ヘクソカズラ・ハキダメギク(7)
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私たちはカフェFleurに戻って蓮乃愛ちゃんはオレンジジュースを全部飲んでドアに向かった。
「ありがとうございました!」
ドアの前で頭を下げて蓮乃愛ちゃんは出て行った。緑川と私は軽く会釈し、ドアのベルが緑川の代わりに「どういたしまして」と告げるかのように鳴った。
「よかったですね。蓮乃愛ちゃん元気になったみたいで」
「えぇ。うまくアドバイスできたようで何よりです」
緑川はそう答えた。
「でも小学生に名前の別の意味なんて考えられるんですかね?」
「なに。今はネットで調べればたいていのことは調べられる時代。さっきのヘクソカズラの知識も一部wi〇ipediaから引用したものですし」
…少し感心が薄れた。だから余計なこと言わなくていいんだよ。
「例えば蓮の花。蓮の花は泥の中から可憐なピンク色の花を咲かせることから清らかさや清楚なものの象徴とされているようです。『蓮は泥より出でて泥に染まらず』ということわざもあるようですし。そこから清らかな人や清楚な人に、ということが考えられます。
そういえば彼女は神様が乗っていると言っていましたが、一般的なイメージは仏教で釈迦が乗っているものです。仏教と近いヒンドゥー教ではクリシュナや梵天などの神が蓮と関わりがあるので間違いとも言えませんが。彼女の家はヒンドゥー教なのでしょうか。いや最近は宗教に対してごちゃまぜの価値観だからそうとも限らない……か。仏も神も似たようなものだからどっちでもいいと彼女が解釈したのか、親が知らなかっただけなのか……」
後半から独り言になっている。この知識もwiki〇pediaからの引用なのだろうか。
そういえばさっきの話で聞きたいことがあった。
「あの、店長」
「はい?」
私が声をかけると緑川が独り言から帰ってきた。
「さっき自分の名前の意味を自分で考えるのもいいって言ってましたけど、店長も考えたりしたんですか?自分の名前の意味」
私の質問に緑川は目をパチパチさせていた。それからためらいながら答えた。
「……そう、ですね。まぁ、少しは」
「え、どんなこと考えたんですか?」
緑川は少し恥ずかしそうにしながら答えた。
「……緑あふれる川のそばで……そうですね。大きくなくてもいい。大樹じゃなくてもいい。ただ人が休める木陰を作れるくらいの樹になる。誰かが疲れた時にそこで休めるような…そんな人になる、みたいな…感じの意味…です、かね………」
「…………」
恥ずかしそうにしながら最後は消え入るような語尾になった。私の反応を待っているようだったが、私が無言を貫いていると、すごく顔が赤くなった。
「あ、あの!そういう感じなんで。その、わ、忘れてください!」
いつもの口調ではなく、かなり動揺している。手をブンブン振っている。時々見せるこのギャップは何なんだろうか。めちゃくちゃキュンとくる。
「へーそうなんですかー…カッコいいなー」
私は棒読みでニヤニヤしながらからかった。
「その……もう、ほんと……忘れてください……っていうか、じゃあ花崎さんも何か考えてくださいよ、自分の名前の意味!」
「えー。私は自分の名前気に入ってるし、あのままでいいかなって。っていうか店長、自分の名前気にいってなかったんですか?」
「別にそういうわけではないですけど……そういうこと考えませんか?自分が何者なのかとか、自分はこうなりたいんだ、とか」
それを聞いてますます私はニヤニヤした。
「えー。別にそんなこと考えませんよぉ。店長、少し中二病入ってます?」
すると、店長は己の言葉を後悔したのか、しまった、という顔をした。
「い、いや。そんな、ことはない……と思いますが……っていうか、だから忘れてくださいよ!」
私は耐え切れず声に出して笑った。久しぶりにこんなに笑った気がする。緑川は少し不貞腐れているようだった。やっぱこの人変わり者だなぁ、と私は改めて思った。
最初の出会いは死のうとした時。罪悪感という日差しに疲れていた時。この人はそんな私の木陰になってくれたのだ。
香織。私の名前。香りを織り込むようにいろいろな出会いや経験を織り込んで育ってほしいという願い。この先どうなるのか。私の人生はどうなるのか。まだ全く自殺を考えていないわけではない。それでも。また新しい、これまでにないこの人との出会いを私のものにしよう。今はそれでいい。そう思いながらすっかり氷が溶けたアイスコーヒーをグイっと飲み干した。
カフェFelur~植物オタクと死にたい女の話 @takiiti
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