神話元ネタ解説
あとがきと神話元ネタ解説
最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。北欧神話とクトゥルフ神話を楽しんでいただけたなら幸いです。
北欧神話は北欧のヴァイキングによって主に信仰されていたそうで、戦闘に偏っているのは戦士を鼓舞するためと言われています。
北欧神話に興味を持っていただいた方は、ぜひ神話の入門書などもお読みいただくと面白いと思います。私が持っているのは岩波少年文庫『北欧神話』、ちくま学芸文庫『北欧の神話』の2冊です。
岩波少年文庫『北欧神話』は物語風にまとめられていて読みやすいです。ただどちらかと言えば子ども向けなのと、本作で神話知識を得た皆さんには少し物足りないかなと思います。ちなみにオーディンの悪逆非道な部分がかなり削られているので、綺麗なオーディンが見れます。
ちくま学芸文庫『北欧の神話』も物語形式ですが、こちらはそれに加えて当時の時代背景などにも触れられているので、本作を読み終えた皆様にはこちらがおすすめです。
あとはWikipediaも北欧神話に関する情報はとても充実しています。さいとう高志さんという方が運営している『ゴダペディア』という北欧神話に関する百科事典サイトもいろいろと載っていて面白いです。まあ、どちらも設定の羅列っぽいものが載っている感じなので、入門にはあまり向いていませんけれど。
クトゥルフ神話は今から100年ほど前にラヴクラフトという小説家を中心に誕生した創作神話です。著作権が既に切れているため、様々な小説やゲーム等でクトゥルフ神話は取り入れられています。また、シェアードワールドという性質上、これが正解という設定はないです。クトゥルフ神話の創始者とされるラヴクラウト氏やダーレス氏の時点で設定が右往左往してたりしますしね……。
クトゥルフ神話について知ろうとしても、たぶんいきなりラヴクラフト氏の日本語訳された小説を読んでも意味不明で挫折するので、カクヨムやなろうに投稿されているクトゥルフ神話の小説か、TRPGの配信や動画から入ると入りやすいかなと思います。
TRPGのリプレイ動画もおすすめです。『詫び菓子卓』で検索して出てきたやつとか良いですよ。(自薦)
◆◆◆
以下で本作に登場した神話の元ネタを解説していきます。
■銀の鍵
本作の主人公『久世結人』が使っていた銀の鍵はクトゥルフ神話に由来するアイテムです。銀の鍵はクトゥルフ神話の創始者であるラヴクラフト氏の代表作、『銀の鍵』『銀の鍵の門を越えて』に登場します。
ざっくりと元ネタに登場する銀の鍵を紹介すると、銀の鍵は呪文を組み合わせると時空を超えて好きなところへ行くことができる特殊なアイテムです。また、銀の鍵を持つ者は窮極の門へと導かれて、タウィル・アト=ウムルと対面します。
元ネタの小説では、銀の鍵の所有者が山道を歩いている最中に、子ども時代に転移してしまう場面があります。1章ラストの番外編で結人と優紗が十数年前へ転移するのは、そのシーンのオマージュのつもりで書きました。まあ元ネタはタイムリープなのでだいぶ違うのですが。
本作はタウィル・アト=ウムルと対面するところも含めて、元ネタの要素を分解して再構築したようなシナリオになっていました。
■戦乙女
戦乙女は本編でも解説してある通り、北欧神話においてエインフェリアを選定する役割を持つ女神たちのことです。古い北欧の言葉ではヴァルキュリアと呼ばれ、「戦死者を選ぶもの」という意味を持ちます。
戦乙女は死者をオーディンの下へ連れていき、世界の終末に起こる大戦争『ラグナロク』のための兵士にします。連れてこられた兵士は戦争が始まるまでは死者の館『ヴァルハラ』で戦乙女からお酒などを振舞われたりしながら戦争に備えます。
ここで振舞われるお酒は蜂蜜酒(時代的に蜂蜜酒しかない)で、ヒカル(ヒカちゃん)が最終章で黄金の蜂蜜酒を飲んだ時に反応してたのはこれが元ネタです。
戦乙女はしばしば人間と恋に落ちます。ブリュンヒルデとシグルドの話が代表的です。ヒカルが初代レギンレイヴの末裔なのは、人と戦乙女が恋愛するなら子供もできるだろうという連想です。本作を執筆中は知らなかったのですが、実際に人と戦乙女の間に生まれた子どもも神話に登場するそうですね。
また、戦乙女は戦場に立つ女性ということで華やかな印象があり、白鳥に例えられることもあります。白鳥の羽衣というアイテムで空を飛べるとも言われます。「空を駆ける戦乙女の鎧が光ってオーロラになる」という伝承があり、本作のヒロインであるヒカルが最初に名乗る苗字「空駆」はここからきています。
しかし一方で死者をエインフェリアにするという点から、死体に群がる狼に例えられたり、狼の群れと共に現れるとされることもあります。
本作では狼と共に現れるという部分から着想を得て、戦乙女に選ばれた死者(エインフェリア)がティンダロスの猟犬(スコルの子)に追い回されることにしました。また、クトゥルフ神話の設定として、角度の次元『ティンダロス』の王ミゼーアは北欧神話のフェンリルと関係があるという話があります。角度の次元『ティンダロス』を本作に絡めたのはその辺りも関係しています。
■ヨグ=ソトースの子供
ヨグソトースの子供は、クトゥルフ神話の創始者であるラヴクラフト氏の代表作『ダニッチの怪』に登場します。『ダニッチの怪』におけるヨグソトースの子供は人間とヨグ=ソトースの間に生まれた子供で、魔術師のおじいさんが娘に魔術をかけて処女妊娠させて産ませた怪物です。
生まれた子どもは双子であり、片方が辛うじて人間の姿をしていて、もう片方が完全に化け物の姿をしています。
ここまで説明すると気づいた方もいらっしゃると思いますが、双子で生まれる、老人が娘に産ませる、片方が人間で片方が怪物、といった辺りを本作では全部パロディしています。
違うのは性別が逆(元ネタの双子は男性)という点と、双子の片割れである季桃は完全に人間という点の2つです。
銀の鍵は『ダニッチの怪』には出てこない上に、ラヴクラフト氏の招請ではヨグ=ソトースの子供と銀の鍵に何の関係も無いので、この辺りは本作オリジナルの設定になっています。
1章のラスボスとして登場したヨグ=ソトースの娘について言えば、透明化するのと成長して大きくなるのは元ネタの通りです。
毒を吐くのと蛇(というかアルマジロ)っぽい見た目をしているのは、北欧神話のヨルムンガンドと特徴を似せるために追加した部分で、ウーツル=ヘーアというクトゥルフ神話の邪神と混ぜています。
ウーツル=ヘーアはヨグ=ソトースと別の邪神の間に生まれた邪神(女神)で、アルマジロのような外見で毒液を放出します。本編に登場したヨグ=ソトースの娘はウーツル=ヘーアに似た性質を持った個体だったと考えていただければ良いと思います。
■ナイアラトテップとトートの剣
ナイアラトテップの概要は本編で解説があった通りです。本作ではナイアラトテップが2種類登場しました。1種類目はロキを汚染したクルーシュチャ方程式。もう1つは人間として生まれたナイアラトテップ(優紗、心子)です。
クルーシュチャ方程式は本編で解説したので全部なので割愛して、人間として生まれたナイアラトテップについて紹介します。
人間として生まれたナイアラトテップの初出は不明です。人間に化けているナイアラトテップはラヴクラフト氏の作品にも登場するのですが、人間として生まれたナイアラトテップは出てこなかったはず……。後発作品だとちらほら見かけはするんですが……。
とはいえ、大体はナイアラトテップとして覚醒した後は万能の力を振るい始めるので、本作のようにあくまでも人間の範疇、と定めているのは珍しいかなと思います。化身も本体から見れば嘲笑の対象、とかも。
クトゥルフ神話TRPGの界隈だと人間の姿をしているナイアラトテップ、もしくは人間として生まれたナイアラトテップはたいてい容姿が非常に優れていることが多く、よくネタにされています。美人やイケメンを見たらナイアラトテップだと思えみたいな。そういうわけで、本作でも優紗と心子は容姿が特別に優れているという描写を何度か入れています。
トートの剣についても初出を辿り切れませんでした。長剣になっているのは本作独自の設定で、元ネタは短剣です。
トートの剣はナイアラトテップを殺すための剣です。本作ではそこを少し変えて、邪神を殺すための剣としています。
トートの剣を使うと精神を蝕まれる呪いにかかって最後には死に至ります。また、トートという神はナイアラトテップの化身とされています。ナイアラトテップが作った剣ならナイアラトテップは呪われずに済むのでは、と考えたのが本作です。
また少し複雑なのですが、クトゥルフ神話はエジプト神話からいくつか設定を取ってきているものがあり、トートもその1つです。元ネタの元ネタってことですね。1章に登場したバステトも同じく、エジプト神話からクトゥルフ神話に取り込まれている神格です。
本作に登場するトートの剣には治癒の力がありましたが、これは元ネタの元ネタのトートが医療の神であることに由来しています。
■ヴァーリ
ヴァーリは北欧神話に登場する半神です。伝承によっては半神ではなく純度100%の神の場合もあります。ヴァーリの伝承については本編で解説したものでほぼ全てですが、伝承によっては生き残らずヘズと相打ちになるものもあるようです。
弓を使っているのは、ヴァーリは弓の名手で狩りの達人だと神話で語られているからです。
あとはヴァーリが9本の矢を放ったみたいな描写を作中で何度か使っているんですが、これは北欧神話において「9」という数字が特別なものだからです。
『北欧神話は9つの世界に分かれている』
『雷神トールは9歩後ずさってから死亡した』
『黄金の腕輪は9日ごとに9つに分裂する』
などなど、北欧神話には9という数字が度々出てくるのです。
あとは本編で語ったヴァーリの神話には少しだけ続きがあります。オーディンがヴァーリに復讐を代行させた一件は露呈し、オーディンは王位を追放されます。その後にはウルという神が新たな王となるのですが……。いろいろあって、結局はオーディンが王の座に戻ります。やっぱりオーディンは強いんですね。
■偽バルドル
偽バルドルの正体は本編でも語った通り、アニミークリです。アニミークリはクトゥルフ神話に登場する黒い液状の怪物です。
日本語の資料が少ないせいか、日本での知名度はめちゃくちゃ低いです(海外で高いとは言っていない)。
本作を作るにあたってアニミークリが出てくる国内作品をいろいろ調べたのですが、たぶん2桁ないんじゃないんですかね……。アニミークリについて知りたければ、クトゥルフ神話の怪物を集めたTRPGサプリメント『マレウス・モンストロルム』に載っているのが一番お手軽です。
ちなみにクトゥルフ神話の設定としては、アニミークリが熱を送っている邪神はウボ=サスラと断定されておらず、不明というのが正しい設定です。ですがその正体不明の邪神とウボ=サスラの特徴がいろいろと一致しすぎているので、ウボ=サスラということにしている作品が多いようです。(そもそもアニミークリが登場する作品が少ないですが)
バルドルの方について解説すると、バルドルは北欧神話において最も優しい神とされています。容姿も非常に優れており、まつ毛が白いことと、その美しさから白い花に例えられることもあります。本作でも容姿が非常に優れているという描写を何度か入れています。
バルドルはヤドリギ以外から傷を付けられなくなったお祝いとして、(なぜか)様々なものを投げつけられます。そしてロキに騙されたヘズによって殺されてしまいますが、戦争が終わった後に生き返ります。
このバルドルの伝承は北欧神話の中でも特に有名なのですが、これはキリスト教の影響を受けたもので元々の伝承は違ったという説があります。なぜそう言われているかと言えば、死んで生き返り、ヘズとヴァーリの罪が許されるという展開がキリストの復活に似ているからです。
では元々の神話はどうだったかと言えば、乱暴な神だったという説があります。ヘズの婚約者を武力で奪おうとして返り討ちにあって死ぬ、という伝承も残っているからです。
本作に登場する偽バルドルは自己中心的で優しいとは言い難いですが、それは乱暴な神だったという伝承をモチーフにしています。
あと……バルドルはオーディンの最愛の息子と言われているのですが、オーディンの性格から考えると乱暴な方が愛されそうな気がします。実際、オーディンは2人の人間の王子(優しい王子と気性が荒い王子)を比べて、気性が荒い王子を気に入ったという伝承が残っています。
その王子は後でオーディンに無礼を働いてオーディンに殺されるのですが、それはともかく優しいバルドルより乱暴なバルドルの方をオーディンは好みそうです。
そういうわけで本編に出てこなかった本作の裏設定ですが、「偽バルドルが自己中心的なのは本物のバルドルもそうだったから」です。だからお祝いと称して武器とか投げつけられるんじゃないかな……。日頃の恨みが込められてそう。
■リーヴとロキ(ムスペル教団)
ムスペルとは北欧神話に登場する炎の巨人のことです。炎の巨人の長『スルト』がレーヴァテインを所持しています。北欧神話において世界が滅亡する直接的な原因は、スルトがレーヴァテインで世界を燃やしてしまうからです。
2章で少しだけ触れていますが、本作ではスルトもオーディンに恨みを持っていてレーヴァテインを使ったとしています。ですがそれが失敗したため、「より計画を綿密に練って今度こそ成功させよう」とリーヴとロキが発足したのがムスペル教団になります。
ロキが使っていた偽名『クルーシュチャ』はナイアラトテップの化身である『クルーシュチャ方程式』から来ているのは本編で語った通りです。
リーヴが使っていた偽名『ルベド』は北欧神話とは関係ない錬金術とも混ぜてしまっているんですが、一応は北欧神話由来です。錬金術には「黒」→「白」→「赤」の順に優れている概念があり、ルベドは赤という意味になります。前述した炎の巨人の長『スルト』は黒という意味を持っているので、スルト(黒)よりも偽バルドル(白)よりも優れたルベドと名乗ってオーディンへの復讐成就を願っていたという設定です。
ムスペル教団の本部では戦闘不能に陥ったリーヴが剣を投擲してきますが、これはシグルドに由来しています。シグルドは殺される直前に剣を投擲して反撃し、敵を両断したという伝承が残っているのです。
ロキに関して言えば、本作ではナイアラトテップになったときに人格が歪んで急に神々を裏切ったことになっていますが、神話では裏切った理由は不明になっています。
というのもロキが神々を裏切るような神話になっているのは、北欧にキリスト教が伝播したときに神話が歪められたからと言われています。キリスト教の影響でバルドルがキリスト的な役回りを、
ロキが悪魔(サタン)的な役回りを押し付けられた説が有名です。
いたずら好きな神という設定は元からなのでしょうが、それでもロキが急に神々を裏切って戦争を起こす神話になっているのはそういった経緯があります。
■レギンレイヴ
レギンレイヴは北欧神話に登場する戦乙女の1人です。とはいえ、神話上に名前が存在する程度でエピソードは何もありません。むしろエピソードがある戦乙女の方が珍しいです。
ではなぜレギンレイヴを採用したのかといえば、それは戦乙女の名前にあります。戦乙女の名前は基本的に、戦いに関係しているのです。
例えば、ブリュンヒルデ(輝く戦い)、ゲイルドリヴル(槍を投げる者)、ゲイルスコグル(槍の戦)、ヘリヤ(壊滅させる)、グズル(戦争)、スケギョルド(斧の時代)、ヒヨルスリムル(剣の女戦士)、フロック(戦闘)、カーラ(荒れ狂う者)、ランドグリーズ(盾を壊す者)、スヴァーヴァ(殺す者)、サングリーズ(とても乱暴な)といった名前があります。
一方でレギンレイヴは『神々が残した者』という意味で、戦いとは関係のない名前です。他に戦闘と関係ない名前を持つ戦乙女はあと1人か2人程度しかいません。また、『神々が残した者』という意味は、(半神のヴァーリを人間としてカウントするなら)最後に残された北欧の女神の名としてふさわしく思えます。
戦乙女をシナリオのメインに据えたかったので、そういった経緯でレギンレイヴを採用しました。当然ながら、本来の神話ではオーディンやロキと同じく生き残っていません。
戦乙女《レギンレイヴ》の終末論~死して神の兵士となった青年、神々の秘密を暴き、義妹との約束を果たす~ 紫苑もみじ @shion06241016
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます