第4話

 ビキニが落ち込んでいた。


 しょぼんと朝から食事も摂らず、定宿じょうやどの部屋に、ずうっと沈んでいる。


「くるる?」


 項垂うなだれる撫子なでしこ髪に潜り込み、顔を出したり引っ込めたり、ソラも慰めているのだろう。

 飾りのない質素な寝台に腰掛けた、小さな背中が四畳半に映っていた。




「――マスターの星へ、飛んで行きます!」


 そう言って虹の翅で飛び立つビキニだったが、星空の虫食い穴に辿り着ける筈が無い。

「――マスターの星は、まだ遠いですか?」

 と、追いかける俺に、高所の低気温と気流に揉まれ、凍えながら質問してきた。

「――私は、飛んで行けませんか?」

「――この翅で、あの星まで飛んで行くのは無理だよ……ビキニ」

「……そう、ですか……」

「なにか別な方法を捜そう。今日はもう、宿へ戻って休んだ方がいいよ」

「……はい……」

 明らかに気落ちして彼女は、外套の襟を寄せ、震えながら宿を目指す。


(風邪なんか、引くなよ……)


 俺はいつもの視点で、人里へ悲しく向かう光の翅を、ずっと見守った。




 ――コツコツ……。

 ビキニの部屋が、軽くノックされる。


「――ビキニさん。お食事をお持ちしました」

 部屋の外にワゴンを押すのは、この宿の主『Sさん』だ。

「こちらのテーブルにお運びしても、宜しいですか?」

「えっ? 私、お食事なんか頼んでませんよ?」


「マスターからですよ。ビキニさん」

 豪華な食事を運び込むSさんが、ニコリとほほ笑む。

「マスターから?」


「今日は『クリスマス・イブ』です。大切な貴方へ、プレゼントも預かっていますよ」

「はい?」


 マスターからアバターへのクリスマスプレゼント――これは、本日イブ限定の特別イベントである。


 指名した『プレゼンター』がゲーム内で、アバターの持て成しを代行してくれるのだ。

 プレゼンター候補の中に『Sさん』の名前を見付けた時は、このゲームの神に本気で感謝した。

 彼が『プレイヤー』なのか、『NPC』なのかは分からないが、プレゼンターとして最適だ。


「こちらがプレゼントです。メッセージカードが有りますね? 読み上げても宜しいでしょうか?」

「……はい」


「では、コホン……」


 プレゼントの包みをビキニへ渡し、俺からのメッセージを読み上げる。かなり照れくさい!


「……ビキニへ。いつも無茶なお題に一生懸命、取り組んでくれて有難う。君の活躍を見守り、一緒に冒険出来て、とても嬉しいです。でも、あまり一人で頑張り過ぎないで下さい。君の身体が心配です。僕にも手伝える事が有る筈です。ずっと君の役に立ちたいと思ってました。もっと僕の事を頼りにして下さい」


「……」


「……大好きなビキニへ。メリークリスマス。マスターより」


「……マスター……」


「食事の用意をします。プレゼントを開けて、ご覧になっては?」


「……はい」



 Sさんが晩餐の支度をしてくれている間に、ビキニが俺からのプレゼントをした。

 黒いスウェードのロングブーツ。

 ひざ下まで編み上げる冒険者仕様は、足首や脛を守る頑丈な『防具』なのだが、しなやかな彼女の足には美しい。


「よくお似合いです。サイズはどうです?」

「はい。ピッタリです」

「それは良かった」


 恋人へ履物を贈るのは、『立ち去る』とか『縛り付ける』等のジンクスが有り嫌う人もいるが、ビキニは幸い喜んでくれた様だ。


「あったかい、です」



「――ではビキニさん、良いイブを。メリークリスマス」

 Sさんが退室した。ビキニは華やかに支度された食卓へ着く。


 視線は正面……質問状態で、俺と接してくれるらしい。


 四畳半にテーブルキャンドルが灯り、恥ずかしそうにビキニが微笑む。

 思えば彼女と、こうしてテーブルを挟むなんて、初めての事だ。

 緊張して、褞袍どてらにスウェット上下だが、正座になる。


「マスター。有難う御座います。少し落ち込んでいたので嬉しいです」


 驚いた。普通の会話だ……質問ではない。


「ビキニ? じつは今、こっちで進めている事が有るんだ。だから、あまり焦らないで、もう少し待っていてくれないか?」

「待つ……ですか?」


 ビキニが妖精の里の星空を飛んだ夜。

 四畳半の俺の部屋には、彼女に内緒で来客がいた。


 ――浜陽新聞社・科学部顧問『K博士』。

 ドクターKと呼ばれる天才物理学者だ。


 俺の疑問を検証して貰おうと相談したところ、快く了承して頂き、四畳半に足を運んでくれたのだ。

 ゲーム画面に貼り付くように、星空を飛ぶビキニの後姿と、ワームホールから覗く地球を、無言で見つめ続けていた。


 ビキニが宿へ戻り、ゲームが終了してやっと、K博士が口を開く。


「――非常に面白い! 君の言っている事も、あながち間違いでは無さそうだ! 穴が開いて向こう側が見えている風に見えるだろう? それが違うんだよ」

「え! そうじゃ無いのですか?」

「鏡、だと思えばいい。月ほどの大きさの鏡が宇宙に浮かんでいれば、地球から見た自分たちの姿は写ると思わないかい?」

「自分たちの姿ですか?」

「つまり、ビキニちゃんのいる星と、鏡に映る地球は、に有る鏡像の世界。『陰と陽』と云った感じだ。だからタイムラグの無い、リアルタイムの通信もできる」


「ふ、二つの世界はが可能ですか!?」


 俺が一番気にしている所だ。


「ふむ、それはもう少し、考えさせてくれ……そんな事よりも問題が有るのだが?」

「な、何でしょう?」


「何故ビキニ君は『巨乳』なのかねっ!」

「は?……はい?」


 K博士は自慢の口ひげをピンとはじく。


「彼女のおしりを、ひたすら見ていたが、どうにも胸が、気になってしまってねっ!」

「はいぃぃぃ~っ!?」


「まさか君も、なんだ、アレかね!? 巨乳信者なのかねっ!!」

「え! あ、いや! えっ?」

「いかん! いかんぞ君! 踊らされてはダメだ! 私の著作を読みたまへっ!」


「は、はぁ……?」



 多少の不安は残ったが、今の俺はしか! 頼る術はない。



「――少し待ってくれれば、君がこの星へ来る方法が見付かるかもしれない」

「本当ですか! マスター」

「ああ。だから君は、あまり無理な冒険はしないでくれ」

「マスター……」


 もう彼女に、自ら飛んで行こうだなんて、無茶をさせたくなかった。


「でも、マスター……私は、今すぐ会いたいのですよ」

「ビキニ?」


「マスターは、ずるいです……」

「え?」

「……マスターには、私の姿が見えてますよね?」

「う、うん。見えてるよ」

「……私は、マスターの姿が見えない! 声しか聞こえないのです! だから……ツラい……」

「ビキニ……」


「声だけ、なのは、寂しい……」


 藤色の瞳からボロリと一筋、涙がこぼれた。


「……私も、大好きなんです……マスター……」


 テーブルキャンドルが、ビキニの嗚咽に、揺れた。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 クリスマスの俳句。


『聖夜の 照らす影なし 君の椅子』 ビキニ。




 ―――― 了。

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異世界俳人ビキニ鎧ちゃん俳句紀行(冬) ー奥の細いひもー ひぐらし ちまよったか @ZOOJON

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