クリスマスの魔法
その日から、二人の間で栞に書いた往復書簡がはじまった。好きな美術作品、いままで行った展覧会、本、映画・・・秘密めいた栞レターの往復書簡を通じて、二人は距離を縮めていったが、それ以上なかなか進展しない。
クリスマスイブの日、緑山は朝から雪だった。
「駅前のツリーの前で待ってます」
賢治は意を決して、この栞レターを挟んだ。
溝端慶子は、物事を整理したり、何かを調べてまとめたりするのが好きだ。図書室の仕事は、その点で慶子にとって天職だった。なかでもレファレンスサービスは司書の腕のみせどころ。利用者からの多種多様な質問に答える。
雪のクリスマスイブ。この日のレファレンスは、中学生女子の質問だ。学校の調べ学習らしい。慶子は、眼鏡をかけ直した。気合いを入れる時の彼女の癖だ。まずは、中学生女子の話をよく聴き、質問意図を確かめる。
「よく、クリスマスになると、街中で、サンタコスでお姉さんがケーキを配ってるじゃない」
「サンタコス?」
「サンタさんのコスチューム。ミニスカのサンタさんの格好をお姉さんがよくしているでしょ?」
「ああ、あれね」
「で、私、女の子がサンタの格好をしている起源は何かって気になっちゃったわけ。サンタさんって本来男でしょ?いつから女の子もサンタになったんだろうね」
「うーん。確かに言われてみればそうね。・・・女のサンタの起源は何か、か・・・ジェンダー的視点から考察するのも面白いわね。クリスマスの事典とか、女の子がサンタクロースになっている本とかを探してみようか」
「そうそう、そんな感じ!よろしく!」
慶子は、以下の七冊を選んで中学生女子に差し出した。
《クリスマスを救った女の子》
《マーガレットとクリスマスのおくりもの》
《ミセス・サンタはおおいそがし》
《おばあさんのクリスマス》
《図説クリスマス百科事典》
《イギリス祭事・民俗事典》
《みんなのクリスマス》
「あー、こんな感じ!司書さんすごい!なんでも博士だね。助かるぅ。ありがとう」
慶子は、「司書さん」と呼ばれるのを気に入っていた。調べものの専門職としての責任と誇りに背筋が伸びる。
「どういたしまして」
調べることも好きだが、こうして利用者に喜ばれることがなによりうれしい。この仕事の醍醐味だ。
「あれ?これなんか挟まれてる・・・ん、えーっとなになに・・・
《駅前のツリーの前で待ってます》
だって!男の人から!?お姉さん、やるー!ヒューヒュー」
顔面が真っ赤になった!なんでも博士と子供に尊敬され、誇らしかったが、今度は自分が冷やかされるとは。
「デートなんでしょ?早くいかないと。メリークリスマス、司書さん!」
「あー、恥ずかしいなあ、でも、栞を見つけてくれてありがとう。メリークリスマス!」
今日は朝から目まぐるしく忙しくて、賢治の栞レターに気づかなかった。なんであの女子中学生に紹介した本に挟まったんだろう?
それは《クリスマスの魔法》かもしれない、と慶子は思った。
彼にあったら、何を話そう。
最後のお客だった女子中学生を見送り、図書室を閉室した慶子は、足早に勤務先を退勤した。
栞の往復書簡 花散日菜 @bleu36ciel
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