第15話 明日に向かって


意識を取り戻したのは、それから四日後のことだった…


まるでミイラのように体のほとんどを包帯でグルグル巻きにされ、四本の手足は全てギプスで固定されていた。

他にも、腕や体のアチコチから伸びるコードやチューブのような物がベッド脇に設置された計器に繋がれていた。

かろうじて首から上は無傷だったが、鼻と口を塞ぐようにセットされた酸素吸入用のマスクが視界を遮っている。

周りを見回そうと、ほんの少し頭を傾けただけで全身に激痛が走った。


「やっと気が付いたのね、ダンディー」

「このまま死んじまうんじゃないかってハラハラしたぜ」

声の方に目を向けると、そこにはよく見知った顔があった。

「ジャック………サラ………ここは?」

「ここは東京シティ中央病院。あなた四日間も意識を失ってたのよ」

「それにしても、やっぱりダンディーは銀河一の刑事だよ☆こんだけ満身創痍になりながらでも、あのスナイパー・ジョーを倒しちまうんだから☆」

「俺がジョーを倒しただって?」

「なんだ、覚えてないのかよ?俺が機動部隊と突入したとき、息があったのは傷だらけで意識失って倒れてるダンディーと、なぜかパンツ一丁で気絶してるスナイパー・ジョーしか残ってなかったぜ?」

「そんなはずはない…俺たちと戦ってたとき、ジョーは高級そうな純白の麻のスーツを着ていた…。まぁ最後の方は染み込んだソースやこびり付いた食材でだいぶ汚れちまってたけど、パンツ一丁なんてことは…」

「そう言や、ジョーの身体中に何かの歯形みたいな発疹が出てたっけな…あまりの痒さに服脱いだんじゃねーか?さもなきゃ暑くて脱いだのか…」

「パンツ一丁だったことはもういい。それで、ジョーはどうなった?」

「スナイパー・ジョーなら警察で拘留中よ。近いうちに即日裁判が開かれるみたいだけど、あのスナイパー・ジョーですもの、極刑は免れたとしても終身刑は確実ね☆」

サラは嬉しそうに言った。

「これでまた銀河から極悪人が一人、排除されたわけだ☆ ダンディーも無事に…無事とは言えないが帰ってきたし、これで一件落着だな☆ハッハッハ」

ジャックも嬉しそうだった。

記憶がないにせよジョーを逮捕できたのは良しとして、俺にはもう一つ、どうしても確認しておきたいことがあった。

「小田切は?」

「小田切?」

「南銀河警察の若い刑事で、俺のパートナーだ…ジョーに撃たれたのは間違いない…」

「さあ…現場にはいなかったと思うが…。サラは何か知ってるか?」

「いいえ、何も…。裏ルートで今回の死亡者リストを入手して目を通したけど、北京飯店のオーナー以外はマフィアのメンバーばかりで、小田切って名前はなかったはずよ。それに、刑事さんが殉職したなら絶対にニュースになるんじゃない?」

「そうだよな。最近のニュースと言ったら、スナイパー・ジョーの逮捕と小川代議士の脱税事件、それとどーゆーわけか新宿の街で次々と合計20頭のブタが捕獲されたってニュースくらいで、刑事さんの殉職ってニュースは…」

「……そうか…」

俺の目の前でジョーの凶弾に倒れたのは間違いない。

死んでしまったならその事実を受け止めるしかないが、遺体が見付からない上に警察の死亡者リストにも名前がないというのは…。

納得いかない俺は、何としても真相を知りたかった。

「ジャック、すまんが星間電話をかけてくれないか」

「かまわねぇぜ、どこにかけるんだ?」

「南銀河警察刑事課だ」

両手が使えない俺は、ジャックに番号を伝えてダイヤルしてもらい、ジャックは俺の耳元に電話機を当ててくれた。

プルルルル…プルルルル… ピッ!

「はい、南銀河警察刑事課」

「ダンディーです、課長は?」

「おお!田中か!ワシだ☆ よくやった!大手柄だぞ!それより傷の具合はどうだ?」

「俺の体はどうでもいい、小田切はどうした?遺体も、死亡者リストにも名前がないってのはどーゆーことだ?」

「そのことか…小田切の件は残念だったが今は忘れるしかない」

「忘れる?何を言ってんだ…」

「今は一日も早く傷を治して復帰することに集中するんだ。小田切のことは忘れろ、いいな?」

「小田切のことを忘れろだと?あんたそれでも血の通った人間か!」

「ワシはこれから署長と会合だから急いどるんだ、とにかく今は傷の回復に専念しろ!わかったな?じゃあな」

プッ… ツー…ツー…

「ちょ!課長!…」

電話は一方的に切られてしまった…。

「納得いかない話だったみたいね…」

「見苦しいところを見せちまって…すまん」

「ま、お上の仕事は俺たち一般人じゃ分からない苦労も多いんだろうぜ、なぁ、ダンディー」

「そーゆーことかな…あまり気にしないでくれ…」

「課長さんも言ってたが、今は治療に専念するのが肝心だ☆俺たちも毎日見舞いに来るからよ☆なぁサラ」

「もちろんよ☆元気付けに店の女の子たちも連れて毎日お見舞いに来るわ☆全員ダンディーファンだから☆」

「今やダンディーはヒーローだからな☆大勢のファンのためにも頑張らなきゃな☆」

「ありがとう、頑張るよ…」

二人の励ましは有難かったが、心の中にはどうしても小田切のことが引っ掛かっていた…。


それから毎日、宣言通りジャックとサラは見舞いに来てくれた。

懸命な治療とリハビリ、そして二人の献身的な支えの甲斐もあって、傷は癒え、俺の体は回復していった。



3ヶ月後


「おはようございます…」

俺は、松葉杖をつきながら、久しぶりに南銀河警察刑事課のドアを開けた。

「おお、お帰り☆ダンディー」

「傷の具合はどうだ?もう大丈夫なのか?」

ヤマさんやゴリさんが声をかけてきたが、返事もそこそこに俺は一直線に課長のデスクに向かった。

「田中☆戻ったか☆今回も実にお手柄だった☆さすがは南銀河警察が誇る刑事だ☆上司としてワシも鼻が高いぞ☆」

ご機嫌な課長に対し、俺は冷たく言い放つ。

「そんなことはどうでもいい。小田切はどうなった?」

「復帰早々、何をイライラしとるんだ…小田切の件は忘れろと言っただろう…」

「正義を貫いて悪と戦い、平和のために命を落とした仲間のことを忘れろと?」

「だからそう言っとるだろう、何度も同じことを…」

俺は銃を抜き、課長の額に照準を合わせた。

「お、おい!そんな物騒な物はしまわんか…今なら何もなかったことにしてやるから、さっさとしまうんだ」

いきなり銃を突き付けられて、課長はかなり狼狽している。

「落ち着くんだ!ダンディー!自分が何をしてるか分かってるのか!」

「早くしまえ!俺たちに引き金をひかせるつもりか!銃を下ろすんだ!」

予期せぬ展開に、銃を構えたヤマさんもゴリさんも必死になって制止に入る。

「俺だってこんなことはしたくない…。小田切のことについて、課長が真相を話してくれれば銃はしまいますよ…」

課内は緊迫した空気に包まれた…。


そんな中、その場の空気を感じ取れないお気楽な人物が刑事課のドアを開ける。

「ひゃ~危ない危ない、遅刻するかと思った…でもギリギリセーフ!皆さん、おはようございま~す☆」

どこかで聞いたような声が気になったが、俺は構えた銃と課長から目を離せずにいた。

「あれ?皆さん銃なんか構えて、何かの模擬訓練ですか?…田中先輩、いくら訓練でも課長に銃を向けるのはどうかと思いますけど…あ!わかった!田中先輩が犯人役で、課長が悪徳代議士みたいな設定ですね☆」

「ん?…田中先輩??」

確かに聞き覚えのある言い回しに、俺はたまらず後ろを振り返る。

「( ̄0 ̄;)……」

あまりの衝撃に開いた口が塞がらなかった。

正直、キツネにつままれた気分だった。

紛れもなく、そこには小田切が立っていた。

一点の曇りもない満面の笑顔でピースサインまでして…

「もういい。わかったなら早く銃をしまわんか。皆さっさと仕事に戻れ!田中はちょっと会議室に来い…」

「は…はい…」

まだどこか夢でも見ているような気分のまま、課長のあとに着いて会議室に向かった。



頭の中がクエスチョンマークで溢れかえっていた俺は、会議室に入るなり課長に質問をぶつけた。

「課長、今のは一体…」

「お前も見ただろ、小田切だ。だから忘れろと言ったんだ」

「いや、しかし… 小田切は間違いなくあの場でジョーに撃たれて…てっきり死んだもんだと…」

「確かにあの場でやられたのは事実だ」

「じゃあなぜココに小田切がいるんです?」

「あれはな、言わば『小田切マーク2』だ」

「マーク2…?」

「小田切はな…実は、政府が極秘に開発したサイボーグ刑事なんだよ」

「え?…ええ~ッ!?( ̄□ ̄;)」

自分の耳を疑ったが、課長はお構い無しに話を続けた。

「この件は、政府と警察それぞれ極一部の者しか知らされていない最重要機密なんだ。だから地球でジョーにやられた小田切、言うなれば小田切マーク1は極秘裏に処理された」

「だから死体もなく、死亡者リストにも名前がなかったわけか…」

「そーゆーことだ。最先端科学の粋を集め、無限の体力、無尽蔵の知性、溢れる勇気と正義感、豊かな包容力と人間性、それら全てを兼ね備えて造られた完全無欠なサイボーグ刑事の技術を、万が一にも悪の手に渡すわけには行かないからな」

「無尽蔵の知性?豊かな包容力と人間性?トドメに完全無欠って……課長それマジメに言ってます?」

「もちろん大マジメだ!不幸にも試作1号機はスナイパー・ジョーにやられてしまったが、悪の手に渡らずに済んだことは不幸中の幸いだった」

「試作……どおりでね…(-_-)」

「で、さらに様々な部分に改良を加えてグレードアップしたのが試作2号機、小田切マーク2とゆーわけだ☆」

どこに改良を加えて、どうグレードアップしたのか…そこがかなり気になったが、あえて口には出さなかった。

「そこでだ、2号機の面倒も田中に任せようと思っとる☆」

課長は、いつにも増してとんでもないことを言い出した。

「は?なんで?…俺は1号機の面倒を見たじゃないですか!」

「だから慣れっこじゃないか☆それにな、小田切1体造るのに何十億ヤニーという予算が投じられてるらしいぞ?つまりお前は既に市民の血税を何十億をパーにしとるわけだ、これから一生働いても返しきらんなぁ☆」

ここにきて常套手段で俺を追い詰める。

「そんな…あれは俺だけのせいってわけじゃないでしょ?」

「まぁ確かに、1号機のロスは田中だけに責任があるとは言い切れないかも知れん。しかし、だ」

「しかし…何ですか?」

「北京飯店の修理代だけでも何千万ヤニー…」

「ああ!もう!…わかりましたよ!引き受けりゃいいんでしょ!」

「そーゆーことだ☆(^o^)」


課内に戻ると、課長は小田切を呼んだ。

「小田切、ちょっと来い」

「はい!何でしょうか、課長」

「小田切は今日からこの田中とパートナーを組んで事件解決にあたってくれ」

「了解しました!課長!」

こちらに背を向けて座っているヤマさんやゴリさんは、肩を震わせてクスクス笑っていた(-_-)

「よろしくお願いします!田中先輩!」

「その田中先輩って呼び方はやめろ、俺には馴染みの…」

「わかりました!ダンディー先輩!」

こうして俺は再び小田切と組むことになった…



数日後、俺は小田切の運転で管内パトロールに出ていた。

「そろそろ昼だから、どっかで昼飯にするか☆久しぶりだしバーガーショップのドライブスルーでも構わないぞ☆」

「ジャンクフードなんてダメですよ!もっと健康的なもの食べないと!」

「は?だってお前…」

「安心してください☆今日は先輩の分までお弁当作って来ましたから☆」

「弁当?へぇ、今度の小田切は気が利くなぁ☆」

「…今度のって?」

「何でもない、気にすんな☆」

俺は、心のどこかでこうしてまた小田切と組めることを待ち望んでいたのかも知れない。

ジョーにやられたはずの小田切が、今、隣でハンドルを握っている…そのことが心の底から嬉しく思えた。

「そう言えば先輩、僕、考えると眠れなくなっちゃうんですけど、肉団子とミートボールの違いって分かります?」

「…………(-_-;)」

「シナチクとメンマの違いも」

「…………(-_-)」

小田切はやっぱり、いつでもどこでも、生まれ変わっても小田切だった…


「こんなんじゃ白髪も増えるわな…」


俺の名前はダンディー。

もちろん通称である。

今日も明日もあさっても、人々の安全と銀河の平和のために悪に立ち向かう…

この小田切とともに…



=おしまい=

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俺はダンディー 飛鴻 @kkn0107

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