第50話:新展開?

 潜水艦“うりゅう”乗員を救った伊400は佐世保の現在、使用されていない桟橋に案内されてそこに停泊する。


「伊400のお陰でロシア潜水艦隊も壊滅しました。戦略核弾頭弾を搭載したタイフーン級も現在、確認している全てを撃沈していただき大変、物事がスムーズにいきます」


 国防省海上幕僚総監『石村訓示』大将がにこやかな表情で日下に言うと彼も笑みを浮かべてこちらこそと返答して少しの間だけ話す。


 石村大将が東京に戻るために桟橋に停めている車に乗り込むと富下たちは敬礼をして見送る。


 車が去った後、日下は今から伊勢神宮に行かなければいけないというと富下はそれなら国産輸送ヘリ“神武”を使用してくださいと提案してくる。


「ほう……いい名前ですね? これが二年前なら左派たちの妨害や抗議が凄かったでしょうね?」


「ええ、本当に! 所でよければ私も同行してもいいですか? 首相からも休暇を与えるようにと上に掛け合ってくれましたので」


「ええ、喜んで! では、令和世界の最新ヘリの乗り心地を体験させていただきましょう」


 空の旅はすこぶる快調で日下達は充分に上空を満喫したのである。

 数時間の空の旅が終わり、伊勢神宮内宮に来ると祭主(斎王)が笑みを浮かべて訪問者を待っていたのである。


「お久しぶりです、祭主様! 壮健でなりよりです」

「有難うございます、橋本大佐もお久しぶりですね? 所でこちらの方は……富下さんですね?」


 祭主の言葉に富下は吃驚してそうですと返答したが私の事をご存じなのですか? と聞くと祭主は頷くが詳細は言ってもらえないようであった。


「祭主様、早速ですが……急な要件と伺いましたが?」

「ええ、本題に入りましょう。その前に他の世界軸に残られた伊400の乗員についてですが皆、天寿を全うされて充実した人生を送られたことを報告しますね。全員が残った世界に技術革命を起こしてその世界は平和になりました」


 日下と橋本は顔をお互い見合わせると嬉しそうに頷き祭主に教えていただいて有難うございますという。


「さて、本題ですが……橋本さん、この世界に残って神主の資格を取ってこの伊勢神宮に身を置きませんか? 勿論、強制はしませんが貴方には八百万神の声を聞ける隠れた才能が有ります」


 突然の祭主の言葉に日下は勿論、橋本も固まり暫く何も言葉を発せなく静かな空間の岩に染み入る蝉の声しか聞こえなかった。


「……私が伊勢神宮に? 天照様にお仕えですか……」


 橋本の表情に日下は、これはかなり揺れているなと心の中で思ったが特に何もいう事はしなかったのである。


「突然な事ですので……暫く考えさせて下さい」


 橋本の言葉に日下はじっと何かを考えていたが声をかけることにした。


「橋本先任将校、悩んでいるなら結論を出すべきだ。未練がなければ直ぐに断るはずだが貴官は心の中で揺らいでいる」


「……艦長は私がいなくなってもいいと?」


「そんなことはない! ここ数百年間、いつも私の相棒として助けてくれた。掛け替えない仲間で家族だが……時折見せる憂いた表情を見せていたから別の生活を考えているのではないかと思っていた」


「……やっぱり艦長は凄いですね? ええ、本音を言うと私はここ100年間の間、別の世界で何かをやっていくのも悪くないと。永遠の寿命より短い限られた人生の中で何かを成し遂げることが出来れば……と。その心を祭主様はこの特異点を通じて感じ取っていたのでしょうね」


 日下と橋本が祭主のほうに顔を向けると祭主は静かに無言で頷く。

 橋本は祭主のほうに顔を向けるとお辞儀をしながらその申し出、謹んで受けさせてもらいますという。


「……有難うございます、八百万神もお喜びになるでしょう。勿論、この世界の危機が全て終了するまで伊400で日下艦長の補佐をお願いします」


 それから一時間後、再び機上の上となった三人はずっと無言状態であった。

 そしてヘリは佐世保基地に着陸する。


 富下は司令部に戻りますと言い、握手をして別れる。

 日下は橋本にポツリと言う。


「橋本さん、私はね……これまで去る者は追わず、来るもの拒まずの姿勢を貫いてきましたが今回だけは言わせてもらいます。もう少しだけ一緒に色々な世界を渡り合いませんか? 私は橋本さんが伊400から去ることを拒みたい」


 橋本は日下が初めて見せる表情に心の中で驚く。

 本当に寂しそうな表情をしているのを確認するが橋本は静かな笑みを浮かべると一言だけ言う。


「最高の贈り言葉です。それにまだ時間はありますので」


 橋本はそういうと副長としての仕事が山積みなのでそれを消化してきますと言い、艦内に入っていった。


 それを見送った日下は溜息を吐くと空を見上げる。

 生憎と今日の夜は雲がかかっていて月が見えなかった。


「……今日は満月だったな……」


 暫くの間、夜空を見上げていた日下はあれから時間が経っていてそろそろ日日が変わる時刻になっているのを確認すると艦内に入ろうと歩きかけた時、背後で人の気配がしたので後ろを振り向くと富下が一升瓶を抱えて今夜は一杯、どうですか? と誘ってきたのである。


 今時点で睡眠が襲ってきてなかったので日下は笑みを浮かべて頷くと近くのベンチに腰掛ける。


 富下も日下の向かい側に置かれているベンチに座ると目の前にある木製のテーブルに大吟醸と肴を出す。


 二人はグラスに酒を注ぐとカチンと合わせてゆっくりと口に運ぶ。


「うん、久しぶりだな。基本、艦内は禁酒で正月等の記念日しか飲酒できないからね?」

「まあ、確かにそうですね」


 二人はそれからたわいも無い話で盛り上がっていたが何となく会話が途切れたタイミングで富下が真剣な表情で姿勢を正しながら日下に言う。


「日下艦長、本官こと『富下貝蔵』を伊400の正式な乗員として乗艦したいのです」


 富下の言葉に日下は特に驚くことなかったが大切な事を確認する為に富下に質問することにする。


「富下さん、この伊400の正式な乗員となるということは貴官が過ごしたこの世界との永遠の決別になるという事ですが勿論、それを承知で?」


「ええ、私の中では東シナ海の海底で“うりゅう”を亡くした時点で戦死したと思っています。伊400の救助のお陰で私は命を永らえる事になったのですがあれから心が虚構となっていたのです」


 日下は初めから富下が会いに来た時に彼の目的が伊400の正式な乗員としての願いに来たことを分かっていたのである。


「……富下さん、あの笠間総理と貴官の関係ですが……」


「ええ、日下艦長が思っている通り、私の実母です。この富下の名は父の性です。母が魑魅魍魎あふれる政治の世界に飛び込む決心をしたときに万が一に備えて父と相談して離婚することになったのです。勿論、この件は父と母にも言いました。初めは吃驚していましたが最後は応援するよと言ってくれました」


 日下はそれから二・三の質問をしたが富下はすらすらと答えたのである。


「富下さん、貴官の意気込みは分かりました。私たちがこの世界にいる時間はまだありますので最後の最後でもう一度、言ってください」


 それから数分後、富下は官舎に戻っていく。

 それを見送りながら日下は笑みを浮かべて呟く。


「本当に……一期一会だな。橋本大佐の後釜として申し分ないが……」

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