり、大きくなってきた資本を次の段階へステップアップするため自分の気になった銘柄、名前が気になった馬、ありとあらゆるものに投資してみた。しかし、その大半が大失敗、資本は20%に減ることになった。しかしそれでも情報商材の方は相変わらずの好調で生活には困らなかった。
しかし日に日にレビューは良いほうへエスカレートしていく。
僕のおかげで大企業に転職、宇宙飛行士、、歴史に名を刻む天才ジョッキー、りんごマークの最新商品が暮らしを一変させ、車は空を飛び、宇宙は誰でも10分で行けるようになってしまった。
一方、僕はというと稼いでは投資を繰り返すも必ずと言っていいほど失敗をする。しかし、それはそうだ、僕はこのマジックの種を唯一知っている。このマジックは多くの人を欺いてきたが、僕のことだけは絶対に騙すことができないマジックなのだ。
それを気づいたころにはすでに私のまがい物たちが出回り、私から買った情報をそのまま安く売り捌き成功する人間がでるようになっていた。
貯蓄せずに投資に回してしまっていた私は高級車はおろかマイカーも持っていないというのに人々は宇宙に移住し始め、最近では星同士で戦争をしたりしているらしい。宇宙船は私のおかげで作られたらしいし、戦術は僕のでたらめ戦術論同士がぶつかっているらしいし、その顛末は私のおかげで大成した占い師通りに進んでいるらしい。
誰か私を騙してくれ。それともこれは誰かが私に見せている幻なのだろうか。
_____________________________________
私も50年過ごしたこの小さなアパートでその最期を迎えようという時、テレビでタイムマシンの完成の除幕式を執り行っていた。開発責任者がその最初の乗組員になるとのことだ。
これもきっと私のマジックのおかげで生まれたんだろうな…そんな思いで昔ながらのテレビに懐かしいものが映りこむ
あれは…目に飛び込んだのは、「若人」の文字
もっとそれをよく見せてくれ!!これから時をこえようという人間の手にしっかりと握られているのは間違いなくあの日の本だった。
しかし違う点がある。新品なのだ。そしてあの頃は気づかなかった、あるいはかすれていて見えなかった文字がしっかり読み取れた。
「TK氏…」
あの日読んだ本は私の言葉を誰かがまとめたものだったのだ。
そして世界中で魔法が解けた
最初の種が見破られたからだ
いつかどこかの世界の話 猫の手 @neko-note
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。いつかどこかの世界の話の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます