変わらないもの
砂漠の使徒
変わらないもの
「シャロール! シャロール!!」
暗闇。
僕は必死に駆ける。
どこに向かっているのかは、自分でもわからない。
進めているのかもわからない。
ただひたすらに、暗黒を進む。
「はっ!」
目が覚めた。
また、あの夢を見た。
彼女を、追い求める夢。
「今日で……一年か」
一年前の今日。
彼女は姿を消した。
僕が仕事から帰ってくると、家には誰もいなかった。
電気はついていたが、夕飯は用意されていない。
それに、書き置きもなかった。
「すみません、この女の子を見かけませんでしたか?」
僕は探し回った。
何日も、何日も。
思い出の場所は何度も巡ったし、絶対に行くはずがない危険な場所までも探した。
けれど、彼女の手掛かりはどこにもなかった。
まるで、世界から彼女が消えてしまったみたいだ。
「大丈夫よ、佐藤さん」
義理のお母さんは――きっと彼女も娘をなくして悲しいはずなのに――僕を優しくなぐさめてくれた。
「ありがとう……ございます」
「あの子は強い子だから、きっとどこかで生きているわよ」
「そう……ですよね」
「ほら、まずはこのスープでも飲んで体を休めなさい?」
「あ、ありが……うぅ……」
それは、あまりにも彼女の手料理に似ていて、僕は涙を止めることができなかった。
――――――――――
悲しみに暮れていても、生きるために仕事はせねばならない。
それに、一日中彼女のことを考えていると体も心も壊れてしまう。
残酷だけれども、少し距離を置きたかった。
「えーと、ここに住むモンスターは……」
僕の仕事は、そこに住むモンスターを調査すること。
今日は、未知のモンスターの目撃例があった森に来ていた。
ガサッ!
茂みが揺れた。
なにかがそこにいる。
僕はとっさに剣を構えた。
「ぐるるるるる……!」
唸り声を上げながら現れたのは、恐ろしい見た目のモンスターだった。
大きさは僕の膝くらい。
ウサギ以上イノシシ以下くらいかな?
じっとこちらを睨んでいる。
「……」
無意識に、剣を握る手に力がこもる。
あまりの恐怖に、早く倒してしまおうかとも思った。
だが、それでは仕事にならない。
もう一度言うが、僕の仕事はモンスターを調査すること。
殺したり、傷つけてしまってはいけない。
というのは、建前だ。
実は僕には、彼女との大切な約束がある。
「どんなモンスターにも、事情があるはず。わかりあうことが大事なんだよっ!」
彼女はいつもそう言っていた。
その通りだ、と僕も思う。
たしかにモンスターの見た目は、人間とはかけ離れたものであり、恐ろしく見えるときもある。
しかし、中身は違うかもしれない。
もしかすると、普段は温厚な性格で、やむにやまれぬ理由で人間を襲うこともあるだろう。
それを知るまでは、無暗に戦うべきではない。
いなくなった今でも大事にしている約束。
それを裏切ることはできない。
「君……どんなモンスター、かな?」
聞いたってわかりっこない。
人間の言葉が通じるモンスターなんて、めったにいないのだから。
でも、一応ね。
「草食? 肉食?」
「うむむむ」
モンスターは……隣に生えている茂みを食べだした。
「草食……なんだね」
というか。
「言葉が……わかるのかい?」
「ぐぐぐぐ」
こころなしか、頷いたように見えた。
――――――――――
「それじゃあ、僕はそろそろ帰るね?」
夕暮れ。
日が暮れれば、あたりは危険なモンスターで溢れる。
急いで帰らなければ。
「ぎゅむむ」
このモンスターについて、今日だけでいろいろ知れた。
どうやら本当に人の言葉がわかるらしい。
具体的にどうやってかはわからないけど。
住処を教えてくれといったら案内してくれたし、水が欲しいと言ったら川まで案内してくれた。
おかげですんなりと調査が進んだ。
帰ったら、まとめよう。
「ぐるるー」
「な、なんだ? どうした?」
しかし、まだ未知のモンスター。
恐ろしい姿も相まって、僕は近づけずにいた。
そして、こいつも不必要に近づこうとはしてこなかった……のだが。
「ぐぅるー」
じわじわと僕の方へ近づいてくる。
「ま、まて。襲う気はないよな?」
なんだ。
なんなんだ。
やはりこいつは、人間を騙す危険なモンスターなのか?
「とまれ!!!」
「きゅ……」
僕は剣を抜きながら大声で叫んだ。
すると、ぴたりと動きを止める。
どうやら、襲う気では……なかったのか?
「ううぅぅ……」
モンスターはくるりと背中を向け、住処へ帰っていく。
その様子はどこか……寂しそうだった。
――――――――――
「おーい、いるかー?」
翌日。
僕は再びこの地にやってきた。
第二回調査だ。
「ぐるるるる」
またしても、茂みから顔を出す。
呼んだら出てくるところは、犬みたいでかわいい。
「お、そこにいたのか」
元気そうでなによりだ。
「今日はその……身長体重とかを測りたいんだけど……」
「ぐぅ?」
「触っても……怒らない?」
「ぐぅ」
大丈夫……かな?
うん、大丈夫だと信じる。
こいつに敵意がないことは、もうわかっているしね。
「えーと身長は……」
――――――――――
「あっ、そろそろ夕暮れか」
データの採集に夢中になりすぎていた。
「僕はこのへんで……」
「ぐるるぅー」
モンスターは、またしても僕に近寄って来た。
だが、昨日よりはゆっくりで、どこか遠慮気味だ。
「さてはお前……」
この仕草で、ピンと来たんだ。
愛する彼女も、僕が夜遅くに帰ったときなんかはこんな感じで寂しそうにベッドに誘ってくる。
「寂しいんだろ」
「うぅ!」
「なるほどな」
こんな暗い森に一人だもんな。
誰かと共に寝たくなるのはわかる。
「そんな君に朗報だ。僕は今日、寝袋を持ってきた」
「ぐあぅーー!」
喜んでる、かな?
「危険なモンスターが出ない安全な場所、知らないかな?」
さすがにここでは危なくて寝られない。
「ぐお、ぐおー」
「お、知ってる?」
僕はモンスターの後をついていく。
――――――――――
「ここ、そんなに安全なんだ」
連れてこられたのは、昨日訪れた住処だ。
本当に他のモンスターが来ないかは、今から確かめる。
「今夜は徹夜……だな」
いくら言葉が通じるからって、モンスターの言うことを完全に信じることはできない。
それに、万が一ということもある。
なんとか頑張って、見張ってなきゃな。
「うーうー」
「お前は寝てもいいんだぞ?」
そう声をかけたが、いつまでも僕の近くをうろうろしている。
眠る気はないらしい。
僕に寝込みを襲われるとでも思っているのか?
「じゃあー、暇つぶしに物語を語ってやるよ」
「ぐぁ?」
「天然な勇者が、超かわいい猫耳の女の子と世界を救う旅に出る物語だ」
「あぐぅ!」
――――――――――
「んあ?」
いつの間にか寝てしまっていた。
気づけば朝陽があたりを照らしている。
「モンスター……出なかった?」
生きているってことは、そうなんだろうな。
「ぐるる!」
突然この寝床の主が、僕にのしかかってきた。
「おわっ! なんだお前、起きてたのか!?」
「ぐぅー、あぅ!」
「まさか一晩中守ってくれていたのか?」
「ぐぅう!」
「そっか……ありがとうよ」
僕はモンスターの頭をなでた。
何度見ても恐ろしい見た目だ。
けれど、中身はすごく優しい。
それがわかっていれば、なでるのも怖くない。
「佐藤!」
「は……え?」
最愛の彼女の声が聞こえた。
僕はまだ寝ぼけているのかな。
それでもいいか。
夢でもいいから、久方ぶりに聞いた彼女の声をもっと味わいたかった。
だから、目をつぶる。
「佐藤! 起きて!」
「ん……?」
さっきよりも、はっきり聞こえた。
僕が重いまぶたを開けると……声だけではなく姿もそこにあった。
「あ……あ……あ……?」
「やっと……会えたね!」
涙ぐむ彼女。
かわいい顔が、ぐしゃぐしゃに歪んでいく。
「なんで……シャロール……?」
「私、さっきのモンスターだよ」
「え、えぇ……?」
理解が、追いつかない。
「あの日ね、私悪い人に捕まってモンスターに変えられたの!」
「なんだって……!?」
「こんな遠くの森に捨てられた私は、人間の町にも戻れなくて、一人で暮らしてたんだ……」
そんな……大変な目に彼女は。
「でも……なんで人間に?」
「それは……わからない」
「……僕もだ」
「愛じゃない?」
彼女は微笑んだ。
「愛……。ふふ、愛……か」
「笑い事じゃないかもよ? 佐藤のその、恐ろしいモンスターにも分け隔てなく接する愛が奇跡を起こしたんだよ!」
「そう、かなぁ……?」
信じられないや……。
「佐藤」
彼女の金色の瞳が。
未だ涙が流れ続ける目が。
僕の目と合う。
「……なんだい?」
「私を……見つけてくれてありがとう」
「当たり前だ。僕は君の……勇者だからね」
ふふ、とっさのことだったが、かっこいいセリフが言えたぞ。
「……天然なのに?」
「あっ、ちがっ、それは……!」
茶化すような彼女の一言で、いい感じの感動ムードは崩れ、お互いに笑い合う。
これこそ、僕が求めたもの。
僕達に、涙は似合わないのさ。
いつまでも、笑っていたい。
(了)
変わらないもの 砂漠の使徒 @461kuma
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