エピローグ

「まったく……世界が救われた途端、都合のいい奴らだ」

 指令は端末に表示されたメールを、恨みを込めてゴミ箱に入れる。

「それで? 連絡はつきそうか?」

「む、無理ですよ! 彼女は世界最強のウィザードですよ!」

「鍛えてもらってるんだろ? 何とかしろ」

「む、無茶ですって……今は別行動をしているみたいですし……」

 指令は、晴れて臨時から直属の部下になった若い男に無理難題を押し付けるとふっと溜息を吐く。

「なんでもいいから早く連絡を取れ、どっちにしろ組織はしばらく派手な動きが取れない」

「えぇ……」

『――呼ンダか?』

「あっ! ムム‼ あなた人の端末に勝手に――」

『――私ガ組織のセキゅりティを再構築しテヤったンだ。これグラいは許サれる』

「許されません! 大体貴方は――」

 そんな調子で言い争う二人に背中を向けて、指令は窓の外の太陽を見て組織の指令を反芻する。

『グレイゴースト、シルバーバレット及びリトルファントムを指定座標にて召還せよ。詳細は追って連絡する』

 灰色の亡霊と小さな幻影――事情を知らない組織がそんな愛称を用意したのは、何の因果か。



 町はずれの国道を三十キロ進めば、やがて霧煙る森が生い茂り始め、気温がぐっと下がる。

 祖国に訪れたのは、軍を出て以来初めてだった。

 黒い墓石の海をゆったりと歩いて駐車場へ向かう。そこに車は一台も止まっていない。ポツンと一台。中々使うことのない愛車のバイクが止まっていた。

「終わりました」

「え、えっと、はい――」

 そこで待っていた小さな少女に声をかける。灰色になった髪を肩までの長さで整えて、目には満月型の眼鏡をかけて力を抑制している。

 どこかぎこちない彼女が自分を見上げると、さっと顔を背けた。地中海でのバカンスよりもこちらに付いて来たいと言ったから連れてきたが、やはり失敗だったか。

「少佐から連絡はありましたか?」

「あ、はい、えっと――これです――」

 少女が自分の携帯を見せると、メッセージアプリに水着を着た少佐が映っていた。後ろに見えるのは地中海の青い海と眩しい太陽、それからここでもバトラー姿のジョナサン。

「まだ一ヶ月も経っていないはずなんですけどね……元気な人だ……」

「そ、そうですね……」

 そう言う少尉も、つい一週間前まで包帯に全身を包まれベッドで生活していた。

「「…………」」

「行きましょうか」

「ま、待って……ください……」

「――?」

 バイクにキーを刺した男の袖をぎゅっと掴む。

 振り返った男の、灰色の髪を撫でた風が草木を揺らす。その音が二人を包んだ。

 その音の合間を縫って、少女は男に、あの日からずっと考えていた願いを声に出した。

「     」



第一部 『機械仕掛けのアルカヌム』                  ~完~

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トラウマ持ち最強傭兵の終末世界救済紀行 紅夢 @unknown735

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