第9話 蜘蛛の罠にはご用心を……!

 平太はその日の晩、酷い夢にうなされた。


 夢の中で平太は、素っ裸でベッドに鎖で繋がれている。そして――――。


「ワンコちゃん♡ 逃げたらダメでしょう?」


 華鈴が薄く笑みを浮かべ近づく。


「ふ……腹上死はイヤです……。」


 平太は涙ながらに訴えるも虚しく……。

 華鈴がのしかかり、にっこりと恐ろしいことを宣う。


「ウフフフっ。私ぃ、お残しはしない派なのぉ。だ・か・らぁ、妖気も生気も◯◯◯も一滴残さずいただきます♡ 勿論、キモチイイから安心して♡♡ 赤ちゃん産まれてもぉ、顔は見れないだろうケド、大丈夫♡ ウチ財力自信あるしぃ、強い仔ができてぇ、私が山城の覇権を握ったらぁ、立派なお墓造ってあげるから、安心して……逝ってね♡♡♡」


「そ……そんな! ヤダ!! そっそれだけはっ……!!」


 そして……ついに――――!


「あぁァァァァァァァァァァァ!!!!!!」


 はぁーっ……。はぁー……。と、息を切らせながら平太は目覚めた。

 夢だった安堵して自身の起立に、軽く絶望を覚えた。

 心底反応したくないのに……。


 平太は実質、50を超えた年であるはずだ。が、半妖だったせいか、肉体が衰えず、不老不死とまでいかないものの若さを保っていた。

 ところが、一人暮らしの長さが災いしてか、10代〜20代の頃は、人並みにその気があったのだが、いつの間にかその気もどこかに失せ、慰めることもなかった。


 ところが、悪夢で反応するとは……。


 自分自身に裏切られた気分だ。


 そんな絶望の中、部屋のチャイムが鳴った。


 ピンポーン。


「こげぇな朝から誰じゃろ?」


 気怠い腰をどうにか上げ、ドアフォンを確認する。そこには、銀嶺さん!


「銀嶺さん! どうしただか? こげぇな朝っぱらから……。」


「早朝からすみません! 姉の呪詛の解除に手間取って……。て言うーか、ウチの姉がすみません。横暴が酷くてっ!!」


 銀嶺さんは頭を下げてくれた。


「そ、そんな。銀嶺さんには世話になってるだ。良いだよ。」


「あの! それでっ! 今から出られますか?」


「今から!?」


「えぇ!」


 そうして、銀嶺さんに連れられたのは、地下にある”妖協連セントラルラボ“という焦げ付いた看板を掲げた場所に来た。


「お早うございます! 鉄学てつがくさんいますか?」


 と銀嶺さんがドアを開けると、そこには、いくつものパーテンションで区切られたデスクがあり、奥にはガラスで囲まれた透明な部屋がいくつもある。


 部屋に入っていくと書類がひらり、そして……。

 ザーッと書類が雪崩とかして足元に散らばった。


「あぁもう……。相変わらず片付けができないんだから……。鉄学さん! 例のもの持ってきたんで、お願いしますよ!」


 と、雪崩の中から出てきた手に紙袋を持たせた。


 ムクッと起き出した妖怪は、太いフレームのメガネを押し上げ、突き出た鼻と猫のような髭を共にヒクヒクと動かした。


「むっ! この匂い! たしかに!」


 と、真剣な顔で言っている。それにしても……。


「何で華鈴さん? の匂いのするものが?」


「あー……正確には、母です。理由は聞かないで。」


 と、

 真顔で言われた。


 おっか様の?? 何するだでな??


 と平太は不思議に思うばかりであった。


 因みにだが、山城家当主、揚羽は、子供8人、夫10人の愛人は人数不明で、今年45歳だがその美貌は衰えず、自らブロマイド&写真集をSNSのフォロワー限定で発売しており、人気を博している。

 そこにいる鉄鼠の鉄学一路てつがくいちろも、フォロワーである。


「ではっ! 約束のものを……。」


 と、ゴソゴソと何やら出してきた。


 形は、四角くて、じゃばらのホースでつながっている。胴当てのようなそれ。


「超薄型! 妖力吸引装置“吸い取るクン装着タイプ”!」


「……コレちゃんと従来の吸い取るクン並みに吸えるんですよね!?」


「うむ! コレを見よ!」


 と、ゴソゴソと雪崩の中からノートパソコンを出してきてエンターキーを押した。


 すると、一本の映像が流れた。


『20✕✕年5月11日、時刻0時18分、超薄型吸い取るクンの実験を行う……。』


 画像には大きな石の塊と、その隣に目盛りと針がついた妖力測定機、そして超薄型吸い取るクンを着用した鉄学さん。


 胸のスイッチを押すと、両脇から出てるノズルに妖力がドンドン吸い込まれてゆく。


「どうだっ!! コレで護身用としても使える!!」


 と、鼻息荒くガッツポーズをとった。


「おぉ!」


 平太は両手をあわせて驚いたが、銀嶺は


「まぁ、グレムリン達だとヤバくて危ないだろうし、ドワーフだと完璧主義過ぎて時間かかるだろうし……。取り敢えず、妖怪ランク分けカテゴリー2のA+まで対応できるなら安心かな……。」


 と、やや妥協気味であった。

 この態度に鉄学は不満の意を表した。


「全く何を言う!! カテゴリー1と2では次元が違うのだぞ!? そもそも従来の”吸い取るクン“だって、カテゴリー1の対応では5台囲んで、振り切られるまでのわずか数秒が関の山!! 無茶ばかり言われてもできないものはできないっ!!」


「ハイハイ。すみませんねぇ。毎度々、無茶言って――――。」


「感謝が足らんのではないか!?」


「おや? 例の物は良かったんですか?」


「………………。仕方ない。例の物に免じて多少は許してやろう。それに、か弱き半妖、霊力持ちの人間を守る盾として、期待もできるだろう……。半妖君、健闘を祈る。」


 と、鉄学さんから“超薄型吸い取るクン着用タイプ”を受け取った。


「あ、ありがとうございます!!」


 平太は大事に抱え、深々と頭を下げた。


 あぁ! これでっ! 日曜日も怖くないっ!


 ところが、日曜日を待たずして”超薄型吸い取るクン装着タイプ“が役に立つ日が来てしまう。


 平太は自室に戻ってから、早速“超薄型吸い取るクン装着タイプ”を着て制服を着込んだ。


 日曜日まで大事に取っておくことも考えたが、やっぱり不吉な夢を見たのもあって、不安になったのだ。


 この時、判断を誤らなくて本当に良かったと、平太は後に振り返る。


 そして、いつものように学校に行って、昼休み。

 昨日声をかけてくれた千影里菜が、誰か連れてやって来た。

 連れは女の子で、長くストレートな髪が繊細に揺れて、大きな瞳が印象的だ。


「あの、友達連れてきちゃった。ダメかな?」


「いや、ダメなことねぇべ。俺は安在平太って言います。よろしく。」


 と挨拶をすると、彼女も


「初めまして、倉田日菜子くらたひなこです。よろしく。」


 と、微笑んだ。

 この時、平太はとんでもない思い違いをしていた。

 連れてきたオトモダチなのだから、。と。


 そして―――――――――。


 あれ? オラァ何してんだべさ?


 ボーッとする頭で辺りを見渡す。


 そこは和室の奥の間のようで、障子からあまり光が漏れてこない。


 それに身体が動かしづらい。力を入れようにもダランとする。


 おかしい。さっきまで教室で昼飯喰っとったはずじゃ……。一体何が起きてるだか?


「あら? やっと起きたのね?」


 女の声。どこに――――――……あっ!


 平太の頭上に長くストレートの髪がなびく。


「あ、あんた……妖怪!?」


「そうよ。因みに……倉田日菜子は同じクラスの人の娘の名前で、私はね、土御門雅つちみかどみやびというの。宜しくね?」


 土御門……どっかで聞いたような。


 土御門!?


 オっ、オラでも知ってる……。

 蜘蛛の大妖の一族!!


 ででも確か……婿は子供の糧に殺されるって―――――!!!


「あ……嫌だ。オオラ喰い殺されたくねぇ!!!」


「あら? そんな昔の事しないわよ。ただ……。」


 雅はにっこり笑って平太の首筋をなぞる。

 平太は恐ろしさに生唾を飲み聞き返す。


「た、ただ?」


「一族内の女達に御奉仕して回るだけよ?」


「御奉仕って……。」


「うーん。遠回しだと伝わりにくいわね? 端的に言うと、種馬として、土御門の女の共有物になるの。」


 !?!?!?!?!?!?!?!?!?

 ま……◯◯されるってことだか!?!?!?


 平太の血の気は一気に引いた。


 この様子を見て雅はクスクスと笑った。


「やっぱり半妖だと理解が早いわね。人間の男は好き勝手に我々と戯れられると勘違いして困るのよ……。人間如きで、我々を好き勝手出来るだなんて、バカ過ぎよね? まぁそういうお馬鹿な子を屈服させて、屈辱と快感をタップリ同時に注ぎ込むのも、嫌いじゃないわ。」


 と、ニイと獰猛に笑う雅。


 マズイ!


 そう思った平太は、必死に手を動かし、”超薄型吸い取るクン装着タイプ“のスイッチを押そうとするが、手が言うことを聞かない!


 じ時間稼ぎを……!


 とっさに平太は叫んだ。


「や……嫌だ! は半妖はオラじゃなくたっているだべ!!」


 すると、雅は平太の頭上から脇に移動し、しゃがみこんで言った。


「確かに……半妖はね。ただ、500年の封印を耐えきった半妖は貴方だけよ? カテゴリー1の妖怪だって耐えるかわからない年月だわ。これって、とても気になるでしょう? 色々調べるには、身内の方が都合いいじゃない? 震えてる貴方はとっても可愛いいし。」


 そ、そんな理由で!? 惚れた張ったを期待したわけじゃないが……折角生き延びたのに、虜にされて、好き勝手弄ばれるなんて!!!


「オ、オ、オラ、つらだって良くねぇだ! 他の美丈夫でも囲った方が、あんたらは愉しいじゃろうが!! 」


 平太は叫びながら手を引き寄せる。ようやっと脇の下まで運んでこれた……もう少し……。


「お顔が良いのはもう何人かいるし、貴方って落としてしまえば、健気で一途に御主人に取り縋る可愛いワンちゃんになりそうだし、そういうピュア系なのは結構レアなのよねぇ……。だから、気に入ったのはホントよ?」


 き、気に入ったって!!!


 同等じゃねぇのは、そりゃ解っとるが……。

 あんまりにも馬鹿にしよる!!

 まるで玩具みたいに考えられとる!!!

 華鈴さんのほうがまだ……。


 平太の目から涙が溢れた。


「あらあら泣かないで? 折角最初だし、優しくシテあげようと思ったのに……できなくなるでしょ?」


 雅は舌舐めずりをし、捕食者の目でギラッと平太を捉えた。


 弱くたって……意地っちゅうもんがある!


 平太の手はやっとスイッチに届いた。無理やりスイッチを押し込む。


 その瞬間、


 ゴォォォぉおぉぉぉぉぉっぉぉお!!!!!


「!?!?!? よ妖力吸引装置!?」


 雅は平太から飛び退き防御壁を張った。


「狐の入れ知恵かしら!! 小癪な真似を!! 出てらっしゃい里菜!! 妖力吸引装置を外すのよ!!」


 え!? 


 平太は後ろを見たすると、千影里菜が後ろから手を回し留具を……


 カチャン。


 外された!!


「ごめんね?」


 そんな……。


「騙しとったんか!!」


「んー? 全部ウソじゃないよ。結婚したくないっていうのはホント。だって……。」


 里菜は雅の片腕に抱きつき


「雅様に泣かされる男の子を見るのが、だーい好きだから♡」


 とトロンとした目で言った。


「それにしても……犬にしては頑張ったじゃない? タップリご褒美あげなくちゃ。」


 雅はそう言いながら、妖力を練って技を繰り出そうとした――その時。


「へぇ~……一杯食わされたの? さすが、陰険地蜘蛛は違うわね〜。」


 バンッと扉を蹴破る音がして現れたのは……。


「私のワンコちゃんに手ぇ出しといて、ただで済むと思ってるの??」


 臨戦態勢の華鈴だった。


 平太は……助かった――のか!?!?






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