六話 たましいむコーヒー

 アパートの部屋に帰るとリビングのテーブルの上に見慣れないコーヒーの瓶が置いてあった。あたしは何気なく瓶を手にとり、ラベルを読んだ。

 「たましいむコーヒー? 聞いたことのない名前ね。新商品かなにかかしら? 明日美が買ってきたのよね?」

 あたしはいつの間にか同居人になっていた、超未来の超絶美少女型ネコ耳ロボットである明日美のことを思い出しながら呟いた。

 「コーヒーは好きな方だし、飲んでみようかな?」

 嫌な予感がしなかった……と言えば、嘘になる。

 なにしろ、明日美が――『あのロボット』そっくりの仕種で――取り出した道具のせいでひどい目に遭ったことは一度や二度じゃない。

 ――いやまあ、たいていはあたしの自業自得なんだけどね。

 その自覚はあるので思わず溜め息をつく。

 でも、とにかく、いままでがいままでなので警戒はした。警戒はしたのだけど、

 「でも、どう見ても普通のコーヒーだし、明日美はいつも料理してくれているし、お茶も淹れてくれるし、それでなにかあったことはないものね。まあ、だいじょうぶでしょ」

 あたしはそう思い、『たましいむコーヒー』とやらを淹れて、一口、飲んだ。すると――。

 「……おいしい」

 そう呟いていた。

 いや、本当にそれぐらい、おいしいコーヒーだったのだ。

 一面に漂う豊かな香り。

 切れの良い味わいに豊かなコク。

 酸味はほとんど感じず、まさに『おとなな』苦みが口のなかいっぱいに広がる。

 このままでも充分おいしいけど、クリームを入れたら互いの甘味と苦さとが引き立てあって、さぞかしおいしくなることだろう。

 「さすがに新商品ね。こんなにおいしいコーヒー、はじめてだわ」

 あたしは気をよくして一気に飲み干した。そして――。

 あたしは気を失った。


 「えっ? えっ? どこ、ここ?」

 気がついたとき――。

 あたしは一面、ミルク色のもやに包まれた場所に立っていた。

 「なに? なんなの? あたし、もしかして、またやっちゃったのおっ⁉」

 どうやら、あたしはまたしても『わかっているのに』やってしまったらしい。

 自分のうかつさに頭を抱えた。でも、そんなことをしていても仕方がない。とにかく、なんとかしなくては。

 あのコーヒーが明日美のもってきた超未来の代物で、それを飲んだ結果がこれだというのなら、きっとなにか展開があるはず。まさか、このままずっともやのなか……ということはないだろう。ないはずだ。ないと思いたい。多分、きっと……。

 とにかく、あたしはもやのなかをあてもなく歩きはじめた。

 「きっと、だいじょうぶよね、うん。そのうち、このもやのなかから抜け出して、きっと素敵な異世界に出たりするのよ。そうに決まってるわ、うん」

 あたしは無理やり自分にそう言い聞かせ、引きつった笑顔を浮かべながら歩きつづけた。でも――。

 「なんにもないじゃない!」

 あたしは絶望の叫びをあげた。

 歩いても、あるいても、どこにも出ない。もやは晴れないし、『素敵な異世界』どころか、もとに世界に帰ることだって出来はしない。

 さすがに不安になってきた。

 もし、このままもやのなかから出られなかったら……。

 「明日美ぃっ! 助けてよおっ!」

 パン!

 なにかが弾けるような音がして――。

 あたしは再び気を失った。


 「だいじょうぶ?」

 再び気がついたあたしの目の前に、ネコ耳をはやした超絶美少女――ちなみに、いつも通りの制服エプロン姿――の顔がどアップで映っていた。

 「わあっ!」

 あたしは跳ね起きた。

 叫んだ。

 「なに、なに⁉ なにがどうしてどうなったの⁉ あの世界はなんだったの⁉ あたし、もとの世界に帰ってこれたの⁉」

 パニックになって叫びたてるあたしに向かい、明日美は例のコーヒーの瓶をかかげて見せた。

 「このコーヒーを飲んだからよ。これはね、『魂夢たましいむコーヒー』って言うの」

 「魂夢たましいむ?」

 「そう。ほら。コーヒーって強い覚醒作用があるじゃない。未来の品種改良技術でその効果を極限まで高めたコーヒーでね。飲むと魂の奥底に働きかけて、その人が『もう一度、出会いたい』と思っている人と再会させてくれるって言うものなの」

 「再会って……ええと、よくわからないけどつまり、そのコーヒーを飲むと夢のなかで思い出の人に出会えるってこと?」

 「正確には『互いの夢をつないで再会させる』って言うことだけどね。まあ、『夢で会える』っていうことでいいわ」

 「で、でも、まわり中、もやばっかで、誰とも出会えなかったんだけど……」

 「……ああ、それは」

 と、超未来の超絶美少女型ネコ耳ロボットは言いずらそうに言った。

 「……あなたには『もう一度、会いたい』と思うような人がいなかったってことね」

 「あ、あ、そうなんだ……」

 明日美の言葉に――。

 あたしは全身の力が抜けた。

 はは、あはははは……。

 いい歳した社会人なのに再会したいと思う相手のひとりもいないなんて……どういう人生、過ごしてきたのよ?

 我ながら、情けなくなってしまった。

 そんなあたしの手を、明日美はガシッとやたら力強く握ってきた。この世のものとも思えないきれいな顔をキスするぐらいズイッと近づけてくる。その距離に――。

 あたしは思わず真っ赤になる。

 「だいじょうぶ!」

 と、明日美は力強く宣言した。

 「いままでは単に運命の相手に出会えなかっただけ。でも、いまはあたしがいる。あたしがあなたの運命の相手。魂の奥底から『もう一度、会いたい』と思う相手になるわ。だから……」

 「だ、だから……?」

 明日美の勢いにあたしは不吉な予感を覚えた。

 予感は当たった。明日美はあたしをいきなり押し倒したのだ!

 「思いっきり、愛し合いましょう!」

 「だから、それはダメえっ!」

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明日美ちゃん 藍条森也 @1316826612

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