第1部・最終話「ロバ耳の王」
俺は〝豪運〟の力を使い、嵐を遠ざけた。
その代償として俺は一ヶ月間寝込んだ。
とはいえ、死ぬより悪い結果になる可能性だってあったのだ。
マシな結果で済んだと言える。
「お前は勘違いしているよ、アルパヌ。〝豪運〟の代償は、影響の大きさではなく、『起こりにくさ』に左右されるんだ」
「はて?」
「たとえばコイン投げで狙った面を出そうとすれば、半日は寝込むことになる。けれど、コインの大きさが変わっても、代償の大きさは変わらない。たとえば、この大陸よりも大きなコインだったとしても――そんなコインが存在すればの話だが――裏表のどちらか一方が出るという可能性の大きさは変わらない。〝豪運〟の代償は半日の昏倒で済むはずだ」
「では、ご主人が大嵐の進路を変えることに躊躇なさっていたのは――?」
「天候の変わりやすさは分からない、言い換えれば、可能性の大きさが分からないからだ。みんな口を揃えて『十中八九、大嵐は林檎半島に直撃する』と言っていた。けれど、それは当てずっぽうにすぎない。十枚のカードから一~二枚の当たりを引くのとはわけが違う」
「将来の天気を予想する魔法があればいいのですが……」
「残念ながらこの世界には、そんな魔法も技術も存在しないからな。もしも『大嵐が進路を変える可能性』が、服の糸がほどけていきなり裸になってしまう可能性や、動物の白色個体(アルビノ)が生まれる可能性と同じくらい小さかったら……。たぶん、俺は命を落としていた」
「なるほど、〝豪運〟の力を使ったことは、ご主人にとって一か八かの賭けだったんですねえ」
「言っただろ? 俺は博打をやめるつもりはない」
なぜなら俺は〝遊び人〟だからだ。
「ところでご主人……。いまだに『アルレッキーノ』は指名手配中のようですね?」
「遺憾ながらな」
俺はため息を漏らす。
「俺を追放したパーティの連中は、いずれも社会的地位が高く、王室や教会上層部と繋がりがあった。俺がアルレッキーノだという確証を掴めば、喜んで俺を処刑台に送り込もうとするだろう。どうやらこの半年間で、あちらは俺への憎しみを深めているらしい」
「迷惑な話ですねえ、まったく」
アルパヌはぷんすかと怒る。
たしかに俺は〝秋の大市〟を通じて、死ぬまで食べていけるだけのカネを作った。
が、それは節度ある生活をすればの話だ。
――節度だって?
俺は〝遊び人〟だ。
死ぬまでお祭り騒ぎを楽しみながら生きていきたい。
逮捕・投獄を恐れることなく、悠々自適に暮らしたい。
俺はまだ「働かずに生きていく」という目的を果たしていない。
最初の一歩を踏み出したにすぎないのだ。
「ルクレツィアはしつこく捜査を続けているようだ。もしも何かヘマをしてアルレッキーノであると世間に露見したら、俺は林檎半島にはいられなくなる。お縄を頂戴する前に高跳びして、どこか違う国の、違う町で、一から出直すことになる。お前も覚悟しておくように」
「……ボクも?」
アルパヌは目をぱちくりとさせた。
しまった――。
自分の失言に気づき、俺は「ちっ」と舌打ちする。
「そっかぁ、ボクもですかぁ……」
「いや待て。今のは――」
アルパヌはニマーッと笑う。
「逃げるなら身軽なほうがいいですし、奴隷は売り飛ばしてしまったほうがいいはずです。
にもかかわらず、ボクも高跳びの覚悟をしておいたほうがいいのですね?」
「だから違う。俺が言いたいのは――」
アルパヌは腕を組んで、うんうんとうなずく。
「読み書きのできる奴隷など、探せばいくらでもいます。多少は値段が張るでしょうが、今のご主人なら問題なく払えるはず。使用人を雇ってもいいでしょう。逃げる時は身軽に一人で逃げて、潜伏して、また商売を再開するときに新しい奴隷を買えばいいはず」
「……イチから教育するのが面倒くさいだけだ」
アルパヌは目を輝かせる。
「つまりご主人も、ボクといると楽しいのですね!?」
俺はふんっと鼻を鳴らして目を逸らす。
「自意識過剰だ、バカ」
「あー!! ボクに向かってそんな口をきいていいんですか? 今のボクはご主人のありとあらゆる弱みを握っているんですよ?」
「主人を強請るつもりか!? 奴隷の分際で!!」
「ご主人こそ、邪魔な奴隷はすぐに殺してしまえばいいじゃありませんか」
アルパヌは鈴の転がるような声で笑った。
俺はぐぬぬ、と奥歯を噛みしめる。
「ところで、ご主人。今日はお城のお土産でアップルパイをいただいたんです。きっと、あのパイには香り豊かな蒸留酒(グラッパ)がよく合うでしょうねえ……」
「は? グラッパ?」
「ご主人にはグラッパを買うことをオススメします。さもないと空腹のあまり、ボクは口が軽くなってしまうかも? ご主人のヒミツを誰かに漏らしてしまうかも――?」
「調子に乗るな」
俺はムスッとしながら答える。
「グラッパぐらい、そんなことを言わなくてもいつでも買ってやる」
「やったー!!」
アルパヌは狭い屋根裏部屋で、小躍りしながら喜んだ。
やれやれ。俺は肩をすくめる。
「でもまあ、ボクが一番欲しいのはご主人の〝精〟なんですけどね」
「絶対にやらん」
小さな窓の外には、秋の星座が輝いていた。
~~~~『お金は最強魔法です』第1部「ロバ耳の王」編〈完〉~~~~
お金は最強(さいつよ)魔法です! 追放されても働きたくないから数字のカラクリで遊んで暮らす Rootport @Rootport
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