空飛ぶ本屋「大空の卵」
右中桂示
本屋さんの冒険
農業や歴史、食物に医術、その他様々な分野の専門書。それから童話や英雄譚。
それら商品となる大量の本を、崩れないように隙間なく並べ、防水加工を施した布に包む。
その大きな塊が二つ。
鞍の後ろ、重心を保てるように縛って固定する。
食料や日用品等の荷物は自分で背負った。
準備完了。颯爽と鞍に飛び乗る。
「いくぞ、相棒」
頭の鱗を撫でれば、相棒のマークは甲高く鳴いて応えてくれた。
ワイバーン。赤い体に鋭い眼光が格好いい、俺の相棒。
合図をすれば地上を飛び立つ。力強く羽ばたいて、ぐんと加速した。
「少し重いか? 頑張ってくれよな」
あっという間に立ち入る者の限られた領域へ。
空は快晴。風は微風。乾燥した空気。
他の飛行生物の気配はなし。
今のところは快適な空の旅。
しかし一時も気は抜けない。
空と地上の様子を観察しつつ、しっかりと手綱を握る。
ワイバーン輸送は業界の花形だ。
危険な魔物が住む土地も飛び越えていけるし、なにより速い。貴族のお抱えにでもなれば一生安泰だろう。
とはいえ楽じゃない。
飛ぶ魔物はいるし、荷物狙いの盗賊もいる。危険度の高い仕事に変わりはない。
そうして辿り着いても、俺の場合はガッカリされる事は多い。
本よりも、食べ物や生活必需品の方が求められるからだ。滅多に商人が寄らないような辺鄙な場所では特に。
それでも本にこだわるのは、やっぱり子供の頃の経験が大きい。
ろくに娯楽もない村では、一冊の本が宝物だった。大勢で繰り返し繰り返し読んでボロボロの本が、夢と仕事の源となった。
都の学者の知識があれば助かる命だってあるとも知った。
狭い世界を広げてくれたのが本だった。
平原を、森を、川を、次々と飛び抜けて、今日は何事もなく目的地に到着。
ゆっくりと着地準備に入る。
速度を落とし、羽ばたきで姿勢を制御し、両脚が地面を捉えた。
「お疲れ、マーク」
俺達の姿が見えていたのだろう。風圧で舞った砂埃も気にせず、すぐに子供達が寄ってくる。
皆元気にはしゃいで、我先にと俺達に群がった。
専門書を注文していた大人は後ろで待って、見守ってくれている。
ワクワクと期待に満ちた顔を見ていると、やっぱり子供の頃を思い出す。
文字を読めない内から、大人が語ってくれる物語にのめり込んだものだ。
今俺は、その大人の側に立っている。
これを一度経験したら、この本屋を続けたいと思うし、続けなきゃいけないと感じる。
「さ、俺が読んでやるぞ! 好きなの選べ!」
俺は子供の期待を受け止めて、今日も本屋を営業するのだ。
空飛ぶ本屋「大空の卵」 右中桂示 @miginaka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます