2.42

 ノックの音。

 けたたましく叩かれる戸は殴打される度に蝶番が軋み破壊の序章を奏でている。これはまずい。早く阻止しなくては客室がオープンとなってしまう。宿をそんな状態にしてなるものか。なにせ私は今日から……



「いつまで寝ていらっしゃるおつもり? お客様気分はもう終わり。今日からしっかり働いてもらうんですからね」



 そう、宿屋の従業員として労働に勤しまなければならないのだからな!



「すまぬ照美。今すぐ準備する故しばし待て」




 着替えをしながら扉越しに返事をなげると「早くしていただけないから」などという金切声。やれやれヒステリック。気にせずジャケットに袖を通して身なりは万全。布団を畳み部屋の入り口前。さぁ、いざ行かん、新たな生活へ。





「待たせた。すまんな」


「お寝坊過ぎない? もうお仕事始まってるんだから」


「それは申し訳ない。で、何をしたらいい」


「倉庫に掃除道具が入ってるから、まずは館内清掃をしてちょうだい」


「心得た」


「それから、番頭さんは住み込みになりますからね。お部屋は玄関から出て右隣にある赤い屋根のお家。宿と繋がってるけど、館内からの出入り駄目よ」


「何故だ」


「私の部屋を経由しないと行き来できないから」


「了解した。プライバシーは守られねばならぬかならな。遵守しよう」




 痴漢行為に加えて窃視の罪まで重ねるわけにはいかん。くれぐれも、このルールは徹底しよう。



「お着替えも用意しておきますから、とりあえず今日はそのお召し物のままでよろしい?」


「かまわん。それほど高いものでもないからな。では早速清掃に移りたいと思うのだが、倉庫は何処に」


「一階東側奥。さっきも言いましたけどもう営業時間だから、手早くお願いしますね」


「分かった。最善を尽くそう」




 新たな職場での最初の仕事が清掃か。うん、やる気が満ち溢れてきたぞ。塵一つ残さないくらいの美観を目指そうではないか。

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