正しい成人の日の過ごし方

淀川 大

木星のコロニー型マンションで家族で記念撮影

「わあ、ハルカおねえちゃん、きれーい!」


「そうよねえ。ユウナちゃんも、お姉さんになったら着れるからね」


「ママあ。マイメは? きれる?」


「着れるわよ。ユウナとマイメの分の振袖もレンタルできるように、地球の縫殿ぬいどの呉服店で長期互助会コースに入っているから、大丈夫。振袖のレンタル料を毎月少しずつ分割で先払いしてるの。着付けと髪のセット代金も含まれているから、お得なのよお」


「――ユウナおねえちゃん、ごじょかいってなに?」


「たぶん『こちょこちょ会』の、おとなのやつね。おとなは、へんなところに毛がはえてるから」


「ふ~ん……」


「うーん、この帯、きっつい。ママ、この長い袖ももう少し短くできないのかな。私の耳と同じくらいの長さに」


「馬鹿言ってんじゃないわよ。ハルカの耳とたいして変わらない長さでしょう。それに、帯がきついのは、お正月にお餅を食べ過ぎたからよ。今年は成人式があるから控えなさいって、あれほど言ったのに」


「だって、早めに食べとかないと、今年も『オレオレ猿』が電話をかけてきて餅を持っていかれるぞってパパが言うから……」


「今時『オレオレ猿』の詐欺電話にだまされるうさぎなんていないわよ。それよりウサジはどこに行ったの?」


「まだ部屋から出てきてない。太陽系統一テストが駄目だったから、落ち込んでる。もう、浪人確定だって」


「まだ二次試験があるじゃないの。いまから諦めてどうするのよ。高いハードルを跳び越えてこそ兎なのにねえ」


「うお、ハルカねえちゃんが芸者さんみたいになってる!」


「うるっさい!」


「顔も違う顔になってる。変なの」


「あっち行け、馬鹿バグス!」


「ハルカ、そのたぬきの縫いぐるみはコニマルのお気に入りなんだら、投げるなよ。今はカチカチの練習に夢中なんだからさ。それに、バグスも恥ずかしくて言っているんだよ。そうだろ? バグス。おまえ、ハルカお姉ちゃんの晴れ姿が綺麗だから、こっぱずかしいんだろう?」


「ち、違うよ、パパ。恥ずかしくなんかないやい!」


「あーあ、照れちゃって、耳が真っ赤じゃないか。よし、じゃあ、みんな居るかな。そろそろ記念撮影を……」


「待って、ウッキー。ウサジが部屋から出て来ないのよ」


「なんだ、まだ落ち込んでいるのか。仕方ないなあ。もしかして、サッキーが何か言った?」


「なんで私のせいにするのよ。『どどんと焼き』には家族全員参加だって言い張ったのはウッキーでしょ。なにも試験前日に連れていかなくてもよかったのに。太陽までは結構遠いじゃないの。時間を取られたって、ウサジも恨んでたわよ」


「『どどんと焼き』で正月をしめられない男に一年は始まらんばい」


「なんで急に地球の方言なのよ。ウッキーは土星出身でしょ」


「まあ、そうだけど、一応な。――はあ、しょうがないなあ、みんな少しだけ待っていろよ。パパがウサジ兄さんを呼んでくるから」


「パパ、パパ……」


「なんだ、ハルカ」


「ウサジが部屋から出てきたよ」


「お、なんだ、出てきたか。よし、ウサジ、こっちだ。みんなでハルカの成人祝いの記念写真を撮るぞ。早く来いよ」


「僕はいいです……。遠慮します。僕のような人生の落伍者らくごしゃなんかがフレームに入っていると、縁起が悪いので、みなさんだけで撮ってください」


「おいおい、ウサジ。しっかりしろ。耳が垂れているぞ。顔が隠れちゃってるじゃないか」


「ウサジ兄ちゃん、顔もビスカッチャみたいになってる。くくく」


「こら、バグス、やめなさい。落ち込んでいる兎をからかうもんじゃない。ウサジもウサジだ。パパが言っただろう、兎は足腰で勝負だって。日頃の鍛錬を怠らなければ、跳び越えられない草はない。毎朝みんなで縄跳びを続けてきたように、ちゃんと勉強も続けてきたおまえなら、きっとうまく……」


「ぐえっ!」


「サッキー……なにも息子に不意打ちで兎蹴りしなくても……」


「いいのよ、これくらい。ウサジ! しっかりしなさい。あなたは兎でしょう! 今年は干支番なのよ! 干支の兎が一月から耳を垂らしてうつむいていたら、宇宙中の皆さんに申し訳がないでしょ! また亀に馬鹿にされるわよ! 今年は跳躍の年よ。高く跳ぶためには、一度屈まないといけないの。深く屈んだからこそ、兎は高く跳べるのよ! 人参根性みせなさい!」


「そうだ、ウサジ。ママの言うとおりだ。おまえなら出来る。パパも信じてるぞ」


「パパ、ママ……分かった。僕、頑張るよ。最後まであきらめず、跳んでみせるよ!」


「よし、それでいい。じゃあ、記念撮影だ。ハルカ、真ん中に来なさい」


「あの、その前に……」


「どうした、ハルカ。急に改まって」


「帯がきつ過ぎた? 少し緩めましょうか」


「ううん。違う。……パパ、ママ、今日まで育ててくれて、本当にありがとうございました。こんな立派な振袖まで準備してくれて。まだまだ未熟者の私だけど、今日から大人の一員として精一杯頑張るので、これからも厳しいご指導、よろしくお願いいたします」


「は、ハルカ……」


「うう……いつの間にか、こんなに立派になって……」


「あはっ、パパとママ、おめめがまっかっか」


「め……目にゴミが入っただけだよ、コニマル……うう……」


「ママも泣いてるよ。かなしいの?」


「大丈夫よ、ピーター。これは嬉し泣きっていうのよ。――グズッ……」


「ハルカおねえちゃんもないてる。マイメもなみだがでてきた」


「でも、マイメ、ハルカおねえちゃんは手に目薬もってるよ」


「しっ! ユウナうるさい! ご祝儀のためなんだから、余計なこと言わないで。バレちゃうでしょ」


「俺はできる。やれば跳べる……」


「関係ないぞ、ウサジ。パパとママの感動が半減するじゃないか」


「だいたいさ、大人になるための成人式がエウロパ衛星の『エウロパッパランド』で行われるんでしょ。あそこ、遊園地じゃん。子供が遊ぶところで大人になる儀式して、変なの。どうせ、式が終わったらみんなで遊んで帰るんでしょ。だから嘘泣きしてパパとママから沢山ご祝儀もらう計画だって、昨日ハルカ姉ちゃんが……イテっ」


「余計なこと言うなって、バグス! もう少しなんだから、黙ってて!」


「ハールーカー……」


 声をそろえてそう言ったウッキーとサッキーは、前歯をカチカチとさせていた。



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正しい成人の日の過ごし方 淀川 大 @Hiroshi-Yodokawa

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