ヘクソカズラ・ハキダメギク(2)



**************


 あの後スマホに両親から大量に通知が来ていたのに気付いた。慌てて両親に電話を掛けると泣きながら無事でよかった、と言われてしまった。


 私が家を抜け出したのに気付いた両親は相当焦ったらしい。…早速周りに悲しみを与えてしまい、申し訳ない、と思った。


 その後両親に私の気持ちを吐き出して慰められたり、医者からカウンセリングを受けたり、私の一人暮らしを続行するかどうかで両親と議論したりしてここ一週間ほど忙しかった。


 そして一週間経ち、少し余裕のできた私は再びこの店を訪れた。この間のお礼をちゃんとしたり、緑川と話したかったりしたかった。


「こないだはありがとうございました。本当に助かりました。これ、うちの親が持って行けって」


 そう言って有名店のスイートポテトを差し出す。この店のスイートポテトは結構な人気があるのだ。上品な甘さがねっとりと舌に優しくからむのは至福であり、年頃の乙女にとっては隠れた天敵にもなる。


「これはわざわざどうも。ありがとうございます。私甘いものが好きなので」

緑川はそう言ってスイートポテトを受け取った。一応喜んでもらえたようだ。

私はアイスコーヒーを頼んだ。今度はお金を払おう。そう思ってカウンターで待つことにした。


 緑川は私に見えるところで優雅に作業していた。


 意外と手際がいいな、と私は思った。


 前回の第一印象と第二印象を経て、わりとこの人ポンコツだな、というのが最終的な評価に落ち着いた。もちろん優しいというのも付け加えておくべきポイントである。そういった背景があったので、物事をうまくこなす、というのがあまり想像できずにいた。


 …なんかすごい失礼だな、私。心の中で苦笑する。


「お待たせしました。どうぞ」


 私の前にコーヒーが差し出される。カラン、とグラスと氷が涼しげな音をたてた。

ありがとうございます、と言って一口コーヒーを啜る。相変わらずおいしかった。前回は熱いコーヒーだったが、今日はアイスの気分だ。冷たさが体にしみる。

少し落ち着いて店内に静けさが訪れた。


 …少し気まずいな、と私は若干もじもじし始めた。店内には少しBGMがかかっていて雰囲気はいい。この店ではこういう静けさを楽しむものなのかな。あまり喫茶店に入ったことのない私はどうするのが正解かわからなかった。なので思い切って彼に話しかけてみることにした。


「あの」


「はい?」


「この店って店長が一人でやっているんですか?」


「ええ。あまりお客様が来ないものですからバイトを雇う余裕も必要もなくて」


「へー…こんなに雰囲気よさそうなのに…」


「ありがとうございます」


「…………」


「…………」


 ん?会話終了?噓でしょ?

 確かにお客さんがあまり来ない、という地雷を踏んでしまった私も悪いが、そのあと何かフォローしてほしかったんだが。それともあれは彼なりのジョークだったのか?表情があまり出ないのでわかりづらい。


「…お店出してどのくらいなんですか?」


「そうですね…一年ほどでしょうか」


「あ、じゃあ結構最近なんですね。その前は何してたんですか?」


「まぁ色々と。しばらくは飲食店のアルバイトやスーパーのアルバイトなどを」


「へー…どれぐらい?」


「ざっと二年ほど」


「そうなんですかぁ………」


「ええ…まぁ」


「…………」


「…………」


 …なんか尋問してる気分になってきた。いや、したことないけども。

 やはり緑川は会話が下手くそだ。それともただ単に嫌われているだけなのだろうか。もしそうなら泣くしかない。

 当の本人は意に介さず、キッチンの掃除をしていた。なんか全身から話しかけにくいオーラが出ているようだった。

 やっぱ嫌われてんのかな?いくらこの男が普通じゃないといっても流石に不安になってきた。


 そんな時、

 

 カランカラン。


 またベルが鳴り、こんにちは、と蚊のなくような声が聞こえた。


 振り返るとそこには小柄な女の子が立っていた。百四十センチくらいで、小学生…だろうか。長い髪をツインデールにまとめていた。少しオドオドしたり、目が不安げに四方八方を見渡しており、全身から自分に自信がない、という感じがしていた。


「お客さんだ!ここお客さん来るんですね!」


「意外と失礼ですね、花崎さん」


 さっき自分でも思ったことを言われてしまった。会話のきっかけになると反射的に喜んで口に出してしまっていた。反省。


 緑川は軽くジト目で私をにらんだ後、女の子に声をかけた。


「いらっしゃいませ。カウンター席でよろしいでしょうか」

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