五話 誘惑バースデイセット
あたしは危機にあった。
深刻な危機に。
それは三日後。あたしの誕生日。
同居人である未来からやってきた超絶美少女型ネコ耳万能アンドロイドの明日美が、どこかの誰かと話をしているのを偶然、聞いてしまったのだ。
「……の誕生日なの。最高級の誘惑バースデイセットをお願い」
誘惑?
誘惑⁉
この明日美、未来であたしがとんでもないことをしでかすのを未然に防ぐためにやって来たって言ってるけど……とにかく、なぜか、やたらと、隙あらば『そう言う関係』になろうとする。
その明日美が仕掛けてくる『誘惑』って。
超未来の誘惑セットって。
そんなもので誘惑されたら……。
耐えきれる気はまったくしない!
そりゃあ、明日美はメチャクチャかわいいし、スタイルも完璧だし、いい匂いするし、柔らかくて、暖かくて、抱きついたりされるとそれはそれは心地良いし、毎日、おいしいご飯作ってくれるし、掃除も洗濯もしてくれるし、マッサージだって。本当に理想のお嫁さんそのものなんだけど……でも、ダメ!
一線だけは越えちゃいけない!
いくらアンドロイドと言ったって女同士なんだし、明日美はまだ高校生なんだから。
アンドロイドに人間の年齢が適用されるかどうかは知らないけどでも、実際に高校に通っているんだから高校生。責任あるおとなとして高校生に手を出すわけにはいかない。
……いかないよね、うん。
と言うわけであたしは『三日後の誘惑』から逃れるための口実を探しはじめた。いや、だってねえ。せっかく誕生日をお祝いしてくれるって言うのに正面から断るのは気が引けるし。
まずは上司に
「なにぃ? 出張に出たい? なに言ってるんだ。うちは地域密着型の旅行代理店だぞ。出張先なんてないぞ」
「だったら、
「それには専門のスタッフがいる。君の仕事はお客さまの対応だ」
「なら、旅行先の下調べをぜひ!」
「なんで、そんなに出かけたがるんだ? なにか理由でもあるのか?」
「それは……」
言えない。
同居人の超絶美少女の誘惑から逃れるためだなんて。
「とにかく。出張も、臨時の
うう。仕事を口実にするのは無理か。なんとかして他の口実を考えないと。でも――。
結局、なんの口実も見つけられないまま三日目が来てしまった。
あたしの誕生日が。
会社からの帰り道。あたしは覚悟を決めた。
「よしっ……! どんな誘惑を用意しているか知らないけどあたしさえしっかりしていれば大丈夫! ……なはず。多分。どんな誘惑もはね除けて責任あるおとなとして振る舞うのよ」
あたしはその決意を胸に家に帰った。ドアを開け、なかに入った。その途端、
「ハッピーバースデイ!」
明るい声とともにクラッカーが鳴らされ、紙テープやらなにやらがあたしの頭に降り積もる。部屋のなかは一面、飾りつけられ、テーブルの上には大きなバースデイケーキとご馳走の数々。
「あ、あれ、もしかして、普通のバースデイ?」
拍子抜けするあたしの前で明日美はいそいそとケーキにロウソクを立て、火をつけていく。ケーキの上を埋め尽くすロウソクの数を見ると正直、気が滅入る。家でこうして誕生日を祝ってもらっていた頃はこの半分以下の本数だったのに。
――あたしも年取ったなあ。
しみじみとそう思う。でも――。
明日美の立てたロウソクの本数はあたしの年齢より一本だけ少なかった。この気遣いには正直、ほろりとさせられた。
「さあ、座って座って」
明日美があたしの背中を押して椅子に座らせる。
「さあ、火を吹き消して」
あたしは言われるままに息を吸い込み、ロウソクの火を一気に吹き消した。
「わあー、すごいすごい。パチパチパチィ」
明日美が満面の笑みでそう言って手を叩く。その無邪気な姿の破壊力。控えに言って襲いたくなったほど。
――やっぱり良いなあ、こういうの。
社会人になってから誰かに誕生日を祝ってもらうなんてすっかりなくなっていたけど……久しぶりの誕生日の楽しさを味合わせてもらった。
それから、ふたりでケーキをわけ、ご馳走を食べた。一晩中、唄い空かした。すっかり忘れていた誕生日の幸せをあたしは、明日美から贈ってもらった。
そして、翌日。
あたしは洗面所で恐怖の叫びをあげた。昨日、食べたケーキとご馳走の数々。それはしっかりあたしの体重に反映されていた。
「あらあら、太っちゃったわねえ」
「ぎゃあ!」
明日美が後ろからひょっこり顔を出し、体重計の数字を見ながらそう言った。
「体脂肪率もあがってない?」
「誰のせいよ⁉」
「まあまあ、責任はとるから」
「責任?」
「そっ。脂肪燃焼には有酸素運動が一番。そして、有酸素運動と言えば……」
明日美の瞳が妖しく光る。
「今日からは毎日、あたしとベッドのなかで……ね?」
「だから、それはダメえっ!」
三日後の誘惑は――。
やっぱり、恐ろしかった。
完
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