おまけシナリオその5――ヒカル編

「ねぇユウ君。窮極の門にゲームとか持ち込んでくれない? 窮極の門って暇でさ」


「いいけど、電源はどうするの?」


「あっ。ほんとだ。どうしようかな。夢の狭間に持ち込んだらいっか」


 タウィル・アト=ウムルは自身が担当しているパラレルワールドの窮極の門から出ることができない。可能なのは夢の狭間に精神を飛ばすことと、銀の鍵を通じて僕か心子さんに念話することだけだ。


 一応、タウィル・アト=ウムルに課せられた仕事はあるらしい。あまり努力目標くらいのもので、やらなかったからといって何かあるわけでもないけれど。空席になっているパラレルワールドもあるくらいなので、ヨグ=ソトースもそれほど重要視していないのだろう。


 夢の狭間に僕たちが出身パラレルワールドで暮らしていた家を再現して2人で過ごす。亡くなった祖父母はもういないけど、なんだか懐かしい気分になる。


 2人で遊べるゲームについては優紗ちゃんにリサーチ済みだ。夢の狭間にシミュレーションとして人を用意することもできるけど、今回は用意しなかった。必然的にオンラインゲームは遊べないので、僕たち2人だけでプレイすることになる。


 僕もヒカルもそれほどゲームは上手じゃなかったけど、今の僕たちはエインフェリアだ。動体視力に優れているので、リアルタイムに進行するタイプのゲームは身体スペックによるゴリ押しが可能になっていた。


 僕はヒカルにタウィル・アト=ウムルについての近況を訪ねる。


「何かヨグ=ソトースから指示があったりとかはない? 大丈夫?」


「そういうのは大丈夫。タウィル・アト=ウムルの仕事って、ヨグ=ソトースに謁見する価値があるかを見極めるのが一番の仕事なんだよね。あとは角度の時空からスコルの子が入ってこれそうな歪みを検知したら正したりとか。だから普段は何にもやることないの」


 タウィル・アト=ウムルの本質は、ヨグ=ソトースを守る門番なのだろう。ヨグ=ソトースを守る必要があるのか、と言われると無い気もするけど。だから空席でも放置されているのかもしれない。


「私もよくわかってないけど、端的に言えばタウィル・アト=ウムルは抑止力なの。ミゼーア対策の1つなんだよね。例えるならタウィル・アト=ウムルが白血球で、ミゼーアが送り込んでくるスコルの子がウィルスみたいな? 今は白血球の数が十分にあるからミゼーアも仕掛けてこないけど、もし何かの拍子にタウィル・アト=ウムルが極端に減っちゃったらミゼーアは仕掛けてくると思う」


 そう考えるとパラレルワールドを股にかけたオーディン同士の戦争は、タウィル・アト=ウムルの数を減らしてミゼーアとの戦争を誘発する布石でもあったのか。


 ヨグ=ソトースが危険視して、直々に手を下すのもわかる話だ。


「もしかして、僕たちがレギンレイヴを倒して回るのってまずかったりする? 世界を守るためとはいえ、タウィル・アト=ウムルを減らしていることに変わりないよね」


「まあね。でもレギンレイヴは不安定な状態にあるから放っておくと自壊しちゃうし、そうなると結局はタウィル・アト=ウムル不在になっちゃうから、将来的にはあまり変わらないかな。でもいつかはレギンレイヴに代わるタウィル・アト=ウムルを立てなきゃいけないね」


 ヒカルは弱々しい声でそう言った。何か懸念があるのだろう。


 ヒカルは以前、タウィル・アト=ウムルを新しく増やすことに猛反対したことがあった。その時は理由を聞けなかったが、今なら聞けるかもしれない。


「ねぇヒカル。どうしてタウィル・アト=ウムルを増やしたくないの?」


 僕の問いかけにヒカルは答えなかった。その代わりに甘えるように身体を寄せてきて、小さな声で呟いた。「呪いのことを気にせずに一緒にいられるの、すごく幸せ」と。


 しばらくしてから、ヒカルがぽつりと口にする。


「ねぇユウ君……。タウィル・アト=ウムルって不老なんだよね。タウィル・アト=ウムルが殺されることって基本的に無いから、私ってヨグ=ソトースが死ぬまで半永久的に死なないよね。でもみんなは寿命で死ぬよね。あはは……」


 黄金の林檎が失われた以上、もう僕たちが不老になる術はない。いつかヒカルは窮極の門に1人で取り残されてしまう。それをヒカルは恐れていた。


 そしてヒカルは優しい子だから、自分以外の誰かが同じ境遇に陥らせたくなくて、新しくタウィル・アト=ウムルを立てることに反対していた。


 僕はどんなことがあっても一緒にいるとヒカルに約束したのに。ヒカルを1人にしてしまう。そんなことを思った矢先に、ヒカルが意外なことを口にした。


「……ユウ君も不老にならない? 私の力なら不老にできるんだよね。……ごめん。……冗談だから、忘れて」


 ヒカルは僕を巻き込まないように、僕を不老にできることを隠していたのだろう。でもそれがつい口から出てしまって、慌てて取り消したようだ。


 ヒカルは不幸に人を巻き込むまいとするから、こういう形でボロを出すのは珍しい。それだけ僕のことを信頼して、頼りにしてくれている証拠だった。


 当然、僕の答えは決まっている。


「いいよ。改めて約束しよう、ヒカル。僕たちはいつでも、いつまでも一緒にいるって」


「…………!! 本気で言ってる!? 取り消せないよ、本当にやっちゃうよ!?」


「もちろん。僕は嘘をつかないって、知ってるよね」


 ヒカルが息を呑んだ。そしてヒカルはタウィル・アト=ウムルの力を行使する。


「やっちゃった……。……約束、守ってね?」


 当然、守るつもりだ。


 タウィル・アト=ウムルの減少については何か考えないといけない。方針は思いついているから、あとはどうやって実現するか考えればいいだけだけど。要は角度の時空からの刺客を倒せる戦力を確保できればいいのだ。タウィル・アト=ウムルという仕組みは必須ではない。


 でも詳しいことを考えるのは追々でいいだろう。パラレルワールドごとにレギンレイヴが世界を滅ぼすまでの時間も、自壊するまでの時間も全然違うから。これは緊急の話じゃない。


「いつもありがとう、ヒカル」

「こちらこそありがとね、ユウ君」


 今はヒカルとの平和な時間を享受する方が重要だ。






―――――――――――――――――――――――


後日談も含めて完結です。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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