秘密の友達ドラコ

くれは

秘密の友達ドラコ

 たっくんと、カズと、ボク。

 あの頃のボクらは小学四年生。仲良し三人組だった。いつまでもこうやって一緒に遊んでいるんだって思っていた。

 そんなボクたちは夏休みが始まったばかりのある日、裏山でドラコと会ったのだ。


 ドラコは、髪が緑色で目も緑色だった。肌の色も、ちょっと青っぽい、緑っぽい感じに見えた。妙につるつるとした、不思議な感じの服を着ていた。

 でもそれ以外はボクたちとそんなに変わらないように見えた。背丈だって同じくらいだし。顔立ちだって、人間みたいだった。

 表情だってそうだ。びっくりしたら目を見開くし、楽しい時には笑う。

 お調子者のたっくんのお喋りに一緒に笑った。おやつに持ってきたポテチとチョコを食べて、美味しいとにこにこした。

 ボクが転んで膝を擦りむいたときには、眉を寄せて心配そうな顔だってしていた。

 だから、ボクたちはすぐに仲良くなれた。仲良し三人組は、仲良し四人組になったのだ。ドラコのことは三人だけの秘密だったけど。

 ドラコについてそれ以上のことは、詳しくは知らない。ずっと昔の文明だとか言っていた。好奇心の強いカズがあれこれ質問責めにしたけど、ドラコは困ったような顔をして、首を振るばかりだった。

 あまり詳しいことは話せないと言っていた。それから、翻訳機能がどうのとも。

 ボクたちは夏休みの間、秘密基地にドラコを住まわせた。そうして昼間はずっとそこに入り浸って遊んでいた。

 食べ物を持ち込んで一緒に食べたり、漫画を持ち込んで回し読みしたり、携帯ゲーム機で対戦したり。もちろん、宿題だって秘密基地でみんなでやった。

 ドラコは最初、漫画の読み方もゲームの遊び方もわからないみたいだった。でも、少ししたらすぐに覚えた。

 言葉はうまく読めないみたいなので、ボクが隣で漫画のセリフを読み上げた。それだけじゃなくて、何が起こってるのかを解説もした。ドラコはそれが物語だってことを理解して、興味深そうに頷いたり、驚いたり、笑ったり、興奮していた。

 ゲームなんか「似たようなのが会った」と言って、ボクたちの中で一番上手になったくらいだ。ゲームが得意なたっくんはムキになって、何度もドラコと対戦しては、勝ったり負けたりしていた。

 ずっと今が楽しかった。ずっとそれが続くんだと思っていた。ずっと一緒だと思っていた。

 根拠なんてなかった。必要もなかったんだ、そのときには。


 夏休みの終わりに、ドラコはいなくなった。「また会える」と言って、どこかに行ってしまった。

 それからだ。なんとなく、何をしていても物足りない感じになってしまった。三人で集まっても、みんなどことなく上の空になっていた。

 五年生になるときにクラス替えがあって、三人ともばらばらのクラスになってしまった。

 それでも最初のうちは、何度か三人で遊んだりもした。でも、気付けばたっくんもカズもクラスの友達といる時間の方が長くなっていた。

 秘密基地がバレて怒られたのもその頃だ。

 学校の裏にあるから裏山と呼んで入り込んで遊んでいた。でもそこは誰かの私有地だったらしい。私有地だけど、たまたま放置されていた。だから小学生が入り込んで遊べていた。

 でも、持ち主が変わって管理されるようになってしまった。秘密基地は撤去された。ボクたちは小学生だったし、幸いにも事故がなかったから、怒られるだけで済んだ。

 そして裏山は、楽しい遊び場じゃなくなってしまった。ボクたちは一緒に遊ぶ理由を失くしてしまった。

 六年生になって、カズは私立の中学を受験するんだとかで、放課後は塾に通うことになったらしい。塾の行き帰りの急ぎ足を何度か見かけた。そしてそのまま、カズは少し離れた私立中学に通うことになった。

 たっくんとは同じ中学に進学したけど、すっかり話さなくなっていた。

 なんと言うか、グループが違うのだ。顔を合わせても、昔一緒に遊んでいたことなんか、もうなかったみたいに通り過ぎるだけだ。


 高校ではたっくんとも離れることになった。たっくんは工業高校に進学した。気付けば、遠くから見るたっくんの髪は金色になっていた。

 カズはどこかの進学校に通っているんだって、何かで聞いた。親の噂話だったかもしれない。

 ボクはそこそこの成績の生徒が通う、地味な制服の公立の高校にいる。

 たっくんともカズとも、世界が違ってしまったんだな、と思う。二人はきっと、小学校の頃なんか、忘れてしまったんじゃないかって気がする。あの面白く遊んだ頃のこと、秘密基地のこと、ドラコのこと。

 それでもボクは、ドラコの「また会える」って言葉を信じていたんだ。


 夏休みの夜、むき出しの腕で額の汗をぬぐいながら、ボクは裏山を登っていた。

 私有地の看板を無視して、忍び込んでいる。ボクはまだ子供の範疇とはいえ、小学生の頃のような言い訳が通じるほど子供じゃない。見つかったらきっと、見逃してはもらえない。

 それでもこうやって裏山に忍び込んで登っているのは、ドラコに会いたかったから。なんとかドラコに会えないかと思ったから。

 ドラコがいれば、また子供の頃みたいな楽しい日々が帰ってくるだなんて、そんなことはもう思っていない。ボクたちは変わってしまった。

 それでも、ボクはまたドラコに会いたかったんだ。

 リュックの中身が背中に当たって、少し体を揺すって背負い直す。リュックと背中に挟まれた服が、汗でじっとり濡れているのが気持ち悪い。

 それでもボクは登り続けた。懐中電灯の小さな光で足元を照らしながら。


 秘密基地があった場所は、どうってことない林だった。当たり前だけど、もうそんな面影はない。ドラコもいない。

 木立の中、もうあの頃じゃない、と思い知らされる。

 ボクはリュックを下ろして、中から折りたたみの踏み台を出した。これが硬くて、背中にごつごつと当たって、ここまでの道のりでとても痛かった。それを近くの木の根元に置く。

 それから、紐。結び方は何度も練習した。輪っかを作って枝にかけて、長さを調節して幹に結びつける。

 踏み台の上に乗って、その輪っかを両手で持って、最後にと周囲を見回した。

 たっくんとカズとボク。三人で遊ぶのは楽しかった。でも、ボクが楽しかった思い出はそれが最後なんだ。

 ドラコ。不思議な友達。「また会える」って言葉が本当なら、本当にまた会えるなら、踏みとどまれるかもしれない、なんて思っていた。


 深呼吸をして、輪っかに首を──そのとき、光が見えた。


 ちらちらとした光がこちらに近付いてくる。

 まだ少し距離はある。今のうちにこの輪っかに首を入れて、踏み台を蹴ってしまえば──そう思うのに体が動かなかった。ボクはただ、輪っかになった紐を両手に、立ち竦んでしまっていた。

 もう、無理だ。何度もそう思ってここまできたのに。ボクは道端で竦む動物のように、近付いてくる光をただ見ていた。


 近付いてきた光の中に浮かび上がったのは、たっくんとカズだった。

 ボクは二人に引き摺り下ろされた。泣いてしまった。なぜかたっくんとカズも泣いていた。

「ドラコの声が聞こえたんだ」

 二人ともそう言っていた。


 その夜、結局ドラコは姿を見せなかった。けど、ドラコがボクたちとまた会いたいと思っていることは、三人ともなんとなく理解していた。きっとドラコにも何か都合があるのだ。

 死に損ねたボクの状況は、何も良くなっていない。

 たっくんもカズも、二人にはもうそれぞれの進む道がある。ボクとは違う。でも、連絡先を交換した。またドラコに会うときに、必要になるから。

 またドラコに会えるかもしれない。また、ドラコに会いたい。その気持ちは本当だ。


 だからボクはきっと、まだ死なないんじゃないかと思う。少なくとも、またドラコに会うまでは。






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