破壊神

 破壊神。その名の通り、アルカナは破壊の権化だった。

 アリスが放つ数千の魔法はなす術もなく破壊された。黒零こくれい終極しゅうきょくですら傷一つつけることができなかった。

 対するアルカナの攻撃は掠るだけでも戦闘不能になるほどの威力を持つ。

 十皇の攻撃など避けすらしない。目眩しがいい所だった。


 アリスとクロノス以外は殺されては時を戻されてと地獄のような戦いだった。


「クロノス! ……時止めで殺せねぇのか!」


 身体を真っ二つにされてから復帰したジンが身体から炎を吹き出しながら叫ぶ。


「……無理。神に時止めは効かない」


 ジリ貧だ。このままではやがて魔力が尽きる。だがこれを野放しにしたら世界が滅びる。

 自分たちが世界の生命線だと十皇は理解していた。

 だからひたすらに耐え続けた。

 全員が満身創痍だった。


 そうして戦い続けて七日七晩。気力だけで持たせている状態の中、クロノスが重い口を開いた。


「……一つだけ方法がある」

「なんだ!」


 ラグナが食いつく。


「……私が持つ最強の魔法を使う」

「なんで始めから使わねぇんだ!」

「……準備に時間がいる。その間無防備になる。アリス一人じゃ抑えきれない」


 その通りだ。今現在クロノスとアリスの二人でアルカナを押さえ込んでいる。それもギリギリだ。クロノスが一瞬でも抜ければ崩壊する。

 加えて無防備になるということは時間の巻き戻しも出来なくなるということだ。


「上等だ! 死んでも時間を稼いでやる! やれ! クロノス!」


 アリスはクロノスを見る。


「時間は?」

「……五分」

「わかった。あとは任せろ。皆! 死ぬ気でついて来て!」


 クロノスが下がり他の全員が前線に出る。


「ほう。何をするつもりだ?」


 そんなアルカナの言葉を無視してアリスは数万の魔法を放つ。

 出し惜しみはしない。文字通りこれが最終決戦だ。

 五分後、世界の命運が決まる。


 魔法の合間を縫うようにしてラグナとジンが迫る。

 二人の武器は刀だ。ラグナは結界、ジンは炎を刀身に纏わせアルカナに斬りかかる。

 だがやはり傷一つつかない。

 返しの手刀を受け二人とも利き腕を吹き飛ばされた。だが歯を食いしばって耐える。

 すかさずセラが回復魔術で回復させるがその前にジンが胸を貫かれた。


「捕まえたぜ! 燃えろ!」


 血反吐を吐きながらもジンはアルカナの腕を掴み煉獄を生み出す。文字通り命を燃やした大火力だ。


「ラグナ! 閉じ込めろ!」

「くそが!」


 ラグナは悪態をつきながらも結界でジンと破壊神を閉じ込めた。

 その結界は【境界皇】の力で世界から隔絶されている。

 普通の敵ならそれだけで死ぬまで出てこれないがアルカナはわずか数秒で結界を破壊した。

 ジンが地面に落ちていく。


 ――残り四分、【煉獄皇】脱落。


「ラグナ! 下がれ! 虚無よ! 飲み込め!!!」


 ラグナと交代するように【虚無皇】ヴォイドが身体を虚無へと変え、破壊神に襲いかかる。

 虚無は触れるものを無に帰す。しかし神の方が力が上だった。

 片手の一振りでヴォイドの虚無が切り裂かれた。

 普通ならば切り裂かれたとて虚無だ。なんの影響もない。しかし――。


「ガハッ!」


 虚無から戻ったヴォイドは上半身と下半身が分たれていた。

 しかし血を吐き出しながらもヴォイドは最後の魔術を使った。


無剣ムケン。 使え! ライル!」


 ヴォイドの身体が瞬く間に剣へと変化した。その剣は虚無そのもの。


「聖霊よ! 力を貸してくれ!」


 無剣を手に【聖霊皇】ライルが走る。剣に地水火風の聖霊を宿す。


「ハァアアアア!!!」


 アルカナの首を狙い剣を振るう。そして刃が触れる寸前に聖霊の力を解放する。


「エレメンタルバースト!!!」


 地水火風の属性が荒れ狂う。しかしやはり足りない。聖霊の力を持ってしても神には届かない。

 ライルもジン同様に手刀で胸を貫かれた。


「甘いね」


 口から血を滴らせながらライルは呟く。


「僕は命が五つあるんだ」


 胸を貫いたアルカナの腕を掴み禁術を使用する。残る命の全てを聖霊に捧げ、自身が聖霊と禁術を。

 聖霊は人より高次の存在だ。自然現象そのものと言っても過言ではない。


 聖霊となったライルが腕を振るうと火山が噴火した。噴石が天高く舞い上がり、アルカナに襲いかかる。それと同時に天には雷雲が出現し無数の雷と雹を降らせる。


 しかし自然現象如きでは神は傷付かない。アルカナは一歩も動かずに現象を破壊した。


「くっ!」

「鬱陶しい」


 アルカナはライルに肉薄すると首を掴みへし折った。

 すかさずセラが回復魔術を使うがもはや手遅れだった。


――残り三分、【虚無皇】【聖霊皇】脱落。

 

 アルカナの視線がセラを捉えた。


「回復役は邪魔だな」


 今度は一瞬でセラの眼前へと移動した。


「させない!」


 アリスがセラとアルカナの間に割って入る。

 アルカナの手刀と開闢終焉の剣がぶつかり、衝撃を撒き散らす。余波でセラが吹き飛んだが気にしている余裕などアリスにはなかった。

 至近距離から大量の魔法を叩き込む。

 しかしアルカナは当然のように無傷。


「貴様が一番厄介だ。さすがは人の身で魔法使いになっただけはある。名を聞こう」


 アルカナが厳かに言い放つ。アリスは時間稼ぎのために会話を続けようとした。


「アリス。アリス=ゼロエスだ」

「アリスか。覚えた。では死ね」

「クッ!」


 アルカナが再び手刀を放つ。その速度は先ほどとは比較にならないほど速かった。


 ……まずい!


 身を捻るが間に合わず手刀が胸を貫かんと迫る。


「全魔眼起動!」


 【魔眼皇】フォーゼがその身に宿す全ての魔眼を解放した。

 フォーゼの周囲に夥しい数の魔眼が出現する。その数およそ一万。通常、魔眼は一つの眼に一つ、上限は二つだ。しかしフォーゼは魔眼の皇にふさわしい能力を持つ。

 それは魔眼顕現の能力。そのお陰で上限がない。


 ――斥力ノ魔眼せきりょくのまがん

 ――歪ノ魔眼ひずみのまがん

 

 アリスの身体が見えない力で後ろに引っ張られる。そして元いた場所に歪みが現れた。歪みはアルカナの腕を吸い込み、捻り切ろうとする。しかしアルカナは溜息をひとつつくと手を歪みから引き抜いた。


「そこか」


 アルカナがフォーゼを視界に捉えた。そして意趣返しのように言葉を紡ぐ。


「魔眼というものはこう使うのだ。神眼起動」


 アルカナの瞳に幾何学模様が浮かび、フォーゼの眼を潰した。周囲に出現した物も含めて全てを。


「がぁああああああ!」


 そしてそのまま瞬間移動を行い、フォーゼの胸を刺し貫く。


 ――残り二分、【魔眼皇】脱落。


 そこでアルカナはまるで飽きたとばかりに呟いた。


「面倒だ。終わらせよう」


 アルカナの気配が増大していく。

 前で合わせた掌からドス黒い球体が出現する。そこから腕を頭上に掲げた。頭上に移動した球体は時間が経つごとに巨大になっていく。

 その姿はまるで黒い太陽だ。


「クッ!」


 アリスもすかさず黒零こくれいを使う。光球と闇球を作り出した時、アルカナの腕が振り下ろされた。


「滅びよ」

「――黒零!!!」


 黒い太陽と小さな混沌が衝突する。

 混沌が黒い太陽を飲み込んでいく。しかし全てを飲み込むまでには至らず、黒い太陽が爆発した。


「「「アリス!」」」


 ラグナが結界を張り、セラが自分の身を顧みずに回復魔術をかけ続け、リリーがいくつもの強化を施した。

 リリーの配下に至ってはその身を挺して、壁となった。


 ――残り三十秒。【境界皇】【天癒皇】【狂歌皇】脱落。


 アリスが目を覚ますと、クロノスの目前にアルカナが迫っていた。


「何をしようとしたのか知らぬがこれで終わりだ」


 無防備なクロノスにアルカナの手刀が迫る。


 ――残り時間十秒。

 

 アリスが最後の力を振り絞り、幾つもの魔法を放つが間に合わない。

 そして、手刀がクロノスの胸を貫く。

 その寸前で――。


 ――止まった。

 

 アルカナが驚愕に目を見開いた。


「なんだこれは? ――アリス! やれ!」


 アルカナが【侵蝕皇】シュバルツの声で言った。

 その瞬間にアルカナの胸から邪悪な魔力が無くなった。

 アリスは翼をはためかせて駆け抜ける。


「間に合えぇぇぇええええええええ!!!」

 

 自身が放った魔法を追い抜き、その胸に剣を突き立てた。


 ――残り時間、零。


世界時計ワールド・クロック――凍結フリーズ


 クロノスが魔法を発動。世界が、破壊神が色褪せていく。

 アリスの手から開闢終焉の剣が消えていく。もはや維持する魔力も残っていない。

 そのままアリスは崩れ落ちた。背にあった二対の翼は消え、魔導書も消えていく。

 残ったのは傷だらけの身一つ。

 

 クロノスが発動した魔法は空間の時を止めるのではなく、世界そのものを凍結させる魔法だ。

 たとえ神であっても地上に顕現している以上、世界の一部となる。故に逃れられない。

 影響範囲はこの大陸全土。細かく座標を指定している時間はなかったのだ。

 凍結空間で動けるものはクロノスと、クロノスが指定した十皇のみ。

 しかしもはや生きているのはアリスだけだ。

 そのアリスもすでに限界を超えている。

 命は風前の灯火だ。


 アリスは膝をつき地面に倒れ込んだ。あとは死を待つのみ。


「クロノス。これは封印か?」

「……そう。これしか手がなかった」

「そうか。何年持つ?」

「……千年は持たせる」

「決戦は千年後に持ち越しか……」


 仰向けに寝転がり、隣で同じように仰向けになっているクロノスを見る。


「千年後、勝てると思うか?」


 アリスの問いにクロノスの顔色が曇った。それだけで答えはわかってしまった。

 アリスは頷く。


「そうか………………なら力を残すべきだな」


 アリスの言葉にクロノスが目を見開く。


「……アリス……それは」

できるだろう?」

「……いいの? それは無限に続く時間の牢獄だよ?」

「無論だ。破壊神は我らの力を継いだ者が滅ぼす。急げば皆のも間に合うだろう。失敗したんだ。拒否権は認めん」


 傍若無人な言葉にクロノスは絶句した。

 そしてしばらく黙り込んだ後、小さく頷いた。


「……わかった。でも、私も一緒。私の力もみんなと同じように」

「……ありがとうやってくれ」


 クロノスが巨大な魔法陣を展開する。それを見てアリスは呟いた。


「システル。約束……守れなくてすまない……」


 その言葉は遥か彼方にいるには届かなかった……。




 そうして世界は再び救われた。しかし代償は大きかった。【十皇】は誰一人として戻らなかったのだから。

 しかしある日、突如として各国に光が降り注いだ。

 

 ゼロエス帝国、帝城。

 アリスが戻らずに、即位を迎えたシステル。その元へ。

 光はシステルの目の前に降り注いだ。そして光の柱が晴れた場所には二冊の本が浮かんでいた――。


 ――漆黒の魔導書グリモワールと純白の魔導書グリモワールが。


------------------------------------------------------------------


ご覧いただきありがとうございます!

ひとまず十皇伝説はここでおしまいです!

近況ノートに書いた通り、これはプロローグです。

もし、「救星の復讐者」の人気が出て筆を折らずに完結できたなら続きも書きたいと思っています!


チラッと設定だけ出すと

最後に出てきた魔導書を手にする双子が主人公です!


よかったら「救星の復讐者」を読んでブクマ、評価を頂けると完結までの励みになります!

もちろん「十皇伝説」にも頂けると嬉しいです!

応援よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

十皇伝説 〜世界を救った十人の【皇】が再び世界を賭けた戦いに挑む〜 平原誠也 @seiyahirahara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ