第7話 わずかなこと

1週間が経った。以前よりは雪解けしたが、相変わらず私と弟との間には変な空気が流れている。必要なことは話すが、目が合わない。最低限の時間で、全てのことが進んでいた。


この時、私の心に変化が生まれていた。心を覆っていた憎しみの気持ちが、少しだけ弟を可愛がる気持ちに変化していたのだ。


心の端に再び生まれたピンク色の感情。存在感はないが、よく見れば黒一色の心に、薄いピンク色が確かにある。1ヶ月もすれば、このピンク色がさらに広がるのだろうか。寂しいという感情も生まれ、少しずつ弟を可愛がりたくなってきた。


私はソファでゲームをしている弟を眺め、愛おしくも憎しみの気持ちも再びわき上がった。どうすればこの憎しみが消えるのだろうか、答えは見つかりそうにない。


それから数時間後。私がソファに座ってテレビを見ていると、弟がスタスタと歩いてきた。私はチラッと弟の動きを見ていると、急に弟がソファの前で止まり、私の真横に腰を降ろした。


私は驚いて弟を見ると、弟も私の方を見つめた。


そこに、言葉はなかった。互いに笑みがこぼれ、穏やかな時が流れる。


すーっと憎しみの感情が消えていき、弟は可愛いという気持ちが次々に湧いてきていた。あれほど黒く、心にへばりついていた憎しみが綺麗に流されていく。


一旦まっ白になったキャンバスの上に、薄いピンク色が丁寧に塗られていく。心は軽くなり、視界も明るくなっていく。


ふとしたことで、急激に状況が一変する。憎しみの感情が芽生えた時と同じだった。まさに可愛さと憎しみは表裏一体なのだ。


私は弟に抱きつき、弟もじっとしていた。ここに、弟愛が完全復活した。わずかな出来事だが、愛情に満たされている感覚を久しぶりに味わった。


可愛さと憎しみ。正反対の感情に思えるが、同じ感情なのかもしれない。少しのことで、一気に気持ちが変わる。人間というのは、本当に不思議な生き物だ。


今後、また些細なことで弟を憎むかもしれない。決定的な出来事ではなく、些細な出来事というのが、また難しい。普段から気を付けていても、些細な出来事が光にも闇にもなる。


これほど弟を愛している兄はいないと自負しているが、19年間積み上げてきたからこそ、些細な出来事で感情が180度変わるのだろうか。


だとしたら、適度に関わる友人関係の方が上手くいく。人間、深く関わりすぎるとダメなのだろうか。結婚という言葉もあれば、離婚という言葉もある。心から信頼できる人を見つけるというのは、テストで100点を取るより難しいのかもしれない。


私は弟と結婚することはできないが、これからも同居することができる。家族だからだ。憎しみという感情が生まれるくらいなら、人と関わりたくない。


でも、可愛いという感情は人と関わらないと生まれない。ここのバランスが難しく、今でも人間関係で悩む人は多いのだろう。ましてや家族ではなく、他人なのだからハードルは桁違いに上がっている。


それでも、私は19歳の弟を今日も愛し、心から可愛がる。

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表裏一体 氣嶌竜 @yasugons

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