第10話 最終決戦/エピローグ

 マリが、誠たちと救護室の守備隊の兵員の半分を連れて、中心部の救援のために出発しようとしていた。目度砂を打ち取った証拠を示すため守備隊の兵が目度砂の頭を箱に入れて運んだ。守備隊の隊長が部下に注意を喚起する。

「ここの中心部の通路は迷路のようで、交差点で魔王軍と鉢合わせになる可能性がある。最前の兵は、安全を十分確認してから交差点に進むように。」

「分かりました。」

隊の最前の兵が、ダッシュと交差点手前での停止を繰り返しながら進み、部隊は足早に地下要塞の中心部に向かった。途中、少数の魔王軍に遭遇することはあったが、それを切り捨てて中心部の近くまで到達した。マリが誠に話しかける。

「もうすぐ、要塞の中心部です。」

守備隊の隊長がマリに話しかける。

「女王様、王室専用の部屋と指揮所に斥候を出しますので、ここで少々お待ち下さい。」

「分かりました。」

待っている途中、マリが隣にいた誠とティアンナに話しかける。

「湘南参謀長さん、ティアンナさんを私の最後の守りに付けてくれて本当に有難うございました。ユミと同じぐらいの歳なのに、状況に合わせて作戦を考えることができて、本当に驚きました。ティアンナさん、魔王軍の戦いが終わったら、ユミや徹のお友達になってもらえませんか。」

「俺は嬉しいけど。でも、女王様、本当のことを言うと、俺の身分は奴隷なんだよ。岩ちゃんの姪というのは世間体を良くするためで、本当は岩ちゃんの奴隷なんだ。」

「湘南参謀長の奴隷!?」

「そう。でも、俺はもう10歳になっているから違法ではないよ。だから毎晩、岩ちゃんから、いろんなことを仕込まれているんだよ。」

全員が誠の方を見る。

「あの、いろんなことって、読み書きとか自然の理とかですよ。でも、本当にいろいろなことをすぐ覚える頭のいい子だと思います。」

ラッキーが言う。

「湘南君、10歳は違法じゃなくてもやっぱり人間としてダメだと思う。やはり15歳ぐらいまでは待った方が。あっ湘南君は妖精だったね。でも、妖精としてもだめだと思う。」

「ラッキーさん、それは良く分かっています。」

「ラッキーさんのいう通りです。湘南参謀長さん、やっぱり30歳ぐらいまでは待った方がいいと思います。」

「30歳!?女王様は、自分を岩ちゃんに売り込んでいるの?」

「ティアンナさん、女は30歳からが一番いいのよ。」

「女王様は、そうかもしれないけど。」

誠がマリとラッキーに話しかける。

「あの、女王様、ティアンナさんと僕の関係は全くそういうものではないですから、ご安心下さい。ティアンナさんが一人で生活できるようになったら、ティアンナさんに好きな道を選んでもらうつもりです。」

「少なくとも今のところは、岩ちゃんの言う通りだよ。それに、俺が岩ちゃんの奴隷になったのは、俺から岩ちゃんに頼んで買ってもらったんだよ。変なやつに買われるよりはずうっといいと思って。」

「それはそうですね。今日、ティアンナさんと一緒にいたから分かります。ティアンナさんが大丈夫と思うならば、本当に大丈夫だと思います。」

コッコが言う。

「それに、湘南ちゃん、本当は熟女好きの香りがするんだよね。」

「あら、それじゃあ、危ないのはやっぱり私かしら?」

「女王様は、まだ全然お若くて、熟女ということはありません。」

「若いと言ってくれるのは嬉しいけど、湘南参謀長さんの好みは私より年上ということ。」

「岩ちゃん、熟女好きって本当にそうなの?」

「そんなことはないです。コッコさんが勝手に言っているだけです。」

「そうだよね。やっぱり若い方がいいよね。」

「そういうわけでもないですが。」

「それじゃあ、女王様、明日夏さん、ミサさん、尚美さん、俺の中では誰が一番いい?」

「皆さん素敵すぎて、僕とでは釣り合いがとれません。」

「正直に言ってくれれば、俺がうまくいくように手伝ってあげるよ。」

「ティアンナさん、もし湘南参謀長さんが私を選んだら、どうするつもりなの?」

「女王様とですか。やっぱり、異国に駆け落ちするしかないです。岩ちゃん、遠い国の美味しい料理ができるから、小さなレストランを建てて、岩ちゃんがコックさんで女王様はウエートレス、歌手、ヒーラーを兼ねる。俺もウエートレスでレストランを手伝うよ。」

「なるほど。でも、それはちょっと楽しそうね。どう、湘南参謀長さん?」

「二人のお子さんを放っては行けないでしょう。」

「それは、旦那が見てくれるから大丈夫。二人ともしっかりしているし。・・・・でも、やっぱり、無理かな。」

「それにしても、女王様は本当に寛容なんですね。」

「まあ、楽しいことはいいことだと思います。」

「そういうことなら、女王様も時々『ユナイテッドアローズ』に加わって、3人で一緒に歌って踊ってみてはいかがですか?」

「私がですか?」

「はい、ユミ王女様が着ているような服を着て。国民の皆さんも喜ぶと思います。」

「うーん、なるほど、ユミといっしょに3人でやればいいんですね。それは本気で考えてみましょう。でも、その発想の自由さが、ティアンナさんの育ての親という感じです。」

「女王様、岩ちゃんと俺とは血は繋がっていないから、親ではなくて先輩という感じ。」

「そうですね。ティアンナさんが15歳になれば、一人の成人女性として湘南参謀長さんと接しても大丈夫です。女王として許可します。」

「女王様、有難う。」


 ミサたちが指揮所の前に到達した。指揮所の前の通路や指揮所の中の入口近くでは、魔王軍と激しい戦闘状態になっていた。案内してきた王室専用の部屋の隊長が驚く。

「指揮所もこんな戦闘状態とは。」

ミサがブラックに言う。

「ブラック、指揮所の中の人に話を聞くために、まず魔王軍を片付ける。」

「お願いします。」

ミサが瞬間移動のようにダッシュすると。ハートブラックがミサの後をついていった。ミサたちが指揮所の中に入り、剣を鞘にしまうと、魔王軍のオークとゴブリンが次々に倒れていった。ミサの後ろに付いていたブラックがミサに向けて叫ぶ。

「ミサさん、大きなオークを一匹だけ討ち漏らしています。」

「有難う。」

ミサは振り向くと瞬間移動のようにそのオークの前に行く。周りには体が二つになったオークやゴブリンが転がっていた。そのオークが尋ねる。

「俺はこの隊の隊長のガズンだ。貴様がテームの街の聖剣士か。」

「そうだけど。」

そう言いながら、ミサが少し身をかがめ草薙の剣を鞘から抜き、そのまま片手で逆手のまま股の間から下から上に振りぬき、鞘に納めた。すると、そのオークの体と頭が中央で縦に二つに分かれ、左右が折り重なるように倒れた。

「ごめんなさい。あなたとお話しをしている時間はないの。」

そして、ミサはまた瞬間移動のように部屋の中央に戻った。ハートブラックがミサに話しかける。

「今のオークを切るところは速すぎてよく見えませんでした。剣を鞘から出して逆手のまま切ったんですか。」

「そう。あれが剣を鞘に収めた状態からオークや人間の体を二つにする一番速い方法。」

「居合切りより速いですね。」

「下からの方が剣を受けにくいし、相手も楽に死ねるって、久美先輩が。」

「逆手でオークを二つに切れるのは力のあるミサさんだからできる技です。僕だと力がないから無理です。」

「私もゴブリンだったら、首をはねる方が早い。ブラックは飛べるから、後ろ上方から攻撃する方がいいと思う。」

「有難うございます。」

ガズンと戦っていた指揮所の守備隊最強の剣士二人が驚く。

「あれがテームの街の聖剣士様なのか。動きや攻撃が全く見えなかった。」

「見た目には全然強そうじゃないがな。」

「オークのガズン、俺が戦ってきた中では一番強かったが、一瞬で真っ二つか。しかし、あそこも縦に真っ二つになっているし、聖剣士様は容赦ない。」

「ガズンは人間の女性にさんざん酷いことをしてきたようだから構わんが、男なら聖騎士様とは絶対に戦いたくないな。」

「一瞬かもしれないけど痛そうだ。」

「ははははは、その通りだ。さて、ここは片付いたようだから、俺は出入口の敵を確保に向かう。お前は、引き続き指揮所の守備を頼む。」

「了解。」

指揮所の全員もミサの戦いを見て驚いているなか、ミサが挨拶をする。

「こんにちは、テームの街から来ました、大河内ミサです。ここの隊長さんに話があるのですが。」

負傷して隅にいた総司令が前に出てきた。

「これは聖剣士様、ご助力大変有難うございます。先ほども挨拶しましたが、ここの総司令の近藤です。」

「覚えていなくて、ごめんなさい。あの、ブラック、説明してあげて。」

「分かりました。」

ハートブラックが近藤に状況を説明する。

「有難うございます。兵に確認してみます。」

副官が兵に尋ねてから戻ってきた。

「女王様を見た者はいないようです。」

ミサが残念そうに答える。

「そうですか。」

「ミサさん、一度救護室に戻りましょう。女王様も指揮所でも戦闘中ならば、救護室に戻ると思います。それに、もう救護室に目度砂が来ているかもしれません。」

「この辺りには魔王軍の強力な部隊がいなくなりましたので、中央部はもう大丈夫です。女王様もこちらで探します。目度砂が来ているようなら救護室の方をお願いします。」

「誠には女王様を探してと言われたけれど、救護所に戻ったようなら、そうする。」

「近藤総司令、救護室まで案内をお願いできますでしょうか。」

「ブラックさん、分かりました。副官に案内させます。」

「念のためミサさんは目隠しをして下さい。僕が手を引きます。」

「目隠し?ブラック、何で。」

「出会い頭に目度砂に会うと危険だからです。」

「通路は迷路のようだし、目度砂の匂いも音も知らないからか。分かった。」

「お願いします。」

ミサが目隠しをして、ハートブラックが手を引いて、救護室に向かって出発した。


 王都の城壁近くの激戦区でオークやゴブリンを攻撃していたアキとアイシャが矢の補給のため王国軍が支配している城壁の上に戻ってきた。

「アキ、風の魔法を立て続けに使っていたけど、疲れていない?」

「まだ大丈夫。それよりその鉄の棒、80キロあるんでしょう。アイシャこそ大丈夫?」

「私もまだ大丈夫。今が正念場だし。」

「そうね。それじゃあ矢を補給したら出発しよう。」

「分かった。それにしても、やまと副師団長はどこにいらっしゃるんだろう。地上はまだ混戦で良くわからない。」

「アイシャ、ここの人に聞いてみようか。」

「分かった。聞いてみる。」

アイシャが補給所の隊長に尋ねる。

「第4師団はどこで戦っているか、分かりますでしょうか。やまと副師団長が敵の将軍と戦っているのではないかと思うのですが。」

「これは、アイシャ大尉。お話しできて光栄です。先ほどの連絡では、やまと副師団長は第4師団の一部の部隊を連れて、王都中心部の地下要塞出入口付近で戦われているとのことのようです。」

隊長が指をさして場所を示す。

「ここから見えます。ちょうどあの辺りです。」

横で話を聞いていたアキが驚く。

「えっ、あんな中心部に魔王軍がいるの。」

「はい、二人の将軍が急襲してきて、防衛線を突破されたとのことです。」

「アイシャ、行かなくちゃ。」

「分かっている。あの、やまと副師団長の情報、有難うございます。」

「いえ、お役に立てて嬉しいです。気を付けて行ってきてください。」

アキとアイシャが城壁を飛び立ち、すぐに王都の中心部上空に到着した。地下要塞の出入口の周りの地上では、王国軍と魔王軍の戦闘が繰り広げられ、上空では王国軍を支援するために妖精部隊がゴブリンに対して矢を放っていた。

「すごい乱戦状態!」

「右下の出入口に通じる台の上に、やまと副師団長がいらっしゃる。大きなオーク二匹と交戦中。」

「あそこね。あの二匹は東の国境にいた将軍みたい。」

「そうね。ということは、ゆういち師団長の仇ということ。でも、あの2匹の動きは速いし、止まってくれないと、あの2匹を狙うのは難しい。」

「そうね、残念だけど。」

「アキ。今は副師団長に近づくオークがいたら攻撃して。私はチャンスを逃さないため、いつでも急降下できるようにしておく。」

「分かった。」

 

 やまとは、時々王国軍との戦いから抜け出して自分を攻撃するオークがいて、それを撃退するために、ダロスとグレドへの対応が遅れ、危険な状況になることがあった。しかし、この時は、自分に近づいてくるオークが矢に当たって倒れたため、上空を見上げた。

「アキ様がいらしたのか。これで邪魔なオークを片づける必要が無くなり、ダロスとグレドに集中できる。」

ダロスとグレドもアキに気が付いた。

「うるさい妖精が来たようだ。」

「この混戦なら、こっちを撃つことはできまい。それにあの矢なら多少怪我はしても、俺たちなら死ぬことはない。」

「そうだな。」

「2対1、しかも怪我をかばいながらで、やまともだいぶ疲れてきている。奴がミスをしたら、その時が奴の最後だ。」

「おう。」


 ミサたちが出発してから少しして、ミサが足を止めた。

「あっ、誠の匂いがする。」

「本当ですか。」

「この左から。」

「分かりました。副官さん、ミサさんは嗅覚も鋭いようですので、少しだけ左に行ってもらえませんか。」

「分かりました。そちらの道も救護室に繋がっていますので、道を変えます。」

 左に曲がると、誠たちの部隊の指揮所の様子を調べに来た斥候がやってきた。斥候がミサを案内している副官(下士官)に尋ねる。

「自分は救護所守備隊の隊長の命令で、王室専用の部屋と指揮所の様子を調べに来たものです。現在、中心部の様子はどのようになっていますでしょうか。」

「中心部は聖剣士様のご活躍で、混乱は終息に向かっている。救護所から来たのか?」

「はい。救護所では目度砂を討ち取り、攻めてきた魔王軍を撃退しました。中心部が混戦という情報がありましたので、女王様、ラッキー様、コッコ様、テームの街の方々、守備隊の半数が中心部救援のために向かっています。自分はその部隊の斥候として中心部の様子を調べるために先行しています。」

「目度砂を討ち取り、女王様も無事ということか。」

「はい。」

「それは良かった。」

ミサが尋ねる。

「あなたに誠の匂いがついているけど、誠も一緒に来ているの?」

「誠?」

ハートブラックが補足する。

「岩田参謀長のことです。」

「岩田参謀長ならば、こちらに来る途中、私の隣にいらっしゃいました。」

「そう。誠は無事なのね。」

「はい、お元気でいられます。」

「良かった。」

「それでは、自分は、女王様に報告するために隊に戻ります。」

「ご苦労様。ところで、目度砂はどうやって倒したんだ?」

「その件に関しましてはかん口令が出ていますので、私からお話しすることはできません。ただ、目度砂の頭は持ってきていますので、それで確かめることはできます。」

「何か事情があるんだな。そう言うことなら聞かない。王室専用の部屋は戦闘でだいぶ荒れているので、女王様には指揮所隣の会議室にいらして下さるよう、伝えてくれるか。」

「承知しました。」

ミサが言う。

「私も付いて行っていいですか。」

副官がミサを見る。

「岩田参謀長が心配なんですね。分かりました。どうぞ迎えに行って下さい。会議室でお待ちしています。」

「有難う。」

「斥候さんの話を信じないわけではないですが、ミサさん、念のため、プロデューサーのお兄さんから話を聞くまでは目隠しをして行きましょう。」

「分かった。」

斥候の後をブラックと目隠しをしたミサがついていった。少しして、ミサがまた言う。

「あっ、また誠のにおい。」

「はい、救護室からの支援部隊はこの角を曲がったところで待機しています。」

ハートブラックが心の中で感心する。

「こんなに血の匂いばかりのところで、すごい嗅覚だ。」

誠たちのところに到着した斥候が隊長に報告する。

「ただいま戻りました。近藤総司令の副官よりの伝言です。中心部は聖剣士様の活躍もあり、王国軍が魔王軍を制圧した。指揮所で女王様をお待ちしているとのことです。」

「それは良かったです。」

誠がミサとハートブラックに話しかける。

「美香さん、お疲れ様です。ハートブラックさん、美香さんが目隠しをしているのは、目度砂と偶然出くわした時への対策ですか。」

「はい。ミサさんは万が一にも失うわけにはいきません。目度砂を打ち取ったという情報もありましたが、確認は取れていませんでした。ですので、たとえ僕が石になっても、ミサさんをお守りするために、目隠しをしてもらいました。」

「ブラックさん、適切な判断だと思います。美香さん、念のためもう少しの間、目隠しをしていてくれますか。」

「いいけど。今度は誠が連れて行ってくれる?」

「はい、喜んで。」

「有難う。」

ミサが誠の肩に寄り添った。


 救護所の隊長が呼びかける。

「それでは、私たちが先行しますので、ついてきてください。」

「はい、有難うございます。」

歩きながらティアンナがミサに話しかける。

「聖剣士様、そんなに岩ちゃんにピッタリくっついていると、岩ちゃんに変なところに連れ込まれちゃうかもしれないよ。」

誠が答える。

「そんなことは絶対にしません。」

ミサとティアンナが尋ねる。

「えっ、絶対に!?」

「聖騎士様、こんなに美人なのに?」

誠が答える。

「ティアンナさん、もし美香さんを変なところに連れ込んだら、次の瞬間、僕の体が右と左に分かれています。」

ミサとティアンナが答える。

「そんなことはしないよ。」

「そうか。聖剣士様には目隠しは無駄だから。うーん、手足を鎖でつないでも、聖剣士様なら瞬間に引きちぎっちゃうし。」

「ティアンナ、人を化け物みたいに言わないで。」

「だとすると、岩ちゃんは、意識がはっきりしなくなる薬を使うかな。」

「美香さん、鼻もすごくいいですから、それも無理です。」

「なるほど。聖騎士様、風邪をひいているときが危ないかもしれません。」

「風邪もひかなさそうです。」

「そうか。」

「なんか、二人ともひどい。」

「あ、いえ。えーと、匂いならば、例えば、異国の飲み物だと言って騙すとかすれば、うまくいくかもしれません。」

「異国の飲み物か。さすが岩ちゃん。」

「私も誠がすごいのは知ってる。だから、そういう時はおとなしくしているから、誠、薬をつかうとかは止めて。」

「申し訳ないです。ティアンナさんが何かの時に悪い人に薬を盛る方法を考えただけで、美香さんに使うことは絶対にありません。」

「岩ちゃん、さっきから聖騎士様の言葉のはしはしが、岩ちゃんに変なところに連れて行ってもらいたいみたいに聞こえるけど、岩ちゃんと聖剣士様、どういう関係なの?」

ミサは黙って誠を見た。

「僕は恩のあるミサさんのご両親に、ミサさんを守ってと頼まれている関係です。そんなことより今は、箱の中の目度砂の状態を確認する方法を考えないと。」

「それは一度死んだ目度砂が、再生するかもしれないということ?」

「はい、目度砂は人間でもオークでもない魔物です。もしかすると、まだ能力を隠しているかもしれません。」

「それは岩ちゃんの言う通りかもしれない。でも、岩ちゃん、ごめん。聖剣士様に目隠しをさせたままにしたから、聖剣士様に何か悪いことをしようとしているのかと思ってた。」

「なるほど。だから、ティアンナさん、さっきから変なことを言っていたんですね。ごめんなさい。説明が足りませんでした。それで確認方法ですが、箱を強く叩いた後、中の音を聞いてみるとかがいいでしょうか。」

「うーん、箱ごと水に漬けるというのは?」

「箱ごと水に漬けるですか。そうですね。少し可哀そうですが、その方法が一番良さそうです。隊長さん、この箱を入れられる水瓶はありませんか。」

「中心部の水の貯蔵庫に行けばまだたくさんあります。目度砂を退治するためならば利用が許可されると思います。」

「有難うございます。それでは、最初にそちらに向かいましょう。女王様は指揮所か王室専用の部屋に向かってください。」

「いえ、私も目度砂の状態を確認するためにいっしょに行きます。」

「分かりました。」

伝令が指揮所に向かったほかは、全員で水の貯蔵庫の方に向かった。


 やまと対ダロスとグレドの戦闘が続いていたが、やまとが二匹の剣に押されて下がるとき、死んでいるオークに躓いて後ろに転倒してしまった。それを見たアキは驚いていたが、アイシャは急降下を始めて、アキに向かって叫んだ。

「アキ、動きが止まるかもしれないからAPFSDSを用意して!」

「分かった。」

アキが詠唱を始める。ダロスとグレドが上から倒れたやまとに向かって剣で切りかかる。やまとがそれを剣で受け止めるが、二人の力にだんだんと押されていった。ダロスが言う。

「やまと、お前の最期だ。」

「そう簡単にやられるか。」

やまとが二匹の剣を押し戻そうとするが、だんだんと剣が近づいてきた。急降下しているアイシャがアキの右隣を通り過ぎるときに指示する。

「二匹の動きが止まった。私は右!」

「了解。私は左ね!」

アイシャはダロスに向けて急降下を続ける。倒れているやまとから、アキの他に急降下してくるアイシャが目に入った。

「アイシャ大尉、無理はいけない!」

やまとはアイシャに向けて叫んだ。しかし、アイシャは急降下を続けた。

「ぎりぎりまで接近しよう。副師団長は台の上だから、槍を放った後、まだ降下できる。」

後ろを振り向いたダロスがグレドに話しかける。

「後ろから妖精が降下してきているみたいだな。」

「構うな。やまとを仕留めるのが先だ。」

「おう。」

アイシャはダロスのすぐそばまで来たところで鉄の槍を放った。アキも同時にAPFSDSの矢を放つ。アイシャは槍を放った後、引き起こしを始めた。アイシャの槍とアキの矢は、ダロスとグレドの心臓を貫通して台の石に突き刺さった。ダロスとグレドが驚く。

「槍が貫通して・・・」

「妖精の矢がなんで!」

ダロスとグレドが口から血を吐いて、剣に加わる力が抜けた。やまとはそれを見逃さず、両手に持った剣でダロスとグレドの首を切り落とした。地上へ降下していたアイシャは王宮そばの観賞用の池に突入して、何回転かした後に止まった。アキが驚いて池の方に行くと、アイシャが池の中に泳いで浮かんでいた。アキがアイシャに尋ねる。

「大丈夫?」

「何とか。でも、水の中からだと飛び立てないかな。」

「手を出して。引いてみる。」

「分かった。」

アイシャが手を上に伸ばすと、アキがそれを引いた。すると、アイシャの羽が水面から出て、アイシャが羽ばたき水面から飛び立つことができた。

「有難う。飛べた。」

「まだ、戦闘が続いているみたいだから、副師団長の部隊の支援を続けよう。」

「了解。」

二人はやまとがいる台の上に向かった。


 誠たちが水の貯蔵庫に到着すると、伝令から話を聞いた総司令たちも貯蔵庫に来ていた。

「女王様、ご無事で何よりです。」

「有難うございます。」

「その箱の中に目度砂の頭がはいっているのですか?」

「その通りです。」

誠が総司令に尋ねる。

「上の状況は?」

「たった今、地下要塞の出入口近くで、ダロスとグレドの2将軍を討ち取ったとの連絡が入ったところです。」

「そうですか。良かったです。これから目度砂の箱を開けますが、念のためその前に箱ごと水につけます。まず、この箱を鎖で縛ってください。」

「了解です。」

鎖で箱を縛ったところで、ティアンナが箱に話しかける。

「目度砂、生きてる?俺のアイディアでこれから箱ごと水につけるから、生きていたら籠ごと水に沈めた虫のような最期になるんだよ。だから、生きていない方がましだと思う。」

箱の中で動く音がして言葉が返ってきた。

「このガキ、卑怯だわ。」

驚いた兵の手が箱から離れて、箱が地面に落ちた。ミサが草薙の剣を抜いて叫ぶ。

「誠、私の後ろに。」

誠がスマフォを通して箱を見ながら答える。

「いえ、この状態の目度砂にはもう鎖を切る力はないようです・・・。」

誠を見ていたティアンナが、誠に話しかける。

「岩ちゃん、降伏させるのはだめだよ。ザンザバルとは違うからね。」

誠が自分の考えを見抜いたティアンナを驚いて見ながら答える。

「そっ、そうですね。」

マリも言う。

「湘南参謀長さん、私もティアンナさんと同じ意見です。見るだけで石にできる目度砂の能力と私たちが共存することは不可能だと思います。王国軍の皆さん、水に漬けて目度砂にとどめをさして下さい。」

「女王様、かしこまりました。」

ミサ、尚美、ティアンナが誠に言う。

「万が一のために備えるから、誠は下がっていて。」

「お兄ちゃん、私がスマフォを通して近くから見ているから、お兄ちゃんは下がって。」

「岩ちゃん、聖騎士様の邪魔をすると聖騎士様が危なくなるから、俺といっしょに壁まで下がろう。」

「分かりました。」

ティアンナは誠を引っ張って壁まで下がらせ、誠といっしょにスマフォを見ていた。兵が横を向きながら箱を水瓶に運ぶ。箱が水面について水が入ってきたとき、箱が激しく動き、箱の継ぎ目が壊れて目度砂の髪の毛の蛇が顔を出した。誠が叫んで注意する。

「箱を見ないで下さい。」

蛇を通して外を見た目度砂の声が箱の中から響いた。

「そこの女!お前だな、死体のふりをして後ろから私の首を切ったのは。」

「その通りです。この国の民を傷つけるものは許しません。」

「お前がこの国の女王なのか?」

「その通りです。」

「ふん。」

その蛇が女王に向かおうとしたとき、目隠しをしたミサが草薙の剣を一振りして蛇の首を切り落とした。

「この仇は魔王様がきっと討ってくれる。覚えているがいい人間ども。」

マリが毅然と兵に命じる。

「分かりました。覚えていましょう。王国軍のみなさん、箱を水に押し込んで下さい。」

箱から出てきた目度砂の髪の毛の蛇と声に恐れをなし、箱から離れていていた兵たちが、マリの言葉を聞いて勇気を取り戻し、箱を水の中に押し込んだ。箱は初め激しく動いていたが、だんだんと弱くなり、やがて動かなくなった。誠が言う。

「念のため、もう少し水に漬けていましょう。」

3分ぐらいしてから、誠が目度砂の目を隠す布を手に持ち、兵たちに言う。

「それでは箱を引き上げて下さい。尚、箱を開けるのを手伝って。」

「了解。」

誠と尚美がスマフォを通して見ながら、箱を慎重に引き上げ、箱を開けた。恨めしそうにしている目の瞳孔が開いていることを確認した後、目度砂の目に布を巻いて見えないようにした。念のためスマフォを外して目度砂を見た。そして、マリに話しかけた。

「女王様、もう大丈夫だと思います。」

マリと近藤総司令が目度砂の頭を確認した。

「本当に死んだようね。」

「湘南参謀長、これで地下要塞は安心です。」

「はい、瞳孔も開いていますし、目度砂は死んだと思います。もしまた動き出すようなら、今度は火で焼くしかありません。」

「湘南参謀長、そういうことなら今焼いてしまっては?」

「総司令、できれば目度砂の頭はオークの降伏勧告に使いたいと思います。目度砂と地上で討ち取った将軍2匹の頭を見せれば、魔王軍のオークも戦意を無くすと思います。そうすれば、王国軍に無駄な戦いで犠牲を出さずにすみます。」

「そうですね。勝敗は決しましたから、無駄な犠牲を出すことはないという意見には賛成です。女王様、オークの降伏を受け入れてよろしいでしょうか?」

誠が説明を加える。

「女王様、降伏したオークは王国再建の際の作業に非常に役立つと思います。」

「はい、岩田参謀長さんの言う通り、無駄な犠牲は最小限にしましょう。」

「岩田参謀長、魔王軍のオークに対する降伏勧告をお願いします。」

「有難うございます。確かに降伏勧告の任、承りました。それでは、目度砂の首を持って表に行ってきます。」

「誠、表に行くの?心配だから、私もいっしょに行く。」

「俺も岩ちゃんが心配だから行く。」

「私も心配だからいっしょに行きます。」

「いえ、女王様はここにいてください。」

「徹とユミが上空にいますから、様子を見に行きます。」

「申し訳ありません。冗談で言ったんではなかったんですね。総司令、女王様に護衛を付けてください。美香さんも女王様を守ってください。」

「分かったけど。誠も私から離れないで。」

「はい、了解です。」


 誠たちが地上に出ると、ダロスとグレドの頭が体と離れて落ちているのが見えた。状況は、やまとが地下要塞の出入口の台に残った魔王軍を掃討しているところだった。やまとたちの戦いの支援をしていたアイシャが誠とマリが外に出てきたのに気が付いた。

「アキ、女王様が地下要塞から出てきた。まだ危ないのに。」

「本当だ。何で?地下要塞が目度砂たちに占拠されたの?」

「まさか。でも、女王様を守らないと。」

アイシャとアキが誠とマリのそばに着陸した。アイシャがマリに話しかける。

「マリ女王様、女王様が外に出ていらっしゃったということは、地下要塞が目度砂に占拠されたのですか?」

「目度砂は討ち取りました。頭はあの兵が持っています。ですから、もう地下のことは何も心配しなくても大丈夫です。」

「地上はまだ危険です。それでしたら、地下要塞にお戻りください。」

「空中の徹とユミの様子を見たかったので、湘南参謀長さんについてきました。」

「はい、お二人とも無事なことは随時確認しています。ですので、地下にお戻りください。」

「有難う。でも、今は私のことより湘南参謀長さんの話を聞いてください。」

「誠君、ごめん。時間を無駄にしたくないから、手短にお願い。」

「分かっています。アイシャさんとアキさんで、魔王軍に降伏を勧告してください。うまくいけば、王国軍の無駄な損害も減らすことができます。」

「女王様も了解しているようだから、もちろんいいけれど。」

「作戦はこうです。」

誠がアイシャとアキに降伏勧告するための作戦を伝える。


 アイシャが目度砂、ダロス将軍、グレド将軍の頭を、アキが誠からもらった圧縮空気式のアラームを持って空中に上がり、まず、アキがアラームを鳴らした。聞きなれない大きな音に、王国軍や魔王軍の注意がアキとアイシャに集まった。その後、アイシャが魔王軍に向かって大声で叫んだ。

「私はテームの街でオーク退治を担当したアイシャ大尉だ!この通り、目度砂、ダロス将軍、グレド将軍は打ち取らせてもらった。」

目度砂と2将軍の頭を見た魔王軍のオークたちに動揺が走った。

「これで王都での勝敗は決まった。ははははは、これからオーク狩りを楽しませてもらおうかな。おお、これだけオークがいれば、思う存分楽しめるな。」

オークたちの動揺がさらに高まった。オークを苦しめて殺すアイシャ大尉の噂は、王都まで届いていたからである。

「さて、首を吊るすのがいいか、水にゆっくりとつけるのがいいか、つま先から火で炙るのがいいか。これだけオークがいれば、どうやったらオークを一番苦しく殺せるかいろいろ試せるな。まあ、飛べないお前らは私から逃げることはできないんだから、一方的に殺されて、死ぬ前の叫び声と悲壮な顔でせいぜい私を楽しませてくれ。」

アキが横から飛んできて、大声でアイシャに話しかける。

「それはだめ。」

「何でだ。アキ。」

「マリ女王様が、オークは降伏するなら、殺しちゃダメで、捕虜として扱えって。」

「何だ、何でだ。ロルリナ王国では魔王軍に一般の人までたくさん殺された。その恨みは忘れない。」

「それは、プラト王国も同じよ。」

「そうだな。それなのにか。マリ女王様はずいぶん優しいんだな。」

「もう無駄に死ぬ人やオークを増やしたくないって。それに、オークの皆さんに手伝ってもらえれば、王国の復興が3倍速くなるって。」

「まあ、力だけはあるからな。でも、プラト王国のみんなはそれで大丈夫なのか?」

「マリ女王様の決断だから大丈夫。だから、アイシャもマリ女王様の命令に従って!」

「マリ女王様には行く当てのない私たちを受け入れてくれた大きな恩がある。だから、もちろん従う。でも、オークたちはまだ降伏していない。それなら、なぶり殺してもいいんだよね。」

「オークの皆さん、生きていたかったら早く降伏してください。そうでないと、私もアイシャ大尉を止めることはできません。」

「オークども、そうだな。降伏する証に、お前らの周りにいるゴブリンどもをみんな片づけてから、武器を捨てろ。そうしたら、面白くはないが、降伏したと認めて、マリ女王様の命により捕虜として扱ってやる。だが、もし戦いたいんだったらいいぞ。私と私の部下が喜んで相手をしてやる。」

 初めは躊躇していた魔王軍のオークだったが、一匹がゴブリンを殺しだすと、他のオークも続いた。ゴブリンたちはオークを裏切り者となじったが、体格の違うオークにゴブリンが敵うはずもなく、次々と殺されていった。ゴブリンが全滅すると、オークたちは武器を捨て、降伏の意を表した。


 様子を見ていたアイシャがマリの近くへ行き、状況を伝えた。

「女王様、魔王軍のオークは全員降伏、ゴブリンはオークの手で全滅したことを確認しました。プラト王国の勝利です。」

「アイシャさん、有難う。ロルリナ王国とプラト王国の勝利ですね。私は飛べませんので、兵隊の皆さんに伝えてください。」

「承知しました。」

アイシャが飛び上がり、宣言する。

「プラト王国の皆さん、ロルリナ王国の第2妖精連隊の藤崎アイシャです。これより、プラト王国、第25代女王マリ様のお言葉をお伝えします。」

王都が静まり返り、全員がアイシャの方を向いた。

「魔王軍は、たくさんの国を征服し、そして、このプラト王国を攻撃し王都を包囲しました。その戦いの中、残念なことにプラト王国にもたくさんの犠牲者が出てしまいました。しかし、その長い戦いにもかかわらず、皆さんは悪に屈しない正義の心で魔王軍と勇敢に戦い、炎竜、目度砂を退治し、魔王軍の全てのオークを降伏させ、この戦いは終わりました。ここに、プラト王国の勝利を宣言します!プラト王国、万歳!マリ女王様、万歳!」

王都中から歓声が沸き起こり、男性も女性も抱き合いながら勝利を喜んだ。

「やったー、魔王軍を倒したぞ!」「マリ女王様、万歳!」「アイシャ大尉、ロルリナ王国、万歳!」「ゆうた、仇は討ったぞ!」「これで安心して暮らせるのね!」


 マリが台の上にいたやまと副師団長に話しかける。

「お疲れさまでした。ゆういち師団長の仇も討てたそうですね。これからは、あなたが第4師団師団長として、任を果たして下さい。」

「女王様、もったいないお言葉です。私はゆういち師団長を救うことができず、プラト王国最強の第4師団の師団長は、私には任が重すぎるというものです。」

「私もゆういち師団長から剣を習いました。そういう意味では、私はあなたの姉弟子でもあるんですよ。その私の言葉が聞けないのですか。」

「その話はゆういち師団長からも伺っています。熱心に稽古され、王族では男性を含めて最強であられると。承知しました。第4師団長を拝命致します。これからも、精一杯、命をかけて責務を果たしていきます。必要とあらば、何でもご命令下さい。」

「有難うございます。疲れているところ本当に申し訳ないのですが、お言葉に甘えて、降伏したオークの対処をお願いします。」

「かしこまりました。ただちに、降伏したオークの対処に当たります。」

「オークの皆さんには、プラト王国の再建を手伝ってもらう予定です。この戦いで、ご家族や友人を亡くした兵もいて、難しいとは思いますが、兵の皆さんには、未来に目を向けて対処するように伝えてください。」

「承知しました。」

やまとが台を降りて、数千匹はいる降伏したオークの対処に向かった。


 宣言を聞いた由香、ユミ、徹を抱いた亜美が、マリ女王のところに降りてきた。マリが徹に尋ねる。

「徹、怖くなかった?」

「亜美ちゃんが、ずうっとお歌を歌ってくれたから大丈夫だよ。」

マリが感謝の言葉を述べようと亜美を見た。

「亜美さん、徹・・・・・・。あの、矢が3本刺さっているようですが、大丈夫ですか。」

「はい、ここを出発するときに矢が飛んできて当たってしまいましたが、徹君にはかすり傷も付いていませんので、ご心配なく。」

ユミが言う。

「亜美さんが体を張って、徹を守ってくれた。」

「気合が違います。ははははは。」

「亜美さん、本当に有難うございます。とりあえずヒールをしましょう。心を落ち着けて私の歌を聞いてください。」

「私はまだ大丈夫です。明日夏さんにヒールしてもらいますので、女王様はご心配なく。」

「そうですね。テームの街からいらしたならば、明日夏さんのヒールの方が安心できるでしょうね。分かりました。それでは、兵に明日夏さんがいる救護室に案内させます。」

「女王様、有難うございます。それじゃあ、徹君、またね。」

「うん、またお歌を歌って。」

「喜んで。」


 勝利の宣言の後から、周りのみんなが抱き合って喜んでいるのを見て、ミサが誠に左前から寄り添った。

「誠、勝ったんだよね。」

「はい、王都侵攻軍には勝つことができました。」

それを見た、アイシャが「私も。」と思ったが、セラミックプレートと槍の投下装置がついた鎧はどうみても邪魔なため、急いで鎧を脱いで右前から寄り添った。

「誠君、勝ったよ!」

「あっ、はい。何とか。」

尚美が後ろから抱きつく。

「お兄ちゃん、やっと魔王軍に勝てた。これで家に帰れるかな。」

「尚、まだ魔王が残っているから、油断しちゃだめだよ。」

「そうか。そうだね。」

アイシャが答える。

「誠君。そんなに心配しなくても、聖剣士様とアキ、それに妹のなおみさんもいるから、魔王にだって絶対に負けることはないよ。そんなことより、誠君、魔王を倒しても国に帰らないで、ここに住んでよ。」

「そう言ってくれるのは嬉しいですが、僕の望みはこの世界から戦争を無くして、全ての人が安全に暮らせることですから。」

「誠君の気持ちは分かるけど。」


 亜美と入れ違いで、地下要塞からラッキー、コッコ、パスカル、そして王配(女王の夫)のまさしが外に出てきた。アキが暖かく迎える。

「まさし様、ご無事で何よりです。ラッキー、コッコ、パスカル、お疲れ様。地上の戦いでも、魔王軍の将軍を討ち取って勝ったよ。」

ラッキーとコッコも答える。

「地下要塞の方も何とか勝てたよ。アキちゃんも、お疲れ様。」

「アキちゃん、お疲れ様。でも、炎竜や目度砂、テームの街の人たちが来てくれなかったら本当に危なかったかも。」

「それは、僕もそう思う。アキちゃんが、テームの街と何度も往復してくれて助かった。本当にお疲れ様。」

「ううん、飛ぶのは好きだから大丈夫よ。」

アキが黙っているパスカルに気づいた。

「目度砂に石にされてしまったから、落ち込んでいるのかな。」

そう思って、声をかける。

「パスカルもお疲れ様。この何カ月の戦いでパスカルは十分活躍したと私は思うわ。一度石になったって聞いたけど、体の調子はもう大丈夫?」

それでも、パスカルは黙って誠たちを見ていた。


 抱き合っている誠たちを見ていたマリがまさしに話しかける。

「まさしさん、若い人はいいわね。本当に嬉しそうで。」

「マリ、僕たちもそんなに歳なわけじゃないから、真似してみようか。」

「賛成。」

マリとまさしが抱き合う。マリが徹とユミに話しかける。

「徹、ユミもいらっしゃい。」

「僕は、亜美ちゃんがいい。」

「私は、イケメンがいい。」

「二人とも、私たちに遠慮して言っているんじゃなさそうね。」

「そうだね。まあ、それだけたくましく育っているということだよ。」

「そうね。」

由香は「今の徹王子の言葉、亜美に聞かせてやりたかったな。でも、俺も早く街に戻って豊と会いたいぜ。」と思いながら、勝利の喜びに浸っていた。


 アイシャが言葉を続ける。

「そうだ。誠君がここに残ってくれるなら、女王様に、誠君となおみさんが不自由なく生活できるようにすることをお願いするけど。誠君の活躍を知れば、女王様も絶対に賛成してくれると思うよ。」

「お気持ちは本当に嬉しいんですが。」

「うーん、後は・・・。そうだ、誠君。ここに残れば、お人形みたいな聖剣士様を自由にできるよ。聖剣士様の体を見放題、触り放題!そうですよね、聖剣士様。」

「そうかな。」

「アイシャさん、怪しい風俗店の呼び込みみたいなことを言わないで下さい。美香さんも返事に困っているじゃないですか。」

「聖剣士様、そんなことしか言えないと、誠君、本当に国に帰っちゃいますよ。」

「分かった。誠が帰らないなら、何でもする。見放題、触り放題でもいい。」

「誠君、心が揺らいだでしょう。」

「心が揺らいだというより、美香さんが誰かに騙されたりしないか心配になって、帰れなくなります。」

「やった!私はオークを倒せるようにしてもらったときからの約束だから、見放題、触り放題だけど、おまけにティアンナも付けちゃおう。ティアンナ、いいでしょう。」

返事がないのでアイシャがティアンナの方を見てみると、ティアンナがよその方を見ていた。そのため、アイシャは声を大きくして呼びかけた。

「ティアンナ!ちょっと、ちょっと。」

ティアンナがよそを向いたまま答える。

「えっ、アイシャ、何?」

「誠君が国に帰らないためなら、何でもするよね。」

「ああ?うん。俺は岩ちゃんの奴隷だから、岩ちゃんのためなら何でもしなくちゃいけないし、もし岩ちゃんが国に帰るなら、俺は岩ちゃんについていくよ。」

ミサが言う。

「そうか。それなら私も誠の奴隷になればいいのか。」

「美香さん、そんなことをしたら、美香さんのご両親の恩に背くことになります。」

ティアンナが言う。

「聖剣士様、聖剣士様をおれの奴隷にしてあげますよ。そうすれば、ずうっと岩ちゃんといっしょに行動できます。」

誠が口をはさむ。

「ティアンナさん、変な冗談はいけません。僕はここにいてもいいのですが、妹が帰りたそうなので、迷っています。」

アイシャがなおみに耳打ちする。

「なおみさん、前にも言いましたが、ロルリナ王国は兄弟が結婚することもできます。」

そして姿勢を戻して普通の声の大きさで誠に話す。

「そうだ。誠君、もしかしてご両親のことが心配なの?それなら、一度帰ってからまた来てよ。ご両親を連れてきても大丈夫だよ。」


 この話の間にパスカルが静かに誠の方に近づいてきていた。誠はアイシャと話しながらも、魔王がこちらに接近していないか警戒するために遠くの方を見ていた。ミサとアイシャは誠を見ていたため、パスカルの接近に気づかなかった。そして突然、パスカルが小烏丸を抜いて誠を突こうとダッシュしてきた。パスカルがミサとアイシャの間から誠の首を突こうと剣を肩から水平に突き出した。アキが驚いて声を上げた。

「パスカル!?」

小烏丸が誠まで30センチメートルというところで、ジャンプしたティアンナが割り込み、小烏丸を自分の胸で受け止めた。剣の勢いにはじかれたティアンナは誠に当たった。尚美が誠を後ろから支えたため、誠は片膝を付きながらティアンナを抱きかかえて立っていた。パスカルは黙ったまま小烏丸を振り上げ、誠とティアンナに切りかかろうとした。アキが大声を上げる。

「パスカル!何やっているの!湘南は味方だよ。」

その瞬間、ミサがとっさに草薙の剣を抜いて、逆手のまま股の間からパスカルを切り裂く。パスカルが左右に分かれて、折り重なるように倒れる。アキと誠が叫ぶ。

「パスカル!」

「パスカルさん!」

アキがミサに向かってAPFSDSの矢をつがえた弓を構えて、詠唱を始める。それをアイシャが止める。

「アキ、落ち着いて。今はパスカルさんが誠君を殺そうとしていた。それに、この距離でAPFSDSを放っても、聖剣士様には通用しない。」

アキが泣きながら抗議する。

「でも、何も殺さなくたって。」

誠もパスカルを見た後、ミサに向かって強く言う。

「パスカルさん・・・・・。すぐに感情的になるのは、美香さんの悪い癖です。」

ミサが言う。

「誠、この男、誠を殺そうとしていたのに、そんなこと言わなくたって。それに、この男はティアンナを殺したのよ。」

全員がティアンナを見る中、ティアンナが言葉を発した。

「魔王軍に岩ちゃんや『ユナイテッドアローズ』のことを漏らしていたのも、間違いなく、パスカルというこの男だから、俺は聖剣士様は悪くないと思う。」

ミサが答える。

「ティアンナ、有難う。えっ!?」

アイシャが尋ねる。

「ティアンナ!大丈夫なの?小烏丸でまともに突かれたのに。」

「アイシャの鎧の板を服の下に入れていたから大丈夫だったよ。」

「そうか。さすがティアンナ。」

ティアンナが誠に言う。

「それより、岩ちゃん、聖剣士様を抱きしめて慰めてあげて。」

「僕がですか?」

「そう。そうしないと、負の感情から聖剣士様がどうなるか分からない。」

「そんなことをしたら、僕もパスカルさんみたいに・・・・。」

「絶対にならないから。」

マリも同意する。

「湘南参謀長さん、ティアンナさんが言う通りだと思うわよ。別に聖剣士さんを嫌いになったわけではないんでしょう。」

「はい、目的に向かって懸命に努力するところは素敵だと思います。」

「それならお願い。」

その後マリは、パスカルのそばに落ちていた小烏丸をラッキーに渡しながら、パスカルに話しかける。

「あらあら、パスカルさん、綺麗に二つになっちゃって。」

涙を流しているアキが無理だろうと思いながらも聞く。

「女王様、パスカル、何とかなるでしょうか?」

「大丈夫だと思うわよ。私のヒールとの相性が最高だから。アキさんはいなかったけど、この間は魔王軍の狼女の剣士に6つに切り裂かれても治ったし。」

それを聞いてアキの顔が急に明るくなった。マリがヒールの歌を歌い始める。


 誠が深刻な顔でうつむいているミサを抱きしめて話しかける。

「美香さん、助けてくれて有難うございます。さっきは強く言ってすみませんでした。パスカルさんは小烏丸を持っていますので、美香さんが切らないと、たくさんの死人が出ていた可能性があります。僕も冷静になって考えると、美香さんがしたことは間違っていなかったと思います。」

「誠、ごめん。誠が人を殺すのが嫌いなことは分かっている。次は、もっと感情を押さえてよく考える。」

「はい。美香さんは普通の剣士10万人分ぐらいの力がありますので、いつも冷静さを失うことなく行動してください。」

「うん、誓う。でも、もう怒っていない?誠が怒ったところを初めて見たから怖かった。」

「もう怒っていません。」

「良かった。」

「落ち着きましたか?」

「はい。」

誠とミサが離れた。ミサは誠の方を見ていた。


 マリがヒールを始めてから少しすると、パスカルの二つに分かれていた体がくっつき、目を開き、上体を起こした。しかし、パスカルはミサではなく誠を睨みつけた。それを見たマリが全員に向けて注意する。

「パスカルさんはまだ湘南参謀長さんを狙っているみたいです。ラッキーさん、小烏丸はしっかり確保して下さい。」

「女王様、分かりました。」

「聖剣士さん、アイシャさん、パスカルさんが湘南参謀長さんを攻撃するようなら反撃しても構いません。パスカルさんなら、何回でも治せますから遠慮はいりません。」

「了解です。」「承知しました。」

パスカルに向けて、ミサが剣を構え、アイシャが弓を引いた。泣き止んでいたアキがパスカルに強く言う。

「パスカル、もう止めて。せっかく治ったんだから、本当に止めて。」


 パスカルが立ち上がり、誠に向かって話しかける。

「人は野を山を湖を破壊し、海を汚し、たくさんの動物を殺す。その行いはやがて人に跳ね返り、人は滅ぶ。滅ぶべくしてな。それならば早急に人類を殲滅してしまった方が、他の動物や魔族のためだ。」

「違います。人はそんなものじゃないです。人は自然を守りながら、進歩して生きていくことができます。」

「そんなことはない。見てみろ。人は自分が少しぐらい自然を破壊しても大丈夫と思っている。それが積み重なるとどうなるか分かっていない。大丈夫と信じ、分からずと逃げ、知らず、聞かず、その果ての終局だ。もはや止めるすべなどない。」

「そんなこと。」

「それが定めさ、知りながらも突き進んだ道だろう。」

「いえ、まだ間に合います。」

「すでに遅いさ、湘南、私は結果だよ。だから知る。」

話を聞いていたアキが言う。

「違う。これは絶対パスカルの言葉じゃない。パスカルがこんな難しいことを言うはずがないわよ。」

誠、ラッキー、コッコ、マリ、ユミも同意する。

「アキさんの言う通りです。僕もパスカルさんは魔王に操られているだけだと思います。」

「僕もそう思う。長年の付き合いだけど、こんなパスカルは見たことがない。」

「確かに。このパスカルちゃん、かなり変だよ。」

「パスカルさん、今までも私のヒールでちゃんと直ってきたから、ヒールのせいじゃないとは思う。」

「うん、パスカルさんは、女の子に優しいゴブリンみたいな人だから、私も違うと思う。」

アキがユミに問いかける。

「ユミちゃん、パスカルがゴブリンみたいって。」

「女の子のことしか考えていないということ。」

「でも、ゴブリンはさすがにパスカルが可哀そう。」

「ごめんなさい。」


 パスカルが言葉を続ける。

「それに何だ、湘南参謀長。たくさんの可愛い女の子にもてて、そして抱きつかれているなんて。知れば誰もが望むだろう。君のようになりたいと。君のように抱きつかれたいと。」

「それは魔王軍に勝った喜びからで、別に僕がもてていたわけではありません。」

「ゆえに許されない。君という存在を。」

このパスカルの言葉を聞いた人は、心の中でつぶやいた。

「魔王に操られながらも本音を言えるなんて、女の子に対する執着心がゴブリンを越えている。ユミ王女様が正しかった。」

ただ、アキだけは違った。

「魔王でもパスカルの精神を完全に支配するのは無理ということ。私がうまくやれば魔王の支配からパスカルの精神を解放できるはず。」

アキが横からパスカルに抱きつく。誠が驚く。

「アキさん!まだ危ないです。」

「大丈夫!」

アキが続ける。

「パスカル、何言っているの。パスカルには私や『ユナイテッドアローズ』のみんながいるじゃない。ずうっと、いっしょにやってきたじゃない。」

パスカルが状況に気が付いたようにして驚く。

「アキちゃん、なっ、なっ、なっ、何を。」

そして、ミサを見て言う。

「この剣士様、何で俺を切ろうとしているんだ?まあ、こんな見たことのないような美人の剣士なら俺は切られても構わないけど。」

アキがパスカルから離れながら言う。

「パスカルが戻った。」

「戻ったって?」

「パスカルは今まで魔王に操られて、湘南を殺そうとしていたの。」

「俺がまさかそんなことを。えっ、アイシャちゃんも俺に弓を構えて。まあ、アイシャちゃんの矢なら喜んで受けるけど。」

アイシャが尋ねる。

「パスカルさん、もう大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫。そう言えば、俺は家で寝ていたのに、こんなところにいて、王都がこんな状況になっているということは、俺は本当に魔王に操られていたということか。」

ラッキーが言う。

「パスカル君、そうだと思う。でも、パスカル君の女の子に対する執着心は、魔王による精神の支配に打ち勝つのか。すごい。」

誠は安心のあまり、パスカルに抱きついて喜ぶ。

「パスカルさん。良かった、元に戻ったみたいで。一時はどうなるかと思いました。」

「いや、お前、誰!?」

「テームの街で参謀長をしている湘南です。」

「ああ?アキちゃんから話は聞いているけど。」

「でも、本当に良かったでした。」

「いや、分かったからもう離れろよ。男に抱きつかれても嬉しくない。」

「そうで・・・・・、あっ、ここに虫がついている。尚、お願い。」

誠が虫の位置を指さすと、後ろで様子を見ていた尚が瞬間にパスカルの首筋についていた小さな虫を短剣で切り裂いた。パスカルが驚く。

「なっ、何を。えっ、あっ、まあこれだけ可愛い女の子なら俺は切り裂かれても構わないけど。」

尚美が誠に報告する。

「お兄ちゃん、処分した。」

「有難う。たぶん、この虫でパスカルさんを操っていたんだと思います。」

コッコが言う。

「なるほど、さすが湘南ちゃん。抱きつくふりをして、パスカルちゃんの体に付いている異物を探していたのか。でも、いいものを見せてもらった。私が生まれてから見てきた中では、ザ・ベストカップルだね。うん。」

「もう、コッコは。早くよだれを拭いてよ。でも、こんな状況でも、コッコはあれをそういう目で見るの?」

「こんな状況だから、そういう目で見るんだろう。それに性癖だよ。」

「性癖って偉そうに言うこと?私も最初は何だろうと驚いたけど、湘南はパスカルについている異物を探してくれていたんだね。やっぱり、さすが。」

「でも、アキちゃんに、ライバル出現かもしれないよ。」

「ライバルって。湘南が?パスカルと私って、別にそういうんじゃないわよ。単なる『ユナイテッドアローズ』をやっていく仲間。それに湘南は全然違うと思うわよ。」

「でも、湘南ちゃん、すごく嬉しそうだよ。古くからの友達みたい。」

「湘南は、誰にでも優しいんだよ。でも、パスカルが戻って本当に良かったわ。」


 誠が全員に向けて言う。

「みなさん、体に何か付いていないかお互いに確認してもらってください。」

パスカルが言う。

「アキちゃん、アキちゃんの体に変なものが付いていないか俺が確認してあげる。」

アキがパスカルのほっぺを叩く。

「パスカル、調子に乗らない。」

「あ痛っ。ごめんなさい。」

コッコがパスカルに話かける。

「パスカルちゃんは、湘南ちゃんにもう一度ちゃんと見てもらいなさい。」

「コッコの目的は違いそうだけど、うん、私もその方がいいと思う。」

「あまり気は進まないけど、二人が言うなら、そうするよ。」

男女に分かれて、体に異物が付いていないかチェックした。アキがコッコに言う。

「コッコ、スケッチばかりしていない。それじゃあ、今からコッコをチェックするわよ。」

「こんなチャンスを見逃す手はない。アキちゃん、私なら勝手に服を脱がしていいから、チェックしておいて。」

「コッコ、それでも女の子なの?」

ラッキーが言う。

「アキちゃん、心配しなくても大丈夫。男たちの目が向くとしたら、アイシャちゃんと聖剣士様だから。」

コッコも同意する。

「まあ、二人のスタイルは目の保養になるからね。男ならそうなるよ。」

アキが答える。

「それも悲しいな。」


 誠が反対を向きながらティアンナに尋ねる。

「ティアンナさん、初めからパスカルさんが怪しいと思っていたんですか?」

「うん。魔王軍の岩ちゃんの呼び方から『ユナイテッドアローズ』の誰かと思っていた。その中で、王都では一番強いのに、地下要塞の防衛で最初に石になって活躍できなくなったパスカルさんが怪しいそうだったから、パスカルさんの様子をずうっと見ていた。」

「だから、パスカルさんが来てからずうっと静かだったんですね。さすがです。」

「へへへへへ。」


 ミサがティアンナの体をチェックしながら話しかける。

「ティアンナ、さっきは私をかばってくれて有難う。それで、さっきの話もお願い。」

「さっきの話って?」

「もし、誠がここを離れるなら、私がティアンナの奴隷になるという話。」

「本当ですか?正義の味方みたいなことばかりする岩ちゃんの安全のためには、聖剣士様がいてくれると本当に助かるけど。」

「誠の役に立てるなら嬉しい。」

「それでは、俺は聖騎士様をセーバーと呼ぶので、俺のことはマスターと呼んで下さい。」

「分かった。」

「セーバー、世界を平和にするために岩ちゃんといっしょに頑張りましょう。」

「マスター、そのつもり。」


 全員の異物が付いていないかどうかのチェックが終わった。その結果、虫がついていたのは結局パスカルだけだったため、アキが言う。

「結局、魔王の虫が付いていたのはパスカルだけか。もう、パスカルが油断するからだよ。しっかりしないと。」

「本当に、ごめん。」

誠がマリに話しかける。

「女王様、魔王がパスカルさんに付いていた虫を通じてこの場所の様子を知って、魔王が攻撃を仕掛けてくる可能性があります。」

「そうですね。」

「それも間もなくです。念のため地下要塞に避難して下さい。ティアンナさんもお願いします。あと、王国軍のみなさんに、魔王にはうかつに手を出さないように指示してください。だぶん、普通の兵では全くかなわないと思います。」

「分かりました。」

マリがまさしに話しかける。

「まさしさん、徹とユミをお願い。」

「マリも気を付けて。徹、亜美さんのところに行こう。ユミ、僕たちは地下に避難するから、いっしょにおいで。」

「分かった。」「分かりました。」

そして、マリは王国軍の伝令に指示を伝える。

「湘南参謀長さんの指示を伝えてください。」

「承知しました。」

誠がマリに尋ねる。

「あの、女王様は?」

「私は残って、みなさんのお手伝いをします。」

「それは危険過ぎます。」

「パスカルさんのヒールのために、私はそばにいた方がいいです。それに目度砂の首を切ったのは私ですよ。」

「それはそうですが。たぶん魔王は普通の剣では切れません。あの、まさし様、女王様を説得して頂けないでしょうか。」

「残念ですが、一度決めたマリを説得するのは無理だと思います。」

「そうですね。それはそうかもしれません。分かりました。まさし様、王子様と王女様をお願いします。」

「有難うございます。」

まさしたち3人が地下要塞に入っていった。

「岩ちゃん、女王様はまた俺が面倒を見るよ。」

「ティアンナさんも地下には行かないんですか?」

「岩ちゃんが外にいるなら。」

「分かりました。ティアンナさん、魔王は恐ろしく勘がいいと思います。いつでも逃げるところを確保して、絶対に油断しないで下さい。」

「うん、絶対に油断しない。」

「あと、少し大きな火炎瓶をあげますから、危ない時に上手に使って逃げてください。」

「分かったよ。」


 マリの話を聞いたアイシャが、あたりを警戒しながらもマリに尋ねる。

「あの、目度砂の首を切ったのは、女王様なんですか?」

「はい。少し前まで地下要塞の中は大変だったんです。魔王軍が地下要塞の東と中央から入ってきて内部が混乱してしまって。それで、ティアンナさんと私の二人が魔王軍がたくさんいるところに取り残されてしまいました。逆に、そういう状況だったので目度砂を倒すことができました。」

「でも、魔王軍の中で大丈夫だったんですか?」

「ティアンナさんがゴブリンの格好をして、私を襲っているように見せかけて、オークをやり過ごしました。」

ティアンナが続ける。

「オークがいないときは、女王様に寄ってきたゴブリンを女王様と俺とで倒したんだよ。」

「私がゴブリンの餌になったということです。」

「女王様の脚を見せただけでゴブリンが寄ってきて、ゴブリンにはすごい魅力的な餌だったんだと思う。」

「ティアンナ、お前、女王様をゴブリンの餌にするとは何事だ。」

「アイシャさん、あの時、そうしなければ私たちは死んでいました。」

「そうかもしれませんが。」

「それに女王様の場合は、針が付いている餌だったよ。女王様、短剣の扱いがすごく上手で、ゴブリンの首ぐらいなら、一振りで切り落としちゃうんだよ。だから、目度砂の首も切れると思ったんだ。」

「幼い時にゆういち師団長に厳しく仕込まれました。そのおかげで、一番多い時は二人でゴブリン3匹を一度に倒すことができました。」

「女王様が二匹で俺が一匹。その後、目度砂が俺たちのすぐ横を通ることが分かったんだ。それを聞いて、女王様が、自分が目度砂を倒すと言うので、俺が目度砂の気を引いているうちに、死んだふりをした女王様が後ろから目度砂に近づいて首を切り落としたんだよ。」

「さすが女王様です。」

「死んだふりと言っても、ゴブリンに襲われた後のように、廊下に敷いた破かれた服の上に裸で横になっていました。さすがに恥ずかしかったですが、まんまと目度砂と魔王軍を油断させることができました。」

「裸になるというのも、ティアンナの作戦?」

「その通りですが、あのときはそれが正解と思います。剣を脱いだ服の下に隠せましたし。アイシャさん、どうかティアンナさんを褒めてあげて下さい。」

「しかし・・・・」

「だから、アイシャ、あの時は周りは魔王軍ばっかりで、目度砂の首を切るなら最大限に油断させる必要があったんだって。」

「ティアンナさんの言う通りです。目度砂の首を切った後、魔王軍が動揺している隙に、湘南参謀長さんがいる救護室に駆け込んだんです。」

「分かりました。地下要塞がそんな状況になったことは、魔王軍の中央の出入口からの侵入を許した地上で戦っている我々の落ち度です。ティアンナ、魔王軍に囲まれながらもよく女王様をお守りし、女王様の意をくんで目度砂撃退に活躍した。感謝する。」

「へへへへへ。まあ、ゴブリンみたいな恰好になれるマスクや手袋と、すごい火が出る魔法の小瓶をくれた岩ちゃんがいなければ無理だったけどね。」

「それじゃあ、戦いが終わったら、誠君といっしょに王都ですごく美味しいお店に連れて行ってあげるよ。」

「アイシャのおごりで?」

「だって、ティアンナはお金持っていないでしょう。」

「多少なら岩ちゃんからもらっているけど、遠慮なくごちそうになるよ。」

「そのぐらい、いいよ。」


 そのとき、耳を澄ましていたミサが誠に話しかけた。

「誠、南の遠い方で何かが落ちる音がした。」

「そうですか。何か見えますか?」

「ちょっと待って・・・・。」

ミサが目を凝らす。

「人の形をした何かが空中にいる。」

「有難うございます。」

「下に落ちていった・・・・。あっ、また上がってきた。」

誠は「美香さんの話からすると、ジャンプしながら近づいていると考えるのが妥当か。とすると、やっぱり地上ではジャンプはできても飛べないんだな。それなら、作戦を立てやすくなる。」と考えていた。尚美が言う。

「お兄ちゃん、ちょっと見てくる。」

「尚、ザンザバルの話からすると、魔王は高さ18メートルぐらいのロボットみたいな形だと思う。ジャンプしながらこっちに来ているようだから、低空から接近して。あと、恐ろしく勘がいいはずだから、発見してもうかつに近づいちゃだめだよ。」

「大丈夫、分かっている。」


 尚美が飛び立ち、南の空へ加速して飛んで行った。残っている人に誠が指示する。

「美香さんとアイシャさんはまたペアでお願いします。アイシャさんには美香さんの運搬をお願いします。飛ぶときは魔王から見えにくい低い高さを飛ぶようにして下さい。」

「誠君、了解。」

「美香さんには待ち伏せての魔王へ攻撃をお願いします。草薙の剣でも魔王を切れない場合は、建物を切って魔王に覆いかぶせ動きを止めて下さい。」

「誠、分かった。」

「アキさんは、とりあえず建物の陰から魔王の目を狙ってください。額の上に四角い目があると思います。その目が一番大きいですので、そこを狙ってください。」

「三つ目なの?」

「胴体にもあるみたいですが、まずはそこからです。ただし、頭の両方から高速な鉄の球を出すことができます。狙われたら、下の方に逃げて下さい。」

「胴体にもあるのか。でも、今回狙うのはお尻の穴じゃないのね。」

「はい、魔王にはお尻の穴はないと思います。」

「やっぱり、お尻の穴じゃない方が嬉しい。」

「ブラックさんは連絡係りを、ラッキーさんは盾で女王様を守って下さい。」

「分かった。」「了解。」

パスカルが尋ねる。

「俺は何をすればいい?」

「おとりの役をお願いします。攻撃すると見せかけて魔王の注意を引いて下さい。」

「おい。」

「女性たちを守る重要な仕事です。」

「なるほど、それは重要な仕事だ。俺はどんな怪我でも女王様のヒールで治るから、俺がおとりになる作戦は合理的だと言えよう。しかし、湘南、おとりになるとき俺が魔王を倒してしまっても構わないんだよな。」

「はい、もちろんですが、あまり無理をしないでください。」

「了解だ。」


 尚美が南に向かって飛んでから1分とちょっと経つと、遠くに人型の何かが空中を浮かんでいるのが見えた。

「あれか。低空から接近しよう。」

尚美が魔王を見ながら低空で接近して行くと、魔王が降下して一度着地した後、ジャンプしてまた上昇していくのが見えた。

「本当だ。ジャンプしながら王都に向かっている。」

その瞬間、魔王がビームライフルを取り出し、尚美に向けて銃を振り下げた。

「やばい!」


 誠が南の空を見ていると、白い光の筋が上から下に伸びたのが見えた。誠は「尚が見つかったのか。魔王がどんなに正確に予測できても、尚が落ち着いて対処すれば大丈夫だろうけど。」と思いながら数を数え始めた。

「4、5、6、7、8、9、10、・・・」


 ビームは尚美の右横を通って行った。魔王が不思議がる。

「外した!?避けたのか?・・・・だが、そこだ。」

魔王が再度ビームを放つ。しかし、ビームは尚美の左横を取った。

「また外した。この私の予測が外れたのか。向こうもこちらの予測ができるか。フェイントをかけてみるか。」

魔王は撃つふりだけで、次に予測したところに向かってビームを放ったが、やはりビームが当たらなかった。

「そうか、分かったぞ。こちらの銃身の方向を見てから動いているのか。私の認識能力を越えるすばしっこさということか。これならどうだ。」

魔王がバズーカを発射する。尚美は上昇して軽々とバズーカの爆発をかわした。

「あの妖精、バズーカの弾より速く飛べるな。楽々とかわされてしまったか。しかし、こちらを攻撃する方法はないだろう。あれは放っておいて、王都中心部に向かうか。」

魔王は尚美を引き連れて、王都中心部へジャンプしながら接近していった。


「・・・・、50、51、52、53、54、55、56、57、58」

誠が数を数えている間も、白い光の筋が数回見え、そのあと地表で爆発が見えた。誠が58まで数えたとき最初のビームライフルの発射音が聞こえた。誠がつぶやく。

「20キロぐらいか。まだビームライフルやバズーカを撃っているということは、尚は無事ということだと思う。」

誠がアイシャのために作った鉄の槍を持ち、アイシャの方をちらっと見た後つぶやく。

「かなり重いな。アイシャさんはこれを軽々持つけど80キロはやっぱり重い。」

白い光の筋を見たミサが誠に尋ねる。

「あれが魔王の武器?」

「はい、それと爆発する球が出る筒、背中に光る剣を持っています。もしかすると、とげとげが付いた鉄球に鉄の鎖がついたものを持っている可能性もあります。」

「分かった。」

「全てが普通の10倍ぐらい大きいですので十分注意してください。」

アイシャが言う。

「魔王の武器の音を聞いていたら、鳥肌が立ってきた。」

ティアンナが答えた。

「頭の中は元から鳥頭だけどね。」

「この、生意気な。」

辺りに抑えた笑い声が響いた。ミサが言う。

「魔王が見える。ジャンプして、こっちを見ている。」

「えっ、みなさん。大至急、ここから降りて下さい。」

全員が地下要塞の出入口がある台から降りると、そこに白いビームが飛んできて、石でできた台の表面が解けていた。アキが驚く。

「恐ろしい破壊力。」


 ブラックが誠に話しかける。

「ここからだと何も見えません。僕が上がって見てきます。」

「だめです。ブラックさん、魔王は遠くからでも、こちらの動きを予測して狙い撃ちにします。逆に、魔王の近くの方が白い光を出す筒の動きを見てかわすことができます。尚はそうしていると思います。」

「プロデューサーのお兄さん、了解。筒が向いている方向を避けながら接近するようにする。」

「それができるかできないか、様子を見てからにして下さい。」

「了解、プロデューサーの様子を見てから判断する。」

「お願いします。」

「誠君、王都の外で迎撃しない?その方が王都の被害が少ない。」

「それもだめです。森ではビームを遮蔽できません。この周辺の避難も終わるでしょうし、高い石の建物が多く、ここで迎え撃つ方がいいです。」

「分かった。魔王、すごく強そうだから仕方がないか。」

「有難うございます。」


 ミサが草薙の剣に呼びかける。

「聖剣さん、起きて。もうすぐ魔王が来る。あなたの力が必要なの。」

しかし、草薙の剣は起きる気配がなかった。

「どうしたら、起きるかな。」

コッコが答える。

「聖剣士ちゃんが剣に口づけすれば起きるんじゃないかな。」

アキが呆れて言う。

「コッコ、草薙の剣はこの国最高の聖剣なんだよ。パスカルじゃあるまいし、そんなことで起きたりしないでしょう。」

誠が答える。

「いえ、コッコさんの言う通りかもしれません。草薙の剣はパスカルさんに似ているところがありますから。」

パスカルが誠の方に詰め寄って言う。

「おい、湘南。俺を・・・」

パスカルが話している途中、草薙の剣から誠に向けて斬撃が飛んできた。それをパスカルが小烏丸をサッと抜いてはじき飛ばす。誠とミサがお礼を言う。

「パっ、パスカルさん、有難うございます。」

「剣士パスカル、誠を守ってくれて本当に有難う・・・。もうこの剣は折るしかない。」

ミサが剣を折ろうとするが、誠とパスカルが止める。

「美香さん、草薙の剣は魔王との戦いに必要です。落ち着きましょう。」

「聖剣士様、俺も湘南が言うことが正しいと思います。」

「魔王に勝利するには冷静さが必要です。」

「聖剣士様、剣士は冷静さを失ったら負けです。」

「パスカルさんの言う通りです。」

「冷静、冷静にです。」

ミサが答える。

「二人とも有難う。さっき冷静になると言ったばかりだった。あと、剣士パスカル。さっきは慌てて二つに切ってしまって、ごめんなさい。」

「いえいえ、聖剣士様みたいな美人になら大歓迎です。気が向いたら、二つでも四つでも切ってください。また女王様に治してもらいますから。」

「美香さん、あまり心配しなくても、パスカルさんは大丈夫だと思います。」

「湘南、お前!」

「パスカルさんはたくましいと、褒めたんです。」

「そっそうか。有難うな。」

アキがつぶやく。

「パスカルの馬鹿さは、女王様でも治せない。」

「アキちゃん・・・・。」

「そんなことより、パスカルちゃん、湘南ちゃんとのからみ、もっと続けて。」

「もう、コッコはよだれを拭いてよ。」

誠が言う。

「とりあえず、草薙の剣は起きたようですね。これで斬撃も使えます。」

アキが答える。

「でも、何となく聖剣士様に口づけを要求しているような怪しさが漂っている。」

ラッキーが諭す。

「草薙の剣君。残念だけど、聖騎士様はすごく怒っていたからもう絶対に無理だと思うよ。そのまま寝たふりをしていれば、口づけしてもらえたかもしれないけど。短気は損気ということだよ。」

パスカルが同意する。

「その通りだ、草薙の剣。だいたい剣のくせに、聖騎士様に口づけされようなんて生意気すぎる。」

草薙の剣から多数の斬撃がパスカルに向けて発せられるが、パスカルが小烏丸で次々に跳ね返す。

マリが答える。

「でも、そういう所が草薙の剣とパスカルさんは似ているわね。」

「女王様・・・・。まあ、いいです。聖剣士様、最初の攻撃は、俺がおとりになって正面から突っ込みます。ですので、聖剣士様は後ろから攻撃して下さい。」

誠が心配する。

「正面から!?だっ、大丈夫ですか?」

「ああ、焼け焦げても女王様に治してもらう。」

誠は心配だったが、ミサは了解した。

「剣士パスカル、分かった。」

「美香さんが後ろから攻撃するならば、パスカルさんは逃げるようにして、魔王に追わせる方が、美香さんが攻撃しやすくなります。」

「なるほど、分かった。そうする。」


 そのすぐ後、近くで魔王が着地する音が聞こえて、全員に緊張が走った。

「魔王が城内に着地したようです。あとジャンプ1回、10秒ぐらいでここに来ます。」

「あっ、そうだ。魔王は男なんだよな?」

「はい、男の格好をしています。全員散開して下さい。」

「ならば手加減することなく戦える。腕が鳴るぜ。」

「ラッキーさんは女王様の前に。」

「分かったよ。」

ティアンナは誠についてきた。

「ティアンナさん、僕のそばは危険ですよ。」

「岩ちゃん、ごめん。」

「どうしたんですか。」

「ザンザバルに口から出まかせで、岩ちゃんは脚が取れて、巨大化して、手の指から10本のビームが出ると言ってしまったんだ。もしそれが魔王に伝わっていると、魔王は岩ちゃんを狙ってくるかもしれない。」

「そうですか。有難うございます。僕を狙ってくるなら、それはそれで好都合です。とりあえず、女王様の所に行ってください。」

「分かった。」

ティアンナがマリのところに到着すると同時に、魔王が台の上に着地し、辺りを見回した。

「剣士が一人か?踏みつぶしてやる。」

魔王が足を上げると、パスカルが逃げだす。」

「逃げた。ということは本命は後ろか。」

魔王が上にジャンプする。誠が表に出ながらミサに声をかける。

「美香さん、魔王に作戦を読まれました。退避して下さい。魔王、僕が相手だ。」

しかし、魔王は誠を無視して振り返りながらミサの方を見た。そして、ミサの方にビームライフルを撃ち込む。誠が叫ぶ。

「美香さん!」

ミサが草薙の剣でビームをはじいた。魔王が驚く。

「いや、普通の剣でビームをはじくって反則だろう。だが、これは受け止められまい。」

魔王がミサにビームサーベルで切りかかる。しかし、それも草薙の剣で受け止める。

「何だ、剣でビームサーベルを受け止めた。そうか、この女、モビルスーツは拘束具という世界からやってきたのかもしれないな。」

今度はミサがジャンプして草薙の剣で魔王に切りかかる。魔王がそれを盾で防ごうとするが、盾が切れて下半分が地面に落ちる。誠がつぶやく。

「魔王の盾は強力なはずだけど。フェーズシフトと違って実体弾が全く通用しないというわけではないからか。」

魔王が後ろにジャンプしながら、バズーカ砲を構える。

「これならどうだ。」

魔王がバズーカ砲で狙ったところを見た誠が叫ぶ。

「美香さん、避けて。バズーカ砲の弾を切ってはだめです。」

しかし、その言葉は間に合わず、ミサがバズーカ砲から発射された弾を草薙の剣で二つに切った。しかし、その直後、大きな爆発が起きた。誠が叫ぶ。

「美香さん!」

誠の目には球状のバリアの中のミサが吹き飛ばされているところが見えた。

「ジグムントの技か。美香さんは無事なのか?」

そして、大声で叫ぶ。

「アイシャさん!美香さんをお願いします。」

「分かった。」

アイシャが低空を飛び、ミサを追った。様子を見ていたアキがつぶやく。

「あの球、爆発するのね。」

魔王は次に地面にいるパスカルをバズーカ砲で狙おうとしていた。誠が叫ぶ。

「パスカルさん、逃げてください。」

魔王がパスカルを狙ったとき、その射線上にアキが割り込んできた。魔王がつぶやく。

「あの妖精、目を狙ってくるのか。まあ、剣士と妖精、いっしょに吹き飛ばしてやる。しかし、この違和感は・・・」

パスカルが叫ぶ。

「アキちゃん、危ないから下がって。俺は大丈夫。あのぐらいの爆発、女王様に治してもらえるから。」

パスカルが言い終わる前に、アキがAPFSDSの矢をバズーカ砲の砲身の中に向けて放つ。砲身の中の弾に当たり、魔王の横で爆発した。その破片で弾倉にあった弾も誘爆を起こした。その衝撃でジャンプしていた魔王がふらふらしながら地面に落ちていった。アキが喜ぶ。

「やった!」

しかし、魔王はふらふらしながらも何とか地上に着地した。誠がつぶやく。

「魔王を倒すには威力が足りないか。でも、バランスを崩しているな。」

魔王がつぶやく。

「妖精を甘く見すぎた。耳鳴りが酷い。」

パスカルが魔王の足に切りかかる。

「やー。」

それを察知した魔王がパスカルを蹴とばす。

「させるか。」

パスカルが空中を飛んで地上に落ちた。マリがパスカルをヒールするためにパスカルの方に駆け寄る。

「あれがマリ女王か。」

魔王がビームライフルをマリとパスカルがいるところに向ける。アキが魔王の3番目の目に向けて、APFSDSの矢を放つが、魔王が手で払う。

「そんなものが2度も通用するか。」

そして、マリの方を向いてビームライフルを撃つ。ラッキーが叫ぶ。

「アクセレーションディスク!」

ビームライフルのビームがラッキーの盾にはじかれた。

「ラッキーとやらの盾だな。ビームをはじくなら・・・。」

魔王がビームサーベルでラッキーの盾を突こうと台の上を突撃してきた。その瞬間、魔王の右目に太陽の光が当たった。

「何だ!?」

そして次の瞬間、魔王の顔が火に包まれ、前に膝をついて倒れた。ティアンナが鏡で太陽の光を魔王の目に反射させた後、由香がティアンナに託された火炎瓶を魔王に投げつけていたのである。魔王の後ろから接近していた誠が驚く。

「ティアンナさん、由香さんに任せたんですね。さすがです。」

魔王はビームサーベルで突くのを止めて立ち上がる。

「前が見えない。」

誠が心の中で叫ぶ。

「今がチャンス」

誠が鉄の槍を両手で持ったままロケットパンチを飛ばした。誠の近くにいた尚美とブラックも飛びながらその槍を持ち、槍を魔王のロケット噴射口へ誘導していった。槍は右の噴射口に刺さった。魔王はちょうどその時後ろにジャンプしようと、ロケット噴射を始めたため、右の噴射口が爆発してしまった。

「くそ、右の噴射口が使えなくなっ・・・・。上か!?」

魔王がビームサーベルを上に向ける。魔王が上を見るとアイシャに運ばれたミサが空中から落ちてきていた。

「あの爆発で無事だったのか。だが、串刺しにしてやる。」

魔王がミサに向けてビームサーベルを突き出す。ミサは、そのビームサーベルのビームを草薙の剣で切り裂き、ビームサーベルの柄も半分に切り裂いてから着地する。

「ビームサーベルを切り裂いた。無茶苦茶だ。落ち着け。むやみに接近しようとするな。まだ右側のロケット噴射は使える。少し距離を取って、ビームライフルでやつらをがれきの下敷きにしてしまえばいいんだ。」

魔王が右のロケット噴射も使って後ろに大きくジャンプして距離を取り始めた。そのとき、地下通路から明日夏が出てきた。誠が驚く。

「明日夏さん!?」

「地下の重傷者のヒールは終わったから、こっちを見ようと思って。」

「いえ、まだ危ないですので、地下にいてください。」

ミサが、後ろに下がる魔王に向かって斬撃を放つ。しかし、魔王は半分になった盾で斬撃を弾く。誠が叫ぶ。

「またビームが来ます。みなさんラッキーさんの後ろに。」

魔王がビームライフルを連射する。しかし、狙いはラッキーの方向ではなく、周りの建物だった。多数の建物が崩れ、ラッキーの後ろにいたマリたちの方に破片が飛んできた。その中に大きな破片があるのが見えた。マリのヒールを受けていたパスカルが立ち上がる。マリがパスカルに向けて叫ぶ。

「パスカルさん、まだヒールの途中です。」

「大丈夫です。俺だって、この国で2番目に強い剣士です。」

マリやアキが思った。

「パスカルさん、意外と素直なのね。」

「パスカル、私にはあんなに素直じゃないのに。」

パスカルがミサの真似をして破片に向かって斬撃を放った。その斬撃で大きな破片が粉々になった。

「俺も見よう見まねで斬撃を放てるようになったぞ。」

マリが褒める。

「パスカルさん、さすがです。」

「女王様、有難うございます。」

しかし、大きな破片は無くなったが、こぶし程度の大きさの破片が多数降ってきていた。ミサが横から同時に多数の斬撃を放ってことごとく砕いた。

「あの数を一度にか。俺もまだまだ修業が必要だな。」

しかし、そこにいた全員の注意が破片に集まっている間に、魔王が横に移動し、ラッキーの盾の横から女王を狙ってビームライフルを撃とうとしていた。誠が大声を上げる。

「ラッキーさん、魔王が横に移動しています。」

ラッキーが盾を横に移動させようとするが、間に合いそうもなかった。誠がマリの前に立った。尚が叫びながら降下してきた。

「お兄ちゃん!」


 魔王が放ったビームは、ちょうど誠の前に来た尚美にまともに当たった。誠もその衝撃で吹き飛ばされてしまった。誠が叫ぶ。

「尚!」

誠が当たりを見回し、マリの無事は確認したが、尚美の姿はどこにも見えなかった。誠は立とうとしたが、立つことができなかった。誠がそばにいた明日夏に尋ねる。

「尚は?」

「尚ちゃん、消えちゃった。それより、マー君。」

「何ですか?」

「脚がないようだが。」

誠が自分の脚を見て、脚が無くなっていることが分かった。それで立てないのかと思った瞬間、誠のもやもやが解けてドゥマン・エテが話していた秘密の呪文が分かった気がした。誠が叫ぶ。

「脚なんて飾りです。それが偉い人にはわからんのですよ。」

呪文を唱え終わると、誠の体が巨大化しながら、腰から下に向かってロケット噴射が始まり、空中に浮かんだ。

「飛んだ。ならば。」

誠は腕を飛ばすように念じた。すると、肘から腕の先が飛び出し、左手をジャンプしている魔王の正面に、右手を魔王の下側に飛ばした。

「サイコミューだな。でも、これだけならロケットパンチが大きくなっただけ。」

次に、右手の指先を魔王に向けてビームを飛ばすように念じた。右手の指先から合計5本の白いビームが出て、魔王の方に向かった。誠は思った。

「これが最終決戦ということか。」

しかし、魔王は正面からやってくる5本のビームをかいくぐった。魔王がつぶやく。

「ザンザバルが得た情報通りだ。やつもビームが撃てるのか。」

そして、次は魔王の下に位置している左手から、上方の魔王に向かって指先から5本のビームを放った。

「下からビーム。」

魔王はそのビームをかいくぐった。誠がつぶやく。

「俊敏に動けるから、簡単には勝てそうもないな。」

ティアンナも驚いていた。

「俺が言ったとおりになっちゃった。よくわからないけど、岩ちゃん、頑張れ!」

アキとマリも声をかける。

「湘南、頑張って!」

「湘南さん、頑張って!」

明日夏とミサは戦いを注視していた。誠のビームをかわした魔王が、誠に向けてビームライフルを撃った。誠は動かないことでそのビームをかわした。

「動けないのか、それともこちらの射撃方向を読んだのか。俊敏さに欠けるなら。」

魔王が誠に向けてビームを放った。誠はビームを放つ直前に動いてビームをかわした。

「やはり、こちらの動きを読んだようだ。」

誠がつぶやく。

「魔王、飛べないなら、着地の瞬間が狙い目だ。」

魔王が着地をする。誠がビームを撃つために着地した所を見たが、それは台の上で、周りに明日夏やマリが居て、こちらを見ていた。

「これだと撃てない。」

魔王がジャンプすると、誠が魔王の下からビームを放った。しかし、それをかいくぐって魔王が接近した。魔王が誠に精神波を使って話しかけた。

「これだけ近づいたら四方からの攻撃は無理だな。」

「大丈夫です。2方向からは撃てます。」

「そういう話はしていない。なぜ尚ちゃんをゲームに巻き込んだ。尚ちゃんはゲームをする人じゃなかった。」

誠が「尚を知っているのか?」と思いながらも答える。

「それはそうですが、これがゲームなら、尚は運動神経がいいですから、僕より向いていそうですけど。」

「そう言われればそうか。それじゃあ、マコ君を倒し、この世界の人間を皆殺しにして、私の勝ちにさせてもらう。」

誠は「マコ君!?僕も知っているということか。でも、マコ君なんて呼ばれたことはないけど。」と思いながらも答えた。

「そんなことはさせません。」

「それじゃあ来い。勝負だ。」

「魔王さん、僕たちが戦うのは仕方がないですが、ここの人間を皆殺しにするのは止めませんか。」

「それは無理だ。ここの人間を皆殺しにできないと私の負けになる。」

「しかし。」

「それじゃあ、こっちから行くぞ。」

魔王がビームライフルを撃つ。誠は「これが単なるゲームなら尚は無事だけど。ゲームじゃなかったら、僕か魔王の中の人も死ぬことになる。でも、ゲームだとしても、この世界の人をこれ以上殺させるわけには。」と迷っていた。


 ジャンプをした魔王がビームライフルを撃ち、誠がビームをかわすと、多数の地上の人が消えていった。

「地上にはたくさんの人がいる。魔王のビームが地上に当たると、何十人かの人がいっぺんに死んでしまう。こちらもビームが使えるなら、王都の外で戦っても大丈夫か。」

そう考えた誠は、ビームライフルのビームをかわしながら上昇する。しかし、遮蔽物がないため魔王のビームが誠を襲い、スカートの部分に当たる。

「痛い!」

「やった!」

「痛いけど、戦闘に支障はないか。」

「マコ君、また逃げるの。マコ君はいつもいつも私から逃げてばかりいて。今日は逃がさないからね。」

誠は「僕がいつも逃げる相手なんていないけど。そうか。もしかすると、違う世界の僕のことなのかもしれない。」と思いながら、王都の外へ急いだ。ミサがつぶやく。

「誠、魔王を王都の外におびき出すのか。行かなくちゃ。」

ミサが走って後を追った。明日夏がアイシャにお願いする。

「アイシャちゃん私をマー君のところに運んで。」

「ヒールのためですね。」

「うん。」

「分かりました。」

アイシャが明日夏を抱いて飛び立った。ティアンナがアキの方を見る。

「アキ様、俺もお願い。」

「分かった。でも、戦闘になりそうだったら途中でも下ろすから。」

「有難う。そのときは遠慮なく下ろして。」

アキもティアンナを抱いて飛び立った。

「岩ちゃんは、城壁のどこかに隠れて魔王を迎え撃つと思う。」

「私もそう思う。」

「だから、アキ様と聖剣士様は魔王が城壁を越える直前に同時に攻撃しよう。」

「越える直前?」

「攻撃が有効でなくても、岩ちゃんの攻撃の助けになるし、岩ちゃんに魔王の位置を教えることができる。」

「なるほど。」

「聖騎士様には俺がそのタイミングを、鏡を使って連絡する。アキ様は、王都の外からその様子を見て攻撃して。」

「それがよさそうね。分かった。聖騎士様に作戦を伝えてから、城壁へ急ごう。」

「有難う。」


 魔王がジャンプしながら追うが、ロケット噴射で飛ぶことができる誠が少しずつ引き離していった。誠は悩んでいたが覚悟を決めた。

「魔王の中の人も心配だけど、この世界の国のたくさんの人のことを考えるべきか。僕たちは他の世界の人間だ。この世界から居なくなるのは、僕たちであるべきだ。」

城壁に到着した誠は城壁の外側に隠れて魔王を待った。アキとティアンナは低空を飛んで、ミサに近づき、同時攻撃のことを伝えた後、魔王を追い越して、城壁の上に到着した。アキが壁の外を見ると、左下の離れたところに誠が隠れているのが分かった。ティアンナが注意する。

「アキ様、岩ちゃんを見るときは横目でお願い。」

「そうね。魔王に位置がばれちゃうものね。」

「それではアキ様、行って攻撃の準備を。」

「じゃあ行ってくる。ティアンナも気を付けて。」

「有難う。」

アキが飛び立ち、APFSDSの矢の用意をした。ティアンナも城壁の上の物陰に隠れながら、鏡を持って魔王や横目で誠の方を見ていた。魔王から少し離れているミサは斬撃の用意をしていた。

「最強の斬撃を放つ。草薙の剣さん、死なないでね。」

草薙の剣が心で「所有者の選択を間違えた!」と泣きながら叫んでいた。


 魔王が壁を超える最後のジャンプをした直後、ティアンナが鏡でミサに合図を送った。すると、ミサとアキが斬撃と矢を放った。

「後ろと前と同時か。」

魔王が斜め横になりながら叫ぶ。

「そこだ!」

魔王が誠の位置を知っていたかのように誠に向けてビームライフルを撃つ。ミサの斬撃とアキの矢が魔王をかすめて飛んで行った。そして、魔王のビームは誠の胴体に当たった。誠が叫ぶ。

「うぉ!」

しかし、巨大化した誠の頭が切り離され、その口から魔王に向けてビームを放った。魔王は頭にビームを浴びながら叫ぶ。

「まだだ。たかがメインカメラが・・・・・。」

叫びは途中で止まった。誠がつぶやく。

「それは、メインカメラでなく、本当の頭・・・。」

魔王は頭を吹き飛ばされながらも、最後に誠の頭に向けてビームライフルのビームを放った。その直後に、魔王は地面に倒れ、多数の光の筋を放って消えていった。魔王のビームが頭に当たったため、誠も「魔王の中の人、元の世界に戻れたかな。」と思いながらも気を失い、空中で細い幾筋もの光を出して消えて行った。その様子を見た明日夏、ミサ、アキ、アイシャ、ティアンナが叫んだ。

「マー君!」「誠!」「湘南!」「岩ちゃん!」「誠君!」


エピローグ


 気を失っていた誠が目を開けると、ステップワゴンの中だった。車の周りはまだ霧がかかっていた。「尚は?」と思って隣の席を見ると、尚美は静かに寝ていた。後ろの座席に座っていたドゥマン・エテが話しかけた。

「マー君、おかえりなさい。いやー、実に楽しかったよ。」

「あっ、ドゥマン・エテさん、ただいまです。」

「本当は、大浴場でミサちゃん、尚ちゃん、アイシャちゃん、ティアンナちゃん、マリさんと、あの世界の私の読者サービスをするつもりだったんだけど、尚ちゃんとマー君がやられちゃったからできなかったじゃない。」

「すみません。」

「謝るのは、私でなく読者のみなさん。」

「読者のみなさん、やられてしまってごめんなさい。でも、僕たちが勝てる可能性はあったんですか。魔王は僕が変身した姿より俊敏に動けるので難しかったと思います。」

「ミサちゃんは草薙の剣が折れないように力をセーブしていたから、草薙の剣を折って戦えば、ワンパンチで魔王を倒せた。」

「僕が変身する必要もなかったということですね。それは盲点でした。それにしても、僕たちはこっちの世界で死ぬことはなかったんですね。」

「この世界とは全く違う世界だからな。最初の話は嘘だ。だが、そのぐらい言わないと面白くならないからな。」

ドゥマン・エテの隣に、あたかも死神のように見えるものが、ぐったりとして倒れているのが誠の目に入った。

「あの、もしかして、ドゥマン・エテさんの隣の方は死神さんですか?」

「そうだ。さっき、心臓まひで死んだよ。」

「心臓まひで死んだって。あの・・・」

「その先は言うまい。まあ、この死神の運が悪かっただけだ。」

「そうですか。本当は僕たちを連れに来たんですか?」

「何もマー君が気に病む必要はないよ。死神たちは何千年もの間、罪のない人間を数えきれないぐらい殺してきたんだから。」

「そうかもしれませんが。でも、ドゥマン・エテさんは大丈夫なんですか?人を助けると死んでしまうということはないんですか。」

「私は全知ではないが、全能だから大丈夫。」

「それは良かったです。でも、もしかして魔王はまた別の世界の明日夏さんだったんですか?僕の本名を知っていたようですが、呼び方は違うので。」

「そうだよ。これをゲームだと思ってやっていたんだよ。」

「はい、そんな感じでした。向こうの明日夏さんも死ななかったんですよね。」

「ああ。それに死んだとしても、私と一つになるだけだし。」

「なるほど。ドゥマン・エテさんには、いろいろな明日夏さんの記憶があるわけですか。」

「その通り。」

「プラト王国にも明日夏さんがいましたが、プラト王国の人たちも僕たちと同じ人間なんですよね。」

「そうだけど。」

「それをあんなに殺させてしまっていいんですか。女神として。」

「人間が進歩するためには殺し合いが必要だからな。魔王が攻めてこなくても、プラト王国とロルリナ王国でずうっと戦っていたし。」

「これで両国が平和になるといいのですが、あの後はどうなったのですか?」

「マー君が、皆が幸せに暮らせる平和な世界にしたいという呪いをかけるから、アイシャちゃん、ミサちゃん、ティアンナちゃんが協力して、ロルリナ王国が世界を征服して、平和な世界を築き上げたよ。」

「呪いですか。」

「うん。そのためにたくさんの人が死んだし、3人が死んだ後は世界が分裂してまた戦争が始まってしまった。」

「それでも、一度は世界平和が達成できたんですよね。たくさんの人が亡くなったのは残念ですが、3人の努力が報われたのは嬉しいです。」

「まあ、そうだな。」

「それで、その世界では、アイシャさんが女王様になったんですか。」

「その通り。ティアンナちゃんが秘密警察長官、ミサちゃんが秘密警察の殺し屋、オークのザレンが軍の総司令官。」

「オークのザレン?」

「マー君とは接点がなかったね。アイシャちゃんが魔王軍に居たときの上官だ。ティアンナちゃんが得た情報を元に、ミサちゃんが敵対勢力の中枢部を瞬殺した後、多数オークで脅して降伏させるという作戦だったので、世界征服の割には死んだ人は少なかったけど。」

「魔王軍の作戦を使ったみたいですね。それで、明日夏さんはどうしたんですか?」

「3人とは分かれて、ヒールでお金を稼ぎながら、放浪の旅に出たよ。」

「明日夏さんらしいです。プラト王国は?」

「自治区として残ったよ。」

「『ユナイテッドアローズ』のみなさんは?」

「パスカルとアキちゃんは結婚した。実につまらん。本当につまらん。」

「ということは、二人は幸せな一生を送ったということですね。」

「そうだ。あいつらは本当におかしいぞ。私がいろいろな世界を創って、パラメータを思いっきり変えても、結局は一緒になる。」

「なるほど。世界のパラメータの固定点みたいですね。」

「そうかもしれないな。向こうの世界のラッキーさんとコッコさんも、それなりに楽しんでやっていた。」

「それは良かったです。」

「その代わり、パスカルとアキちゃんの近くにいるマー君は、どこの世界でもパラメータを少し変えるだけで振り回されて、全く違う人生を歩むことになる。」

「僕には、どんな人生があるんですか?」

「それぞれの世界の私に首を絞められて死んだり、ミサちゃんに殴られて死んだり、アイシャちゃんに高いところから落とされて死んだりとかかな。」

「殺されてばっかりですね。」

「ティアンナちゃんには、・・・・まだ10歳だから言えないな。あと、尚ちゃんに脚を切られて、正気を失って車いすの上で過ごしたりとか。」

「なるほど。」

「尚ちゃんが切った脚は、尚ちゃんの部屋の押し入れに飾られる。」

「脚なんて飾りなんですね。」

「ははははは、その通りだ。偉い人にはそれが分からない、と言うより、尚ちゃんにしか分からないがな。しかし、マー君はそんな話を聞いても余裕だな。信じていないのか。」

「いえ、今の話は本当なんじゃないかと思っています。」

「それじゃあ、何で?」

「明日夏さんやミサさんみたいなすごい方と友達になれたりして、今まで運が有りすぎると感じていました。人間の運がプラスマイナスゼロとするなら、これからは不運なことが続くんじゃないかとずうっと思っていました。でも、くよくよしても仕方がありません。残り少ない人生を精一杯生きようと思います。」

「いい心がけだ。でも、マー君が健康で長生きするパターンも、一応あるにはある。」

「どんな人生なんですか?」

「マリさんと駆け落ちをして、北の小さな漁港で小料理屋を開くときかな。マリさんが歌を歌って、マー君が板さん。」

「なるほど。『あなた、さっき漁港のそばを通った時、漁師の方からこんな立派な鯛を頂きましたよ。』『マリさん、本当に立派な鯛ですね。良かったです。今日はお客さんに美味しい鯛の刺身が出せます。』みたいな感じですか。」

「そうそう。」

「昭和の映画みたいですね。でも、そうなるとユミちゃんと徹君が心配です。」

「徹君はしっかりと勉強して、ちゃんとした大人になるから心配いらない。」

「それは良かったです。ユミちゃんは?」

「ユミちゃんも心配いらない。18歳になるとイケメンの役者かバンドマンに騙されて、身を崩す。全てのパラメータでそうなっている。」

「そうなんですか。今度、何か言っておかないといけないかな。」

「まあ、健康的には問題はないし、本人はそんなことがあってもイケメンをあきらめずに、次のイケメンを追い求めるから、それでいいんじゃないかと思うよ。」

「そうですか。分かりました。明日夏さんや、美香さん、まだ会ってはいませんが、アイシャさんやティアンナさんも不幸にならないといいです。」

「うーん、マー君を殺した時だけすごく不幸な人生を歩むことになるかな。あとは、まあ何とか大丈夫なんだけど。」

「分かりました。それなら、やはり殺されないように全力で頑張らないとですね。」

「うん、それがいいと思う。一応、その4人の中の誰かと幸せに暮らせる可能性も0ということはない。」

「でも、それは限りなく0に近そうですね。」

「そうだな。まあ、頑張り給え。それじゃあ、私はここで失礼する。マー君と話せて、久しぶりに楽しかったよ。」

「はい、ドゥマン・エテさん、僕も楽しかったです。」


 誠が振り返ると、ドゥマン・エテと死んだ死神の姿はなくなっていた。「明日夏さんは、女神様になっても人騒がせな人だな。」と思っていると、急にあたりの霧が晴れてきた。誠は家に向けてステップワゴンを出発させた。ほどなく尚美が目覚めた。

「あれ、私寝ていた。あっ、霧が晴れているね。」

「うん、霧は一時的だったよ。でも、尚、体の調子とか大丈夫?」

「うーん、大丈夫。何か長い夢を見ていた気がするけど、あまり良く思い出せない。多分、お兄ちゃんも出ていた。」

「まあ、夢の記憶は定着しないから仕方がない。」

「そうだね。でも、明日夏先輩、美香先輩、由香先輩、亜美先輩だけじゃなくて、社長や橘さんもいた気がするな。」

「いつものメンバーだね。」

「ははははは、夢の意味がないね。あっ、でもあまり話したことがない溝口エイジェンシーのアイドルグループの『ハートリングス』のハートブラックさんもいたよ。」

「なるほど。」

「でも、体の調子のことを言うと、逆に体が軽いというか、抵抗なくすごく速く動ける気がするんだけど。」

誠は「もしかすると、ドゥマン・エテさんが尚からマグネティックコーティングを取るのを忘れたんじゃないか。確認しておけば良かった。」と思いながら答える。

「尚が成長したからじゃないかな。」

「そうか。今起きたら急にそう感じたんだけど。まあ、そうだろうね。」

「背も伸びているしね。」

「へへへへへ。うん。」



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アニオタ兄とミリオタ妹の異世界戦記~明日夏INパラダイス特別編~ @Ed_Straker

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