証明


 だからちょっと、現実離れしたことをやってみようかと思いついたんだ。さっきも言ったように、悪夢の中では私はずっと傍観者なわけだから、積極的に事を起こしてみようかと。何かこう、現実世界では絶対にやっちゃいけない大それたこと……人間を殺してみたりとか、ね。


 え……なに? 猿轡を外して欲しいのかな? わかった。そういえば猿轡って、どうして「さるぐつわ」なんて名前なんだろう。ちょっと調べて……あれ、ここスマホ繋がらないじゃん。しょうがないか。こんな山奥じゃ、ね。帰ってから調べようっと。




「……お願い! 殺さないで! なんでもするから。お金だって全部あげるし誰にも話さないから。お願い、帰らせて!」


 いや、そう言われても……じゃあ、私の生きている実感は? どうしたらいいの? 私が間違いなく生きているって、ここは夢の中じゃないって、どうやって実感すればいいの?


「そんなことで! そんな理由で人を殺すの?!」


 うん。だって、犬や猫でも何度か試してみたけど、イマイチ実感湧かなかったんだよね。でも相手が人間ならさすがに……って思わない?


「どうして私なの!? 私、悪いことなんて何も…」


 ねえ、さっきの話聞いてた? 別に誰だって良かったんだってば。車で運べるサイズなら。ああ、なんかもう、いいや。うるさいからもう一回猿轡するね。はい、ウッキッキー。ちょ、暴れないでよ。がっちり縛り上げてるんだから無駄だって。さっきまで気絶してたくせに元気だね。車で撥ねたのに、怪我とかしてないのかな。よしオッケー、これで静かになった。


 ……「この人生は夢なんじゃないか」って意識がずっと消えないんだよね。ほら、あれだよ。胡蝶の夢、的な。なんせ夢の中で二度も死んでるもんだからさぁ。講義受けてても友達と遊んでても食事してても、なーんか現実感が薄いの。そういうのって、わりと落ち着かない気分だよ。だからね、ヒトゴロシでもすればハッとなって目が覚めるかもしれないな〜、なんて。

 あ、今うまい事言ったな。「目が覚める」って、文字通り「眠りから覚める」って意味にも「正気に返る」って意味にもとれるもんね。まぁ後者だった場合、バレたら私は殺人犯になっちゃうわけですが。あはは。

 

 さぁ、そろそろ悪夢語りはおしまい。安心してよ。別に拷問しようってんじゃない。要はこれが夢か現実かがわかればいいだけなんだから、サクッと済ませちゃうし。そんなに泣くことないって。


 そうだ。ほら、もしかしたらこれも、かもしれないよ? うんとリアルなやつ。私はあなたの夢の登場人物。で、目が覚めたらあなたはいつものベッドの中かもしれない。


 だって、誰が証明できる? これが悪夢じゃないって。


 ね? じゃあ、そういうことで……はい、おはようございまーす。




───── 暗転おわり

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悪夢の証明 (カクヨムweb小説短編賞2022参加作品) 霧野 @kirino

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