第14話 決着


「……くそ~…ジョーの野郎、とことん痛ぶるつもりらしいな…」

視界のきかない状況で放たれたジョーの弾丸は、それでも的確に俺の右足に命中していた。

「大丈夫ですか!」

「シッ!…声を出すんじゃねぇ」

人差し指を口に当て、小田切を制する。

俺は小声で状況を伝えた。

「ジョーの野郎、俺たちの声を頼りに狙いをつけてんだ…」

「!…声だけで狙いをって…そんなこと出来るんですか?」

小田切も小声で聞き返す。

「そんなことが出来るから超一流なんだ…それが銀河中に名を轟かせるスナイパー・ジョーって男だよ…」

「すごいですね…僕、尊敬しちゃいます」

「悪人を尊敬するんじゃねーよ!…視界のきかない今のうちに向こうへ移動するぞ」

二人して少し離れたテーブルの陰へ移動する。

両手両足を撃たれた俺は、匍匐前進のように這って進んだ。

そんなタイミングで厨房につながる観音扉が開き、チャーシュー麺とチャーハンが乗ったトレーを持って、あの、オーナーらしい男がパーティー会場に入ってきた。

「はい~♪お待ちどうさまアル~♪追加注文のチャーシュー麺とチャーハン持てきたヨ♪」

ご機嫌な様子で入ってきたオーナーらしき男は、変わり果てた会場内を見て愕然としていた。

「ちょと!アナタたち何したの!ドッカンドッカンうるさい思たら、お店の中メチャクチャじゃないか!」

オーナーらしき男は、ワンオクターブ高い声で喚き散らした。

自分の店をメチャクチャにされれば無理もない話だが、今は大声を出すことが危険極まりない状況なのだ。

「シーッ!…シーッ!…」

俺と小田切は、隠れたテーブルの下から必死に男を制したが、我を失った男はそんなことお構い無しに喚き続けた。

「ワタシが苦労して苦労してここまでお店大きくしたヨ!まだローンも残てるのに、タレが責任取ってくれ…」


ズキューン!…


「る……」

オーナーの男は、直立したままスローモーションのようにゆっくりと後ろへ倒れる。

額の中央に弾丸を食らったオーナーの表情は、目も口も開いたまま、最期の一瞬を物語っていた。

「ジョーの野郎…また罪もない人を…」

命を救えなかったことと、反撃の糸口が見出だせない苛立ちがつのる。

そんな俺とは対照的に、小田切はストレートに感情を爆発させた。

「スナイパー・ジョーッ!!…やっと出来上がったチャーシュー麺とチャーハンが台無しじゃないかぁッ!!」

「………(-_-;)」

バン!バン!バン!バン!

小田切は、見えない敵に対して、やたらめったら銃を連射する。

「小田切!弾を無駄遣いするな!」

「どこに隠れたかと思ったら…そんな所に移動していたのですね、ダンディーさん」

「しまった!…」


ズキューン!…


「がっ!…」

弾は脇腹に命中した。

「先輩ッ!」

「私の狙いを知っていながら大声を出すからですよ…」

「やい!やい!やい!やい!スナイパー・ジョーッ!先輩ばかり狙って卑怯だぞ!隠れてないで正々堂々と勝負しろ!」

バン!バン!バン!バン!

「まったく…うるさいパートナーさんですね…そんなに死に急ぐこともないでしょうに」


ズキューン!…


「ぎゃっ!…」

今度は小田切の右腕に命中させる。

「これで少しは静かになりますかね…。ダンディーさんをあの世に送ってからゆっくり始末して差し上げるつもりでしたが…私はね、段取りを狂わされるのが一番腹が立つんですよ、若い刑事さん」


ズキューン!…


「ぎゃっ!…」

次は小田切の左腕が撃ち抜かれる。

「まだ若いのに、なかなか銃の腕が立つようでしたが、これでは狙いも付けられないでしょう…」

俺を瀕死の状態に追い詰め、小田切の戦闘能力を大幅に削いだことで勝利を確信したのか、会場内に充満していた煙と砂埃が徐々に落ち着いてくると同時に、スナイパー・ジョーはゆっくり姿を現した。

「くそ~…ジョーの野郎…」

「やっと出てきたなッ!僕の腹ペコどうしてくれる!焼肉の約束、忘れたとは言わさないからな!」

「ちゃんと覚えてますよ。私を捕らえることができたら…ね」

ジョーは余裕綽々と空の薬莢を捨て、新たな弾丸をシリンダーに込めていた。

「先輩!こっちも弾が尽きました、他に武器は?」

「だから無駄遣いするなって言っただろ…残りの武器はこのショットガンしかねぇ…弾も8発だけだ…今度こそ弾を大事にしろ…」

「了解です!」

俺はショットガンと持ち弾の全てを小田切に渡した。

大量の出血のせいで意識が朦朧とし、満身創痍で戦闘力ゼロの俺は、勝負の行方を小田切に賭けるしかなかった。

「おやおや、最後の切り札はショットガンですか…ショットガンなら私を倒せるとでも?そもそもそんな腕ではショットガンを構えることすらままならないでしょうに…」

「うるさい!そんなものやってみなきゃわからないだろ!これでも食らえ!」


カチャ…ドンッ!

カチャ…ドンッ!


ジョーの言う通り、傷付いた両腕ではショットガンを撃つだけで精一杯で、狙いをつけることはおろか、まともに構えることさえ出来ない。

小田切の放った弾丸は、ジョーの近くにあった中華テーブルを破壊し、テーブルの上にあった料理を撒き散らすのが関の山だ。

ショットガンの散弾が一発も当たらない代わりに、飛び散った料理やソースがジョーの純白のスーツを汚すだけだった…。

「この麻のスーツは私のお気に入りでしてね…あなた方の給料ではとても手が出せない高級品なんですよ…それをこんなに汚されて…少し頭に来ますね…」

「うるさい!高級スーツが何だってんだ!」


カチャ…ドンッ!

カチャ…ドンッ!


何度撃ってもジョーには当たらず、スーツの汚れを増やすだけだった。

「若い刑事さん、あなたの頑張りは認めますが…これでは焼肉はもちろん、英雄勲章とやらにもありつけなさそうですね…」

ジョーは余計なキーワードを口にした…(-_-)

「ん?英雄勲章?…そうだ!英雄勲章だ!ジョーさん倒して僕が手に入れるんだ!絶対に誰にも渡すもんか~ッ!」


カチャ…ドンッ!

カチャ…ドンッ!


「小田切!…弾を…大事に…」

嘘八百の英雄勲章なるものに目が眩んだ小田切に、やっとの思いで口にした俺の忠告など届くはずもない。

そして…


カチャ…ドンッ!

カチャ…ドンッ!

カチャ…カチャ…


「あ……(-o-;)」

「とうとう最後の弾まで撃ち尽くしてしまったようですね…」

勝利を確信した余裕の表情でクールに言い放つジョーだったが、本来は純白だったはずのスーツは見るも無惨に赤や茶色のソースで染め上がり、そのうえ様々な食材がこびり付き、頭の上にはチョンマゲよろしく伊勢エビの尻尾が乗っかっていた。

クールな立ち居振舞いと、それに相反する情けない姿が実に滑稽だったが、それでもジョーと小田切の勝負はまだ続いていた。

弾を撃ち尽くしてしまっても、未だ勝負を諦めていない小田切は、テーブルの上にあったナイフとフォークを両手に握りしめ、目線はジョーを見据えたまま意味不明なことを言い出した。

「先輩、あとは頼みましたよ…」

「??…何言ってんだ…」

「ところでジョーさん、地球の歴史は詳しいかい?」

「小田切?…」

「この期に及んで何を言い出すかと思えば、地球の歴史?…それは自分の生まれた星のことですから多少は…それが何か?」

「……僕が神風特攻隊、貴様がアメリカ艦隊だ!」

「( ̄□ ̄;)!…小田切!」

「そういうことですか♪ 今の私から見たら、あなたは神風特攻隊ではなく、風車に戦いを挑んだドンキホーテですよ」

小田切はナイフとフォークを振りかざし、ジョーに突進していった。

「英雄勲章は僕のもんだ~ッ!」

「やめろ!…」

「順番が逆になるのは腑に落ちませんが…こうなってしまった以上それも仕方ないですね…」

「うぉぉぉぉ~ッ!!」

「小田切ィ~ッ!」


ズキューン!…ズキューン!…ズキューン!…


俺は、小田切の背中が3ヶ所弾け飛ぶのを目の当たりにした。

ジョーの弾丸が貫通したのだ。

小田切の突進は徐々にその勢いを弱め、ついにはジョーの寸前で停止した。

それはちょうどジョーの腕の長さと構えた銃身の長さを足した距離だった。

「あなたの勇気と根性には感服しましたよ」

冷酷な目で小田切を見つめるジョーは、そう言いながら劇鉄を起こした。

「よせ…ジョー…やめてくれ…」

「アディオス…若い刑事さん」


ズキューン!…


「小田切ぃぃぃぃーッッ!!」

後頭部が弾け飛んだ小田切の体は、撃たれた衝撃でそのまま後方に3mほどフッ飛ばされる。

「うそだ……小田切……起きてくれ……いつものように…すっとぼけた返事をしてくれ……小田切……小田切ィ~ッ!」

俺の叫びに反応はない。

大の字に倒れた小田切は、二度と、ピクリとも動くことはなかった…

自然と涙があふれ、全身から力が抜けてしまった俺は、体の一部を動かすことも、瞼を開けることすらも出来なかった。

完全に戦意も気力も失った俺に、ジョーがゆっくりと近付いてくる。

「20年間、この瞬間を待ちわびていましたよ…」

額の真ん中に固い物が押し付けられるのを感じた。ジョーの銃口が当てられたのだ。

「俺の敗けだ…殺るならさっさとカタをつけてくれ…さもないと…あんたに殺られる前にあの世に行っちまいそうだ…」

「それでは不完全燃焼なのでね、あなたは何としても私の手で…。アディオス、Mr.ダンディー」


カチ…


その音に、一瞬体がピクッと反応する。

「おや?私としたことが…弾切れのようですね♪これは失礼しました。でも、銀河一と言われるダンディーさんでも死の恐怖には抗えないようですね、体が反応していましたよ♪ハッハッハッ♪」

「…お前が弾切れなんて凡ミスをするワケがねぇ…ハナっから弾は抜いてたんだろ…」

「さすがダンディーさん、察しがいい。銃弾一発で終わらせたのでは私の積年の怒りは収まらないのでね、このナイフをあなたの心臓に突き立てて差し上げます。パートナーさんが私を倒すために最期の一瞬まで握りしめていたこのナイフをね♪」

「とことん陰険な野郎だな…」

俺は今度こそ死を覚悟した。

小田切やジャックやゴンザレスに申し訳ない想いと悔しい気持ちと情けなさで、再び涙が溢れ出した。

「それでは、自分の愚かさと死の恐怖をじっくり味わいながらあの世へ旅立ってください♪ アディオス、Mr.ダンディー」

ジョーがナイフを振り上げた。

その時だ。


バーン!…


と厨房へつながる観音扉が勢いよく開いた。

「フッ…ジャック、あと一歩間に合わなかったみたいだぜ…」

目の見えない俺は、てっきり警察の機動部隊を引き連れてジャックが飛び込んできたのだろうと思った。

ところが少し様子が違った。

「な、なんだ、これは…」

珍しくジョーがうろたえている。

ドドドドドドッ!…

無数の足音が近付いてきた。

「うわッ!やめろッ!…痛いッ!くすぐったいッ!痛いッ!…」

何が起きているのか見当がつかない俺は、最後の力を振り絞って、わずかだが片方の瞼を開いた。

ハッキリとは見えないが霞んだ視界に映ったもの、それは、ピンク色の丸っこい物体が次々とジョーに襲いかかる光景だった。

俺はそこで意識を失った…。

意識を失う最後の瞬間、遠くで

「ブヒィ~ッ!…」

という声を聞いたような気がした…。



=つづく=

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