ヘクソカズラ・ハキダメギク(5)



**************


 なぜこうなった?暑い外を歩きながら私は心の中で自問自答する。いや、緑川の提案のせいだ、とはっきりわかっているのだが。


 緑川の提案に私は、いきなりどうしてですか?と聞いたのだが、まぁまぁ着いてからのお楽しみです、と言ってはっきりとは答えてくれなかった。蓮乃愛ちゃんも困惑している。


 日傘などという上品なものはなく、普通の雨傘を差して日光を遮っている。”熱い”から”暑い”くらいには変わったが、それでも苦痛である。


「なかなか見当たりませんねぇ。いざ探すとなると見つからないのは何なんでしょうか……」

 緑川は何かぶつぶつ言っている。どうやら何かを探しているらしい。一体何を探しているのか。


 五分か十分くらい歩いただろうか。緑川が声を上げた。


「お、二つともあるとは。こちらへ来てください」


 前半は独り言、後半は私たちに向けて言ったらしい。どうやら探し物が見つかったようだ。


 緑川は公園のフェンスの近くに立っていた。近づいても特段変わったものは見えない。何を見つけたのだろう。


「ほら、ヘクソカズラの花が咲いていますよ」


 見ると、フェンスにつるが絡まって花が咲いていた。大きさは五センチくらい。つぼ型の花で、全体的に薄いピンク色、つぼの中は赤紫色になっていた。そういえばこの花も見たことがある気がする。いや、こうやって適当に歩いて見つけたのだからどこにでもある花なのだろう。


「どう思います?」


 緑川があいまいな質問を投げかけてきた。


「…どう思う、って言われても……。割と見たことあるような…まぁ、かわいらしい花かなって……」


「…私も小さくてかわいいな、って思う…」


 あいまいな質問なら答えもあいまいになる。私と蓮乃愛ちゃんはそんな風に答えた。


「ほう。花崎さん、この花を見たことがありますか?まぁ、どこにでもあるような植物ですからねぇ」


 …なぜか緑川はそこに食いついてきた。見たことあるといっても通りを歩いていて目に入った、というか、あるいは見たことないかもしれない、くらいのぼんやりした記憶だ。


 そのことを言うと緑川は「いいんですよ、たいていの人はそうでしょう。興味がなければ覚えられないものでしょうから」と、なぜか少し寂しそうに言った。…なんか悪いこと言ったかな、私。少し罪悪感が芽生えた。


 緑川は咳払いをして話を続けた。


「このヘクソカズラという植物は確かにどこにでも生えるいわゆる『雑草』というやつです。古くから日本に自生し、万葉集にも登場するようです。たくましいつる植物でこのようにフェンスや他の植物に絡まっているのをよく目にするかと思います。葉は対生でハート型、鋸歯はありません。托葉が合着して三角形の鱗片状になります」


 …最後の方が何を言っているかわからなかった。たいせい?きょし?たくよう?


「あの、たいせいって何ですか?」


「あぁ、対生というのは葉の出方の一つです。このように同じところから葉を出すのが対生で、互い違いに葉を出すのが互生です。この間のオトギリソウも対生です」


「じゃあきょしって?」


「鋸歯とはのこぎりに歯と書きます。簡単に言えば、葉の縁がギザギザしているかどうかです。ギザギザしていれば鋸歯縁、ギザギザしていなければ全縁と言います」


「最後、たくようって?」


「托葉というのは葉柄、葉の柄の根元から出す葉の一部のことです。ヘクソカズラは両脇の托葉が合着して三角形の鱗片になるんです」


 なるほど。そんな特徴があるのか。


「このヘクソカズラ、名前にはひどい由来があるんですよ」


「……?」


 緑川はそう言って少し笑い、私と蓮乃愛ちゃんは首をかしげた。


「ヘクソカズラは葉を揉むと独特の悪臭がするんですよ。そのことからおならの屁、糞の糞と書いて『屁糞葛』と読むんですよ」


 私は驚いて緑川の方を見た。相変わらず笑っているが、これは笑っているというより苦笑している、といった感じか。女にする話か?これ。蓮乃愛ちゃんは苦手そうに顔を少ししかめた。一応私は葉を揉んで匂いを嗅いでみた。確かに変な匂いはする。


「一応この名前がひどすぎる、ということで別名としてサオトメカズラ、ヤイトバナという名前もあるんですよ」


 まぁ、あまりなじんではいませんがね、と緑川は付け加えた。”早乙女”とは随分上品な名前を付けられたものだ。


「ちなみに『ヤイト』というのはお灸のことで葉を揉んだ時の匂いがお灸を据える時の匂いだとか、花を立てた姿がお灸に見えるとか、そのような由来があるそうです」


 “サオトメカズラ”と比べれは劣るかもしれないが、絶対に”屁糞葛”よりはましだな、と私は思った。


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