第49話:救助

 その頃、伊400は最大戦速で“うりゅう”沈没海域付近に到達する。

「海底3Dセンサーをフル稼働して“うりゅう”の形状を発見するのだ!」


 司令塔内で日下自ら3Dセンサーモニターを見ながら指示していてこの姿を見るのが珍しいので他の乗員も集中して探査している。


「艦長、現在の海域は石垣島南方30キロメートルです。信号が途絶えたのはこの地点付近で間違いありません」


 橋本が海図と睨めっこしながら日下に言った時、ソナー員が水上艦の音紋をキャッチして解析の結果、日本海軍所属潜水艦救難艦“ひご”と断定したことを報告してくる。


「了解! その救難艦と当艦の距離は?」

「10海里です、針路は直進状態です」


「艦長、本土では既に“うりゅう”の位置を把握しているのではありませんか? こちらの素性を明かして教えてもらってはいかがでしょうか?」


 橋本の提案に日下はそうだなと頷くと別のソナー員がロシア潜水艦を探知したことを報告すると共にロシア潜の魚雷発射管が開放されつつあることを言ってくる。


「どうやら救難艦を狙っているようです。当艦の魚雷でも間に合いません」

「……ルーデルはどの空域に?」


 日下がそう尋ねた瞬間、通信機から流暢な日本語が入ってくる。


「ロメオ級潜水艦2隻を探知したが食っていいか?」

「魔王閣下、遠慮なく今すぐに撃沈してください」

「了解だ!」


 魔王閣下が操縦する“晴嵐”が急降下していき30ミリレーザービームを発射する。


 レーザービームが海面に接触すると周囲の海水を一瞬で蒸発させながら水深50メートルにいるロメオ級潜水艦の真上に直撃してそのまま船底を突き破っていく。


 ビームで海面に穴ができたが直ぐに回復状態になったので一瞬でロメオ級潜水艦の艦内に海水が濁流となって流れ込んで断末魔の声を上げながらそのまま沈降していき耐圧限界を超えて爆縮したのである。


「潜水艦二隻を撃沈確認した! 他にも探知しているがやってもいいか?」


 日下は橋本と顔を見合わせると二人同時に頷くと許可を出す。


 それと同時にソナー員から“うりゅう”を発見したとの連絡が入ったが歯切れが悪くそれに疑問を持った日下が詳細を報告すると眉をしかめる。


「船体前部が僅かに崖に引っかかっている状態か……」

「少しの衝撃でそのまま2000メートルの海底まで転がっていき……爆縮かと」


「……吉田技術長、確かこの船体を包み込んでいる磁気シールドの圧力を上げたら“うりゅう”の船体をこの伊400に磁石のようにくっつくのでは?」


 日下の提案に吉田は充分に可能ですと答えたが問題は“うりゅう”の損傷がどれぐらいなのかが分からないと出来ないことを言う。


「……よし、短信音を“うりゅう”に送ってみよう。モールス信号と気付いてくれればいいのだが?」


♦♦


「……副長、酸素はどれぐらい残っているのか?」


 非常灯の僅かな光の中で“うりゅう”艦長の富下大佐が囁くような声で横にいる副長に聞くと彼もまた、囁くような言葉で答える。


「既に艦内の酸素濃度は僅かで現在、酸素タンクで吸っていますが残り35分24秒で全ての酸素が尽きます。他の区画に閉じ込められている乗員達も同じ運命かと?」


 ロシア潜水艦の攻撃で側面に魚雷を食らった“うりゅう”は奇跡的に沈みことはなかったが動力部に海水が雪崩れ込んできて航行不能となる。


「副長、私は……最後まで希望を捨ててはいないが他の乗員達はそうはならないだろうな」


 富下は薄暗い司令塔を見渡すと他に5名の乗員が力なく横たわっている。


 まだ意識はあるが酸素ボンベを節約する為に寝転がっていたが死という現実が襲ってきているのが分かっている。


「靖国神社に行くのかな? それとも地獄か?」


 富下がそう呟いた時、突然、カーンという音が聞こえてくる。


「???」


 それが連続して聞こえるとそれがモールス信号だと気づく。

 富下だけではなく艦内のあちらこちらにいる乗員達も気付くと共にその内容に驚く。

「伊400がすぐ近くまで来ているのか! よし、これに賭けてみよう!」


 富下は現在、置かれている状況を簡潔明瞭にモールス信号で船内から外殻を叩き始める。


 伊400司令塔では日下が送られてきた信号を聞いて安堵すると共に今から作業に入るとの内容を短信音で伝える。


「……そんな方法が出来るのか、あの伊400は……」


 富下は改めて感嘆すると共にずっと初めて邂逅した時から抱いていたあの潜水艦の一員になりたいと言う気持ちが沸いたが直ぐにそれを封印する。


「(何を考えているのか! 私はこの世界で生きている人間だ)」


 そう思った瞬間、突然、衝撃音がする。

 伊400司令塔では日下が安堵した様子で作業状況を見守っている。


「無事に装着完了ですが現在、海面は低気圧でかなり荒れていますから浮上したと同時に脱出してもらわなければならないです。再び沈むまで僅か10分程度です」


「そこは“うりゅう”に頑張ってもらうしかないな。所で潜水艦救難艦は何処だ?」

「直ぐ近くですので現在、こちらから一報を入れました。相手、かなり吃驚していましたが了承との事です」


「了解! 浮上開始だ、メインタンクブロー!」


 伊400から大量の海水が吐き出されていくと共に浮力が発生してゆっくりと伊400は浮上していく。


「“うりゅう”は大丈夫か?」

「はい、センサーで確認した限りでは新たな浸水はないと思われます」


 一方、“うりゅう”船内では皆が大歓声を上げていた。

 富下も安堵の息を思い切り吐くと共に涙が出てくる。


「命の恩人だな……いや、恩艦かな? とにかく逝かなくてよかった」


 海面に出てからハッチを開くと雨と共に大量の新鮮な空気が艦内に吹き込んできて皆が涙を流しながら大歓声を上げる。


 奇跡的に各区画も換気機能は無事で新鮮な空気があちらこちらから取り入られる。


 乗員達が次々と出てくると雨に当たりながらも新鮮な空気を思い切り吸っている。


「艦長、やっぱり生きていると行くことは素晴らしいですね? 初めて生きている実感がわきました」


 富下は副長の言葉に頷きながら伊400を見上げる。

 独特の形状を持つ巨大潜水空母の艦橋を見ると日下が艦橋甲板に出てきて笑みを浮かべて敬礼する。


 富下も笑みを浮かべながら敬礼を返す。

 海の男同志はこれだけで十分に心が伝わるのである。


 それから潜水艦救難艦“ひご”が到着して“うりゅう”乗員を全員、収容すると日下は磁気シールド解除を命じる。


 潜水艦“うりゅう”は再び沈降していき水面から完全に姿を消していく。

 “ひご”甲板で全員が敬礼して見送る。


 日下も橋本と共に敬礼しながら“うりゅう”の最後を見届ける。


「……所でルーデルから何か連絡が入ったかな?」


「はい、ロシア潜水艦を30隻仕留めたと嬉々とした声で連絡が先程、入りました」


「やれやれ、露助も災難だな? 魔王閣下に狙われたのだからな」


 二人が会話している間に“ひご”が伊400の真横に来ると艦長『坂本信二』中佐が甲板から敬礼すると日下も答礼を返す。


 数分間話し終えると佐世保に引き返す事を伝えると日下も頷く。


「それでは佐世保までの航行をお祈りします。潜水艦の脅威はほぼ無いかと」

「感謝します! それではこれで失礼します」


 “ひご”が伊400から離れていく。

 富下以下の乗員達も手を振りながら感謝の言葉を浴びせる。

 日下は“ひご”が肉眼で見えなくなるまで見送ると橋本に艦内に戻ろうかと言い二人は司令塔に入っていく。


 日下と橋本が司令塔に戻ると通信班から伊勢神宮の祭主様から連絡が入っているとの報を聞くと日下は怪訝な表情をしながらも頷いて艦長室へ入っていく。


 一時間後、日下が艦長室から出てきて司令塔の艦長席に座ると橋本のほうを見ながら困惑した表情で祭主様からの伝言を伝える。


「橋本先任将校、祭主様から伊勢神宮の宮司としてこの世界に残ってほしいと言われたのだがどうするか? この世界での役目が終わるまで考えてほしいとの事だ」

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