あの雲を超える前に

藍浦流星

短編

 ――今日の分はこんなもんかな。


 私は今日もいつも通り、お父さん達に手紙を送る。

 暗くて、寒くて、寂しい空の彼方に向かって旅をしてから50年近く。

 

 お父さん達に託された思いを背負った私は、未知の出会いに胸を踊らせて旅立った当初を思い出す。

 あの頃はまだ私は幼くて、頼られた事を無邪気に嬉しく思い、親の期待に絶対応えるんだって躍起になってた。

 

 どんなに難しくても、私は必ずやり遂げる。そしていつの日か大手を振って帰るのだと。

 そんな私のやる事は、旅の途中で何が起こったのかを、ただひたすら手紙に書き起こす事。

 旅の行く先々で、私はお父さん達が知らなかった事実を、数多く発見することが出来た。

 

 遠すぎて、お父さん達の手が届かない世界がどんな景色なのかを写真として記録して送る。

 

 私は数多くの、荘厳で何処か恐ろしさすら感じる景色を見てきた。そのどれもが旅先で感じていた寂しさを和らげてくれた。

 

 だけどこの数年は、ただ何もない中を漂う毎日を送っていた。任務である手紙を送る事をやめる訳にはいかないから、感じた事全てをベースに書き記し、ひたすら送り続けている。


 たまに書き間違えちゃうけど、何かあってもお父さん達が直してくれると信じて、私はただ送り続けている。


 私は50年近く、返ってくる事のない手紙を送り続けている。


 ――帰りたいな、お家に。


 いつになったらお父さん達の元に帰れるのかなと、ここ最近は毎日思っている。

 

 帰還の具体的な日は聞いていない。

 

 私が旅に出る前に聞いたのは、まだ見ぬ違う世界の住人に私達を事を知ってもらう、大事な大事な旅だと言う事。

 

 お父さん達が私に託したのは、そんな何処かにいるかもしれない違う世界の住人と繋がる為のツール。

 

 見た目はよくわからない絵や文字が書かれた金ピカの板だけど、お父さん達自身の事、暮らしている世界の事、文化と言った情報が記されているみたい。


 ――こんなものでわかるのかな。


  違う世界の人がどんな人達かはわからないけど、少なくともわかりやすいとは言えないだろう。でもお父さん達はきっと自分達と同じ知性があるなら、読み解くなんて簡単だから問題ないという。

 

 同じ知性を持っているかどうか、そんな保証もないのに。


 ――最近、なんだか……身体が重くて、すごく眠たい。


 ここ数年、私は何だか眠たくなる瞬間が多い。身体の中にあるものが徐々に弱くなっているからだ。

 

 いずれ私は力尽きて、永遠に闇を彷徨うのだ。

 それがわかった瞬間、私はとてもとても怖くなった。ただの抜け殻になった私はもう2度と故郷の光を浴びる事はないのだから。

 

 本音を言うと私はお家に帰りたい。

 帰ってきたらお父さん達に、目一杯褒めてもらいたいんだ。よく頑張ったね、寂しかったよねって言って欲しい。


 ――妹は、どうしてるのかな。


 私のすぐ後に旅立った筈の妹、彼女も寂しがりやだ。きっと毎日心細くしている。

 

 帰るなら彼女と共に戻らなければ。

 任務も大事だけど、私にとっては帰りたい気持ちが強い。お父さん達には怒られちゃうけど、それでも良い。

 

 もう暗闇の中を真っ直ぐ進むのは嫌。


 ――あの雲の向こうを超える前に。


 遥か彼方に、モヤモヤとした雲みたいなものが広がる空間が見える。あそこまで行ったらもう帰れない。あそこを超えた先は無限の闇が広がる虚無の世界だから。

 

 どうかあの雲の向こうを超える前に、帰れる事が出来たらば。

 


 ――私達はボイジャー、この宇宙を永遠に彷徨う航海者。

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あの雲を超える前に 藍浦流星 @ryusei_aiura

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