(5)
「え、なーにその反応! 忘れてたの?! ひどーい!」
ベリラの妙に馴れ馴れしい態度に一瞬面食らう。
そして次になぜ彼女が学園の敷地内にいるのだろうかという疑問が浮かぶ。ベリラが嫁いだ先は学園のある王都から離れた場所に位置する都市だ。
しかしすぐにその疑問も、ほかならぬベリラの言葉で一応は氷解した。
「今度、王都のほうで仕事を探そうと思って!」
だが今度はなぜベリラがわざわざ嫁ぎ先から離れた都市で仕事を探しているのか、という疑問が湧く。
しかしよその家庭の経済事情などわたしが知るはずもないし、わざわざ聞くのは失礼だろうという思いもあり、そこを突っ込んで聞くのは憚られた。
「……それで、なんで
だから矛先を少しだけそらしたのだが、ベリラはそんなことなど気づきもしないのか、お構いなしに、まくしたてるようにして事情を話してくれる。
「ちょっと仕事、見つからなくて困ってて~……ほら、私ってこの学園のOGじゃない?」
わたしは思ったよりも混乱していたらしく、ベリラがそう言ってようやく彼女がこの学園の卒業生だということを思い出した。
ベリラは幼馴染とは一応言いはするが、わたしやガーネットとは歳が離れているので、在学期間が被っていない。なので思い出すのに少し時間がかかってしまった。
「ローザはもうすぐ卒業でしょ? 卒業したら星見の仕事に就くんでしょ? そしたらさ~ちょっと力を貸して欲しいなって」
「占って欲しいの?」
それくらいならば同郷のよしみというのもあるし、ベリラの未来を占うのはやぶさかではない。
けれども、ベリラの片眉だけがぴくりとちょっと持ち上がり、歯にものが挟まったような態度になって、わたしはそこからイヤな予感というのを察知した。
「あのね~ローザだから言うんだけど……私今お金に困ってるの」
「え? そうなの?」
「だから仕事探してるんだってば。だからさ~……ローザが卒業したらさ。ね?」
「……マヤちゃんはどうするの? 旦那さんも働いているんだよね?」
ベリラの子供の名前を出す。それはわたしなりの観測気球のようなものだった。
ベリラは一瞬だけ目を泳がせる。占術師は観察眼を鍛えよと耳が痛くなるほど口酸っぱく言われるから、わたしはベリラのそんな反応を見逃さなかった。
「……ベリラも知っていると思うけど、嘘の情報からはきちんと占えないからね?」
「……ちゃんとした占いがして欲しいわけじゃないんだって。っていうかローザにそんなの期待してないし」
「どういうこと?」
「あのね~……ホント昔から察しが悪いんだから……ハア。あのね、ローザの星見でこういう結果が出ましたーっていう、結果だけが欲しいの! 私は!」
そこまで言われて、わたしにもベリラの思惑が見えてきた。
ベリラは自分に有利な占いの結果を、卒業後は公的な占術師となる予定の私に出して欲しいのだ。
職種によっては占術師の占いの結果を採用の際に勘案することもある。ベリラはそれを狙ってわざわざわたしに声をかけたのだろう。
「占術の結果を偽造するのは重罪だよ」
「そんなの知ってるけど、前はバレなかったから大丈夫!」
「前……?」
「……あのね~私クソ田舎にいるのがイヤでさ~、ちょっとお金積んで都会の男に嫁いだんだけど~あーんなに物わかりが悪いなんて思わなかった! 一回ちょっと浮気したくらいで離婚なんてありえないよね?!」
比喩的に頭が痛いということはあるが、ベリラの主張を聞いていると本当に頭が痛くなってきそうだった。
恐らく相性占いの類いの結果を偽造し、占術師とグルになって結婚相手――今はどうも「元」がつくらしい――を騙したのだろう。
おまけに「お金が必要」と言うからには、己の生活費を賄う以外にも、元結婚相手に対する慰謝料や、子供の養育費を払わなければならなくなっている可能性は高そうだ。
「ねえお願い! 同郷のよしみでさ……なんとかしてくんない?」
「……星見をして欲しいって言うならするけど」
「だから~そうじゃなくて~……ホンット頭カタいんだから! なんか簡単でパッと稼げるような仕事紹介してくんない?」
「そんな仕事はないって、まだインターンしか社会経験がないわたしでもわかるよ」……という言葉が喉まで出かかったが、結局は呑み込んだ。今のベリラにそんなことを言っても、彼女は耳を貸してはくれないだろう。
「占術の結果の捏造は重罪だから、ベリラのお願いは聞けないよ」
「え~? そこをなんとかさあ! ねえ?」
「……無理なものは無理だから」
「ちょっとお! そんなの困る!」
「……わたしは困らないし」
「え~? ありえなーい。自分が勝ち組だからって、ズルくない?」
「勝ち組?」
「ガーネットの『運命の相手』に選ばれたんでしょ? でもあんたみたいに助け合い精神のない薄情者は子供出来たらすぐポイだよ~? そうだ! 私からガーネットに言ってあげるから? ね? だから星見の結果をなんかいい感じにしてくんない?」
心臓に不快感の波が押し寄せてきたような気持ちだった。
よくよく思い出してみれば、ベリラは昔からこんな感じだった。特に年下で、女性っぽさが薄かったわたしはベリラから見下されているというのを、幼いがゆえに言語化できずとも、肌では感じていた。
反面、異性に対してはどれだけ年下でもいい顔をしたがる
ベリラはそれをわかっていて、「ガーネットに口添えをしてやる」と言いたいのだろう。
けれどもそれは、わたしにとっては大きなお世話というやつだった。
「お生憎さま。わたしはガーネットに愛されているから。ベリラの言葉なんて必要ないくらいにね」
それでも冷静ではなかった。明らかに、頭に血がのぼっていた。だからそんな嘘っぱちを口にしてしまった。虚勢を張って、自信満々な風を装って、ベリラを見た。
派手な嘘をついてしまった。それはイヤなドキドキという形でわたしに知らしめる。
ベリラが明らかに気分を害したという顔をしたことでわたしの胸中に生じたのは、「ざまあみろ」というものではなく、「これからどうしよう」という不安ばかりだった。
「ハ、ハア? ローザがそんな……好かれてるわけないじゃん」
「どういう根拠があって言ってるの?」
「だって、だってガーネットは私のことが好きだから!」
わたしはベリラがガーネットの片思いを知っていたことにおどろいた。けれど、異性に好かれることを異常に気にするベリラのことだから、子供らしい淡い恋心を向けられていることがわからないはずもないだろうと思い直す。
……ガーネットは、まだベリラのことが好きなのだろうか? わたしのように、まだ初恋を大事に温め続けているのだろうか?
思わず言葉に詰まって、再度「これからどうしよう」という不安が畳みかけてきたところで、背後から耳馴染んだ声が聞こえてきた。
「――たしかに昔はそうだったけど、今俺が愛してるのはローザだよ」
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