第51話:最終話(伊400の旅立ち)

 富下が日下に対して伊400の乗員になりたいと言う日から二か月が経過していてその僅かな期間で世界情勢は激変していたのである。


 一月前に突如、米国NASAの超大型望遠鏡が直径800メートル級の小惑星が地球落下する事を探知したが米国は世界が混乱に陥るのを恐れて発表しなかった。


 だが、その小惑星が肉眼で見えるようになった時、世界中で騒ぎが発生して世界各地の天文学者が独自に計算した結果、落下地点がイエローストーン火山と判明して世界中が騒然とする。


「艦長、聞きましたか? 小惑星がよりによってイエローストーンに落下とは」


 橋本先任将校が伊400甲板で肉眼でも見える小惑星を眺めていた日下艦長に言うと日下も無言で頷く。


「恐らく……破局噴火が起こるだろうね? だが、流石の私達でも小惑星を破壊することは不可能だ」


「ええ、しかし世界各国が団結して小惑星を破壊しようとしているのは見事かと」


「取りうる手段としては全世界中の核ミサイルを発射して軌道を変えるぐらいかと思うが難しいだろうね……? 先日、日本を介して私達も手を貸すと提案したが予想外にも断わられてしまったからね」


「我々はこの世界の住人ではありませんから彼らにもプライドがあるのでしょう。まあ、最も失敗して人類の危機が早められてしまうのも滑稽ですが」


「現在、日本国内でも衝突後の地球規模で発生する気候の激変に対処することで笠間総理自ら動き回って対策を実行していることだ」


 この時の世界情勢は、アジアでも一時的に戦争が停戦となり災厄に対処することで決まったがユーラシア大陸全体でとんでもない災害が発生したのである。


 小惑星接近の影響で地球上の地軸が不安定にゆれて僅か数度だけであったが軸移動が起きてその影響により、各地でマグニチュード10級以上の大地震がユーラシア大陸全体で発生して中国最大のダムである“三峡ダム”が原形をとどめないほど崩壊して大災害を引き起こす。


 天文学的な大洪水が長江沿岸を襲って数十万都市が水没してしまうが大地震の影響を受けて政治体系が崩壊していた時であったため、為すすべもなく大被害が発生してしまう。


 その地軸移動の影響による災害は日本も例外なく起こり、南海トラフ地震及び富士山噴火と言う前代未聞の災害が発生して他の国に援助する暇も余裕もなく世界各国が自分の国に対処することに精一杯であった。


 だが、日本においては笠間総理率いる優秀な官僚達や真崎大将率いる陸海空の軍が一致団結して最小限の被害に留めることに成功する。


 勿論、その要因の大部分は伊400が持つ別世界で手に入れた各種アイテムが役に立ったのである。


「40年前の旅で手に入れた装置がこの世界で役に立ったことはよかったな」


 日下と吉田技術長が横須賀港桟橋に係留している伊400艦橋甲板にて話し合っていた。


「たった一つでしたが火山マグマの膨大なエネルギーを吸収してしまう装置のお陰で富士山の噴火を僅か一日で収束させて被害を最小限に抑え込んだのは大きかったですね?」


「だがこれで小惑星が衝突するイエローストーン火山は駄目だろうね」

「地球規模による大規模な温度低下が発生するのは火を見るより明らかですね?」


「恐竜を滅びした小惑星よりも大きいからね? 氷点下になる地点が数えきれないほど発生するだろうね?」


「そこでこの私がこの世界に残り、大東亜連邦国に熱核融合技術を提供するという事が決まりましたね?」


♦♦


 世界中で発生した天災の中で世界各国が手を組んで特に核保有国である米露中による核ミサイルによる軌道変化が試みられたが見事に失敗してしまう。


 それから一週間後、小惑星は大気圏内に突入して巨大な火の玉となってイエローストーン火山に激突する。


 北米大陸・南米大陸全てにおいて測定不能の人類史上最強の地震が襲い一瞬にて地形が激変するほど破壊される。


 この衝突のエネルギーの力は凄まじく北米大陸だけで7割の人口が一瞬で失われる。


 小惑星衝突時において天文学的な粉塵が上空に舞い上がりお日様の光を完全に遮断してしまい世界は急速に気温が低下していく事態に陥る。


 だが、その中でも日本をはじめとする大東亜連盟に加盟している国々においては被害も最小限に抑えられていたのである。


 勿論、伊400が数百年間、色々な世界を旅していた時に手に入れた数々の未知の技術が提供されたのは大きかった。


 小惑星が激突して二月が経過して大東亜共栄圏以外の世界は正に世紀末伝説の世界で大混乱が起きて秩序は崩壊まじかであった。


 その災厄を更に上回る災厄が全世界中を襲い始めたのである。

 それは南極大陸を覆う数千メートルもの氷の厚さに数千年間、閉じ込められていた未知のウイルスが超巨大地震の影響で放出されたのである。


 そのウイルスはたちまち世界中を襲い耐性を持たない数千万単位の人々を次々と為すすべもなく命を狩っていく。


 だが、その恐怖な未知の殺人ウイルスも大東亜共栄圏の国々の国民には効果がなかったのである。


「まさか210年前の世界の旅で手に入れたワクチンが役に立つとはな」


 次期伊400潜水艦第三代目先任将校候補の『富下貝蔵』大佐がそれは何を意味しているのですか? と質問すると橋本先任将校が説明する。


「210年前の並行世界はナチスドイツが世界の半分を手に入れて日米英と激戦を繰り広げていたのだがナチスが南極大陸に封印されているウイルスを取り出してそれを兵器として使用したのだ」


 橋本の言葉を聞いていた日下が作業の手を止めて橋本の言葉を引き継いで続きを話す。


「その未知のウイルスは正に死に直結する代物で我が艦の乗員も二名感染して一時は死をも覚悟したが日本の勇敢あふれる一人の若い医者がワクチンを偶然だったが開発に成功して命を取り留めることに成功したのだ」


「そうだったのですか! 所でそのナチスとの戦いはどうなったのですか?」


「自分たちが開発したウイルスでナチス全土が大混乱を引き起こしてヒトラー総統もそのウイルスにかかって全身から血を噴き出して絶命したよ」


 日下は過去を思い出しながらナチスが自滅したと同時に世界大戦は終結して例のワクチンを大量培養して作成して何億の人を救う事に成功したことを話す。


「そのワクチンは別の世界で必要になるかもしれないと思い保管していたがその決断は正しかったといえるな」


 南極大陸で巨大地震が発生したことを聞いた日下は直ぐにそのワクチンを日本に提供して大量生産することを依頼する。


 そのお陰で大東亜連盟国の人々を優先してワクチン接種を実施して被害を出さずに済んだのである。


 勿論、そのワクチンは直ぐに無償で全世界に提供されたが開発したのが日本という事にして世界中の人が日本に感謝するという事態を引き起こす。


 そして……小惑星が衝突して半年後、地球上の人類は激減して半数が死亡して約30億人まで減ってしまう。


 地球上の平均気温が氷点下近くまで下がり世界規模で人々が亡くなっていく。


 その中で日本をはじめとする大東亜連盟に加入している国々は、伊400から授与された数々の技術をもとに世界中に無償で提供すると共に地球上における地位をかつての米国に代わり、確立していくことになるのである。


 そして……遂に伊400がこの世界から旅立つことが分かり準備に入ったのである。


 それから数日後、横須賀港桟橋にて最後の別れが始まろうとしていた。


「吉田技術長、数百年間もの間、お世話になりました! 謹んで御礼申し上げます」


 日下は深々とお辞儀をして感謝の言葉を表すと共に橋本以行の手を握り今まで補佐してくれて本当に有難うと涙ぐみながら言う。


「こちらこそ艦長と旅が出来てとても充実した生活でした。有難うございます」


 橋本は日下の横にいる三代目先任将校である富下に顔を向けると艦長をよろしく頼むとお願いすると富下も笑みを浮かべて力強く頷く。


 日下は見送り来ていた笠間総理にこれからの世界は大変なことになりますが我々が提供した技術でこの氷河期を乗り切ってくださいと言うと笠間総理も笑みを浮かべて勿論と答えると息子でもある富下に精一杯、励むようにとエールを送る。


 日下は総理の横で無表情で直立不動している真崎大将に声をかける。


「真崎大将、貴方はかつての2・26事変で処刑された皇道派の一人の生まれ変わりではありませんか?」


「……それを知ってどうしますか? 本音を言えば私は貴官の事を好きになれない。何しろ統制派の石原莞爾や東條英機と昵懇の仲だったというではないか?」


 日下の質問に真崎は力強い目力で日下を見つめながら黙々と答える。


 その真崎の言葉に日下はそれは少々、違う事を説明する。


「そんなことはありませんよ? 私たちが旅した並行世界の一つに皇道派が実権を握った日本に漂流したことがありました。そこでは彼らと協力して日本を救ったのです。その時の情勢次第ですね?」


 真崎は無言状態であったがその件に触れずワクチンをはじめとする数々の技術を提供してもらったことにお礼を言う。


 そして……伊400の出航時間が来て乗員達が次々と艦内に入り各種持ち場に配置していく。

 

 桟橋から離れていく伊400を今まで関係した沢山の人々が手を振りながら見送ってくれる。


 艦橋甲板で日下と富下は手を振りながら彼らに応えている。

 吉田や橋本も伊勢神宮祭主と共に手を振りながらエールを送っている。


「富下先任将校、これからよろしくお願いします。そして……伊400にようこそ!」

 二人はガッチリと握手をして頷きあう。


 それと同時に周辺に濃い濃霧が発生して伊400全体を包み込んでいく。

 桟橋で見送っていた吉田と橋本は濃霧が消えると同時に伊400が別世界にジャンプすることを確信する。


 濃霧がいきなり消えたかと思うと伊400の姿は無くただ冷たい海面が見えるだけであった。


「さあ、これからも忙しくなります! 我が国の責任は重大です、混乱に満ちた地球世界を救わなければいけないという使命があります。官民軍一体となってこの危機を乗り越えていきましょう」


 笠間総理の言葉に皆が力強く頷く。

 そして……新たな世界の歴史が開かれる……。

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伊400戦記、新大東亜戦争への道 @vizantin1453

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