異世界俳人ビキニ鎧ちゃん俳句紀行(冬) ー奥の細いひもー
ひぐらし ちまよったか
第1話
異世界見守りゲーム『初めてのおせかい』は、自作のアバターが自身のAIで『お題』を判断し、冒険・解決する様子を、第三者の視点から見守り続けるゲームである。
俺が作り出した、超絶美少女アバター『ビキニよろい』。
彼女との旅は、新たな季節『冬』を迎えた。
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――冬枯れが訪れ始めた朝の原野。
山裾まで続く寂しい景色に、穂を飛ばし休眠準備に入る枯れススキがサワサワと鳴り、時折運ばれた落ち葉が、ビキニの視界にクルクルと舞う。
テイムモンスターの『ソラ』が、伸縮自在の剣に姿を変えられる事を知ったビキニは、自衛の為の武器を、携帯に便利な細く白い弓に決めたようだ。
これなら右手中指に巻き付いたソラを気にする事なく、左手で握り込んで戦闘する事が可能だろう。
(本当は、自分の洋服を買ってほしかったんだが……)
暖房をケチった四畳半に映し出される寒々しい風景に、ビキニの外套に隠れたカラダを心配する。
彼女は、名前の由来となった『ビキニ鎧』のまま冬を迎えた。
(せめて、足元だけでも……)
乾いた風に晒される、裾から伸びた美しくしなやかな素足は、くるぶし辺りを編み上げただけのサンダル履きだ。
(風邪でも引かなければイイけれど……)
ゲームのアバターに過ぎないビキニの、体調を気遣うのには訳が有る。
彼女は現実に『生きている』可能性が、有るのだ。
彼女の冒険するこの世界には『月』が存在しなかった。
代わりに夜空に有ったのが、満天の星々を隠す月ほどの大きさの、ぼっかり開いた真っ黒な『穴』。
真ん中に小さく、まるで月面から眺めた景色のように半分欠けた青い星、『地球』が浮かんで見えていた。
――ワームホール。
宇宙に開いた虫食い穴から、覗く故郷。
まさにそんな『絶景』の世界にビキニは居た。
これは『ゲームソフト』ではなく、異世界の今を映し出す『ライブ配信ソフト』。
そんな疑念を、俺は抱いていた。
ビキニが、冬枯れの草原に立つ一本の古木を見上げた。
背負った白い短弓を構え、矢を番える。
――びん。
軽い弦鳴りを響かせ放たれた矢が、たつんと十メートルほど先の幹へ突き立つ。
「えっ!」
思わず驚きの声が出た。
ビキニの撃った矢が、風に舞った落ち葉を一枚、見事古木へ射止めたからだ。
「上手いっ!」
俺の感嘆にも、ビキニの反応はない。
彼女が『質問』する気になって、コチラを振り向いてくれないかぎり、俺の声は彼女に届きはしない。
ゲーム中、絶えず続くこの状況を、俺は『片思い』と呼んでいる。
「――ち~っス!」
絶賛片思い中の四畳半に、無遠慮に乱入する者の声が聞こえてきた。
「相変らず雨戸閉め切ってぇ……仕事とは言え、あんまりこの部屋、入りたくないんスけど!?」
新聞社の後輩『RR君』。
いつもはゲームが終了した夜中頃に、社からの連絡事項や食料品の差し入れ等を持って現れるが、今日は出社前か? 珍しい。
「あっ! ゲームが稼働してる! えっ! この子がビキニちゃんっスか、先輩!」
「ああ。見た事なかったっけ?」
そう言えばゲーム稼働時の訪問は初めてだったかも。
「すげぇ! ホントに目の前に居るみたいじゃないっスか!? う~わっピンク髪! 美少女だって聞いてたけど、えろえろっスね、先輩っ!」
こんな喋り方をしているが、RR君、れっきとした女子である。たぶん。
「うるせ~な! 俺は忙しいんだから、用事を済ませてサッサと出社しろよ!」
――とつん。
ビキニが再び落ち葉を縫い付けた。幹を伝わる振動に、古木が枝を揺らす。
――びん。でぃ~ん。
舞い落ちた二枚を、今度は続けざま二回の弦鳴りが留め付ける。
彼女にこんな驚きの特技が有ったとは。
「すげっ!」驚きのRR君。おまえ会社行けよ。
「……てか、先輩? ビキニちゃん、服着てます?」
「は? はっ!? な、な、なに!?」
「裾から、おしりが見えたんっスけど?」
「ば、ば、ば、馬鹿な! み、み、み、見間違えだろ!?」
俺は激しく動揺するが、じつは外套の下は『ひもビキニ』だけだと、社の人間に知られる訳にはいかない。ヤバイ、とボケよう。
「お、お、お、おまえ、そろそろ遅刻になるんじゃないのか! たいへんだ! 今日はご苦労! 会社行け!」
「はぁ? 今日は自宅取材の進捗状況を見て来いって、編集長に言われて来てんっスけど?」
「――マスター?」
ビキニがコチラを振り向く。
今、四畳半の音声は、彼女の耳に届いている筈。
「……誰か、そこに居るんですか? マスター」
「……う……うわぁ……」驚くRR君。
今日も美い
藤色のまあるい瞳が、初めて聞く俺以外の人間の声に、不思議そうに見上げてきた。
耳に上げた華奢な腕に、カラダを隠す外套の前が大きく広き、輝く白いもち肌と、面積が狭い鎧をさらけ出す。おへそがまぶしい!
「……先輩……ゲス、だったんっスね……」
「ご、誤解だ!」慌てる俺。
「マスター? 女の人……ですか?」
「ご、ご、ゴカイだ! コイツは、女に見えるが、女じゃない! こ、後輩だっ!」慌てふためく俺。
「何っスかッ! ケンカ売ってるっスかッ!」
「あほかっ! おまえ会社いけっ!」怒鳴る俺。
「マスター……今日は、弓の練習で疲れちゃいました……もう、宿へ帰って休みます」
ビキニの藤色の瞳がジットリ見上げる。
「ソラ? 宿に戻って、お風呂に入りますよ」
「る?」
右手のソラに、聞こえよがしに、話しかける。
「え? まだ、午前中……」
「おやすみなさい」
――ぽ~ん。
四畳半の三次元モニターに『初めてのおせかい』の、ロゴが浮かび、ゲームが終了された。
「……」
「あっら~……怒っちゃった……?」
「……」
通常このゲームは、アバターの極めてプライベートな行動を見せてはくれない。
ビキニがトイレに行きたくなった時は、「チョッと、お花摘み」と言って、草むらへ消えて行ったり、街中では「お手洗いに行ってきます」と断わり、店の奥へ歩いて行ったりして、その先の行動を画面が映し出すことはない。
その間に俺もトイレを済ませたり、細かな雑用をこなしたりしている。
同じように、夜ビキニが睡眠する時間も、ゲームは一時終了され、彼女の寝顔をひたすら四畳半に映し出すなんて事にならないのだ。
当然俺も、その時間は寝る。
これは不健康なプレイスタイルを禁止する、運営側のレイティング設定だと思っていたが、まさかビキニの意思でゲームを強制終了させられるとは。
「AIがヤキモチ、って……可愛すぎじゃないっスか? ビキニちゃん……」
「おまえ……もう会社行けよ」
「そうっスね。ゲームも終わったし、先輩は用済みっス。編集長には『先輩はビキニちゃんを怒らせちゃって、もうゲーム禁止かも?』って言っときますね」
「お前なぁ……」
「アタシの知ってる『はじ・おせ』とは違うんスね」
「えっ!?」
「……家庭欄の『T女史』が、プレイヤーなんっスよ。もう、けっこうベテラン……」
「なんだって~っ!」
初耳だった。
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冬の俳句
『射る落ち葉 そらへ向かって やつあたり』 ビキニ。
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