第9話 決戦!地下要塞

 地上では、炎竜の首と胴体が落下していくのが見えて、プラト王国軍、魔王軍の両方の兵から大きな歓声が上がっていた。ダロス将軍がグレド将軍に話しかける。

「炎竜がやられたな。」

「しかし、うちの兵たちも喜んでいるな。」

「まあ、同じ死ぬにしても、炎竜にまとめて焼かれて死ぬよりは、敵の剣に刺されて死ぬ方がましだからな。良かったといえば良かった。」

「それもそうだな。炎竜の首を切った剣士は、妖精たちに運ばれて王都中心部の地下要塞の中央出入口に向かっているから、次は目度砂と戦うつもりのようだ。」

「あの剣士は、とりあえず目度砂に任せるとして、こちらの戦力は約半分になった。半分の戦力でプラト王国軍に勝てるか?」

「俺たちが、やまと副師団長さえ倒せば、なんとかなると思う。」

「ほかの師団長はそれほど大したことはなかったしな。」

「そうだな。急いで地下要塞の入口を押さえて、女王や司令部の人間が逃げられないようにしないとだな。」

「おう。炎竜がいなくなったから、俺たちもここからは手段を選ばず本気でやるぞ。」

「分かっている。俺たちは前方を突破する。そして、ゴブリンどもに人質を集めさせ、首を紐でつないで板の前に立たせ左右後ろを守る盾にして進む。」

「いつもの作戦だな。」

「その通り。」

ダロスとグレドの合同部隊が王都中心部に向けて、本格的な侵攻を開始した。ゴブリンが捕らえ、首を紐でつないだ女性や子供を部隊の両側に並べ、人間の盾として使い、部隊への攻撃を弱め、ダロスとグレドが前面の王国軍を切り崩しながら、その合同部隊は王都中心部に向けて順調に侵攻していった。


 話の時間を少しだけ戻す。炎竜攻撃に加わらず、地下要塞に直行した明日夏、由香、亜美、ティアンナが地下要塞の中央出入口に到着した。テームの街の市長が書いた紹介状の確認のために少し手間取ったが、ティアンナは地下要塞の指令所、明日夏、由香、亜美は救護室に直行した。救護所に到着した由香と亜美は、黒焦げになった妖精や兵を見て息を飲んだ。明日夏が救護所でヒールをしている綺麗な服を着たヒーラーに挨拶する。

「こんにちは、テームの街のヒーラーで神田明日夏と言います。ここでヒールのお手伝をするために来ました。」

そのヒーラーが答える。

「遠いところから、わざわざ有難うございます。私はマリと言います。」

「女王様?」

「はい、その通りです。でも今はそんなことより、負傷者を診て下さい。私の力では命をつないでいるのが精一杯です。明日夏さんのことは妖精の間で噂になっていましたので、その実力は聞いていますが、明日夏さんならばこの状態から治すことは可能でしょうか。」

明日夏が、黒焦げになった妖精や兵隊を見ながら答える。

「今、生きていれば何とかなると思います。」

「本当ですか。それは大変嬉しいです。そう言えば、妖精の負傷者をヒールすると、飛行速度が遅くなるという話も聞きましたが、それは全く構いません。私が全ての責任を取りますので、命を救うヒールをお願いします。」

「まだ試したことはないのですが、プラト王国軍の妖精部隊の成長過程を再現できるように研究してきました。それを試せば、妖精部隊の妖精さんたちが飛行速度を落すことなくヒールすることも可能だと思います。」

「さすがですね。」

ただ、それを聞いた黒焦げになった妖精たちが、必死に首を横に振っていた。それを見たマリが答える。

「やはり命がかかっていますから、皆さん、実験的なヒールはいやみたいですね。できましたら、実績のあるヒールをお願いできますか?」

黒焦げになった妖精たちが、必死に首を縦に振っているのを見ながら、明日夏が答えた。

「分かりました。みなみ少尉の分隊のみなさんに使った術式をそのまま使います。」

「有難うございます。」

黒焦げになった妖精たちも心なしか安堵しているようだった。明日夏が、容体が悪い妖精や兵から順番にヒールを施していった。

「アナライジング!・・・・・塩基列解読終了、アミノ酸列合成終了、タンパク質立体構造再現、幹細胞連続合成、体細胞に分化し、幼少期の体組織を再現、成長過程をシミュレート、体組織を置換!」

黒焦げだった妖精が、鎧は焦げたままだったが、元の姿より少しだけふっくらしていたが、火傷が消えて奇麗な肌に戻っていた。マリが驚く。

「すごい。魔法みたいです。妖精さん、ご気分は大丈夫ですか?」

「胸が少し苦しいですが、大丈夫です。」

「明日夏さん、大丈夫ですか?」

「鎧を脱がしてあげれば楽になると思います。それでは、私は次の負傷者のヒールに取り掛かろうと思います。」

「そうですね。ここまで元気になれば、後はこちらで何とかしますので、次の負傷者をお願いします。」


 マリが従者に命じる。

「鎧を脱がして、新しい服を着せてあげてください。」

「承知しました。」

妖精用の鎧を脱がせて、新しい服を着せた。

「胸の調子は大丈夫ですか?」

「はい、楽になりました。」

「そうですか。良かったです。それでは皆さん、ヒールが終わった患者から、鎧を脱がせて新しい服を着させてあげてください。」

「分かりました。」

明日夏が救護所にいた負傷者全員のヒールを終えた。元気になった妖精たちは、立ち上がって集まって話していた。

「すごい、大きくなった。じゅんこは?」

「うーん、私は少し大きくなったけど、それほどでもない。」

「まあ、本来の姿になっただけという話だから。」

「そうね。少し残念。」

マリが感謝する。

「妖精や兵の皆さんにヒールを施して頂いて、大変ありがとうございます。本当に皆さん、こんなに元気になって、私も大変嬉しいです。もし、明日夏さんが欲しいものがありましたら、何でも言ってください。できる限りのことはします。」

「当然のことをしただけで、気にしなくても良いのですが、魔王軍との戦いが終わったら、王宮地下の大浴場にテームの街から来た女性全員で入ってみたいです。」

「そんなことで良ければ、いつでも入りに来てください。でも、明日夏さんもお風呂が好きなんですね。」

「はい、みんな好きだと思います。」

「そうですね。」


 ティアンナが大本営の指揮所に入ろうとすると、入り口を守っている兵に止められた。

「どこから入ったのか分からないけど、ここは子供が来るところじゃないよ。まあ、今、外に追い出すわけにもいかないし、食券をあげるから食堂にでもいて。」

「俺はテームの街の岩田参謀長の姪で、今後の作戦を連絡するために来たんです。それで、これが紹介状です。」

「ちょっと待ってて。」

兵が元ってくると、ティアンナは作戦室の隣の応接室に通された。

「ティアンナさん、こんにちは。総司令の近藤です。申し訳ありませんが、時間がないので手短に願えますか。」

「はい、岩田参謀長にも手短に説明してと言われていますので、早速説明します。テームの街の部隊は最初に炎竜を退治します。初めに街の妖精の2名、参謀長の妹の尚美さんとハートブラックさんが、協力して炎竜の首の上に足場を作ります。その後、アイシャ大尉が、草薙の剣の正統所有者の聖騎士、大河内ミサ様を炎竜の首の上まで運んで、最後に聖剣士様が聖剣で炎竜の首を切る予定になっています。」

「炎竜を倒せるんですか?」

「はい。」

「少し、信じがたい話ですが。」

その時、隣の作戦室から会議室に知らせが入った。

「観測班より連絡があり、炎竜の上に剣士が立ち、最初に王都の魔王軍の約半分を斬撃で倒した後、炎竜の首を切り落としたとのことです。」

「たった一人でか?」

「はい。」

ティアンナが尋ねる。

「あの、聖剣士様は大丈夫でしたか?王都の魔王軍を攻撃するというのは、最初の作戦にはなかったんです。それに時間を取られると、炎竜はアイシャ大尉より飛行速度が速いので、アイシャ大尉が炎竜から引き離されて、聖剣士様が飛び降りたとき、アイシャ大尉が間に合うかどうかが心配なんです。」

「それは、アイシャ大尉が地面ぎりぎりでキャッチできたとのことです。」

「無事で良かったです。聖剣士様、ジャンプ力も人並外れているのかもしれません。その後は、アキ様とアイシャ大尉は地上軍の支援をします。岩ちゃん、すみません、岩田参謀長、聖騎士様、尚美さん、ハートブラックさんが地下要塞に入って、目度砂を倒す予定です。」

「岩田参謀長が来られるのですね。」

「はい、岩田参謀長が目度砂に対する作戦も何通りか準備しているみたいですから、それまで何とか地下要塞を持ちこたえさせて下さい。」

「承知しました。こちらは、全力で目度砂の侵攻を遅らせ、岩田参謀長や皆様が地下要塞に到着するのをお待ちします。」

「ところで、岩田参謀長には湘南参謀長という呼び名もあるのですが、王都ではどのような方がそう呼んでいますか?」

「湘南参謀長ですね。そう呼んでいるのは、アキ様から話を聞いた女王様と『ユナイテッドアローズ』のメンバーだと思います。我々は文書でやり取りしていますので、岩田参謀長とお呼びしています。それが何か。」

「同じ人に呼び名が二つあると、勘違いが生じないか心配でしたので。」

「そうですね。私は、女王様と直接お話しする機会があるので知っていますが、女王様と会うことがない部下たちはその名前を知らないかもしれません。分かりました、部下たちに、湘南参謀長という別名があることは伝えておきます。」

「有難うございます。それでは、俺は救護室に行って、先に到着した明日夏さんたちと合流して、岩田参謀長に伝える情報を集めます。」

「お願いします。」

ティアンナは救護室に向かった。


 炎竜を倒した誠たちは一度魔王軍がいない城壁の上に降りて、誠が休息を指示した。

「3時間飛んで来ましたので、ここで15分間休憩します。」

「誠君、下で戦闘が続いているのに、そんな悠長な。」

「疲労している状態ではミスを増やします。目度砂との勝負は美香さんが目隠した状態で戦う必要があり、ミスは命取りになりますので、体調は万全を期す必要があります。」

「そうか、聖騎士様は見えない状態で戦わなくてはいけないのか。うん、それは分かった。でも、私たちはそういうわけではないから。1日中戦う訓練もしているし。」

アイシャが隊員に聞く。

「みんな大丈夫?」

全員が答える。

「大丈夫です。」

「アキは?」

「大丈夫よ。」

誠がアイシャに話しかける。

「分かりました。あまり急がないで準備をして、出発してください。」

「有難う。」

アイシャが隊員に指示する。

「ここから私たちの部隊は、近接支援戦闘に移行する。基本的にはサーチアンドデストロイ、プラト王国軍が魔王軍に対して劣勢になっているところを探し出して支援する。ビーナの隊は砂が入った竹やりでオークを攻撃。」

「了解。」

「ミウの隊は綱でオークを攻撃。」

「了解。」

「無理ばっかり言って申し訳ないんだけど、みんな、城壁の守備兵から譲ってもらった矢を使って、適宜ゴブリンへの攻撃もお願い。ここが正念場だから。」

「みんな分かっているって。」「全力で頑張るよ。」

「それでは、準備が整いしだい出発して。私はアキといっしょにやまと副師団長の支援に向かう。やまと副師団長は、きっと魔王軍の将軍と戦闘中のはずだから。」

「分かった。」「頑張って。」

ビーナが率いる部隊、ミウが率いる部隊の準備が整った。

「それでは行ってきます。」

「みんな、気を付けて。」

城壁の上から次々に妖精たちが進発していった。アイシャがアキに話しかけた。

「私はゴブリン、アキはオークを攻撃しながら、地上、やまと副師団長を探そう。」

「うん。アイシャ、行こう。」

アイシャが、誠とミサを運ぶ分隊に声をかけた。

「それじゃあ、誠君と聖騎士様をお願い。」

「はい、お送りしだいミウ少尉の隊と合流します。」

誠が敬礼をしながら声をかけた。

「落ち着いて、頑張ってきてください。」

「誠君、それ何?」

「えーと、僕たちの国で使うこういう時の挨拶のポーズです。」

「そうなんだ。それじゃあ、行ってきます。」

アイシャが敬礼してから、アキと飛び立って行った。誠たちも、15分間休息した後、地下要塞の入り口に向かった。


 観測班の情報をマリ女王に伝えるために、伝令が地下要塞の救護所にやってきた。

「女王様!・・・・・・あっ、あんなに酷いやけどだったのに全員治ったんですね。すごい。良かったです。・・・・そうではなくて、報告が2つあります。」

「何ですか?」

「一つは良い知らせで、テームの街から来た聖剣士様が炎竜を倒し、魔王軍のおよそ半数を殲滅しました。」

「一人でですか?」

「協力した者はいますが、斬撃で魔王軍の半数を倒し、炎竜の首を切ったのは一人です。」

「そうですか。それは良かったです。もう一つは悪い知らせですね。」

「はい、目度砂が救護所のすぐそばまで迫っています。女王様には地下要塞の中心部にある王室専用の部屋への退避をお願いします。」

「私はここに残ります。新しく運ばれてきた負傷者もたくさんいますし、負傷した兵をヒールする場所も必要です。それに中心部と言っても、魔王軍がトンネルを掘って攻撃してくれば、危険性はこことそれほど変わらないかもしれません。」

ヒールが終わった妖精がマリに話しかける。

「女王様、伝令の方、炎竜がいなくなった状況では、王都で一番安全なところは王都上空です。私たち10人が協力すれば、女王様を空中に退避させることは可能だと思います。是非、空中に退避してください。」

伝令が答える。

「一番安全な場所については、妖精の方々が言う通りだと思います。地下要塞の中央出入口以外の出入口は、周辺で王国軍と魔王軍が戦闘中のため使えない状態です。脱出するならば早い方が良いですので、大至急、大本営に確認してみます。」

マリが答えた。

「そうですか。可能ならば子供たちは空中に避難させようと思います。」

ヒールが終わった兵が進言する。

「女王様、我々はここで地下要塞を守るために戦います。どうぞ、女王様は空中へ退避なさってください。ここの全員の思いだと思います。」

「私たちも外に出て戦います。飛行速度は遅くなりましたが、地上のゴブリンへの攻撃の他、制空権は絶対に確保しますので、安全のため空中に退避してください。」

「先ほども言いましたが、私はここに残ります。戦って傷ついたみなさんをヒールするのは私の義務です。ただ、ユミは自分で飛ぶことができますが、徹は飛べませんので、空中に連れて行ってもらえますでしょうか。」

そのとき、亜美が言う。

「私は戦うのは得意ではないですが、逃げるのは得意ですので、徹王子さまは私が抱いて飛びます。そして、うちのユミがその援護に付きます。」

「貴方は?」

「テームの街の柴田亜美と言います。」

マリが亜美の目を見て答える。

「分かりました。それでは徹は亜美さんにお願いします。」

「はい、たとえ私が死んでも、徹王子だけはお守り致します。」

「有難うございます。」

妖精たちも言う。

「何名かは、ユミ王女様、徹王子様の護衛につきましょうか。」

「心遣いはうれしいですが、兵の皆さんが地上で命をかけて戦っていますので、妖精部隊の皆さんは、空中から地上部隊の支援をお願いできればと思います。」

女王が下した最終決定のため、みなが従うことになった。

「承知しました。」


 大本営の許可が出た後、ヒールが完了した妖精部隊は、地上部隊支援のため装備を整え地下要塞の中央出入口から出撃していった。マリは一度由香、亜美と王室専用の部屋に行き、ユミ、徹に空中に退避するように伝えてから、ヒールを行うために救護室に戻った。徹は初め嫌がっていたが、ユミが言い聞かせ、空中に退避することに従った。そして、4人が地下要塞の出口までやってきて、飛び立つ準備を始めていた。由香が不安そうな目をしているユミに話かける。

「ユミ王女もダンスをするんだって。俺のダンスを見てみるか?」

「えっ、はい。」

「それじゃあ、手拍子をお願い。」

由香が切れのあるダンスを披露する。

「すごいです。私もアキちゃんとアイドルをやっていてダンスをするので分かりますが、レベルが段違いです。由香さんもアイドルなんですか。」

「そうだけど、俺はダンサー志望だから。」

「そうなんですね。やっぱりすごかったです。」

「こんな俺でも、ゴブリンが乗った飛竜が数匹来ても、余裕で撃退できるぜ。」

「それは分かります。」

「まあ、うちのリーダーには敵わないけどな。」

「そうなんですか。由香さんのリーダーってそんなにすごいんですか?」

「そうだな。リーダーの場合は、テームの街の周の飛竜がリーダーを見つけると、飛竜が乗っているゴブリンを降り落して、慌てて逃げ出すぐらいだからな。」

「へー、すごいんですね。」

ユミは尚美をごつい女性として想像していた。

「まあ、いずれにしろ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。」

「私が心配そうに見えました?」

「ちょっとな。」

「妖精部隊が王都上空の制空権を握っていますから、飛竜のことは、そんなに心配はしていません。」

「それじゃあ、何を心配しているんだ?」

「それは・・・・・、亜美さんの目がすごく怪しく見えるんですが、亜美さんは本当に大丈夫な人なんですか?」

「ははははは。そうか、そうか。それはそうかもな。うーん、目が怪しく見えるかもしれないけど、亜美は大丈夫だよ。俺が太鼓判を押す。亜美は、間違いなく王子のためには命を惜しむことなく守ると思うよ。」

「そうですか。少し安心しました。」

亜美は徹を安心させるために歌を歌っていた。

「お姉ちゃん、歌がすごい上手。」

「有難うございます。それでは、出発しますので王子様を抱き上げます。」

「うん。」

亜美が徹を抱き上げ、徹に話しかけた。

「徹王子様、私が王子様を命を掛けてお守り致しますので、しっかりと私に掴まっていてください。」

「うん、お姉ちゃん、分かった。」

徹が亜美を抱きしめ返した。亜美にとっては至福の時間だった。

「それじゃあ、ユミ王女、亜美、行くぞ。」

「はい。」「了解。」


 地下要塞の中央出入口から妖精部隊が飛び立つのをその近くまで攻め入っていたダロスとグレドが見ていた。ダロスがグレドに話しかける。

「あそこが地下要塞の中央の入口だな。」

「そうだな。あともう少しだ。次に妖精が出てきたら、弓兵に矢を撃たせよう。」

「この距離なら矢はギリギリ届くが、それほどは当たらないぞ。」

「矢が届くと分かれば、中の奴らが逃げ出すのを躊躇するから、王族を地下要塞の中に封じ込められる。」

「なるほど。分かった。」

地下要塞の出入口から、由香、亜美と徹、ユミの順番で飛び立った。それを見た、ダロスとグレドが命令する。

「よし、妖精が飛び立ったぞ。あの妖精に向かって矢を放て!」

多数の矢が由香たちに向かった。やまと副師団長も中央に向けて矢が飛ぶ様子を見ていた。

「妖精に向けて矢が放たれている。あんなところまで侵入を許しているのか。目度砂が地下要塞を占領したときに、地下要塞から女王様や大本営の人間を逃がさないためだろうな。やつらは排除しないと。」

やまと副師団長が部隊の一部を連れて王都中心部に向かった。


 由香が飛び立つと、遠くから矢が飛んできた。亜美が叫ぶ。

「何で矢が!そんな報告はなかったのに。」

「分からん。王女、亜美、俺の後ろに隠れろ。盾にしていい。」

「分かりました。」「了解。」

由香が剣で矢を払いながら、上昇を続ける。矢は様々な方向から飛んできて、防ぎれないと思った由香がユミに向かって叫ぶ。

「ユミ王女、こっちに来て。」

由香が弓を抱きかかえる。亜美も自分の体を楯にして徹を守り、4人はそのまま矢が届かない高さまで到達した。由香がユミを離す。

「ユミ王女、矢は当たっていないか。」

「はい、大丈夫です。由香さんは?」

「俺も大丈夫だ。幸い、俺にも矢は当たらなかった。」

由香が亜美を見て驚く。

「亜美、肩と背中と脚に矢が刺さっているぞ。」

「えっ、本当だ。徹王子様は?」

「僕は大丈夫だよ。」

「良かった。でも何で、私だけ。」

「まあ、普段の行いだろう。急所じゃないけれど、抜くときに血管を傷つけるかもしれないから、今は抜かない方がいい。」

「分かった。痛くもないし大丈夫。それじゃあ、このまま上空に行って、戦いが終わるのを待とうか。」

高揚してアドレナリンが大量に出ていた亜美は本当に痛さを感じていなかった。

「そうだな。」

心配した徹が亜美に尋ねる。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「全然大丈夫です。王子様、王国軍が魔王軍を退治するまで、私がお歌を歌いますので、いっしょに空中で待っていてください。」

「亜美ちゃん、有難う。」

「どういたしまして。」

「でも、ママは大丈夫かな?」

亜美が下を見ると、ちょうど誠たちが地下要塞に入ろうとしているところだった。

「王子様、下を見て下さい。うちのリーダーや聖剣士のミサさんたちが地下要塞に入って行くのが見えますよね。だから、大丈夫です。」

「亜美ちゃんのリーダーって強いの?」

「うん、妖精とは思えないぐらいすごく強い。由香、そうだよね。」

「王子、そうだよ。リーダーは本当に俺たちじゃ目に留まらない速さで動ける。それにとんでもない力持ちのミサさんもいっしょだから大丈夫だよ。」

「小さな妖精さんが、飛んでくる矢を全部跳ね返している。」

「あれが俺たちのリーダーだ。それで、剣を持った女性が聖剣士の大河内ミサさん。俺たちは、ミサさんと呼んでいる。」

ユミが驚く。

「由香さんたちのリーダーって、想像していたのと違いました。とても大きな女の人かと思いました。」

「そうか。ははははは。リーダーとミサさん、えーと、聖剣士様のことだけど、二人はすごく頼もしいけど、ユミ王女、徹王子、一つだけ注意しておく。」

「何でしょうか。」「由香ちゃん。何?」

「二人の前で、リーダーのお兄さんの悪口を言わないこと。もし悪口を言って二人が怒ったら、全人類が戦っても勝てないから。それがこの世界で生きる掟。」

「亜美ちゃん、由香ちゃんの話は本当?」

「うん、本当だよ。」

「亜美ちゃんと由香ちゃんが言うなら気を付ける。有難う。」 

「いい子。」


 明日夏とマリ女王が次々に運ばれてくる負傷者にヒールを施している救護所に、ティアンナがやってきた。明日夏が挨拶する。

「ティアンナちゃん、いらっしゃい。」

「明日夏さん、こんにちは。」

マリがティアンナに注意する。

「お嬢さんの名前はティアンナさんと言うのかな。あの、ティアンナさん、ここはあまり安全ではありません。守備の兵隊さんにお願いしますから、急いで避難することを考えてください。」

「女王様、ご心配ありがとうございます。でも、私のことは気にしなくても大丈夫です。湘南参謀長の姪として、魔王軍と戦っています。」

明日夏が説明する。

「ティアンナちゃんは、テームの街でゾロモンやゴンギヌスを倒すのに大活躍だったんです。」

「そうなんですか。まだ小さいのに、すごい力を持っているようですね。」

「有難うございます。ところで、女王様には正直に話しますので、できれば質問に答えてもらえないでしょうか。」

「何でしょうか?」

「岩ちゃん、うちの参謀長の情報が魔王軍に漏れているようなんです。」

「明日夏さん、本当なの?」

「あー、そう言えばザンザバルは、マー君のことをいろいろ知っていたね。」

「はい、ザンザバルは岩ちゃんを殺すためだけに街に来て、明日夏さんのいう通り、岩ちゃんのことをいろいろ知っていたんです。それで私は岩ちゃんの情報を漏らしている人がいるんじゃないかと思って探しています。」

「偉いわね。」

「それで、ザンザバルは湘南参謀長と呼んでいました。テームの街の中で岩ちゃんを湘南と呼んでいる人は一人だけで、調べてみましたところ、怪しいところは全くなかったでした。王都では、大本営の人を含めてほとんどの人は岩田参謀長と呼んでいます。岩ちゃんを、湘南参謀長と呼んでいるのは、女王様の周りの方々ばかりなんです。大変失礼ですが、王宮内でアキさんから話を聞いている方から、岩ちゃんに関する情報が漏れているというのが一番ありそうなんです。」

「そうですか。王宮内には1000人ぐらいの人が働いていますが、身元はしっかりした人ばかりです。」

「はい。でも、家族が人質に取られたりしている可能性もあります。」

「ティアンナさんのいう通りですね。ただ、湘南参謀長の話をするのは、私と『ユナイテッドアローズ』の皆さんだけでしたので、普通の人間が盗み聞きするのは難しいと思います。でも、ザンザバルは気が付かないうちに王宮の中心部まで忍び込んでいましたから、虫や小動物に化けたスパイが入り込んでいるかもしれません。もう少し状況が落ち着いたら、王宮内の一斉捜索をするようにします。」

「ありがとうございます。『ユナイテッドアローズ』の方々が今何をしているかご存じですか?王宮はともかく、皆さんに盗み聞きできる虫のようなものが、体や衣服に付いていないか調べる必要があるかもしれないと思って。」

「アキさんは、外でアイシャさんと一緒に戦っているという報告です。ラッキーさんは地下道の狭いところを楯で塞いで目度砂たちを通さないようにしています。コッコさんは魔法で偽の壁を作って魔王軍の侵攻を遅らせています。パスカルさんは、残念ながら、最初の目度砂の攻撃で石になってしまいました。」

「そうですか。皆さん、戦闘中ならば、それも後にしなくてはいけなさそうですね。」

「申し訳ありません。」

ティアンナは「やっぱり、『ユナイテッドアローズ』のメンバーが怪しいか。」と考え、兵からメンバーの情報を集め始めた。


 その後、救護所に伝令が来て、ユミと徹が上空に退避したことが伝えられた。

「亜美さんに矢が当たったのですか。」

「はい。ただ、徹王子様には当たっていません。また、亜美様に当たった場所も急所ではなく、そのまま飛び続けています。」

「そうですか。しかし、王都中心部まで魔王軍が迫って来ているということですね。」

「後から王都に入ってきた二人の将軍が、混戦の中、人質を使って中心部に近づいているという報告です。」

「戦いなれている部隊ということですか。」

「そうかもしれません。しかし、全体の兵力はこちらが上回っていますから、もう少し落ち着けば押し返すことができると思います。」

「分かりました。引き続き頑張ってください。王国軍の皆さんの活躍を期待します。」

「承知しました。」


 しかし、ちょうどその時、救護室の開け放たれた入り口から見える、通路の壁から石を叩く音が聞こえ始めた。全員がそちらを見て、部屋全体に緊張が走った。

「魔王軍のトンネルか。どうするんだ。この部屋の出入口はあの一つしかない。」

ティアンナも「岩ちゃんがもう少しで来るけれど、待つか、逃げるか。逃げても目度砂と出くわすかもしれない。どうする?」と迷っていた。しかし、迷う時間もなく、すぐに壁が壊れて、多数のオークやゴブリンが穴から出てきた。守備兵やヒールで回復した兵たちが戦闘態勢に入り、部屋の入り口を固め始めた。ティアンナがマリに叫ぶ。

「そこのおばさん、その机を部屋の隅にいっしょに運んで!そして、机を倒してその後ろに隠れよう。」

部屋の守備隊の隊長が怒る。

「何だ、このくそガキ。我らがマリ女王様に向かって、おばさんとは何ごとか。」

「馬鹿は黙って!あの、明日夏さんも、机を運ぶのを手伝って下さい。もう少しで岩ちゃんが来るはずです。」

「女王様ばかりでなく、俺も馬鹿呼ばわりだと。今はしかたがないが後で覚えていろ。」

明日夏とマリが机を運んで倒して、マリとティアンナがそこに隠れた。明日夏は負傷者がいる場所に戻りながら、その隊長に向かって言い放つ。

「本当に馬鹿だから仕方がない。」

「何だと。」

入り口で戦闘を始めようとしていたオークが叫んだ。

「ここの守備兵の闘気といい、絶対に間違いない。あの机の後ろに隠れている奇麗な服の女が、この国の女王だ。女王はヒーラーという話だからここにいてもおかしくない。千載一遇のチャンス。女王を持ち帰るぞ。お前ら、女王は人質として最高の価値があるんだから、絶対に殺さずに生け捕れよ。」

「おう!」

やっと事情を察した隊長が言う。

「大変申し訳ありませんが、・・・・・・・あの、おばさん、そこに隠れていてください。この魔王軍は我々が撃退します。」

「もう遅いわ!全員かかれ!」

オークの隊長がそう言いながら戦闘が始まった。マリは「ユミと徹を避難させて良かった。」と思いながら、机の裏で戦況を見守っていた。ティアンナも「敵に目度砂はいなそうだけど、あまり長くはもたないかもしれない。岩ちゃん、早く来て。」と祈るように戦況を見ていた。マリが、負傷者のヒールを続けている明日夏に声をかける。

「明日夏さん、そこは危険ですので、こちらに来てください。」

「とりあえず、ヒールしないと死んでしまうような重傷者だけ、ヒールします。」

「でも。」

王国軍の兵士たちは、入口を死守して戦ったが、オークたちの力に押されて入口を突破された。次に、守備兵は入口に向けて大型ホーガンの矢を放ち、何匹かのオークを倒すことはできた。しかし、それでもオークが突撃してくるため、だんだんと部屋の奥に押し込まれていった。ティアンナはこの部屋からマリを脱出させるための作戦を練っていた。

「オークが全員部屋の中に入ったみたいだ。火炎瓶だと数匹排除するのが精一杯だから、1本で驚かせて、その隙に出入口に何とか近づいて、もう1本で出入口にいるオークを排除するのに使うのかな。だけど、その前に隊長さんにお願いして守備兵に突撃させて、少しでも出入口に近づいておいた方がいいか。」

守備兵が女王の周りにあつまり、明日夏の周りに守備兵がいなくなって、一人になった明日夏を一匹のオークが掴んで持ち上げた。

「このヒーラー、まあまあだが、土産に持ち帰るか。」

「まあまあって、何だ。失礼なオークだな。」

そのオークが言い返す。

「うるさい女だな。まあまあは、まあまあだ。」

そうすると、隣のオークも同意する。

「そうだな。まあまあだな。」

「そうだろう。お前もそう思うよな。ははははは。女、まあまあと言われるだけ有難いと思え。今晩、遊んでやるから、それまでおとなしくしていろ。」

「お前の後は、俺な。」

「分かった。」

明日夏が自分を掴んでいるオークと隣のオークに右手と左手を当てる。

「そう言うことをいうならいい。細胞間連結解除!」

2匹のオークが骨や髪の毛を残して液体となって崩れた。そのそばにいたオークにも手を当てると、やはり骨や髪の毛を残して液体となって崩れた。オークたちの顔色が変わった。

「化け物だ。」

明日夏が反論する。

「何が化け物だ。」

明日夏が近づこうとすると、オーク全員が部屋から出て、トンネルの穴から逃げ帰って行ってしまった。プラト王国の兵たちも驚いていたようだったので、明日夏が弁解した。

「本当はヒールの技術をこんなことには使いたくはないんだけど。」

それを聞いた兵たちも落ち着きを取り戻して、歓声を上げていた。

「やったー。」「明日夏さん、最高!」

明日夏が手を挙げて答える。

「それじゃあ、新しいけが人もいるし、私はヒールに戻るね。」

隊長が答える。

「明日夏様、お願いします。」

明日夏がヒールに戻ると、マリが尋ねた。

「明日夏さん、今のは?」

「すべての生物は、細胞という小さな同じような粒が集まってできています。その連結を解除したので、液体みたいになったんです。」

「そうなんですね。」


 撤退したオークが地下要塞攻略を担当している将軍に報告する。

「どうした。なぜ撤退してきた。」

「あの部屋にはこの国の女王がいて、部屋の隅に追い詰めたのですが。」

「マリ女王がいたのか。それなら、一斉にかかって捕らえてしまえばいいじゃないか。」

「それが、さすがに女王だけあって、護衛の化け物が出てきました。」

「化け物。どんなだ?」

「それが、その化け物が触れただけで骨以外全部を液体にしてしまうんです。残ったのは骨とか髪の毛だけです。それで、後退を余儀なくされました。」

「触れるだけでオークが液体になるのか。本当か。」

他のオークも同意する。

「はい、3匹の仲間がその化け物にやられました。」

「その化け物は、どんな姿をしているんだ。」

「一見したところ、まあまあ可愛い人間の女のようでした。でも思い返すと、あの雰囲気はとても人間とは思えません。」

「そうなのか。分かった。だが、その化け物が力を発揮するには、手が我々の体に触れる必要があるんだな。」

「はい、3匹とも触っていましたので、そうだと思います。」

「それなら、見るだけで石になってしまう目度砂様がいるこちらが有利だな。」

「将軍様のおっしゃる通りだと思います。」

「よし、こちらも目度砂様をその部屋にお連れして総攻撃だ。俺も行く。女王が逃げたとしても、そこから追う方が早い。」

「分かりました。」


 ダロスとグレドが地下要塞の中央出入口にたどり着いた。

「ここが、地下要塞の中央出入口か。」

「ああ、妖精が出入りしていた場所だから間違いないだろう。」

「では、ここから突入だな。まずは、ガズン、お前の部隊は地下に入って中の偵察と攪乱をしてこい。ここには王族や軍のお偉いさんがたくさんいる。もし、見つけることができたら、人質のために連れてこい。」

「了解しました。」

「ただし、中には目度砂の部隊もいるから気を付けろ。味方の俺達でも目度砂を見ると石になってしまうからな。」

「はい、目度砂には気を付けます。」

ガズンの部隊は、オーク200匹、ゴブリン1000匹からなるダロス将軍の最強部隊である。カズンの部隊が地下通路に入ると、その侵攻を阻止しようと地下要塞の守備兵が激しく抵抗した。しかし、オークが王国軍の陣地にゴブリンを投げ入れるなどして、ガズンの部隊は少しずつ地下要塞の奥の方へ侵攻していった。


 ガズンの部隊が地下要塞の中に入った後、グレドが命じる。

「ダロス将軍配下のカズンからの報告を待って、残りの部隊も突入する。全員、突入の準備をするように。それまでは、この入口を王国軍に取り返されないように守るぞ。」

しかし、地下要塞への出入口を守っていたオークやゴブリンがなぎ払われて、出入口をプラト王国軍が取り戻した。そして、その出入口のそばから大きな声が響いた。

「ダロスにグレドか。良くここまで来られたものだ。褒めてやるぞ。しかし、ここで会ったが百年目。師団長の仇、討たせてもらう。」

「ははははは、やまと副師団長か。生きていて嬉しいぞ。だが、俺たちが返り討ちにしてくれるわ。地獄で師団長と仲良くするんだな。」

「それにしても、やまと、怪我をしているようだな。どうした?」

「炎竜の足に切りかかったら、蹴とばされた。だが遠慮は無用だ。かかってこい。」

「ははははは、炎竜に切りかかったか。無茶をしおって。ところで、お前は炎竜の首を切った剣士を知っているか?」

「数百年の間、抜けなかった草薙の剣を、初めて引き抜いたテームの街の剣士ということだが、俺も会ったことはないし、詳しくは知らん。」

「そうか。それはお前を倒した後の楽しみとしておこう。まあ、そいつが目度砂に勝ったらの話だけどな。それじゃあ、ダロス、準備はいいか。」

「おう。」

「それじゃあ、やまと、行くぞ。」

「来い。」

王国軍対魔王軍の地下要塞の出入口をめぐる戦いと、やまと対ダロスとグレドの1対2の戦いが始まった。


 誠たちが、地下要塞の指揮所に寄った後に、救護所に到着した。

「おー、マー君、ミサちゃん、尚ちゃん、ブラックちゃん、いらっしゃい。歓迎するよ。」

誠が部屋の荒れた様子に驚いていたようだったので、ティアンナが誠に話しかける。

「岩ちゃん、いらっしゃい。皆様、お待ちしていました。岩ちゃん、とりあえずこの部屋の状況を説明するね。」

「はい、ティアンナさん、お願いします。」

ティアンナが今起きた地下要塞での戦闘状況を説明した。

「ティアンナさん、有難う。その状況だと、再度このトンネルを使って目度砂を連れて攻めてくる可能性が一番高いと思います。それも、攻めてくるまであまり時間はありません。女王様、明日夏さんとティアンナさんは直ちに王室専用の部屋に退避してください。そこまではまだ距離がありますし、部屋を守る石壁も厚いとのことです。」

「マー君、私はけが人を放っては行けないよ。」

マリ女王も同意する。

「私もです。」

「俺も、岩ちゃんがここにいるなら、ここにいる。」

「これからも負傷者は増えますので、ここでお二人が死んでしまったら、その方たちを治療できなくなります。安全に通れるうちにお願いします。」

明日夏がマリ女王に言う。

「マー君が言うことも一理あるか。それでは女王様は避難して下さい。私には戦う手段もありますから、ここでヒールを続けます。」

「そうですか・・・・・。分かりました。私は歩ける負傷者を連れて私の部屋でヒールを続けます。」

「あと、女王様の格好は目立ちますから、万が一のために私と服を交換しましょう。」

誠が同意する。

「はい、明日夏さんのいう通りです。女王様がいると誤認させた方が目度砂をこの部屋に誘引することができます。」

マリが答える。

「分かりました。私のことはともかく、作戦上、都合が良いようでしたら従います。」

部屋の後ろの隅で二人が着替え始める。男性が部屋の前の方を見る。

「マー君、見ちゃだめだよ。」

「女王様がいらっしゃるのに見るわけにはいきません。」

「私だけなら見るということか。」

「そう言うわけでもありませんが。」

ティアンナが言う。

「岩ちゃん、明日夏さんの体なら、見ても損はないけど、まあ損がないぐらいかな。俺が大きくなったら、もっとすごくなるから期待してて。」

「ティアンナちゃん、さっきのオークみたいに生意気なことを言っていると、ティアンナちゃんも液体にしちゃうよ。」

「いやだよ!」

ティアンナが逃げると明日夏が追いかける。明日夏が誠の視線に入る。

「明日夏さん!」

「あっ、服を着ていないんだった。」

明日夏がすごすごと部屋の後ろに下がっていく。

「岩ちゃん、俺に感謝しなよ。」

「何でですか。」

「いい目の保養になったでしょう。」

「いや・・・・。」

「ところで、岩ちゃん、アイシャ大尉の体は見たことがあるの?」

誠は自分の部屋でミサとアイシャが裸で寝ていたことを思い出して、言葉が詰まってしまった。ミサもその場面が浮かんで下を向いて黙ってしまった。

「・・・・何でそんなことを聞くんですか。」

「何だ、あるのか。」

「・・・・・・・」

「どういう状況で?」

「・・・・・・・」

マリとの服の交換が終わって、明日夏がやって来て尋ねる。

「マー君、それはどういう状況?」

マリも尋ねる。

「湘南参謀長さん、それはどういう状況ですか?」

「女王様まで。」

「ごめんなさい。若い人たちが楽しそうで、つい。でも、アイシャさんは私の姪ですし、やっぱり状況が気になります。」

「変な状況ではないんです。」

「アキさんから湘南参謀長さんの報告を聞いていますので、それは信じています。」

誠が話を変える。

「でも、もう行かないと。あと、申し訳ないですが、ティアンナさんは、女王様の最後の守りとして、女王様について行って下さい。」

「岩ちゃん、話を変えた。」

「そうじゃなくて、ティアンナさんを一番信頼していますから。」

「うーん、分からなくもないか。女王様を部屋まで送って、無事に送り届けたら戻ってくるから。そうしたら、今の話の続きをお願いね。」

「分かりました。ティアンナさん、状況がどう変わるか分かりませんが、どんなことがあってもあきらめないで下さいね。」

「分かっている。」

守備兵5名に囲まれて、割烹着に着替えたマリ女王とティアンナが、歩ける負傷者を連れて王室専用の部屋に向かった。誠が明日夏、ミサ、ハートブラック、尚美に話しかける。

「ここから目度砂撃退の話をしようと思います。」

「お兄ちゃん、お願い。お兄ちゃんとアイシャ大尉との話は、魔王軍との戦いが全部終わってからで構わないから。」

「尚まで・・・・。」

「やっぱり、妹として知っておかないと。」

「分かったよ。それで、明日夏さん、美香さん、ブラックさん、尚、大変申し訳ありませんが、この部屋は狭い上に逃げるところがなくて、危険な戦いになります。」

「マー君、私は大丈夫だよ。」

ミサはまだ動揺していた。

「めっ、目度砂なんか、真っ二つにしてあげる。」

「プロデューサーのお兄さん、僕を王都の戦いに選んでくれて光栄です。」

「お兄ちゃん、ここで勝てば、王都の戦いで勝利できるね。」

誠が答える。

「うん、尚の言う通り、勝てると思う。」

そのときは、誠は感がいいミサならば目隠しをしたまま目度砂を間違いなく倒せると考えていたので、まだ出てきていない魔王が持っていると予想されるビームライフルとビームサーベルの対策が立てられないことを不安に思っていた。

「きっと、ドゥマン・エテさんが言っていた秘密の呪文が必要なんだろうな。」

そう思いながらも、その見当が付いていなかった。とりあえず、ミサが目度砂にとどめを刺すことを中心とする作戦を4人に伝えた。


 作戦の準備は万全と思われたが、指令所から伝令が急報を告げに救護所にやって来た。

「大本営より急報です。地下要塞、中央出入口を突破されて、多数のオークとゴブリンが地下に侵入してきたとのことです。」

ミサが魔王軍の半分を倒した後だったので、地下要塞の中央出入口から魔王軍が侵攻してくるというのは、誠にも予想外だった。誠が尋ねる。

「どのぐらいの敵が入ってきたんですか?」

「地下要塞の中央出入口付近は乱戦状態で、詳細は分かりません。また、地下要塞の中央部は迷路のようになっていることが災いして、魔王軍の一部は地下要塞の中心部近くまで来ているという報告もあります。」

「少し前に、マリ女王様が王室専用の部屋に戻られたのですが、こちらに来る途中で女王様とはすれ違わなかったでしょうか?」

「はい。経路は多数ありますから。」

誠は迷った。

「女王様に付き添った守備兵は5名だった。5名で対抗できるのはオーク2匹がぎりぎりで、3匹が来たら敵わない。女王様を失うわけには絶対にいかない。そうだとすると、最強の美香さんを送るべきだ。しかし、目隠しをしていても目度砂を倒せる美香さんがいなくなるのは戦力的に痛い。でも、躊躇している時間はない。」

そう思った誠が、ミサに話を切り出す。

「美香さん、ブラックさん、大変申し訳ありませんが、マリ女王様を探し出して、魔王軍から守ってもらえないでしょうか。」

「でも、私は誠が心配。」

「僕は大丈夫です。ここで女王様が人質に取られると魔王軍との戦いは負けになり、人間が全滅してしまう可能性が高いです。」

「誠がどうしてもと言うなら行くけれど。」

「はい、どうしてもです。」

「分かった。尚、私が戻るまで誠をお願い。」

「分かりました。美香先輩が戻ってくるまでに目度砂がやって来たら、申し訳ありませんが、先に倒しておきます。」

「有難う。」

尚美が考え事をしていたハートブラックに言う。

「ブラックさんも、女王様を魔王軍に殺させるわけにはいきません。無理せず、美香先輩の後ろだけを守って下さい。美香先輩の場合、それだけで十分です。」

「なおみさんが言うならばそうなのでしょう。従います。」

「有難うございます。」


 ミサとハートブラックがマリを探しに部屋から出て行ったのと入れ違いに、ラッキーとコッコが30名程度の兵を連れて入ってきた。誠が喜んで迎える。

「ラッキーさん、コッコさん!」

「えーと、君は誰?」

「あっ、そうでしたね。申し遅れました。テームの街で参謀長をやっている、岩田誠、あだ名は湘南です。」

「あー、いつもアキちゃんが言っている湘南参謀長さんね。」

「はい、よろしくお願いします。」

「よろしく。」

「湘南ちゃん、よろしく。」

ラッキーが尋ねる。

「それで、今はどんな状態なの?こっちはトンネルを掘ったオークが僕たちがいるところより中央寄りの、女王様がいらっしゃる救護室に現れたと報告があって、ここまで下がってきたところなんだけど。それで、女王様の服を着ている女性は誰?女王様は今はどこ?」

「順番に説明しますが、女王様の服を着ている女性はテームの街でヒーラーをしている神田明日夏さんです。」

「明日夏ちゃんの話はアキちゃんから、腕のいいヒーラーだって聞いている。」

「ふふふふふ、私の噂は王都まで鳴り響いていたか。」

「それで、まず僕が到着する前の話ですが、女王様がいらしたときに、魔王軍のオークが入口近くの廊下の穴から出てきました。そのときは目度砂はいませんでした。王国軍の皆さんと明日夏さんがオークを撃退して、魔王軍は穴の中に戻って行きました。」

「女王様がご無事で良かった。」

「その時に、女王様がここにいらっしゃることを知られたため、女王様と明日夏さんの服を交換して、女王様には王族専用の部屋に戻ってもらいました。」

「うん、その方が安心だね。」

「ところが、その後、地下要塞の中央出入口から魔王軍が侵入し、中央部の通路にオークがいるという連絡がありました。」

ラッキーが声を上げた。

「中央出入口から、魔王軍の侵入を許したのか。何と言うことを。」

「それで、草薙の剣を持つ美香さん、テームの街の妖精のハートブラックさんが、女王様の探索と護衛の応援に出発したところです。」

「それじゃあ、コッコ、僕たちも女王様を探しに行こうか。」

「ラッキーちゃん、そっちも大切だけど、ここで目度砂を止めないと。地下要塞中心部までもう後がないよ。」

「はい、僕もそうだと思います。」

「たしかに、目度砂をここより内側に入れると魔王軍の地下要塞の占領が秒読み状態になるね。だけど、湘南君、目度砂を何とかできるの。」

「はい。みんなで力を合わせれば、何とかできると思います。」

「湘南ちゃん、具体的にはどうするの。」


 誠が守備兵に話しかける。

「守備兵の皆さん、まず防壁を前に移動して、負傷者をその後ろに移動して下さい。そして、防壁を移動するときに、防壁の低いところに穴をあけて、そこからホーガンの矢を撃てるようにして下さい。」

「了解です。」

「ホーガンの矢は、照準より少し高い位置に飛ぶようにして、敵の脚を狙えば良いようにしてください。照準のために前方を見なくてはいけませんので、安全のためにその穴より高いところが見えないぐらいの位置まで下がって下さい。」

「やってみます。」

「照準するときを指示しますから、それまでは前を見ないようにして下さい。」

「了解です。」

守備兵が作業を始めると、誠はコッコに尋ねる。

「コッコさん、コッコさんには壁を偽装する能力があると聞いていますが、明日夏さんの顔をマリ女王様の顔に見えるようにすることはできますか?」

「たぶんできるよ。やってみるね。」

コッコが魔法をかけると、明日夏の顔がマリ女王のように見えるようになった。部屋の全員が明日夏を見て驚いた。明日夏も鏡で自分を見てみた。

「本当だ。マリ女王様のように見える。」

「触ってみればわかるけど、単に見えるだけで、本当の顔は変わっていないよ。」

明日夏が自分の顔を触ってみる。

「うん、本当だ。」

「コッコさん、逆に、コッコさんは明日夏さんに見えるようにして下さい。」

「分かった。」

コッコが自分に魔法をかけると、顔が明日夏のように見えるようになった。顔が変わったコッコを見た明日夏が驚いた。

「おお、私だ。しかし、コッコちゃんは、自分で自分に魔法がかけられるんだね。私は自分をヒールできないから、すごいな。」

「アキちゃんから聞いた明日夏ちゃんの魔法と違って、私の魔法は自分の内側は変えないからかもしれない。」

「なるほど。」

「コッコさん、最後に、天井より少し下に偽の天井を作って、そこに妹が隠れることができるようにして下さい。」

「了解。」

コッコが天井の下に、もう1枚偽の天井を作った。誠が尚美に尋ねる。

「催涙スプレーは持っている?」

「うん、持っている。目度砂に短剣が届かないときは、このスプレーで目度砂の目を狙えばいいんだよね。」

「そう。それで、目度砂の目を封じることができるはず。でも、緊急の時は、缶を短剣で切り裂いて、催涙スプレーの中身を一度に出して退避して。」

「分かった。」

誠が尚美にスマフォを渡す。

「それと、尚、目度砂を見るときはこれを使って。」

「これは?」

「画像の中の生物をアバターに変換している。目はないし、これを通して見れば石になることはないと思う。でも、スナップドラゴン835(著者注:スナップドラゴンはクアルコム・インコーポレーテッドの商標です)を最大限に使っても42FPSが限界だったから、目度砂の蛇の髪の毛の攻撃が尚に向いたら、FPSが足りないかもしれない。」

「ということは、偽の天井の上に隠れて、目度砂の攻撃がほかに向いているときに使えばいいんだよね。」

「その通りだけど、無理はしないでね。スナップドラゴン888のスマフォがあれば、もう少しFPSをあげられるんだけど。」

「大丈夫。やってみる。」

ラッキーが誠に尋ねる。

「周りの風景を変えて見えるのか。すごいね。それで、スナップドラゴンって、その箱の中に小さな龍が入っているの?」

「はい、そんな感じです。」

「それが石にならなければいいけど。」

「この箱の目のIMX400(著者注:IMX400は、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社の製品名ですが、商標登録されていないようでした)やスナップドラゴンもは、ほとんどシリコン、石でできていますので、大丈夫ではないかと思っています。」

「なるほど。よくわからないけど、分かったよ。」

「とりあえず、尚が石になることはないはず。」

「うん、そのはず。それで、偽の天井の上に隠れてみるね。」

尚美が飛んで上昇すると、天井に吸い込まれるように姿が消えた。

「お兄ちゃん、今、天井の飾りにつかまっているけど見える?」

「大丈夫。見えない。」

「それじゃあ、目度砂が来たら、ここで待機するね。」

「申し訳ないけど、お願い。」

ラッキーさんは

「ラッキーさんは、防壁の後ろで明日夏さんとコッコさんを守ることができる位置に楯を置いてください。」

「分かったよ。」

「目度砂を誘引するために、明日夏さんとコッコさんは、最初、通路から見える位置にいて下さい。ただ、通路側は絶対に見ないようにして下さい。」

「マー君、了解。」「湘南ちゃん、了解。」

誠とラッキーも手伝い、防壁の転換をいそいだ。


 ちょうどそのころ、マリたちは地下通路を小走りで王室専用の部屋に向かっていた。マリを守っている守備兵がマリに話しかける。

「女王様、王室専用の部屋は、あの角を曲がって突き当りですので、もう少しの辛抱をお願いします。」

「はい、まだまだ大丈夫です。」

ティアンナが言う。

「兵隊さん、でも、ちょっと変だよ。さっき俺たちが中心部に来た時には、通路のあちこちに兵隊さんがいたよ。」

「そう言われてみたら、そうだけど、王室専用の部屋には強力な守備兵もいるから、とりあえず急いだ方がいい。」

「そうかもしれないけど、気を付けて。」

ティアンナが辺りを見回しながら、不安そうに進む。角を曲がると、正面に多数のオークやゴブリンが見えた。そして、王室専用の部屋の守備兵と戦闘状態にあった。それを見た、守備兵の隊長が驚いた。

「こんな地下要塞の中心部までオークとゴブリンが。」

魔王軍の後ろの方にいたオークがその声に気が付いた。

「後ろから王国軍の援軍だ。こちらに近づけさせるな。」

そのオークが他のオークやゴブリンを連れて、マリたちのほうに走って向かってきた。マリの守備兵が叫ぶ。

「ここは私たちで防ぎます!女王様は指揮所の方に!」

「分かりました。」

歩いてついてきた負傷兵が護衛の隊長に進言する。

「私たちもここで戦います。ヒールで体の調子もだいぶ良くなったので、ゴブリンぐらいとなら戦えます。」

「分かった。ゴブリンは頼んだぞ。女王様、早く退避して下さい。」

「分かりました。」

マリとティアンナが指揮所に向かおうとする。途中でティアンナがマリに進言する。

「この敵は、中央の出入口を突破したか、中心部にもトンネルを掘って入ってきた目度砂たちとは別の部隊じゃないかな。それだと、指揮所も危険です。女王様、岩ちゃんの所に戻りましょう。」

「そうですね。ティアンナさん、分かりました。救護室に戻りましょう。」

マリとティアンナが来た道を引き返し始めた。


 マリとティアンナが少し進むと、かなり前の方から魔王軍のオークやゴブリンらしき声が聞こえた。ティアンナがマリを引っ張って壁際に移動した。マリたちが静かにしていると、オークの話し声が聞こえた。

「王族専用の部屋が見つかったという声は、こっちから来たよな。ほら、ゴブリンども、さっさと前に進まんか!」

「しかし、このあたりは通路が迷路のようだから、慌てると道に迷うだけだぞ。慎重に行かないと。」

「そうだな。分かった。・・・・・・・やっぱりこっちから戦いの声が聞こえる。」

「おれにも聞こえる。もう少し直進しよう。」

「ほら、ゴブリンども、今は人間の女なんかを探していないで、どっとと進まんか!」

オークたちの声はだんだんと近づいてきた。ティアンナが言う。

「女王様、前から魔王軍が来ているみたいです。少し後ろの角で曲がりましょう。」

「分かりました。」

マリたちが少し戻って角を曲がって進むと、その先の角からオークのものらしい大きな足音が響いてきた。二人は止まって壁際に身を寄せた。

「何だ。この辺りは魔王軍だらけだ。どうなっているんだ、王国軍は。」

その時の地下要塞中心部は、王国軍は東から侵入してきていた目度砂を含む魔王軍や中央入口付近から侵入してくる魔王軍の対処に兵力を割かれていたばかりか、中心部の王族専用の部屋や指揮所などの重要拠点を防衛するのに手一杯だったため、それ以外のところには兵はほとんどいなかった。ティアンナは迷っていた。

「後ろも魔王軍で戻れない。こっちに来る敵の数が少なかったら、火炎瓶で突破できるかもしれないけど、こんな中心部で騒ぎを起こすと、魔王軍が集まって来るかもしれない。本当はやり過ごせればいいんだけど、辺りに隠れるところもないし・・・。」

マリが短剣を取り出した。ティアンナが言う。

「足音からして、敵にはオークもいますから、女王様、短剣では無理です。」

マリが決心した顔でティアンナに話しかける。

「ティアンナさん、護身術は習っていますから、ゴブリンならなんとかできても、私ではオークに敵わないことは分かっています。」

「それでは?」

「幸いなことに、徹とユミは無事に脱出することができました。王国軍が魔王軍に勝てさえすれば、アイシャさんと二人が協力してプラト王国を立て直すことができるでしょう。でも、負けると人間が全滅してしまいます。そういうことならば、私が魔王軍の人質になって、王国軍の足を引っ張るわけにいきません。」

「女王様、それはもう少し待って下さい。」

「私のことは気にしないでください。女王になった時から覚悟はできています。ただ、ティアンナさんはユミと同じぐらいの歳なのに、守ることができなくて、本当に申し訳ないと思います。」

「俺は、岩ちゃんから女王様の最後の守りと言われていますから、逃げる方法を何通りか考えてあります。だから、女王様、まだあきらめないで。」

「そうですか、分かりました。そういうことならば、ティアンナさんを信じて、ぎりぎりまで頑張ることにします。それで、私は何をすればいいですか?」

「女王様、その短剣を貸して下さい。」

「構いませんが、この短剣、この国で一番よく切れる剣という話ですので、十分気を付けて使って下さい。」

「はい、気を付けます。有難うございます。」

ティアンナが自分の方に短剣を向けて、腕を切った。

「痛いっ!本当によく切れる短剣だな。」

ティアンナの腕から血が出てきた。

「ティアンナさん、何をするんですか?」

「女王様、ちょっと失礼します。」

ティアンナの腕から出てきた血をマリの服に塗った。マリは「死体に化けるつもりなのかもしれないけど、それは難しいのでは。」と思いながらもじっとしていた。

「短剣で女王様の服を切り裂きます。危ないですから、じっとしていて下さい。」

「えっ。」

ティアンナはマリが着ていた明日夏の割烹着を首のところから切り裂く。ティアンナの目が真剣だったので、マリは従うことにした。腕からまだ血が出ていたので、それを破れた服に塗り足した。そして、ティアンナは誠からもらったゴブリンの被り物を被り、手袋をした。それでマリにも察しがついた。ティアンナがマリに話しかけた。

「オークがこっちに来たら俺が女王様を襲うふりをしますので、女王様はゴブリンに襲われている給仕の奴隷のふりをして騒いで下さい。何とかオークだけでもやり過ごします。」

「そういうことならば、ゴブリンが襲っているように、ティアンナさんも遠慮せずに本気で襲ってきて下さい。」

「はい。オークをやり過ごせたら、全速で救護室の方に走ります。追ってくる敵がいたら、中心部から少しでも離れたところで向かい撃ちましょう。」

「分かりました。相手がゴブリンならば私でも何とかできると思いますので、ゴブリンと戦うときは短剣を私に渡してください。」

「分かりました。俺も岩ちゃんから火が出る魔法の小瓶をもらっているので、オークでも2匹ぐらいまでなら、何とかできます。」

「それは心強いです。生き抜くために、いっしょに頑張りましょう。」

「はい。あと、女王様はやはり一般の人と違って高貴な顔立ちをしていますので、顔を見られないようにした方がいいです。だから、できるだけ壁の方を向いていて下さい。」

「分かりました。ティアンナさんも、被り物を取れば聡明な可愛い顔をしていますよ。」

「有難うございます。俺の親に聞かせてあげたいです。」


 魔王軍のオーク3匹、ゴブリン5匹からなる部隊が角を曲がってやってきた。それをわき目で見たティアンナが、マリの上に乗って、マリの服を手で引き裂く。マリが叫ぶ。

「キャー。やめて。ゴブリン、あっちに行って。」

マリが服を押さえるが、ティアンナが右手で短剣を目の前に持っていき、左手で服を乱暴に脱がそうとする。マリが叫ぶ。

「やめて!いや。いやー。」

マリが服を脱がされないように抵抗する。ティアンナがマリの首に短剣を当て、自分の血を首に塗って、あたかも短剣で少し切ったかのように見せかける。マリが短剣を横目で見て、死の恐怖を抱いているかのように目を見開いておとなしくなり、壁の方に顔を向けて小声で言う。

「誰か助けて。お願い。」

ティアンナが短剣をおいて両手で上半身の服をはぎとる。そのとき、中心部に向かうゴブリンがやってきた。ティアンナが短剣を持って追い払おうとすると、ゴブリンが独り占めするなと言っているような顔をして奇声をあげた。すぐに、魔王軍のオークがそばまでやって来て、ティアンナに話しかける。

「おい、そこのゴブリン!どこの隊に所属している。今はそんな飯炊き女に構っている場合じゃないだろう。お前も中心部に行って王国軍と戦え。」

ティアンナはオークの様子を伺いながらも、オークの言葉は無視して、短剣で他のゴブリンをけん制しながら、これは俺の獲物だと言わんばかりに、仰向けに寝て顔だけ壁に向けているマリの体をまさぐる。別のオークがそのオークに話しかける。

「ゴブリンは本能だけで動くから、こんな状況のゴブリンに何を言っても無駄だよ。そんなことより、俺たちは早く中心部に行かないと。」

「そうだな。仕方がない。行くか。おい、うちの隊のゴブリンども、ここに残るつもりなら八つ裂きにするからな。」

「それに王室専用の部屋の方が、もっと若くて奇麗な侍女がいるはずだぞ。」

「それはそうだ。ゴブリンども、今から行くところには王宮のいい女がたくさんいるんだから、行くぞ。」

そのオークがティアンナの周りにいるゴブリンを進む方向に軽く蹴とばす。ゴブリンがしぶしぶ前に進んでいく。そのオークがマリに話しかける。

「女、いいことを教えてやる。ゴブリンは繁殖本能で動いているから、大人しくしていれば殺されないで済むぞ。」

「まあ、生きていれば後でゴブリンを生むことになるけどな。ははははは。」

「しかし、腹立つな。この馬鹿ゴブリン。」

マリの体を触っているティアンナに言いながら、そのオークがティアンナを蹴とばした。ティアンナは1メートルぐらい飛んだが、声を出すことを我慢して、マリのところに戻り、マリの上に再び乗る。そして、マリの服に手をかけて、もくもくとして服を剥ぎ取る。マリが顔を手で覆って諦めたように涙を流しながら小声で言う。

「大人しくしているから、殺さないで。」

ティアンナを蹴った隣のオークが言う。

「この女、スタイルはいいな。」

「くそゴブリンが。その女はお前にやる。俺は侍女の方だ。」

そう言って、オークたちは自分の隊のゴブリンを蹴とばしながら、中心部に急いだ。


 オークが角を曲がって見えなくなり、足音が消えるとティアンナがマリから離れた。

「それでは、岩ちゃんのところに戻りましょう。」

マリが破れた服を着なおして、切り裂かれたところを手で押さえて起き上がった。そして、ティアンナの腕から流れる血を見て言う。

「ティアンナさん、有難うございます。怖いぐらいの演技でした。湘南参謀長さんの姪だけのことがあります。腕の方は後で私がヒールしますから、今は止血だけしておきます。蹴られたところは大丈夫ですか。」

「はい、何とか。でも、女王様の演技はオークを完全にだませていました。」

「有難うございます。」

マリが破れかけた服の一部を破いて、ティアンナの腕を止血した。

「有難うございます。」

オークから逃れた1匹のゴブリンが訝しげに二人を見ていることに、ティアンナが気が付いた。まだ、オークが近くにいるかもしれないと考えて、オークが遠ざかるまでゴブリンが騒がないように時間を稼ぐことにした。マリに静かに話しかける。

「女王様、ゴブリンが一匹戻ってきました。殴る真似をしますから、倒れて下さい。」

「当たっても構いませんので、思いっきり。」

ティアンナが、マリに抵抗するなと言わんばかりに殴るふりをした。それに応じて、マリが床に倒れた。マリが叫んだ。

「ごめんなさい。もう絶対に逃げようとはしません。」

ティアンナは短剣がマリの手の届くところに置いて、再度マリの服を乱暴に脱がし始めた。二人を見ていた、ゴブリンが疑いながらも近づいてきた。ティアンナがこのゴブリン以外、周りに誰もいないことを確認して、マリの耳に口をぎりぎりまで近づけて伝える。

「他に魔王軍はいません。」

ゴブリンが、マリの短剣を振るうまわいに入った瞬間、マリが短剣を持った。それを見たティアンナがマリからどいた。そして、マリが起き上がりゴブリンの首を切ると、ゴブリンの首が床に転がった。ティアンナが驚いた。

「すごい。」

「この短剣の性能のおかげです。ティアンナさん、行きましょう。」

「はい。」

マリが急いで立ち上がって服を整えた。ティアンナが言う。

「曲がり角の近くでは足音を確認しましょう。」

「分かりました。」

二人は足早に、しかし慎重に救護室へ向かった。


 ミサとハートブラックは道に迷っていた。ハートブラックがミサに話しかける。

「ここは、さっきも通りませんでしたか?」

「本当に迷路のよう。案内の表示もないし。・・・今、女性の悲鳴が聞こえた。」

「女王様ですか?」

「分からないけど、もう少し普通の人の感じだった。」

「どちらからですか?」

「両方から。戦いの音も両方から聞こえる。音だけだと、位置が掴めない。」

「とりあえず、女王様か王国軍の兵士を探しましょう。」

「うん、そうしよう。」


 救護所の前の通路にあいたトンネルの横で見張っていた兵が叫んだ。

「大きな足音が多数聞こえます。だんだん大きくなっています。」

救護所の全員が緊張した。隊長がその見張りに命令する。

「戻ってこい。」

見張りが部屋に入り、全員が部屋の入口とは反対側にある防壁の後ろに隠れ、臨戦態勢を取った。尚美が偽の天井の上に上がり、誠と尚美はスマフォを通して入口の観察を始めた。

「明日夏さん、申し訳ありませんが、少し顔を魔王軍に見せるようにしてください。見るときは絶対に脚より下だけを見るようにしてください。」

「分かった。」

明日夏とコッコが手を帽子のつばのようにかざし、上の方はみないようにして、部屋の入口の方向を見た。すぐに、木の板の楯を持った多数のオークがトンネルから出てきて、救護室の方を見た。コッコを見つけたオークが叫ぶ。

「まだ化け物は残っているぞ。注意しろ。」

明日夏が反論する。

「また化け物って言っている。」

「女王のことじゃない。」

明日夏は「しまった。女王の格好をしているんだった」と思いながら言う。

「ふふふふふ。彼女は、私の最強の護衛だ。」

オークたちは救護室の入口より少し中に木の板の楯を立てて並べた。その次におどろおどろしく、目度砂がトンネルから出てきて、救護室の方にやってきた。スマフォでその様子を見た誠が注意を喚起する。

「目度砂らしき魔物が出てきました、注意してください。」

目度砂の周りのオークは目隠しをしていた。先に来たオークにも目度砂が部屋の中に到着すると部屋の中のオークにも緊張が走った。守備隊からは、目度砂が楯に隠れて見えなくなってしまった。隊長が誠に言う。

「目度砂の位置が分からなくなりました。」

「とりあえず様子を見ましょう。人が石になる目を使うときは姿を見せるはずです。」

「そうですね。了解です。」


 先に到着したオークが目度砂に報告した。

「化け物と女王は、楯の後ろです。」

目度砂が見えないまま、明日夏に話しかける。

「私は目度砂、魔王軍最高幹部の一人よ。プラト王国に味方している魔物がいると聞いて、良い話を持ってきたわよ。さわるだけオーク3匹を瞬間に液体にできる能力、魔王軍で重用されることは間違いないわ。すぐに降伏して魔王軍に入るんだったら、私からも魔王軍の最高幹部の一人として魔王様に推薦するわよ。どう、悪い話じゃないと思うけど。」

明日夏が隠れて答える。

「魔王軍のごはんは美味しくないからいや。人間は全滅とか言っているし、美味しいごはんやケーキを作れる人がいなくなっちゃう。」

「そんな理由で、自分の命を粗末にするの?馬鹿じゃない。」

「命を粗末にしているのはそっち。」

「大した自信だわね。それじゃあ、行くわよ。」

「どうぞ。」

目度砂の蛇の髪の2匹がラッキーの楯を回り込み、盾の後ろまで来ると、女王の格好をしている明日夏を見つけて明日夏を捕らえようと接近してくる。明日夏とコッコが両手で2匹の蛇に触りながら叫ぶ。

「細胞間連結解除!」

蛇が明日夏の触ったところから目度砂の方に向かって液体に変わっていった。目度砂がなんとか頭から蛇を切り離す。

「なるほど、これが液体化する能力か。本当に一瞬だわね。」

明日夏が言う。

「あー、もう少しだったのに。目度砂が髪を切り離さなければ、目度砂の本体も液体化できたのに。」

「残念だったわね。これならどうだ。」

今度は4匹の蛇がやってきた。

目隠しをしているラッキーが言う。

「僕を忘れてもらっては困るよ。アクセレーション・ディスク!(著者注:アクセレーション・ディスクとは降着円盤のことで、中心にある重い天体の周囲を公転しながら落下する物質によって形成される円盤状の構造のこと。Wikipediaより)」

ラッキーが盾の周りの膠着円盤で4匹の蛇を跳ね返す。明日夏が言う。

「2本だけ通せるなら、2本を通してもらえば、液体化できる。」

「そうだね。明日夏さん、次はそうする。」


 誠は攻撃するタイミングを考えていた。

「目度砂はいずれこちらを見るはず。」

そのとき、守備隊の隊長が命令する。

「目度砂の正確な位置が分からないが、各ホーガンとも、いま蛇が来た方向に向けて撃て。判断は照準手に任せる。照準・・・撃て!」

複数のホーガンの矢が目度砂がいると推測される方向に向けて発射された。小型のホーガンの矢は、木の板の楯で防がれたが、大型ホーガンの矢のうち3本が木の板を貫通し、そのうちの2発は目度砂のすぐそばにいたオークやゴブリンに当たり床に倒れた。1発は目度砂に向かったが、目度砂は蛇の髪の毛で矢を払って無傷だった。目度砂が叫ぶ。

「生意気ね。」

そして、髪の毛の蛇で防壁の後ろの守備兵を攻撃しようとする。ラッキーが蛇の位置を音と勘で察知して、楯を動かす。

「明日夏さん、右からの2本を通すね。」

「有難う。」

ラッキーの楯を越えた2匹の蛇は液体になって床に落ちた。目度砂が言う。

「そちらの作戦が分かったわ。私の蛇を減らして、最後はその大きな矢で撃つつもりなのね。そうはさせないわ。オークたち、オールレンジ攻撃用意。」

目度砂の後ろのオークたちが上下左右いろいろな位置で鏡を持って、防壁の方に向けて、自分たちは目をつぶった。そして、目度砂が後ろを向いて、前衛のオークが木の板の楯を開けた。誠が叫ぶ。

「鏡は見ないようにして下さい。」

しかし、ホーガンの照準を付けようとしていた守備兵が、オークが低い位置に持った鏡に映った目度砂を見てしまい、石になっていった。誠が叫ぶ。

「石になった兵隊さんは、目度砂を倒せば元に戻る可能性がありますので、丁寧に運んで後ろに下げてください。」

そして、誠は石になった兵士が居た位置にコーナーキューブを持ってきた。(著者注:コーナーキューブとは、立方体の1頂点を含む3つの面の位置に3枚の鏡を置いたもので、来た光を同じ方向に返す。人がコーナーキューブを見ると、コーナーキューブの向きを多少変えても、その頂点の位置に自分の目の瞳が見える。従って、この状況では目度砂にも自分の目が見えていることになる。)

目度砂が振り返り、コーナーキューブを直接見ながら左右に動く。

「面白い鏡ね。動いても私の顔が見えるわ。それも、魔法の道具なのかもしれないけど、私には効かないわ。私は自分の目を見ても石にならないの。残念だったわね。」

誠がコーナーキューブをしまいながら、つぶやく。

「鏡は目度砂に通用しないのか。ならば。」

誠は、小さな鏡をいろいろな角度で貼り付けた、角柱を防壁の上に置いた。それを見てしまった前方のオークやゴブリンが石に変わった。将軍の命令で残ったオークたちが木の板の楯を立て、鏡を見ることを防いだ。そして、石になったオークは倒され防壁代わりに使われ、石になったゴブリンは砕かれ、投石用の石として準備された。また、通路から補充のオークが救護室に入ってきた。


 ティアンナとマリは救護所まであと一つ角を曲がればいいところまで来たが、そこで曲がり角の奥から大きな声が聞こえた。ティアンナが上の方を見ないように手をかざしながら、曲がり角から顔を出して、救護所の入口の様子を見た。

「救護室の中は戦闘中のようです。岩ちゃんたちが負けたわけではないみたいですが、目度砂を撃退してもいないようです。魔王軍の全員の注意が救護室の方に行っています。」

「どうしますか?戻るわけにもいかないですよね。」

「本当は岩ちゃんを支援したいのですが、中の様子が分からないので、それもできません。通路の反対側にドアが見えますが、何の部屋か分かりますか?」

「兵が休憩するための小部屋だと思います。」

「魔王軍の隙を見て、通路の向こう側に渡って、その部屋に行ってみましょう。」

「分かりました。」


 ティアンナが安全を確認して、二人が通路を渡った。そして部屋に入ったティアンナは、部屋に短剣が置いてあったのでとりあえず短剣を持つことにした。服を入れるための引き出しにマリが入りそうだったので言った。

「女王様は、この引き出しの中に隠れていてください。万が一開けられても興味がわかないようなガラクタを入れますので、その奥にいて下さい。」

「ティアンナさんは?」

「救護室の様子を見てきます。」

「それなら私も行きます。」

「万が一発見されても、俺はここには戻ってきませんから、女王様は無理せずここに隠れていてください。」

「そう言うことではなくて、ティアンナさんが戦おうとしているのに、大人の私が戦わないわけにはいきません。」

「女王様と俺とで戦うとすると、俺がゴブリンを呼び込んで、女王様がゴブリンを引き寄せて、十分近づいたところで俺に注意を向けさせて、そのすきに女王様が剣でゴブリンを倒すことはできると思います。でも、俺はともかく、女王様がそんな危険なことをする必要はないと思います。」

「私の体でゴブリンを引き寄せるんですね。やりましょう。たくさんの兵が亡くなっているのに、私も少しでも役に立たないと。」

「分かりました。俺も戦っている岩ちゃんの役に少しでも立ちたいですので、やって見ましょう。でも、止めたくなったらいつでも言ってください。」

「分かりました。ティアンナさん、もう一つお願いがあります。万が一、私が魔王軍の人質になりそうだったら、その剣で私を刺してください。これは女王としての命令です。」

「分かりました。女王様の命令には従います。」

「有難うございます。」


 救護室の中は、王国軍・魔王軍とも決め手を欠き、膠着状態に陥っていた。誠は作戦を考えたが良い案は浮かばなかった。

「オーク用の矢でオークは倒せるけど、目度砂は蛇の髪の毛で邪魔されて倒せない。それに、あまり矢は無駄にしたくない。火炎瓶はこんな狭い部屋では使いたくないし、火炎瓶を髪の毛の蛇でこちらに返されると本当に危険だ。それに、今は魔王軍の上に尚がいるから使えないし。ティアンナさんに渡した小さいものなら使えるかもしれないけど、あれだと目度砂を倒すのは無理だろう。」

目度砂の方も同じだった。

「あの鏡のせいで、私が前を向くときはオークたちが目を閉じないといけないわね。でも、私だけで攻めると、あの女王の護衛の魔物に液体にされるかもしれないわ。どうしよう。」

誠が思い直した。

「いずれにしろ、美香さんが戻ってくれば、不意をつかれない限り、目度砂を倒すことはできる。それまで無理をしないで時間を稼ぐのが懸命か。尚を止めておかなくては。」

誠は魔王軍に見られない位置で天井に向かって、バッテンのサインを出した。そして、隊長にも指示した。

「向こうも攻め手がないようです。慌てずに対応しましょう。」

「了解です。目度砂を引き付けていれば、やがて中央から援軍が来ると思います。」

「はい。その通りです。」

尚美も誠のサインを理解した。

「お兄ちゃん、攻撃をするなということか。うにゃうにゃ動いている蛇の髪の毛をかわすのは、確かに難しい。美香先輩が帰ってくるのを待った方がいいかもしれない。」


 静かな時間が続いたあと、魔王軍の将軍が進言する。

「目度砂様はお下がりになって目を休ませて下さい。私たちだけでやってみます。」

「そう。まあ、やってみて。向こうの魔物には気を付けなさいよ。」

「敵の魔物は強力ですが、触らなくてはいけないので、多数でかかれば倒すことは可能だと思います。」

「考えてあるならいいわ。」

「有難うございます。よし、廊下に待機している兵を部屋に入るだけ入れろ。」


 ティアンナが部屋の中から紐を見つけて、マリの手首を片方ずつ縛る。

「これは。」

「両手を合わせれば、手が縛られているように見えます。」

「それで油断させるのですね。」

「はい。そして、手を縛っているところに紐をつけて、廊下のろうそく立ての金具に紐を掛けて、それを首の周りに回しているように見せかけます。」

「手を引くと首が締まるようにするわけですか。」

「そうですが、実際は紐を引けば両方とも紐が抜けるようにします。そして、短剣は首の紐にかけましたので、背中にあります。」

「分かりました。」

二人は廊下の角の近くまで来て、救護室の方を確認した。

「さっきより兵が少なくなっています。部屋の中に入れたのかもしれません。」

「そうですか。」

「岩ちゃんは大丈夫だと思います。こちらはこちらでやりましょう。」

「分かりました。」

そして、紐をろうそく立ての金具にかけて、マリが動けないように見える準備をした。ティアンナが確認する。

「短剣は抜けますか?」

マリが短剣を抜いてみる。

「はい、大丈夫です。」

ティアンナが救護室の方を確認した。廊下にいる魔王軍の後ろの方は、ゴブリンばかりで、救護室の方を見ていた。

「少しだけ向こうから脚が見えるようにしてください。」

「こんな感じですか。」

「はい、そのぐらいで大丈夫です。それでは行って、ゴブリンを連れてきます。」

「ティアンナさんも気を付けて。」

「はい。」


 ティアンナは角を曲がって救護室の方にゆっくりと向かい、一番後ろのゴブリンの肩を無言で叩いた。ゴブリンが振り返ると、マリの脚の方を指さして、静かにするようにと口に指を当ててサインを送った後、マリの方に戻って行った。肩を叩かれたゴブリンは静かにティアンナについて来た。

「しめしめ。」

ゴブリンは、角を曲がったところで、嬉しそうな顔をしてマリに近づいて行った。

「ここからが勝負。」

ゴブリンがマリに十分近づいたところで、ティアンナがゴブリンを救護室に通じる通路とは反対側に押し込んだ。そのゴブリンが振り返り「何をするんだ」という目でティアンナを見た。その瞬間、ティアンナが手を上げた。それを合図にマリが短剣を静かに抜いた。そして、ゴブリンは何も気が付かないまま、視界が下に落ちていくことに不思議に感じながらも、どうすることもできなく、頭と胴体が分かれて倒れた。ティアンナが通路を確認する。

「部屋でまた戦闘がはじまっているようで、注意がそっちに行って、誰にも気が付かれていません。」

マリが着ている服を整えながら答える。

「そうですか。良かったです。」

「とりあえず、休憩所にゴブリンの死体を運びましょう。」

「分かりました。」

ティアンナがゴブリンの頭を持ち、マリが体を持って、ゴブリンの死体を守備隊の休憩所の隅に置いた。ティアンナが言う。

「女王様は本当に剣の扱いが上手なんですね。」

「短剣の使い方は、護身のため、子供のころから習っていました。特に、姉が行方不明になってから、厳しく仕込まれました。」

「女王様も楽ではなさそうですね。」

「分かってもらえるとうれしいです。でも、ゴブリンを待っている間は、すごく緊張しました。こんなに緊張したのは生まれて初めてです。」

「それは俺もです。」

「それはそうですね。」


 救護室の中では魔王軍が木の板の盾を前に並べて突撃体制を整えた。目度砂は部屋の後ろにまで下がり、目を閉じ部屋の椅子に座っていた。その周りを目度砂の護衛のオークが囲んでいた。誠が明日夏の顔をしているコッコに、スマフォで目度砂の写真を見せる。

「コッコさん、次はこの姿でお願いします。」

「湘南ちゃん、もしかして、これが目度砂?」

「はい、その通りです。顔は明日夏さんのままでも構いません。これで、相手の攻撃を躊躇させることができると思います。」

「了解。」

魔王軍の将軍が命令する。

「投石用意!」

オークたちが石になったゴブリンを砕いて作った石を持った。

「投石開始!」

オークたちが防壁に向けて全力で石を投げ始めた。オークが投げる投石は強力で、このままでは土嚢で作った防壁が崩れるかもしれなかった。誠がラッキーの方を見ると、ラッキーが動いていた。

「湘南君、このぐらい、任せて!」

「ラッキーさん、お願いします。」

ラッキーが叫ぶ。

「アクセレーション・ディスク!」

すぐに、ラッキーの楯を中心とした渦状の流れができて、オークの石がすべて楯に当たってはじき返され、それより先には行かなくなった。魔王軍の将軍が命令する。

「投石やめ!『ユナイテッドアローズ』のラッキーか。」

「僕、有名なんだ。嬉しいなー。その通り、僕は『ユナイテッドアローズ』で楯をやっているラッキーだよ。」

誠はそれを聞いてまた不安になった。

「ティアンナさんが言う通り、王国軍の情報が漏れているのか。」

魔王軍の将軍が命令する。

「多方向から突撃して敵の楯を突破する。第1列、第2列、前に!」

守備隊の隊長が命じる。

「楯の脇から侵入してくる敵を攻撃する。ホーガンを移動しろ。」

誠が止める。

「隊長、作戦があります。それは次にしてください。」

「了解。」

魔王軍の二つの列が前に進んできて、将軍が突撃を命令する。

「全員、突撃!」

魔王軍が走りだして防壁に向かってきた。その時、誠がコッコにお願いする。

「今、目を閉じて頭を出してください。」

コッコが、目を閉じて防壁の上に頭を出す。頭の上の蛇の髪の毛を見た魔王軍の足が止まり、顔を横に向けた。

「目度砂様!」

誠が指示をする。

「撃って下さい。」

「ホーガン撃て!」

魔王軍が慌てて撤退していった。その際に数匹のオークが倒れた。将軍に報告する。

「将軍、敵にも目度砂のような魔物がいます。」

「あれは敵の魔物がとうとう本来の姿を現したんだ。石になったものはいるか。」

「魔物が目を閉じていたため、石になったものはいません。」

将軍は迷った。

「姿が似ているが、能力は違うかもしれない。目を閉じていたのはそれをごまかすためか。だが、両方の能力を持っている可能性も捨てきれないか。」

考えた末、決断を下した。

「目度砂様の護衛のオークは、目隠しをしての戦闘に慣れている。あいつらを使おう。」

目度砂の護衛が前に呼ばれ、廊下から補充した普通のオークが目度砂の護衛に当たった。それを見た、誠が指示をする。

「今度はラッキーさんの楯を使い、ホーガンは楯の脇を狙って下さい。

「了解です。」

魔王軍が木の板を3枚重ねて、ラッキーの楯の左右の隙間から突入を開始した。守備兵がオークに向けてホーガンを撃ったが、板を貫通することができなかった。


 尚美が目度砂の護衛が代わったことを見ていた。

「新しい護衛は目隠しをすると、上手に動けないみたい。狙うなら今か。」

尚美は、魔王軍が突入を開始し、板でホーガンの矢を跳ね返し、部屋に大きな音が響き渡ったとき、本当の天井を蹴って、目度砂に向かった。

「気づかれないうちに、蛇の間を潜り抜けないと。」


 防壁の方では、誠が侵入経路に撒菱(まきびし)を撒いた。目隠しをしているため、オークがそれを踏んで足の裏に刺さり、叫びをあげた。

「痛っ!」「何だ!」

痛みのため態勢を崩したオークが転び、木の板の楯からはみ出たため、ホーガンで狙い撃ちされ数匹のオークにホーガンの矢が刺さり、その場に倒れた。左右から迫ろうとしたオークたちは撤退し、魔王軍が待機しているところまで撤退した。


 尚美が右手で短剣を抜き、左手でスマフォを持ち、蛇の間を通って目度砂に迫るが、3匹の蛇の髪の毛に気づかれて尚美の方に向かってきた。

「この蛇、一匹一匹が意思を持っているのか?」

3本の蛇の髪の毛が急に動き出したので、目度砂が上を見た。

「上から妖精!?」

尚美はスマフォを通して見ていたので石になることはなかったが、目度砂の蛇の髪の毛が尚美を襲ってきた。尚美は飛び回って何とか襲って来る蛇をかわしたり、短剣で切ったりしたが、目度砂に接近することができなくなった。

「もう少しFPSがあれば。」

目度砂も撃退できないため、少し焦っていた。

「この小娘、ちょこちょこと!」

そのため、すべての蛇を使って攻撃を始めた。誠が叫ぶ。

「尚、無理。天井に戻って撤退して。」

「ごめん。分かった。」

「隊長さん、部屋の左隅に向けてホーガンを撃ってください。」

「分かりました。」

尚美の姿が偽の天井に吸い込まれて消えた。目度砂の蛇の髪の毛は偽の天井の上まで追ってきたが、横からホーガンを撃たれ、それを防ぐために尚美を追うのをあきらめた。尚美が天井から防壁の中に戻ってきた。

「お兄ちゃん、ごめん。無理だった。」

「こっちこそ、ごめんなさい。FPSが足りないから仕方がない。白黒にして解像度を下げれば良かったかも。でも、それは街に帰らないとできない。」

「それじゃあ、どうしよう。」

「一応、美香さんがいないときに目度砂を倒すヒントは得られたよ。尚と目度砂の戦いの最後の方で、目度砂の蛇の髪の毛が全て尚に向かったから、目度砂に接近できるような隠れ場所をコッコさんに作ってもらって、蛇の注意がどこかに集まった時に攻撃すればいい。」

「そうだね。分かった。そのときは、私がおとりになるよ。」

「でも今は、美香さんの帰りを待つ方針だから、無理はしないつもり。」

「了解。」


 今の戦いを見た魔王軍の将軍が天井に石を投げた。すると、石は天井に吸い込まれた後、硬いものに当たった音がしてから、再び天井から出てきて床に落ちた。

「この天井は偽物か。他にどんな仕掛けがあるか分からないな。うーん、やはり、うかつには動けないか。」

救護室では、両軍のにらみ合いが始まった。


 守備隊の休憩所で少しだけ休んだ後、ティアンナがマリに尋ねる。

「女王様、どうされますか?もう、止めますか。」

「いえ、続けましょう。」

「分かりました。それではまた角に行きましょう。」

通路の角へ向かい、マリがおとりになる準備をした後、ティアンナが救護室に通じる通路の様子を伺った。救護室から通路にまで大きな音が響き渡っていた。

「救護室の中では戦闘が続いているようです。」

「はい。でも、その分、向こうに気が取られて好都合ですね。」

「その通りです。では、行ってきます。」

大きな音が響いている通路を通って、ティアンナが一番後ろのゴブリンに近づき肩を叩いた。しかし、その時は両脇のゴブリンもそれに気が付いて、3匹のゴブリンがティアンナについてきた。ティアンナは対策を考えていた。

「女王様と俺とで2匹までなら何とかできるけど、3匹目に大きな声を出されるとやばいな。通路がうるさいから、多少なら平気だろうけど。」

ティアンナはゆっくりとマリの方へ向かった。3匹のゴブリンが角を曲がると、マリも3匹のゴブリンが来ていることが分かった。

「3匹もついてきたのね。短時間で倒すなら、少しでも引き寄せないと。でも、同時に倒すのは無理。ティアンナさんが上手に注意を引いてくれたらいいんだけど。」

一番大きなゴブリンがマリの正面に来て、両側に小さなゴブリンが並んだ。ティアンナはタオルを自分のバッグから取り出していた。

「右のゴブリンは俺と同じぐらいの大きさだから、大きなゴブリンに敵わないと思っているのか、少し後ろに下がって順番を大人しく待っている。狙うなら、あいつか。」

大きなゴブリンがマリに近づいた。そして、切り裂かれている服を左右に開き、下着に手をかけて剥ぎ取ろうとした。

「ゴブリンを刺したことはないけど、今しかない。」

ティアンナは、後ろから右のゴブリンの口を左手に持ったタオルで塞いた。

「友達の仇だ。」

ティアンナは心の中で強く叫び、右手の短剣をゴブリンの背中から心臓に向けて思い切り突き刺した。

「死んだか?」

ティアンナは心配だったが、ゴブリンはタオルの下でうめき声をあげ、すぐに力がなくなった。ティアンナはすぐに短剣を抜き、後ろに下がった。ティアンナはテームの街で竹槍を使う訓練は受けていたが、実際にゴブリンを刺すのは初めてだったため、息が少し上がっていた。ゴブリンが倒れると、それに気が付いた2匹のゴブリンがティアンナの方を見た。ティアンナが、剣を振り回して、俺が先だどけのようなポーズをした。2匹が怒って剣を抜き、ティアンナを殺そうとティアンナに寄ってきた。

「ティアンナさん、さすが。」

マリはそう思いながら背中の短剣を抜いた。そして、マリが一番大きいゴブリンの後ろから首を切り落とした。隣のゴブリンの頭が落ちるのを見て驚いたゴブリンが振り返りマリの方を見ようとしたが、その前にマリが返す剣でそのゴブリンの首を切り落とした。ティアンナはゴブリンが死んでいることを確認しながら、マリに話しかける。

「3匹もついてきて、一時はどうなるかと思いましたが、何とかなりました。」

マリは服を整えながら答える。

「はい、私も危ないと思いました。」

「女王様、この3匹のゴブリンの死体を片づけたら、少し休みましょう。」

「そうですね。でも、あの部屋の中じゃなくて、またここに来て、魔王軍の様子を探っていましょう。」

「分かりました。でも、危なくなったら、部屋に下がりましょう。」

「そうですね。」


 道に迷っていた、ミサとハートブラックが王室専用の前の通路に行きついた。

「あっ、あそこに王国軍の兵隊さんがいる。話を聞いてみよう。」

「その前に、戦っている魔王軍を倒さないと。」

「うん、それは分かっている。」

ミサが草薙の剣を抜く。ハートブラックがミサに言う。

「後ろは見ています。」

「有難う。」

ミサがダッシュすると、一瞬で王室専用の部屋に到達した。後ろでは、魔王軍のオークやゴブリンが次々に倒れていった。何とか後ろについていたハートブラックがつぶやく。

「プロデューサーも速いけど、ミサさんはそれ以上だ。」

部屋にはマリの親戚とたくさんの侍女と兵士がいた。ミサが挨拶をする。

「こんにちは。」

その部屋の守備隊の隊長が驚きながらミサに対応する。

「貴方様は?」

「大河内ミサです。」

「大河内ミサ!テームの街の聖剣士様ですね。王室の方々をお助け下さり有難うございます。」

「はい、それで尋ねたいことがあるのですが。」

「何でしょうか?」

「女王様を探しています。」

「それは、どういう。」

「えーと。」

ハートブラックがその部屋の隊長に話しかける。

「僕から説明します。」

ハートブラックが救護室の状況を手短に説明する。

「私たちも、魔王軍と戦っていましたので、外のことは良く分からないのですが、分かる者がいないか聞いてみます。」

隊長と部下が兵に尋ねて回り、戻ってきた。

「女王様の守備兵がいました。女王様は一度こちらにいらしたそうです。」

「それで、女王様は、今はどちらに。」

「ここが戦闘中だったため離脱しようとしたところ、魔王軍に見つかり向かってきたため、守備兵が足止めのために戦闘状態になったとのことです。それで、女王様は指揮所に向かわれたのではないかとのことです。」

「有難うございます。指揮所は、地下要塞に入ったとき、一度立ち寄ったのですが、この辺りの通路はは迷路みたいで、また道に迷うかもしれません。できれば、僕たちを案内してもらえますか?」

「もちろんです。今、ご案内します。」

ミサとハートブラックは地下要塞の指揮所に向かった。


 魔王軍の攻撃が失敗した後でも、誠は「美香さんが戻ってくるまで、無理な攻撃は損害を増やすだけだから控えよう。」と思い、持久戦の方針を変えずミサの帰りを待った。一方の魔王軍の将軍は方針を変更することを考えていた。将軍が目度砂に進言する。

「目度砂様、この膠着状態から脱するのは、今は難しいかと。敵の女王を守るだけあって、この国最強の楯のラッキー、姿は見えませんが天井の偽装から考えて魔術師のコッコ、テームの街の妖精で得体が知れない岩田参謀長と、こちらのオークを多数殺害してきたすばしっこい妹の尚美という強力な布陣を敷いています。」

「そうね。それに魔物もいる。」

「目度砂様、テームの街から援軍が来ていることを考えれば、魔物と思っていたのは、もしかするとテームの街のヒーラー神田明日夏かもしれません。」

「ヒーラーが、私の蛇たちを液体にすることができるの?」

「はい、生物ならば自由にその形を変えることができるとの話です。情報によれば、女性の胸を大きくすることもできるとか。」

目度砂は自分の胸を見ながら言う。

「それはすごい能力ね。魔物ではできない能力だわ。でも、そういうことなら、そのヒーラーは生かして捕らえないとね。」

「よく分かりませんが、とりあえず、この部屋は後回しにして、先にこの地下要塞の中心部を押さえて、態勢を整えでからこの部屋の攻略に戻りたいと思います。」

「そうね、今の状況ならば、中心部を先に占領した方が良いわね。」

「有難うございます。」

将軍が命令を発する。

「全員、これからこの地下要塞の中心部に移動して、中心部を攻撃する。朝から何も食べていないから、ここで戦闘団子を一つ食べ水分を補給しろ。そして、移動する隊列を整えろ。この命令を後ろへ伝え、準備完了次第、前に伝えろ。」

「了解。」

各リーダーが将軍の命令を後ろのオークやゴブリンに伝えた。


 魔王軍の転進の方針を聞いた救護室の守備隊の中では、安堵の表情が広がった。しかし、誠は不安を抱いていた。

「魔王軍が中心部に向かうのか。普通の状況なら、美香さんが目度砂に負けることはないけれど、通路が迷路のようになっている中心部で、美香さんが出会い頭に目度砂と鉢合わせになるとまずいな。」

隊長にお願いする。

「隊長、申し訳ないですが、追撃の準備をお願いします。少なくとも目度砂が中心部に来ることを知らせる必要があります。中心部が目度砂に不意をつかれるようなことになると、大変なことになるかもしれません。」

「それは分かります。準備をします。」

「あと、こちらも栄養と水分の補給をしましょう。」

「腹が減っては戦はできません。了解です。」

誠は追撃戦のことを考えていた。

「移動しながらの戦闘だと、防壁も大型のホーガンも使えないから不利だな。」

尚美がおにぎりと水を持ってきて話しかける。

「はい、これお兄ちゃんの分。」

「有難う。」

「美香先輩に、目度砂が来ることを伝えないとだね。」

「うん。」

「美香先輩は耳がすごくいいから、お兄ちゃんが大声で叫べば、かなり離れていても、内容を聞き取ると思うよ。」

「そうだね。だから魔王軍の後を追わないと。」

「分かっている。」


 魔王軍の部隊が通路の兵に伝えている指示をティアンナが理解して、マリに伝える。

「女王様、目度砂の部隊は救護室の攻略を諦めて、先に中心部を攻撃するために、この前を通ります。一度、あの部屋に隠れてやりすごしましょう。ゴブリンの死体がありますが、それは今は我慢するしかありません。」

「ティアンナさん、この前を目度砂が通るときに、目度砂を倒す方法はないですか。私なら目度砂と刺し違えても構いません。」

「目度砂を倒すんですか!・・・・本当に危険ですよ。」

「構いません。目度砂を倒すことができれば、王国軍の勝利は確定します。私の剣の師匠のゆういち師団長も、王国を守るために戦死しました。私も覚悟はできています。」

「魔王軍の部隊が通るそばにいるんだから、最大限に油断させないとか。」

「それは、そうだと思います。」

ティアンナが周りを見る。

「ゴブリンの血もだいぶ落ちています。女王様、この通路の真ん中で裸になって大の字に寝て死んだふりをする覚悟はありますか?」

「服を脱がないとだめですか?」

「はい。通路の真ん中で女性が裸で倒れていたら、何も持っていないと思いますし、私は小さいゴブリンにしか見えないですから、罠と疑われることはないと思います。」

「それはそうですね。分かりました。子供たちと王国の未来に比べれば、私の裸をさらすことなんか大したことではないですね。やってみます。」

マリが服を脱ぐ。

「恵まれた環境で育ってきたはずなのに、やっぱり、女王様の国に対する責任感は普通の人とは違うんだな。」

ティアンナはそう思いながら指示を続ける。

「脱いだ服は下に敷いてください。」

マリが脱いだ服を道の真ん中に敷く。

「この位置ですね。」

「はい、この位置で大丈夫です。」

マリが大の字になって横になる。ティアンナが、服の下に短剣を隠した。

「短剣はすぐに取れますか?」

「はい、大丈夫です。」

「それでは、顔は横に向けて、絶対に上は見ないように。」

マリが目を開けたまま死んだような恰好をする。

「この表情で死んだように見えますか。」

「はい、死んでいるみたいです。作戦はこうです。目度砂がここを曲がる直前に、目度砂の右斜め前あたりに火が出る魔法の小瓶を投げます。それで、魔王軍の注意が燃えている方に行ったら、静かに、でも急いで立ち上がって、姿勢を低くして魔王軍の間をすり抜け、目度砂の首を後ろから切って下さい。」

「分かりました。」

「目度砂の首を切ったら確認せずに、私がもう一つの火が出る小瓶を投げますから、救護室の方に全速力で走ってください。」

「了解です。魔王軍の注意が火に集まるといいですね。」

「はい。逆に失敗したら、この道を走って東側に向かいましょう。東側で魔王軍と戦っている王国軍がいるはずです。この部隊は中心部を攻撃するのが目的ですし、裸で攻撃してくる女性を女王様とは思わないですので、追ってくるオークの数は少ないと思います。」

「分かりました。」

「ただ、最初に東側の魔王軍に出会う可能性もあります。」

「そうなったら、追手がティアンナさんは人間と言うでしょうから、もう私を襲っているふりをする作戦は通用しないでしょう。ですから、そのときは私を殺して、ティアンナさんが一人で逃げてください。」

「私は岩ちゃんから最後の守りと言われていますので、最後までお供します。でも、そうならないように頑張りましょう。」

「分かりました。」


 魔王軍の将軍が尋ねる。

「準備はできたか。」

「はい、オークは移動準備を完了しています。」

「ゴブリンは放っておいてもいい。」

「よし、中心部に向かうか。」

「オークはゴブリンを捕まえて、敵の防壁の穴に向けてゴブリンを投げつけろ。」

そう言い残して、将軍は部屋から出ていった。誠も隊長に指示する。

「僕たちは追いますが、その前にホーガンでできるだけ敵の戦力を削いでください。」

「分かりました。ホーガン、撃て!各員、連続発射だ。」

ホーガンから放たれた矢が当たって、部屋側にいたオークやゴブリンが倒れていった。目度砂も蛇の髪の毛で自分を守りながら、救護室から立ち去った。

オークが近くのゴブリンを捕まえて、守備隊に向けて投げ始めた。投げつけられたゴブリンは大けがをするか死んでいた。しかし、それで防壁の穴が塞がれ、ホーガンが撃ちにくくなった。その隙に、オークやゴブリンは視線を目度砂から避けながら、部屋を出ていった。それを見た誠が指示する。

「ホーガンは部屋の入口まで前進して下さい。目度砂が振り向くかもしれません。ですので、絶対に前は見ないようにしてください。」

守備隊は、取り残されたゴブリンを掃討しながら、入口のところまで移動し始めた。


 救護室から出てきた後、将軍が部隊の先頭に立ち、叫ぶ。

「敵の女王よりも先に、地下要塞の中心部に向かい、敵の司令部をつぶす。俺に続け!」

魔王軍の将軍を先頭に魔王軍が中心部に移動を開始した。ティアンナがマリに伝える。

「魔王軍、移動を開始しました。」

そして、死んだふりをしているマリの上に覆いかぶさった。魔王軍が中心部に向けて角を曲がるとき、ティアンナとマリたちに気が付いたオークもいたが、死体とそれに取りつくゴブリンと思って無視した。

「そこのゴブリン、女の死体なんかに構っていると部屋の中のやつらに殺されるぞ。」

「ゴブリンなんかほっとけ。行くぞ。」

「そうだな。分かった。」

ティアンナたちに気がついたゴブリンも、救護室の守備隊が追ってくることが分かっていたので通り過ぎて行った。しかし、一匹のゴブリンがティアンナのそばに寄ってきた。ティアンナもそのゴブリンを見た。

「一匹なら、俺だけで何とかしないと。」

そう思って、機会を伺った。しかし、そのゴブリンはマリからティアンナを引き剝がそうとティアンナの服を引っ張った。ティアンナは短剣を抜いて追い払おうとしたが、ティアンナの服が破れて白い肌があらわになった。

「しまった。だけど、あともうちょっと。女の奪い合いに見せかけよう。」

ティアンナはマリから離れて、短剣を持ってゴブリンに向かっていった。ティアンナの肌を見て驚いたゴブリンもティアンナに剣で襲いかかり、ティアンナがその剣を自分の剣で受け止めた。力で勝てないティアンナは押されて行ったが、ちょうどその時、目度砂の脚がティアンナの横を通ろうとしているのが横目で見えた。

「刺されるかもしれないけど、今しかない。」

ティアンナは一度全力を出してゴブリンの剣を払った後、手をバッグに入れて火炎瓶を取り出した。そして、急いでヒーターのスイッチを入れて目度砂の右斜め前の床に向けて火炎瓶を投げた。火炎瓶が床に当たり、火が周りに飛び散って、火が付いた1匹のオークと数匹のゴブリンが悲鳴をあげた。急に大きな火の手が上がって、魔王軍の注目が火の方向に集まった。ティアンナがマリの方を見て、マリに目度砂に向かうように指示しようとした。


 しかし、マリはティアンナが瓶を投げた瞬間から動き出していた。姿勢を低くして、目度砂の後ろから接近して行った。ティアンナはゴブリンに刺されると思って、ゴブリンの方に目を戻したが、そのゴブリンは目度砂を見たのか石に変わっていた。

「目度砂がこっちを見たということか。俺の動きに気が付いているかもしれない。でも、そうだとしても、今は目度砂がどっちを見ているか確認できない。」

ティアンナはマリとは反対方向に向かい、目度砂の前方から接近し始めた。

「女王様と違う方向から接近すれば、俺がおとりになれる。」

目度砂の目は、ティアンナとティアンナが投げたものを追い、その後、少しの間は燃えている火に気を取られた。

「すごい炎ね。あの小さなゴブリンみたいなのも、王国側についている魔物なの?」

目度砂は、そう思って、すぐにティアンナを探し出そうとした。

「こっちに向かってくるわね。私に火の魔法を使うつもりなのね。そうはさせないわ。」

目度砂は髪の毛の蛇で襲いかかろうとするが、ティアンナは多数のオークの足元をジグザグに動きながらすり抜けているので、オークが邪魔になってうまく狙えない。

「それなら、上からオークごと面制圧よ。」

目度砂は一度蛇の髪の毛を上に持ち上げて、ティアンナがいるあたり一帯を上から攻撃しようとした。そのとき、目度砂の視界の隅にティアンナがいた曲がり角が入った。

「待って。女の死体がないわ!?」

マリは火に気を取られているオークの間をすり抜けて、ティアンナに気を取られている目度砂の直後で短剣を両手で持ち、目度砂に向けてジャンプした。そして、目度砂の首に短剣を当てて叫んだ。

「目度砂、覚悟!」

「しまったわ!女の方が本命だったのね。」

マリが両手に最大の力を入れて目度砂の首を切った。ティアンナからは蛇の髪の毛が落ちていくのが見えた。ティアンナが叫ぶ。

「目度砂の頭は見ないで、救護室に脱出です。」

マリはまた姿勢を低くして救護室の方に向けて走った。長く書いたが、マリが立ち上がってから、目度砂の首を切るまでの時間は実際には3秒ほどだった。ティアンナはもう一本の火炎瓶を自分のすぐ後ろの床に叩きつけた。

「食らえ!」

床に火が広がった。広がっていく火を見たオークやゴブリンは壁の方に逃げた。魔王軍の中には、視線を下げていても落ちていく目度砂の頭の目を見たため、石になったオークやゴブリンもいた。それもあって、マリは何とか魔王軍の間を抜けることができた。抜けた後、マリは手をかざして後方の低いところを見て、ティアンナを確認しようとしたが、見つけることができなかった。

「ティアンナさんはどこ?でも、また火の手が上がったから、ティアンナさんは無事のはずだけど。」

ティアンナは広がる火に追われながら、壁と魔王軍の間を通って、魔王軍を抜けることができた。ティアンナを見つけたマリが叫ぶ。

「ティアンナさん!」

ティアンナが走る速度を緩めているマリに言う。

「今は全力で救護室に走って下さい。」

「はい。」


 救護室の方は、小型のホーガンの移動を終えたところだった。入口側で移動する魔王軍を見ていた誠が炎が上がったのを見て、「ティアンナさんが戻ってきた?」と思い、ホーガンの攻撃中止を指示した。

「まだホーガンは撃たないで下さい。前方に人がいるかもしれません。」

王国軍のホーガン担当の兵がそのまま待機した。ほぼ同時に、誠の隣で移動する魔王軍の様子を下の方だけを見て観察していた守備兵が叫んだ。

「魔王軍の方で何かが燃えています!」

そう叫んだ後、その兵士が石になってしまった。しかし、すぐに生きた人間に戻った。

「目度砂の頭が落ちました!」

その兵士の言葉よりも、兵士が一度石になって戻ったことに、兵士全員があっけに取られていた。隣の兵が驚いて言う。

「お前、一瞬、石になったぞ。」

「えっ!?そうか。落ちていく目度砂の頭の目を見てしまったからか。えっ、裸の女性が魔王軍の中から逃げてきます。こっちに来ます。あっ、一匹のゴブリンが出てきて女性を追っています。ホーガンの用意を。でも二人の距離が近すぎます。」

スマフォを通して様子を見ている誠も叫ぶ。

「撃たないで下さい。あのゴブリンはティアンナさんです。その隣の服を着ていない女性が急に横から出てきて、目度砂の首を後ろから切り落としました。」

そう言いいながら、誠は「えっ、ということは、下を向いていて顔が見えないけど、目度砂の首を切ったあの裸の女性は・・・・。」と驚いていた。ティアンナが被り物を取りながら、誠に向けて叫ぶ。

「岩ちゃん、やったよ!女王様が目度砂をやっつけたよ。」

「はい、お二人とも、すごいです。」

誠が魔王軍の残した木の板を立てながら指示する。

「女王様、ティアンナさん、入口から見えない方へ行って下さい。」

「分かった。」「分かりました。」

マリが誠が置いた木の板の後ろに隠れる。ティアンナが言う。

「男はこっちを見ない。」

救護室の男性がマリと反対の方向を向いた。コッコが救護室にあった負傷者用の服をマリに渡す。

「女王様、とりあえずこれを。」

「コッコさん、有難う。」

マリはその服を着始めた。女性の顔を見て正体が分かった兵たちは驚いていた。

「マリ女王様!!!本物!?」

マリが答える。

「こんな格好で申し訳ありません。プラト王国第42代女王のマリです。今、目度砂の不意を突いて後ろから首に切りかかりましたが、その後は確認していません。目度砂はどうなったか分かりますか?」

観察していた兵が後ろを向いたまま答える。

「あの、はい、目度砂の頭が落ちました。死んだと思われます。」

コッコも確認する。

「女王様、目度砂は本当に死んだと思います。こちらで石になっていた兵士が元に戻りました。」

マリがコッコからもらった服を羽織る。

「本当ですか。それは良かったです。」

「女王様、ご無事で良かったですが、後で何があったか教えてください。」

「コッコさんも無事で良かったです。分かりました。漫画のネタですね。私は構いませんが、登場人物は変えてくださいね。」

「それは、大丈夫です。」

「有難うございます。」


 コッコがマリに話しかけた時と同時に、誠も隊長に話しかけていた。

「隊長、オークとゴブリンも石から元に戻っています。」

「あっ、そうですね。すぐに対応します。」

守備隊に囲まれたオークは降伏し、ゴブリンはその場で殺された。


 誠がティアンナに尋ねる。

「作戦はティアンナさんが考えたんですか?」

「その通り。俺が作戦を考えた。」

「さすがです。」

マリがティアンナに聞く。

「ティアンナさん、大丈夫?あの後、怪我や火傷はしていない?」

「はい、大丈夫です。」

「それは良かったです。今日の戦いが終わったら、私が全力でヒールをしますから、それまで待っていて下さい。」

「分かりました。女王様は大丈夫ですか?」

「私は全然大丈夫。」

「やったー!それじゃあ、作戦は100%成功です。」


 マリが守備兵に話しかける。

「皆さん、もうこちらを向いても大丈夫です。あと、申し訳ありませんが、ここに入ってくるときの私の恰好は見なかったことにしてください。」

隊長が答える。

「かしこまりました。このことは絶対に誰にも言いません。もし、このことをもらしたら、お前ら、この俺が首をはねるからな。」

「分かりました。」

マリが言う。

「そこまでしなくて良いですが、皆さん、お願いします。」

全員が答える。

「かしこまりました。」

マリが言う。

「目度砂を倒せましたので、これで我々の勝利は確実です!決着まで、もう少しです。勝利まで頑張りましょう。」

兵たち全員が歓喜の声を上げた。

「我らが、マリ女王様が、目度砂を討ち取ったぞ!」

「やったー!」

「これで、魔王軍に勝てるぞー。」

 目度砂を失った魔王軍は、地下要塞の中央部に向かうのを諦めて、東の本隊と合流するために慌ててトンネルに入って行った。床には目度砂の頭と体が転がっていた。誠は、兵士たちが石から元に戻ったことから、目度砂を見ても大丈夫と思い目度砂の頭を直接見た。

「もう、目度砂を見ても大丈夫です。石になった人も、石の時に壊されていなければ、元に戻ると思います。」

マリが少し残念そうに確認する。

「石の体が壊されていなければ、ですね。」

誠が言う。

「残念ながら、そうだと思います。」

マリは短く答えた。

「そうですか。」

守備隊の隊長がマリに尋ねる。

「それにしても、女王様、あの何と申していいか分からないのですが、女王様は本当に大丈夫だったんでしょうか?」

マリは自分がほとんど裸で部屋に入ってきたので、魔王軍に酷い襲われ方をしたと心配しているのではないかと思って答えた。

「はい、大丈夫です。最初に私の服を破いたのはティアンナさんですから。」

「はい?・・・・・・こら、ティアンナ!女王様に何をした。」

「隊長さん、あの、そうではなくて、オークに囲まれそうになった時、ティアンナさんがゴブリンの格好で私を襲っているように見せかけて、やり過ごすことができました。ティアンナさんがいなかったら、私は間違いなく死んでいました。それに目度砂を倒した今も、ティアンナさんが考えた作戦で、裸になって死体のふりをしていたので、目度砂の不意をついて接近することができたんです。」

「そうでしたか。女王様は、そこまでして目度砂を。」

ティアンナが答える。

「うん、俺も女王様は本当に大変って思ったよ。」

「それに、私が襲われている偽装のために使った血は、ティアンナさんが自分の腕を切って出した血を使ったんです。ティアンナさんには感謝の言葉しかありません。」

「隊長、そうなんだぞ。分かったら、俺に謝れ。」

「分かった。いえ、分かりました。」

隊長が土下座をする。

「ティアンナ様、女王様のお命をお守り下さり、大変有難うございます。また、先ほどは、失礼なことを言って、大変申し訳ありませんでした。」

「あー、そこまではしなくてもいいよ。手を上げて。」

隊長が尋ねる。

「女王様、明日夏様と服をお取替えになりますか?」

マリが服を紐で縛りながら言う。

「そんな時間はありません。王室専用の部屋が戦闘状態になっていました。それに、通路にも魔王軍がかなりいました。中央出入口が突破された可能性があります。」

「おっしゃる通り、こちらに中央出入口を突破されたとの連絡はありましたが、王族専用の部屋で戦闘していたのですか・・・。」

「はい、ですので、この部屋の守備隊の半分を連れて中央に向かいます。申し訳ありませんが、兵を集めて下さい。」

「かしこまりました。」

隊長が中央へ向かう兵を選んで、出発準備を整えた。


 マリと兵たちの会話を聞いていたコッコがつぶやく。

「要約すれば、10歳の女の子が30台初めの女性を襲って服を切り裂き、言いくるめて服を脱がせたのか。今までにあまりないジャンルだな。」

明日夏がその話に乗る。

「うーん、ショタオネならぬ、ロリオネか。」

「おー、明日夏ちゃん、なかなかいける口だね。」

「いや、女王様の経験を漫画にしようとするコッコちゃんには敵わない。」

「さすがに、女王様は変えるけど、漫画にしたら売れるだろうか?」

「需要があるとしたら男性だろうからね。ねえ、マー君、ロリオネ売れると思う?」

「分かりません。僕には需要はありません。」

「そうか。マー君は何だったら需要がある?」

「普通の健康的なものならば。」

「なるほど。」

「なるほど。」

「健康的なものか。想像がつかないな。」

「うーん、健康的な裸の女性がいいと言うことじゃないかな。」

「さすがコッコさん。それだと裸のミサちゃんかアイシャちゃんか。」

「湘南ちゃんは、アイシャちゃんの体は見たと言ってたし。」

「言っていません。」

「うーん、でも、マー君とアイシャちゃんが二人とは考えにくい。ミサちゃんの様子もおかしかったから、実はミサちゃんとアイシャちゃんが一緒のところを見たとか?」

誠は「明日夏さん、相変わらず感がするどい。」と思って、言葉がつまってしまった。

「えっ、そうなの?まさか、二人が裸で抱き合っていたとか?」

「・・・・・・。」

「おー、それはすごいな。真偽のほどはともかく、そのイラストは売れそうだな。」

「あの、もう皆さんが出発するみたいですよ。」

「あっ、マー君、ごまかした。」

「明日夏ちゃん、その話は後でゆっくり聞こう。今は本当に行かないと」

「そうだね。でも、私はここでヒールを続けているよ。」

「確かに、明日夏ちゃんはそっちの方がいいね。それじゃあ、ヒールは頼んだよ。」

「明日夏さん、有難うございます。地下にはもう強い敵はいないと思いますので、ここの守備兵だけで大丈夫だと思います。」

「うん。普通のオークだったら私でも大丈夫。それじゃあ、マー君とコッコちゃんも気を付けて。」

「はい。」「了解。」

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