第3話

 ――妖精の里。


 人の住む町からは、だいぶ離れた森の中。

 滾々こんこんと湧き出る澄んだ泉を中心に、ヒッソリおとぎ話のように、小さな家が建ち並ぶ。


 村長むらおさの『ルシアー』さんが、泉の畔を案内してくれた。


 ――てぽてぽてぽ……。

 妖精族のルシアーさんが歩く音は独特だ。


 冬の泉の木漏れ日に、敷き詰めた石英の白砂は透き通り、沸き水で踊る様子がシャラシャラと、水面まで聞こえてくる。


 上空には、無数の綿毛が飛んでいた。

 タンポポ? よりも大きいし、翅が有る。


「――『雪虫』です。今年は少し遅いですね」


 日本で『雪虫』と呼ばれるアブラムシの仲間『ワタムシ』とは、全く違う種類らしい。まず大きさが、まるで違う。

 さらに『ワタムシ』は害虫区分され、時々大量発生してはリンゴ農家や、園芸家などに迷惑をかけているようだが、はたしてこの異世界の『雪虫』は?


「雪虫達はその羽毛を地面に振りまき、飛びながら土地を潤してくれます。多く飛べば飛ぶ程、来年の収穫が期待できるのです」


 優しく瞳を細めて見上げるルシアーさんの周りを、雪虫たちが纏わる様に集まった。


「る!」

 ――しゅるん!

「あっ! ソラっ!?」


 ビキニの指を離れ、ソラが飛び上がった。

 上空で20センチ程に伸びた体を、くねくねと左右に揺らし泳ぐように飛んでいる。


(あいつ、飛べたのか!?)


 ビキニのテイムモンスター『ソラ』は、雛龍。

 れっきとした龍だ。飛べても可笑しくない。飛び方はアレだが。


 ――くねくね……。

 踊る様に雪虫を追いかけ遊んでいる。相手してもらえてるのか?


 ビキニはソラが飛べることを知っていたようで、特にビックリした様子は無い。

「る?」

「ソラ、楽しそうですね?」

「おおっ! 雛龍じゃないですか! 素晴らしい!」

 一番ビックリしたのが、ルシアーさんのようだ。

 ソラも飛んで見せた甲斐が有る。



「――夕刻になると泉に集まる雪虫を狙って、森から『わはははバット』の群れが押し寄せます。これを退治して欲しいのです」

「わはははバット?」


 わはははバットとは森の深い場所に住み、益虫である雪虫を好んで食す、黄金色した小型のコウモリらしい。


「奴らは小さくて数も多い。狙いづらいと思いますが、出来るだけ数を減らして頂きたい。よろしくお願いします」

「はい。分かりました」


 ルシアーさんはペコリと頭を下げ、テポテポと、自宅へ引き上げて行った。



 泉の畔に一人残されたビキニ。湧き立ち持ち上がる水面を、膝を抱えてジッと見つめている。

 腰を下ろした脇に白い短弓と矢筒を置き、無言のままだ。

「る?」

 空から戻ったソラが、ビキニの周りをくねくねと飛び回る。


(――何を考えているのだろう……)


 朝から片思い中の俺は、非常に気になった。


(さっきのルシアーさんの言い方では、あまり期待されていない様に取れる……落ち込んでいるのかも)


 便利な遠距離攻撃魔法など持っていないビキニだ。どれほどの数、わはははバットが現れるかは知らないが、短弓で一匹ずつ攻撃していてはが明かない。


(……まさか、まだ機嫌を損ねているとか? いや、まさか……)


 ――不安。


(そう言えば、これは『クエスト』とか言ってたな。何か貰えるのかな?)


 そう思っていたところ、ビキニが何かに気付き、顔を上げた。彼女の視線を追いかける。


 キラキラキラ……。


 一頭の小さなコウモリが、泉の上空に姿を現した。わはははバットだ。


「来た」

 ビキニが左手に弓を拾う。


「る!」

 シュンッ!

「えっ?」頭をかすめた風に、驚くビキニ。


 くねくね飛んでたソラが、わはははバット目掛け一直線に飛んで行く。何だこの高速飛行!


 ――ぼ!

 野球のボールほどの小さな炎を口から吐いて、複雑にアチコチ飛び回るコウモリを、一瞬で焼き消した。

「くる!」


 キラキラキラ……。


 見れば村の外から、おびただしい数のコウモリが、泉をめがけて接近中だ。


「る……くるる」

 ――ぼ、ぼ……ぼ。

 泉の上空を縦横無尽に飛び回り、ソラはアチラこちらで炎をまき散らす。

 暗くなり始めた冬の森の空が、まるで昔のシューティングゲームのように、あっと言う間に賑やかになった。


「――すごいです、ソラ! よ~し、私もっ!」


 びんっ!


 ビキニの矢は、ソラのおかげで明るくなった夕空に、キラリと光り、確実に一頭々々を射落としていく。




「おおっ! まさか全滅させてくれるとは!」


 泉上空の派手なシューティングパフォーマンスに、家に閉じこもっていた妖精族の村人も集まり、そんな群衆の中からルシアーさんが満面の笑みでビキニを讃えた。


「雛龍のテイマー殿は、やはり素晴らしい!」


「お役に立てて、嬉しいです」

 髪を耳へ掛け、照れる仕草のビキニの周りで、ソラは再びくねくねと、雪虫の群れと遊んでいる。

「る」



「お礼の『妖精の織物』で作った防具です。ありがとうございました。お納めください」


「はいっ! 頂きます」

 ビキニは輝く感謝で、ルシアーさんが差し出したアイテムを、撫子の髪に押し頂いた。




 ルシアーさんのお宅を借りて、早速防具を身に着けたビキニが出て来た。


「うふはぁ……」


 あまりの可愛らしさに、ヘンな声が出て赤面する。


 ビキニの髪の色と同じ、撫子色した柔らかそうな巻きスカート。


 腰に少し濃い色のベルトで留められ、前はビキニが隠れる程の少々短め。背後へ行くにしたがって長く、黒い外套の裾から明るいナデシコが、ふくらはぎの辺りに揺れる。


 頬を軽く赤らめたビキニが、藤色の瞳で見上げて。


「マスター。ど……どうでしょぅ?」


 ――質問してきた。


「う、うん……すごく、似合ってる……」


「……はぃ……」


 はにかむビキニに、背中がざわつく。


(暖かそうでは無いけど、着てくれた)


 とりあえず、下のビキニと、紐のおしりは寒さから隠せる。


「マスター。ステータスの確認が出来ます。どうしますか?」

「あ、うん。見せてもらえる?」

「はい」


【Status】

【NAME:ビキニよろい】

【WEAPONS:白鯨の短弓】

【ITEMS:ビキニ鎧】

【GRACE ITEMS:ナデシコの腰巻】

【TAME:雛龍 Lv.3】


「……恩寵アイテム」

「はい!」

 ぱっと明るく、笑顔になった。

「見ていてください!」

 恥ずかしそうに両手で頬を隠したビキニが、クルリと細い背中を見せる。


 ――さわ。


 柔らかな音を立てて、黒い外套の背中に虹色に輝くトンボのような翅が伸びた!


(えっ!)


 左右に広がり、細かい光の鱗粉りんぷんを散らしながら、ビキニの体がすうっと空へ浮かび上がる。


「る! くるる!」


 ソラが大喜びでビキニの周りを、ぐるぐるくねくねと飛び回った。


「これで! マスターの星へ、飛んで行きます!」


 嬉しそうにビキニとソラが、夜空を飛ぶ。


(――君は、そんな事を!!)


 胸がグッと熱くなる。



 暗い冬の雪虫飛び交う星の中、光の粒子の帯が、長く遠く伸びて行った。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 今日の俳句。


『そらにあそぶ 冬の泉の 綿の舞』 ビキニ。

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