妄想と一人ノリツッコミが得意です

二八 鯉市(にはち りいち)

とはいえ十億円は貯金するわ多分


 ――なんか小説を書くだけで二十億円ぐらい儲かったりしないかな。そうしたらラクできるのにな。


 そんな事を常々考えて生きている。


 息は白く冷たいものの、比較的暖かかった朝。世の中に数多ある小説の賞の目録を気まぐれに眺めていた時、ふと「色々難しい制約はあるけど、百文字でも小説は小説か」と悟りを開いた。

 二十億円までは遠く感じるが、とにかく書いてみることが大事なのだろう。

 やってやったで、という自己肯定感を高めるため、百文字ぐらいでいいから何か小説を書いてみたい。でも、そんなに簡単に書けて一作につき一億円ぐらい貰えるなら、人類の半分ぐらいが作家になっているかもしれない。

 ひとまずなんかネタ転がってへんかな。

 そう思いながら財布の中身を確認し、家を出た。今日は職場の都合で早出である。早出はストレスだ。ストレスを紛らわせるためには二十億円の使い道を考えるのが一番だ。


 寒いけどマフラー忘れたわ。でも外出てみたらいらんかったな。

 そんなことを思いながら、灰色の路地を歩いた。なんかネタ無いやろか。私の二十億円の資源になるネタ無いやろか。


 ネタに辿り着かないまま、バス停についた。こうやって毎日コツコツと働いていたとして、二十億円に手が届く日ってくるんだろうか。


 そう思いながらぼーっとバスを待っていると、ふと路上に止めてある車の影がもぞりと動いた。


 でっぷりと太った三毛猫が現れた。その姿は「でっぷり」としか形容の類が無かった。

 ここで余談だが私は人生で未だかつて猫に好かれた事がない。前世で何をしたのか分からないが、猫と目が合うと必ずピャーッと逃げられる人生を送ってきた。

 だから、「あ、猫おるやん」と感じた瞬間に、例に漏れずそのでっぷり猫も逃げるものだと思っていた。

 ところが、猫は逃げなかった。

 猫は路上駐車の車の下からぽてぽてと出てくると、歩道をまっすぐ横切った。その先にあるのは、くたびれたラーメン屋だった。夕方から開く店なのだろう。しんと静まり返っている。


 私は心の中で、「オイオイオイ」と呟いた。小説のネタを探している人間の目の前に、太った猫と、ひっそりしたラーメン屋である。これもう映画化決定じゃん。内容知らんけど。


 その時だった。

 でっぷり猫はぽてぽてと歩くと、ラーメン屋の正面に設置してある木製のベンチに軽々飛び乗った。そして、まったりと横になった。


 時間の止まった静かなラーメン屋。軒先の茶のベンチに猫。青信号点滅の音。


 「物語始まったなオイ」

 私は興奮が止まらなかった。絵にかいたような光景である。「小説のネタが欲しいなーなんか無いかなー」と思っていた人間の前にやってきたのがこれだ。こんな簡単にネタがやってくるなら人類の半分が作家になる日も近いのかもしれない。


 興奮しきった私の元へお迎えのバスが来た。私は座席に身を深く沈めると、はーっとため息をついた。


 もう二十億円は手に入ったも同然である。内容は知らんけど。

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妄想と一人ノリツッコミが得意です 二八 鯉市(にはち りいち) @mentanpin-ippatutsumo

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