2023 ピアニッシモ・プレシアと没落
離島に戻って数カ月。
鬱がひどく、ベッドの中でぐったりとしているだけの日々が続く。
好きなことをしましょう、と心理士さんに言われたけれど、好きなことが何だったかすら、私はわからなくなっていた。焦りばかりがつのった。音楽を聴いたり本を読んだり、「好きだった」ことをする気力もない。ただ、無為に横になっていた。
自分は死んだ方がいいんじゃないかと何度も思った。だって、自業自得だとしか思えなかったから。
私はもう少し頑張れていたんじゃないか。無駄遣いをしていなかったらこんなことにはならなかったんじゃないか。就活をもう少しちゃんとやっていたら、もっとマシな結果になっていたんじゃないか。
たくさんの「if」が頭の中に溢れてくる。
私が肝心なところで踏ん張りがきかない人間だったから、きっとこんなことになったんだろうと思った。自己嫌悪のループにはまって、吐き気がしそうだった。
唯一、起き上がることができたのは、トイレや食事に行くときと、煙草を吸うときだけだった。死にたくても死にきれない私にとって、喫煙は些細な自傷であると同時に、緩慢な自殺でもあった。
銘柄は、ピアニッシモ・プレシア。金色の箱に、細身の白い煙草が入っている。いつだったか、サークルの仲間内で煙草を吸うとき、「細い煙草、似合うな」と言われてから、なんとなく気に入っていた。メンソールのすうっとする感じも好きだった。
そういえば、と思い出すことがある。小学校高学年くらいのときだろうか。もとはヘビースモーカーだった父が、自分が禁煙に成功したとたん、「煙草なんか未だに吸ってる奴は馬鹿だ」と喫煙者を貶める言動ばかり繰り返していたこと。その手のひらの返しように、「なんだこいつ」と軽蔑すらしたこと。
好奇心とか、サークルの仲間が吸っていたからとか、きっかけに色々な理由は思いつくけれど。私がずっと煙草を吸い続けているのは、もしかしたら父への反発なのかもしれない。
――幼いな。
自嘲しながら、私はライターで煙草に火を点ける。深く吸って、吐く。煙草はじりじりと短くなって、先端が灰になる。灰を落として、また口をつける。息を吸うたびに、先端がぼうっと橙色に光る。
すっかりニコチンに依存しているな、と思う。人に依存するよりはマシだろうか。だけど彼氏のことは、メンタルの乱高下もあって、散々振り回してしまっている。電話口で「死にたい」と泣き出したこともあれば、「こんなろくでもない奴とは別れたほうがいいよ」と試し行動をしてしまったこともある。私が調子が悪いとき、楽しそうにしていた彼氏に、「君は楽しそうでいいね」と理不尽な怒りをぶつけたこともある。その後「ごめんね」と泣き崩れた私はまるでDV男だなと思った。
「お前みたいなクズが社会でやっていけるわけがない」と父は言った。
本当にその通りになってしまったのは笑ってしまうところだ。
細い煙草を片手に、私は今日も、灰色の息を吐く。自堕落な日々に甘んじながら。父からの呪いを振りほどけないまま。
父よ、あなたの娘はお望み通りになりました。これで満足ですか。
ピアニッシモ・プレシア 澄田ゆきこ @lakesnow
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