第10話 男にだって乙女心はあるものよ!!

 ドア蹴破り現れた華鈴。


 華鈴が力ずくで入ってきたせいで、辺りの結界は解け、和室だったそこは空き教室へと姿を変えた。


「それにしても、狐の鼻はどうなってるの!? 私の結界を見破ったとでも?」


 雅はギリっと歯を食いしめ華鈴に詰問する。すると、華鈴はフッと笑って言った。


「妖力吸引装置よ。至近距離で食らったわね? お陰で空間維持が乱れて、アンタのクッサイ妖気が漏れ出したの。全く……トイレの芳香剤のほうがマシなんじゃない? 鼻についてサイアク!!」


「フンっ! 所詮は野良狐。高貴な我らとは違うのよ!」


「負け犬がいくら吠えたって、怖くもなんとも無いわ〜。今のアンタで、果たして私をどうこう出来るかしら?」


 雅は顔に青筋をたて怒り狂ったが、華鈴が言ったことは事実である。

 雅はスッと澄ました顔に戻り、ニッコリ笑った。


「やだわ。華鈴さん。貴女に珍しく、目をつけた獲物を落とすのに手間取っているようだから、ちょっとばかり、からかってあげただけでしてよ? そんな怖い顔なさらないで?」


「キライだわ〜アンタのそういうトコロ。」


 華鈴は牙を向いて、イラつきを隠そうともしない。


「まぁ、怖い。狐は品が無くて困るわ。そろそろお暇するわね。里菜、行くわよ。」


「は……はい。」


 雅はツカツカ教室を出ていき、千影はその後ろをパタパタと追いかけた。


「さて!」


 華鈴が平太の元にやって来ると、助け起こされた。


「華鈴さん。あありがとうございました。」


 すると、華鈴さんがジーっと俺を見ている。


「な何でしょう?」


「イヤね、正直ワンコちゃんが陰険蜘蛛相手に反撃するとは思わなくって……。」


「だっ、だって!! 一族の女達で共有物するとか、恐ろしい事言われたんですよ!! イヤですよ普通!!」


「まぁ、陰険蜘蛛の家って女尊男卑がキツイしね。でも……一回ヤられた後で逃げれば安全だったんじゃないの? 男だし妊娠しないでしょ?」


 え? この妖怪ヒト何いってんの??


「そういう問題じゃ無いというか、俺の気持ちとか心とか、大切にしたいし……。」


「えぇ?? そんな事で意地張って大怪我するほうが損じゃない?」


“そんな事で”


 平太の中で何度も木霊した。


「―――――――……のに。」


「え?」


 華鈴は平太が言ったことが聞こえず聞き返した。


 すると、平太はバッと顔を上げ叫んだ。


「日曜日のデートは絶対行きませんっ!!!! 俺は、華鈴さんが、俺の気持ちにも向き合ってくれてたのかなって思ってた……。勘違いでしたけどねっ!!!!」


 平太は廊下をダーッと走りだして止まった。


「うわぁぁぁぁっ!」


 さっきの、独り相撲を告白したみたいで恥ずかしい。

 羞恥のあまり、顔を両手で隠しそのままうずくまった。

 第一、上位妖怪にとって下の下である自分の気持ちなど、ゴミよりどうでもいい話だろうに。


 それに、土御門雅が言ってた……。


『確かに……半妖はね。ただ、500年の封印を耐えきった半妖は貴方だけよ? カテゴリー1の妖怪だって耐えるかわからない年月だわ。これって、とても気になるでしょう? 色々調べるには、身内の方が都合いいじゃない? 震えてる貴方はとっても可愛いいし。』


 それはきっと華鈴も同じだったのだろう。

 だから、特筆すべきもない平太に構ってただけなのだ。


 それを……。


「デートとか言われて勘違いしただなぁ。」


 そんなこんながあって、午後の授業は受けられず、妖協連の寮に戻った。


 何だか妙に気が抜けて、寮の屋上のベンチでボーッと座っていると、


「安在! 何をしている?」


 振り返れば、ジーパンにTシャツというラフな格好の荼吉尼さんがいた。


「荼吉尼さん。イヤ、まぁ、色々あって、自分を恥じているところです。」


「成る程な。」


 と、言って荼吉尼さんは隣に座り、タバコに火を付けた。


「…………………荼吉尼さん。」


「何だ。」


「俺って、ちょっと普通の半妖じゃなかったんですね。」


「……………。普通がどうとか知らんが、500年封印は珍しいな。」


「どうして俺は平気だったんですかね?」


「調査中だ。……ただ。山神の恩恵を受けていた可能性はある。いつだったか封印された状況をヒヤリングしたろ? 声を聞いたと言っていたな?」


「えぇ。」


「その声、山の主だったかもしれない。今度、お前が封印されてた山で、口寄せを実行してみる。そこでハッキリするだろう。」


「あの……山神様の恩恵を受けていたとして、オラに一体何があるんでしょうか? 山城華鈴さんも、土御門雅さんも、そのことに何か期待して、俺に構ってきてるみたいで……。」


「…………。そうか……。」


 ………………………………………………………………………………………………………。


 沈黙が長い。


 不意に荼吉尼さんが話し始めた。


「山の神が…………、意図的にお前に何か与えていたとして、それはお前の代限りかもしれないし、子孫に影響するかは解らない。

 だが、もし、子孫に影響するのであれば、妖怪のパワーバランスを崩す可能性がある。事前に確保しておいたほうが後悔ない。

 何も無いにしても、捨て置けば良い。ただ半妖だと、子供が優秀な能力に恵まれる可能性もある。損はない。だが、捨て置くと後に厄介かもしれない。そんなところだ。」


「…………。今も昔も、妖怪同士の争いってあるんですね。」


「嫌な話だろ。ドンパチやらなくなっただけで、今度は経済戦争だ。それでも大分大人しくなったがな。」


「そうですか。何となく、自分の置かれた状況は解りました。ありがとうございます。」


 荼吉尼の話を聞いて、平太は思った。


「やっぱり、荼吉尼さんや銀嶺さんに目を掛けてもらってたのは……。」


「特別贔屓したわけではない。しかし、妖怪の各家々には牽制しておきたくてな。」


「すみません。俺が弱いばっかりに。」


「いいや私の落ち度だ。そもそも、弱い妖怪でも関係なく、社会で暮らせるよう妖協連を組織したのだ。力不足は私だ面目ない。」


 荼吉尼さん――。


 凄い人だなぁ。


 オラもこんなところで腐っとる場合でねぇ、華鈴さんに八つ当たりしちまっただ。

 謝らなないと――――。


「荼吉尼さん。俺もできることやろうと思います。華鈴さんに八つ当たりしちゃったんです。謝らなないと。」


「そうか。」


「俺、そろそろ夕飯食べてきます。それじゃぁ。」


「あぁ。」


 荼吉尼はタバコを灰皿に押し付けた。


 その頃、華鈴は自宅のリビングでゴロゴロしていた。


「うわっ! 姉さん!? 何してるの?」


 まさか姉がいるとは思わず銀嶺は驚いた。


「あ、お邪魔してます。」


 銀嶺の横から、一重まぶたの小柄な少女がペコリと頭を下げた。

 銀嶺の彼女、佐竹裕子である。


 裕子を見た華鈴は


「あ。ドモ。」


 と、かなりやる気のない返事をした。

 いつもなら、放課後直ぐにペットを呼びつけて若年上位妖怪のサロンや、スパ、エステ、買い物、新しいペット開拓、会員制のテニスクラブ、のどれかである。

 その為、この時間家に居るはずがないのだが。


「何? どうしたの?」


 銀嶺は、姉のこの異常とも呼べる姿に、悪寒すら覚え聞くと。


「……。ワンコちゃんにデートキョヒられた。」


「…………。(当然じゃない? あんな無理やり迫っといて。)」


「何よ!!」


 ボウっ!! と、狐火がほとばしった。


「アッツ!! 何だよ! 八つ当たりまでして!!」


「あのぅ、華鈴さん。ココア作るんで一緒に飲みません?」


 裕子がちょんっと華鈴の傍に座り込み誘った。


「…………。アイスがいい。」


「はい。どうぞ。」


「裕子ちゃん。ウチのただれた姉に気を使わなくていいよ。(調子こくから。)」


「ナニ? 狐火3倍食らいたいってこと?」


「何だよ機嫌悪いな!」


「華鈴さんは、その、ワンコちゃんのこと好きだったんですか?」


 佐竹裕子は、Aクラスにも入れないか弱い人間だが、こうして直球で物を聞く度胸というのか天然さがあった。


「…………。好きとかじゃない。でも……。」


 モヤモヤする。


 そもそも、華鈴を拒否る男子は皆無であった。


 言うことを聞かなければ屈服させるし、アメとムチで躾ければ従順になる。


 だから、自分を受け入れないなんて有り得ない。


 なのに、


『日曜日のデートは絶対行きませんっ!!!! 俺は、華鈴さんが、俺の気持ちにも向き合ってくれてたのかなって思ってた……。勘違いでしたけどねっ!!!!』


 と、何でか怒って行ってしまった。


 それだけじゃない。


 力の弱い彼が、到底太刀打ちできない相手に歯向かっていた。


 一瞬でも従って、後から逃げたほうが良いに決まってるのに。


 あの時、たまたま華鈴が来なければ、普通に半頃しの目にあっている。


「変だよね。勝ち目のない相手に逆らうなんて。」


「そうですか?」


 裕子が言う。


「勝てないかもと諦めたら、大事なものを守れないかもしれないじゃないですか?」


 大事なもの――――。


 ワンコちゃんは、そんなに大事だったのかな?


 ソレが――――――。

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五百年封印されてたら日本が異世界になってた 泉 和佳 @wtm0806

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