スキーの日
扉を開ける時、この先に何が待っているのか。
ドキドキワクワクしないかって?
俺はしない。
毎日毎日扉を開ける前から、何が起こるのか見えている。
同じ事の繰り返し。
ずっとずっとずっと。
先の見えない扉など、存在しないのだ。
「そりゃあさあ。俺もさあ。わかってたんだよお。あの蔵には元々扉なんかなくってよお。どうせ観賞用でよお。そんなかによお。ちょっぴり役立つ物がたくさんあるってじっちゃんの言葉だって嘘だってわかってたよお。華麗に滑る事ができるスキー板なんて存在しないってさあ。けどさあ。ちょっとさあ。夢でさあ。見ちゃったんだよお。華麗にさあ。滑ってさあ。スキー場に居るみんなからさあ。すごい拍手喝采をもらってさあ。身体がふわふわっつーの?あつあつっつーの?もうさあ嬉しくてさあ嬉しくてさあ」
ホテルの部屋のベッドに身体を丸めている先生は、見えない扉に囲まれていますここから一歩も動けませんと言って、スキーを拒んでいる。
連れて来てと言われた手前、このまますごすご戻るわけにもいかず、椅子に座ってじっと見ていれば、先生が何やらうだうだ言い出した。
「先生。私がキャーキャー黄色い声を出してあげますから行きましょう」
「見えない扉のせいで動けません。あとまだ俺は先生じゃありません」
「先生。見えない扉をぶっ壊されるのと自力で開けるのとどちらがいいですか?」
「物騒な事は言わないでください。あとまだ俺は先生じゃありません」
「ごーよーさーにーいー。はい。予約時間になりましたので、自動的に見えない扉は開きました。先生は自由に動けます」
「ごーよーさーにーいー。はい。予約時間になりました。見えない扉は自動的に閉じました。俺は自由に動けません」
「先生」
「先生じゃありません。実習生です」
「わかりました。私は一緒に遊べるのを楽しみにしていたんですけど」
「うん、楽しんできて」
「………そうやってずっと見えない扉に囲まれて閉じこもってろ」
「ほんと、物騒な後輩」
かちゃり。
静かに閉ざされた扉の音を聞いた俺はさっきよりもさらに身体を丸めた。
わかっている。
ばかげている。
ただの夢だ。
華麗に滑ったって拍手喝采を浴びるわけではないし。
雪上を滑れなくたって何の支障もない。
転んだって、おどけてしまえばそれで終了。
何の支障もない。
ないのに。
「っは」
言葉には力がある。
見えない扉に閉じ込められている。
なんて。
言わなければよかった。
見えないから開け方がわからない。
ぎゅうぎゅう自発的に身体を丸めているのか。
ぎゅうぎゅう見えない扉に圧迫されているのか。
苦しい。
くるしい。
いやだ。
ここから出たい。
ここを開けたい。
「「がちゃり」」
久々に。
なんて表現を使ったら、久々に失礼だろう。
けれど、久々って感じだったのだ。
「華麗に転ぶから拍手喝采よろしくな」
「華麗に転ぶのも華麗に滑るのと同じくらい難しいと思いますから、盛大な拍手を贈ってあげます」
行きますよ。
華麗に背を向ける後輩の後を追おうとした俺はぶつかったような気がしてまた、がちゃりと言った。
静かに厳かに。
五感を全稼働させて。
俺は見えない扉を見事開けたのだ。
なんちって。
(2023.1.11)
見えない扉 藤泉都理 @fujitori
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