ヘクソカズラ・ハキダメギク(4)



**************


「自分の名前が……その……恥ずかしいっていうか……嫌なんです」


「自分の名前が嫌……ですか……」


 五分後。ようやく泣き止んだ私は「ご心配おかけしました。すみませんでした」と緑川に謝り、女の子に「ありがとう」とお礼を言った。そのようなやり取りがあって少し打ち解けたのか、緑川が「それでお嬢さんの悩み事は?」という再度の質問に女の子が答えてくれたところだった。

 

 …色々緑川に言いたいことはある。泣きまくった女が言えることではないが、デリカシーに欠けると思う。そしてしつこい。というか”お嬢さん”って。また最近ほとんど聞かない言葉が出てきたな。


 この場にいる大人二人がダメすぎる。そして私を慰めてくれた事と言い、緑川の質問に答えてくれる事と言い、この子の方がはるかにしっかりしている。大人二人が何をやっているのか。


 そんな益体もないことを考えているうちに女の子がポツポツ話し始めた。


「私…鈴坂蓮乃愛って言います。蓮に段々が多い方の乃、愛情の愛と書いてレノアと読むんですけど……最近それで友達からからかわれるんです。クラスの男の子は洗剤みたいな名前だな、とか言うし……」


 あぁ、キラキラネームか、と私は心の中で納得した。最初に名前を聞いた時に答えてくれなかったのは警戒していたからとかではなく、自分の名前を嫌っていたからか。そういえばそのあとは会話続けてくれたしね。


「いわゆるキラキラネームというやつですか…なるほど。確かに某洗剤メーカーと同じ名前ですね……うちも使ってますよ、その洗剤」


 緑川も前半は私と同じようなことを言っている。後半明らかに余計である。軽くにらみつけると、気づいたのか、罰が悪そうな顔をしていた。

 それはともかく、確かにそのような名前なら小学生時代は目立ってしまうだろう。本人もおとなしい気質なので余計に周りからからかわれやすいのだろう。


「私の名前は”樹”で、結構普通ですからそのような悩みはありませんでしたねぇ…」


 緑川がつぶやく。私の名前も割と普通だ。自分でもいい名前を付けてもらったと思っている。


「誰かご両親などに相談してみたのですか?」


「いえ、まだ誰にも…仲いい友達もあんまりいないし……」


 蓮乃愛ちゃんはうつむいて、そう答えた。なるほど。困ったな。私にはどうすればいいのか検討もつかない。いや、まだある。あきらめるな、私。


「ねぇねぇ蓮乃愛ちゃん。どういう意味がこめられてるのかお父さんやお母さんから聞いたりした?」


「えっと……蓮は宗教とかで神様が乗っているから、そんな風にみんなを愛して、で、みんなから愛されるような存在になってほしい…って」


 私が聞くと蓮乃愛ちゃんは少し恥ずかしそうにしながら答えた。


 …意外といい意味が込められているじゃないか。私は内心驚いた。どうやら私は無意識にキラキラネームに対して偏見があったようだ。


「ほう。しっかり意味がこめられているじゃないですか。ご両親はあなたのことをちゃんと考えて大切にしていると思いますよ」


 緑川もそう言った。しかし蓮乃愛ちゃんはもじもじして何か言いたそうだ。


「なるほど。ご両親や他人は納得できても、自分が納得しない…と。そういうことですか?」


 緑川の言葉に蓮乃愛ちゃんは小さくうなずいた。私はまた内心驚いてしまった。相手の気持ちをちゃんと理解できるとは。意外とやるじゃないか。


 そんなことを私が思っているうちにも話は続いていく。


「どんな意味がこめられていても私が嫌なんです。からかわれるし…そんな風になれるとも思えないし…」


「なるほど。大変ですねぇ。ちなみに花崎さんは自分の名前の由来を知っていますか?」


「え?」


 急に話を振られてとっさに反応できなかった。私の名前の由来?えっとなんだっけ。


「確かいろいろな香りを織り込むようにいろいろな経験や出会いを吸収して育ってほしい…だったかな」


 昔、学校の宿題か何かで聞いた話を思い出す。


 …名前の由来を人に語るのって意外と恥ずかしいな。私は少し耳や頬が赤くなってしまった。


「流れで聞きますけど店長の名前の由来は?」


 意趣返し、とばかりに私は緑川に質問する。すると「え、えっと……その、樹のように大きく立派に育ってほしい、という意味だったかと」と、少したじろぎながら半笑いでそう答えた。


 …もしかして恥ずかしがってる?なんかちょっとかわいい。


 そんな三者三様に恥ずかしがったところで沈黙が舞い降りた。


 その沈黙を破ったのは緑川だった。


「では、少し外へ行きませんか?散歩しましょう」



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