ヘクソカズラ・ハキダメギク(3)
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その子はオレンジジュースを頼み、緑川は店の奥に引っ込んだ。そして私の隣に座ると、携帯をいじるでもなくキョロキョロとあたりを不安げに見まわしていた。
さて、どうしたものか。別に私も対人スキルが高い方ではない。さすがに緑川よりはコミュニケーションがとりやすいとは思っているが知らない人に話しかけるのはなかなか勇気がいる。というか緑川はあんなので本当にカフェを経営できているのだろうか。不安だ。
…思考がずれた。今は緑川の心配より目の前の子の心配だ。私よりすごい年下だし、ここは年上の私が話を振らなければ。
ええい、ままよ、と私はその子に話しかけた。
「こんにちは。ねぇ、名前はなんていうの?」
「…………」
女の子はビクッとして私の質問に答えなかった。
しまった。今のはまるで不審者ではないか。私は内心後悔した。
とはいえ、話しかけてしまったものはしょうがない。私は話を続行した。
「えーと……歳はいくつ?」
「十一歳」
「そ、そうなんだ。じゃあ小学五年生かな?学校は…って今夏休みか」
「うん。そう」
「……いやぁ、お姉ちゃん、大学生でさぁ。大学生って毎日授業あるわけじゃないから曜日感覚麻痺してきちゃうんだよねぇ。それにバイトとか授業とかあるから、夏休みなんてあってないようなもんなんだよねぇ。あはは」
「へぇ…そうなんですか」
「うん。だから高校生の方が忙しいと思うなぁ」
「ふぅん…」
…泣きそうになってきた。というかさっきからナンパするアホな大学生みたいな感じだ。緑川のコミュニケーションを心配している場合ではないかもしれない。
「お待たせしました。オレンジジュースです…って何やってるんですか?花崎さん」
緑川が戻ってきて私たちの様子に首をかしげた。お前に言われたくないわ!お前に!
さっきまで緑川と同程度のコミュニケーションスキルかもしれないとか思っていたくせに、この男にそんなこと言われると無性に腹が立った。十一歳なら元気のいい子は確かにしゃべりまくるかもしれないが、おとなしい子はこんなもんだろう。私がふがいない、と素直に思える。だが緑川はいい大人なのだからある程度コミュニケーションが成り立つはずである。十一歳と一緒にすべきではないだろう。
そういえばこの人は何歳なのだろう。結構若く見える。二十代かな?
私がそんなことを考えていると、女の子は出されたオレンジジュースをゴクゴク飲み、はぁ、と息を吐いた。それからもう一度息を吐いた。
一回目はジュースを飲んだから吐いたのだと思うが、二回目は何だ?もしかして溜息かな、とか私が思っていると、緑川が「何か悩み事でも?」と、軽い感じで質問した。
その子はためらっているようだった。
「別に言いたくないならそれでもいいですけど、赤の他人だからこそ話せるようなこともあるのではないですか?重い悩みでも構いませんよ」
そこへ緑川が追い打ちをかけた。そういえば私も似たようなことを言われたな。最も相談する前に緑川にはある程度その内容を言い当てられてしまったが。
その瞬間良介のことを思い出し、胸が痛くなった。涙がこぼれてしまいそうになった私は慌てて顔をそらす。まずい。見られたか?
そっと女の子の方を見ると、こちらを心配そうに見ていた。
…完全に見られたな、これは。その瞳に感化されたのか、本格的に涙があふれてきた。
どうしよう。やばい。ドン引きされる。
「えっと……その……」
言い訳しようにも何も考えられず、思考がぐちゃぐちゃになってしまった私の肩に小さな手が乗せられる。
「大丈夫?お姉ちゃん」
その瞬間涙がポロポロこぼれてきた。涙が鼻にもあふれてき鼻をすすった。慌てて女の子が背中をさすってくれている。
我ながら情けない。こんな小さな子に慰められるなんて。しかも悩みを抱えているらしい小学生に。どちらがお姉ちゃんかわからないな。
それからしばらく私は涙を流してしまった。女の子は私の背中を優しくさすり、緑川はその様子をジッと見ていた。
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