この作品のよさはズバリ、取材性の高さ。作者様が現地に赴き、実際に取材を行ったかはわからないのですが、羅臼地方の方言や昆布漁の様子、人々の何気ない会話や風景の描写全てに「羅臼の営みや風景を描いてやろう」という執念、もしくは情熱のようなものを感じます。
文章の方も、決して書きすぎることなく、絶妙に行間を読ませる老練とした文体。丹念な描写による映像的解像度の高さと、この熟達した文章により、文芸誌に掲載されていそうな、完成度の高い作品だと感じました。
ストーリーの方も、それらの描写を邪魔しないとするかのように、実に淡白なもの。羅臼という最果ての街に離婚して戻ってきた訳ありヒロインと、今や羅臼の海を背負って立つ男になっている主人公、二人の乾いた恋愛模様が描かれます。この北の海がキャラクターたちに何を与え、流氷の訪れが彼らに何をもたらすのか、実に想像力を掻き立てるストーリー仕立てとなっています。ご当地純文学小説の佳作として是非ご一読ください。
(「ご当地短編小説」4選/文=佐々木鏡石)