見えない扉

藤泉都理

蔵開き




 蔵は目の前にある。

 けれど、蔵を開ける扉はどこにも見当たらない。

 じっちゃんは言う。

 見えない扉があるのだと。

 蔵に入りたければ探し出せと。


 ほとんどの者が扉を探すのを諦めてすごすご立ち去って行った、とも。


 俺は諦めねえ。

 俺は蔵の中に数ある骨董品の中から、華麗に滑る事ができるスキー板を見つけ出すのだ。

 そして、明日からのスキー旅行でそのスキー板に乗って華麗に滑って、老若男女からキャーキャー黄色い声援を燦燦と浴びるのだ。

 

 くっくっく。

 俺は不敵な笑みを浮かべて、目を瞑った。

 見えない扉なのだ。

 視覚は不要。

 その他の五感、嗅覚味覚触覚聴覚を全稼働だ。




 烏の鳴き声が聞こえる。

 日に当たる土壁が温かい。

 甘い小豆と香ばしい焼きもちの匂いが。

 いや待て。

 少し、花の匂いもする。

 これは、田舎のばっちゃんちの庭に咲いている蝋梅の匂いだ。

 梅の花に似ている黄色の花でとても甘い匂いがする蝋梅の。

 ここら一帯に蝋梅は植えられていないのだ。

 匂いがするわけがない。

 のに。


 目を瞑ったまま蝋梅の匂いを辿って慎重に歩き出せば。

 匂いはどんどん濃くなっていく。

 この先だ。

 この先に見えない扉はある。

 ぶつかったらドアノブを捻って押し出せば開く。

 どうしてだろう。

 明確に想像できる。


 いける。

 いけるよじっちゃん。

 俺は見えない扉を見つけたよ。




 この時確かに俺の耳は、ガチャリと。扉が開く音を聞き取っていた。


「え゛?」


 瞬時に目を開ければ、蝋梅を生けている田舎のばっちゃんが、居た。




竹義たけよし

「じっちゃん。俺。俺も見つけられなかったよ」


 ぽんぽんと優しく肩を叩かれて、スキー旅行楽しんで来いって言われたけど。

 楽しめないよ。じっちゃん。










(2023.1.10)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る