第6話 背信者

 ユウトは薄暗さが更に増した廊下を、軽い足取りで歩いていた。


 右のポケットに手を入れる──先程院長から出世払いで借り受けた金貨が二枚──硬い触感を確かめるようにして、それに指を這わせた。




 不意に、ユウトの鼻腔がスープの香りを感じ取った。


 その香りで意識が現実に引き戻される。


 窓から見える空の色が昏い紫紺に染まり変わり、天に架かる月が細い鈍色の光を放っている。


 時間的には、夕食の時間になっていた。


 先程通った道を逆に戻って食堂に入ると、明るい時間に別れたヒロが帰ってきていたようだった。




「……僕より早く帰らなかった?」


「ボクの体力と足の速さをユウトを一緒にしないで欲しい……」




 ヒロは少々むくれてユウトを恨めしそうに見ていた。




「ごめんごめん」












 ユウトが食堂に入ってきた時から若干の違和感を感じていた。


 先程別れた時より、明らかに晴れやかな表情をしている。




──余計な事をされたようだ。




 苛立ちを覚えた。


 あのまま諦めてくれていれば良かったのに……と。


 純粋な彼に、この世界の理は残酷すぎる。




──院長め……。




 にしたいというよこしまが透けて見える。


 01エースに全幅の信頼が置けるわけでもない。


 向こうとしても、ボクは信頼に足るものではないだろう。




──背信者ユダ




 それが司法局がボクの背中に押した烙印。


 足抜けした迷宮試験官の僅かに残った良心と理性、そして罪状。


 それでも、背信者に成ることを選んだのだ。


 01という悪魔に魂を売り渡してでも、だ。


 無彩色のこの世界で、『僕』に取っては『彼』だけが彩られた存在。




──何があっても護りたい。




 僕に残された微かな……なのだから。


 迷宮試験官として、本来の名前も姿も大部分の記憶すら奪われたけれども──ただ一つ、忘れることのなかったもの。


 僕に残された、数少ない、もの。

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壊れた世界の迷宮で 風見渉 @Shou_k89

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