ヘクソカズラ・ハキダメギク(6)


「もう一つあるんですよ。今度はこちらを見てください」


 緑川はそう言って足元を指さした。


 気づかなかったが足元にも小さな花が咲いていた。

 花の大きさは一センチにも満たないだろう。中心が黄色で花びらが白い、いわゆるキクの花のイメージ通りの花だった。大きさはかなり小さいが。注意して見ないと普通に見落としてしまう。


「では花崎さん、先ほど言った葉の特徴を言ってみてください」


 緑川が無茶振りしてきた。えぇ、と戸惑いながらも私は三十秒前の会話を思い出す。


「……葉は対生?で、葉の縁はギザギザしてるから鋸歯縁。托葉は………ない?かな?」


「正解です」


 よくできました、と言って緑川は笑った。あ、本当の表情だ。やっぱかわいい。


「托葉に関してはかならずしもあるとは限りませんからね。この個体はないようですね」


「…それで何でこの花を?というかこの花の名前は何なんですか?」


 私が尋ねると緑川が意味ありげに笑った。


「先に言ってしまうと面白くないですからね。伏せていました」


 ふふふ、と緑川はまた笑った。


「早く教えてくださいよ」


「えぇ。この植物はね、ハキダメギクと言います」


 …ハキダメギクってのは”掃き溜め菊”ってことでいいんだよね?随分とストレートにひどい名前だ。蓮乃愛ちゃんはキョトンとしている。どうやら意味がわかっていないらしい。緑川は「『はきだめ』とはゴミ捨て場のことですよ」と補足する。


「初めて発見されたのが掃き溜め、つまりゴミ捨て場だったことからこの名がついたようです。実際はゴミ捨て場に限らず、空き地や水辺、コンクリートの隙間にも生える、これまた『雑草』と呼ばれるような植物です。北アメリカ原産の外来植物で、あっという間に全国に広がるような生命力・繁殖力を持っています」


 ちなみに外来種というのは外国から日本に侵入してきた生物のことです、と緑川は蓮乃愛ちゃんにまた補足した。


 意外と植物の名前をつける人ってセンスないのかな。私は率直にそう思った。”屁糞”やら”掃き溜め”やらひどい名前ばっかりだ。


 私の顔を見て同じことを思っていたのか、緑川は「別にこのようなひどい名前のものばかりではないですよ」と、言った。


「この二つの植物のように名前はひどいですが、かわいい花を咲かせるものもあるんです。確かに名は体を表す、という言葉もありますが、逆もまた然りです。名前がひどかろうと、美しいものは美しいんです」


 なるほど。それを言いたかったのか。緑川が私にしたのと同じようなことをした、と気づいた私は蓮乃愛ちゃんを見た。どう反応すればいいか戸惑っているようだった。まぁ無理もないか。この人の不器用すぎる優しさは本当にわかりづらい。小学生に理解できるかどうか。


 緑川はさらに話を続けた。


「それともう一つ。このハキダメギクですが、『掃き溜めに鶴』という意味でつけられたんだとしたらどうですか?」


 私はハッとした。また蓮乃愛ちゃんにはわからなかったらしい。


「『掃き溜めに鶴』っていうのは掃き溜めみたいなひどい場所に鶴みたいな美しいものがいるって例えだよ」


 今度は私が蓮乃愛ちゃんに補足する。蓮乃愛ちゃんはまだピンと来てないらしい。


「だから『掃き溜めに鶴』の意味でつけたんだとしたら逆にこの花を美しいと言っている、ということにならない?」


「あ!」


 蓮乃愛ちゃんもようやくわかったらしい。


「ね!そういうことですよね?店長!」


「えぇ。まぁ図鑑にはほとんど『掃き溜めで見つかったからハキダメギクと名付けられた』と、書いてありますが、発見者が『掃き溜めに鶴』のような意味も込めてつけたんじゃないか、と思えば少し面白いではないですか」


 緑川はそう言った。面白い解釈だ。オトギリソウの時もそうだったが、こういうことを常日頃考えているんだろうか?植物オタクとも言うべき人だな、この人。


「名前に込められた意味は一つじゃないかもしれない。なんなら自分で作るのもアリではないか、と私は思います。自分はこう在りたいと、名付けるんです。自分でも納得できるのではないですか?」


 緑川はこう締めくくった。蓮乃愛ちゃんはすごく驚いた様子だった。自分で自分の名前をつけるなんてなかった発想だろう。そして彼女はこう言った。


「うん!」


 小学生らしく元気よく満面の笑顔で。

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