第2話

 ――日曜日。


 曇天の潮風が香る海岸を、撫子ナデシコ髪の少女が行く。


 彼女がこの砂浜にいるのは全くの偶然だが、今日に限っては都合がいい。

 家庭欄担当の『T女史』のお宅へ遊びに行ってるRR君からメールが来た。お前、日曜日に迷惑じゃないのか?


【T女史のアバター『オバマ君』が、海岸で踊ってる。やばwwww】


(――オバマ君だと? 『小濱編集長』の事なのか? T女史……)


 RR君からの情報ではオバマ君、革ジャン革パンツの長髪・細マッチョ。中々のイケメンだ、との事である。


(ゲーム内でオバマ君と接触できれば、オンライン回線で繋がっていることが証明できる。もしかしたらライブ配信ソフトの可能性について、何か重要なヒントが掴めるかも知れない)


 ――ビキニのビキニ姿を、T女史にまで披露してしまうが、致し方ない。


 冬の砂浜に小さな足跡を残し、歩くビキニの背中越しに、イケメン革マッチョを探す。


(――まだ、怒っているのかな?)


 今日は一度も振り向いてくれない。片思いが続く。




 ビキニが、砂浜に立つ一人の男に気が付いた。

 少しあゆみが早くなり、接触するつもりらしい。


(この人、革ジャン……革パンツ)


 彼がオバマ君だろうか? それともジャイケル=マクソンだろうか? 海岸に他の人影はない。

 ビキニがイケメンの前に立ち、話しかけたタイミングでT女史へ電話を入れた。


「T女史? お休みの所スミマセン……いま、目の前に居るのが、俺のビキニです」


【えっ! この子が噂のビキニちゃん!?】


「はい……彼女の体を見て、色々と仰りたい気持ちは、よく分かります。だけどボクは彼女をクリエイトしました。信じて下さい」


 きっと女史はオバマ君の背中越しに、布の少ないビキニ鎧を確認しただろう。社内で俺の評判が、ガタ落ちしてしまうのだろうか……。


【……ビキニちゃん……なんて可愛らしいの……こんなに育ってプリップリじゃないっ!】


「はい?」


【乳白色で、つやっ艶のぷるんプルン……も、もう我慢できないわ! はぁはぁ……】

「ちょ、ちょっと女史!?」

【オバマ君! 食べてイイわよっ!】

「女史~っ!?」


 ビキニの向こう側に立つオバマ君が腰を落とした。ビキニの前にひざまずく格好。


【慌てないで、オバマ君! がっついちゃダメ。ゆっくりよ。優しく外してあげて……】

「お! オバマくんっ!?」


 ビキニの背中の外套がじゃまで、しゃがむオバマ君の様子が確認できない。


【あっ! そんな、オバマ君! イキなりしゃぶり付くなんて! べろんべろんって! え!? そうよ、熱いでしょ?】

「チョットちょっと、女史! オバマ君、何やってるんですか~っ! 俺のビキニに~っ!!」

【ああっ! ビキニちゃん最高っ! こんなにおつゆで光っていてぇっ!!】


 絶好調に興奮しまくるT女史。


【オバマ君! 吸って! 零れちゃうから、すすって~っ!】

「うわぁっ! 女史~っ!!」


【ツーツーツー……】

 大興奮の通話が切れた。

「もしもしっ!? 女史っ!?」


 慌てて俺はRR君に電話した。

「頼むっ! T女史とオバマ君の暴走を止めてくれっ!」


【え? オバマ君、浜焼きで『岩ガキ』を食べてるダケっすけど~?】


「いわ……?」


 沖からの潮風に、ビキニの外套がひるがえり、彼女の魅惑的なお尻の向こうに、しゃがんで靴ひもを結び直す……革ジャンのイケメンさんが確認できた。


 ――瓜田かでんくつれず、李下りかかんむりたださず。

 このイケメンめ! 人違いかよ!


【そうとう美味しかったらしくって、殻をべろんベロンすすってますね。お? ハマグリも焼けてきたっス……】


 T女史は最初から俺のカン違いに気が付いて、プリプリの『岩ガキ』をビキニに見立て、からかっていたようだ。

 おのれT女史いつかおしりペンペンだ!



(よかった、ビキニは無事だ)


 ホッと胸をなでおろす俺に、ビキニが振り向いた。


「マスター。この方が素敵な情報を教えて下さいました」

「情報?」


「私、『妖精の里』のクエストに参加します!」


「えっ!?」



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 本日の俳句。


牡蠣かきの殻 似てるが合わぬ 人違い』 マスター。

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