四話 読者の声〜本
「はああ~、どうしよう。気が重いわあ……」
「どうしたの、さっきから?」
こたつの上に突っ伏して溜め息をつくあたしに向かい、声をかけてきたのは押しかけ同居人の
「実はさあ。常連のお客さんが近所の保育園で絵本の読み聞かせ会やってるんだけど、今回はどうしても人手が足りないから出てくれないかって頼まれちゃったのよ。なにしろ、上級国民の上客だから上も恩を売っときたくてさあ。断れないのよねえ」
「なるほどね。でも、なにをそんなに困ってるの? 子供相手に絵本の読み聞かせをすれば良いんでしょう?」
「そうなんだけど、あたし、子供の相手って苦手なのよねえ。ほら、子供って話が通じないじゃない。どんなお話をすれば良いのかもわからないし……」
「なんだ。そんなこと。だったら、これで解決。読者の声~本!」
と、明日美はいつものノリでメイドエプロンのポケットから一冊の絵本を取り出した。
最初の頃は『例のロボット』そっくりのこの出し方にいちいちツッコんでいたけれど、もう慣れた。あたしが黙っていると明日美の方が意外そうに尋ねてきた。
「どうしたの? ツッコまないの?」
「もう慣れたわ」
「確実に学習している、と」
「メモるな!」
あたしは学習実験用のラットか⁉
ま、まあ、それはともかく、明日美の出した絵本なんだけど、
「これは未来世界で大人気の絵本なの。これならどんな子供の相手もバッチリよ」
とのこと。
う~ん。明日美の言うことだからあんまり素直には受け取れないけど……でもまあ、未来世界の絵本だって言うならだいじょうぶか。何たって、絵本だしね。まさか、爆発もしないでしょう。
と言うわけで、あたしはその日は安心して眠りについたのだった。
「そのお母さんには三人の子供がいました。お母さんはそれはそれは大事に三人の子供たちを育てていたのです」
読み聞かせ会の当日、あたしは明日美から借りた絵本を子供たちの前で読みあげていた。
……うう、正直、緊張する。
やっぱり、子供って苦手だわ。その子供の視線が十幾つも集中しているかと思うと……。
でも、うちのオフィスきっての上客の頼みだしね。これも仕事。やるしかない!
あたしは覚悟を決めて絵本を読み進めていった。
「でも、その村には電気がありませんでした。
なので、いつも真っ暗です。
ろくに遊ぶこともできません。
お母さんは何とか子供たちに明るい世界を見せてあげたくて近くのデパートに相談に行きました。デパートの支配人さんにお金を出してもらって電気を引いてもらおうと思ったのです。
支配人さんは言いました。
『ただで電気を引いてやるわけには行かないな。けど、良い仕事がある。それをやってくれるなら引いてあげよう』
その仕事とはドラゴンになることでした。
ドラゴンになって村人たちに退治され、殺されること。
そうすればデパートは『凶悪なドラゴン』の死体を飾って客寄せが出来ます。
それを承知すれば村の近くに電柱を立てて電線を引き、電気を使えるようにしてくれると言うのです。
お母さんは悩みました。
三人の大切な子供たちを残して死にたくはありません。
でも、自分がドラゴンになって退治されれば電気のある暮らしを送れるようになる。明るい世界で遊ぶことも出来るし、将来のために勉強も出来る。
やがて、お母さんは、支配人さんに言いました。
『ドラゴンになります。だから、村に電気を引いてください』
そして、お母さんはデパートの人たちの手によってドラゴンに改造されました。
ノッシノッシと大きな体で村に近づき、村を襲う振りをします。
村人たちは大騒ぎです。
でも、力を合わせてドラゴンをやっつけました。
ドラゴンになったお母さんは大きな声をあげて倒れました。
ドラゴンになったお母さんは村の人たちに殺され、死んでしまったのです。
そして、お母さんはドラゴンの姿のまま
支配人さんは約束通り、村に電柱を立て、電気を引いてくれました。おかげで、村の人たちは電気のある明るい暮らしを送れるようになったのです。でも――。
いくらまっても、お母さんは帰ってきません。
明るくなった世界で三人の子供たちはいまもお母さんの帰りをまっています。
子供たちは知りません。電柱を見つめるドラゴンの剥製こそが自分たちのお母さんだと言うことを……」
「どうするのよ⁉ 子供たちみんな、泣いちゃったじゃない!」
あたしは奥に引っ込んで明日美に詰め寄った。
いや、もう、大変だった。子供たちみんな泣き出しちゃって大騒ぎ。
そりゃ泣くわ、あの内容じゃ!
親御さんたちには睨まれるし、なにより最悪なのはこの話をもってきたお客さんがものすごい顔で睨み付けていたこと。『もうあんたのところには行かない!』って、表情がそう言ってるのよおっ!
「どうするのよ⁉ あたしのせいでせっかくのセレブ客を逃したなんて知ったら、クビにされちゃうわよ」
「あわてない、あわてない。一休み、ひとやすみ」
「頭を撫でるなっ! てか、番組がちがう!」
「だから、だいじょうぶだって。超未来の絵本を舐めないでよね。あれは『読者の声~本』だって言ったでしょ。これからが本番よ」
「どういう意味?」
いぶかるあたしに向かって明日美は耳打ちした。
あたしは再び子供たちの前に出た。
いまだに泣きじゃくる子供たちと、あたしを睨み付ける親御さんの視線(特にセレブ客)の視線が痛い。それを何とかこらえつつ(だって、ここで何とかしないとクビだもん!)あたしは、明日美に教えられたままのことを言った。
「みんなあ、あんな悲しいお話いやだよね。だから、みんなの力でかえちゃおう。どうすれば、お母さんは死なずに電気を引くことができると思う?」
「おっきくて力持ちのドラゴンになったんだから、その力を使ってデパートでお仕事すればいいと思う」
「よおし、それじゃ、みんなで大声で支配人さんにお願いして! 『ドラゴンになったお母さんを雇ってあげて』って」
子供たちは素直にその言葉を繰り返した。
するとどうだろう。絵本の内容が本当にかわってしまった!
「お母さんはデパートの人たちによって一日八時間だけドラゴンになります。
おっきくて力持ちのドラゴンになったお母さんはその間、必死に働きます。やがて、お金が貯まり、村の近くに電柱が立てられ、電気が引かれました。村の人たちは電気のある明るい暮らしを送れるようになったのです。
一日八時間だけドラゴンになるお母さんは今日も元気に働いています。そして、三人の子供たちが迎えにくるといつもの優しいお母さんの姿に戻って子供たちと一緒におうちに帰るのです。
お母さんと三人の子供はいまも村で仲良く暮らしています……」
……子供たちはこの結末に笑ってくれた。にっこりと、満足そうに微笑んでくれた。
や、やった……。
世界は救われた。あたしのクビも……。
家への帰り道、あたしは明日美と並んで歩いていた。明日美が『読者の声~本』の仕組みについて教えてくれた。
「あれって、実は子供たちに『世界はかえられる!』って言う体験をさせるための本なのよ。子供の頃の経験は大きいから。その頃に絵本の中身とは言え、実際に自分たちの声で世界をかえる経験を積ませることで、成長したあとも『世界はかえられる』と思い、行動するおとなに育てる。それを目的とした本なの」
「なるほどねえ。さっすが超未来。よく考えてるわあ」
あたしは感心しつつ、思いきり伸びをした。
はあ~。
やっぱり、肩が凝ったわあ。でも、なんか心地よい疲れだわ。
「……いままでずっと子供は苦手だったけど、でも、ああしてかわいい笑顔を見せられるとやっぱり、イメージもかわっちゃうわね。あたしもいつかは子供をもとうかなあ、なんて……」
「あら。だったら『いつか』なんて言ってないで、いますぐイケるわよ」
「へっ?」
明日美がいきなり、妖しい流し目であたしにぴったりくっついてくる。
「ちょ、ちょっと……!」
「あたしがあなたの子供を産んであげる」
「なっ⁉ 何言ってるのよ、あなたロボットでしょ、子供なんか産めるわけ……」
「超未来の神並ロボットを舐めないでよね。子供を産むぐらい楽なものよ」
「で、でもでも、女同士……」
「それもオッケー。超未来の神並ロボットに不可能はない! と言うわけで、さっそく……」
「わー、待ってまって! ここ、道ばた! こんな所じゃだめえっ!」
「『こんな所じゃ』? つまり、おうちでゆっくり子作りしたいってことね。それじゃ、急いで帰って……」
「ちが~う! そうじゃな~い!」
完
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