第6話エピローグ

 お風呂であたたまった後、茶の間で物書きをしていたはずだったが、いつの間にか、居眠りしていたらしい。

せっかく暖かくなっていたのに、体がまた冷えて、私は膝掛けにしていたブランケットを肩にかけて体をくるんだ。


 気がつけばもうすぐ日付が変わる。

こうして居眠りしてしまうから、布団に入っても眠れなくなるのだ。わかっていても、睡魔は思い通りになってはくれない。


 でも、まあいい。いつ寝ていようが、起きていようが、誰かに迷惑がかかるわけじゃない。


 そう言いわけして、マグカップにお湯を注ぎ、紅茶のティーバッグを浸した。紅茶の赤が、透明なお湯に中に、じんわりしみ出して行く。


 テーブル奥のブックエンドに立ててあるのは、私のエンディングノートだ。夫が亡くなった後に書きはじめて、書き替えながらいつもここに置いてある。


たいした財産もないし、遺言もないけれど、後始末をしてくれるだろう妹に向けて、伝言を残しておいた。


いつか、近い将来に必ず来るその日は、どんな状況ではじまるのだろうか。不安はないが、好奇心がつのる。


 今生きている私が、次の瞬間で死ぬというのはどんな感覚なのだろう。

おそらく、もうすぐ、実際に体験できるはずだ。


 ただ、私が死んだ後で、それがどんなだったか、伝えるすべはない。結局、死は経験した人しかわからないのだ。


 突然家の外で、激しいうなり声が聞こえた。野良猫が喧嘩しているのだ。ガサガサと草の間を走りまわるような音も響いていた。


 夜が更けていく。

タブレットでバッハのチェンバロ曲を流しながら、私はまたノートパソコンのキーボードを叩きはじめた。

カチカチと、いつまでたっても覚束ないタイピングで、ゆっくりと文字を刻んで行く。


日常から幻想ファンタジーへ。螺旋を描くカラフルな混沌カオスの世界へ静かに導かれて行く。


(終)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未来予想図 ~生きるということ 仲津麻子 @kukiha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画