また会いましょう

 私は両手で挟むようにカップを持った。あったかい。甘くて美味しそうな匂いがする。


 わーちゃんは小さな舌でぺろぺろと美味しそうに舐めている。私も一口飲んだ。


「美味しい、パパさんとっても美味しい」


「そうかい、よかった。わーちゃんにはわーちゃん用のミルク、ゆうちゃんには少しお砂糖入れたんだ。甘くて美味しいでしょ」


「はい」


「わーちゃん、明日の朝、麗子さんが帰って来たら、そのお話ししないとね」


 パパさんは寂しそうに微笑んだ。


「ねえ、ゆうちゃん、どうしたい」


「なにを」


「この体はゆうちゃんのものだから、ゆうちゃんに返さないと」


 わーちゃんはなにを言ってるんだろ。

その体を私に返すだなんて、それがなにを意味するか、わかって言ってるの?


 私がその体に戻ったら、二度とパパさんやママさんに会えなくなるんだよ。


 わーちゃんはこの世からいなくなるってことなのに、そんなこと、ママさんが許すはずがないわ、


「わーちゃん、僕は今から仕事するから、今夜はゆうちゃんとわたる君のベッドで寝なさいね」


「わかったよ。みっちゃん」


 パパは頷いた。


「二人ともおやすみ」


「おやすみなさい」


 パパさんは仕事部屋に戻って行った。


 わーちゃんと私はわたる君の部屋のベットに入って天井を眺めているうちにいつの間にか眠ってしまったようだ。


 

翌朝、


「わーちゃん、起きて」


 朝寝坊のわーちゃんは目だけ開けてまた眠った。私、散歩してくるね。


 掃き出し窓から外に出ると海風が潮の匂いを運んできた。今日も海が見える。私が居たのは林の中、神社の祠があった。


 私はここに居たい。ずっと居たいな。


 わーちゃんとパパさんとママさんと四人家族、別に私の体は返してもらわなくてもいい、


「私はこのままでいいんだ」


ゆうちゃん、それは無理なの」


「わーちゃん……」


ゆうちゃんと四人でここで暮らすのは無理なんだ」


「どうして、ママさんは、ずっと居てもいいって言ったよ」


ゆうちゃんをここへ連れて来たのには理由があるの」


「理由?」


 庭からパパさんとママさんがこっちを見ている。ママさんはいつの間にか帰宅していた。


 ママさんは昨日ずっと一緒にいようと言ってくれた。わーちゃんだけが駄目って言ってる。


「ママさんはいいって言ったもん」


 まるで駄々っ子のように頬を膨らませ黙って枯れた丸太の木に座り込み海を眺める。




「ねえ、みっちゃん」


「なに、麗子さん」


わたる……行っちゃうのね」


「それが、わたる君のためだから、あれから一年、そろそろ見送ってあげないとね、麗子さん。わーちゃんはゆうちゃんを探してここに連れて来たんだ。今日のこの日のために……」


「ありがとう。みっちゃん、わたる、ずっとこっちにいる訳にはいかないものね」


 パパさんはママさんの肩を抱き寄せた。


 なにが正解なのかな。今まで何処に行きたくて何処に向かっていたのか、やっとわかった気がする。


 誰かに気づかれる事もなく知らないうちに消えてしまった。


 寂しかったんだ。いつもひとりぼっちだった。でも、わーちゃんが手を差し伸べてくれた。あの時、わたる君が私に気づいてくれたのに、それを私はすっかり忘れてしまってた。


ゆうちゃん。判断を誤ってはいけないんだよ」


「うん」


 私は立ち上がってわーちゃんをみると、わーちゃんがわたる君の姿に見える。私たちはぎゅっと抱きしめ合った。


 私とわたる君はパパさんとママさんに向かって二人一緒に手を振った。


 ママさんは涙を拭っている。


「さよなら、母さん、みっちゃん」


 わたる君は大きな声で叫んだ。二人とも大きく手を振っている。


 わたる君、ありがと、私の体を守ってくれて、今まで大事にしてくれて、ここに私を導いてくれて、


 私とわたる君は一緒に消えた。




 麗子と三次みつぐは久しぶりに仏壇の戸を開いた。


 ローソクに火を灯しお線香を立てると煙がふわりと立ち昇る。


まさるさん、これでわたるがそっちへ行ったから、よろしくお願いしますね。ねえ、みっちゃん。二人はもう会えたかしら」


 優しく微笑む三次みつぐは麗子を優しく抱きしめた。


 今日はわたるの一周忌、家族でそっと法要を済ませた。


ゆうちゃん、今日から貴女が私たちの家族よ」


 麗子は豆柴のゆうの顎を撫でると、ゆうは後ろ足で頭をカリカリ搔く。


「照れてるみたいだね。麗子さん」


「今度はちゃんと女の子の体に女の子だから……なんだか妙ね。これが普通なんだけど」


「そうだね」


 二人は寂しさを紛らわすかのように笑ってゆうを抱いて、掃き出し窓から庭に出ると枯れた丸太の木に腰掛けた。


わたるありがとう、母さんのところに戻って来てくれて。みっちゃんも本当にありがとう、あの時、ここにあの子を連れて来てくれなかったら、私どうなってたかしら、これからはしっかり生きていけるわ」


「僕がついてますから」


「つうか、俺もいるんだけど」


 二人は豆柴のゆうちゃんを地面に落とした。


「痛いな!息子なんだから、もっと大事に扱ってよ」


「えっ!わーちゃんなの!」


 二人が一緒に声を張り上げた。


「あんた!どうしてここにいるの!ゆうちゃんは、どうしたの」


ってなに?母さんひどいよ。もう!……みっちゃん、佐助さんのことって覚えてる」


「あゝ佐助さんか、もちろん覚えてるよ。犬神様の佐助さん」


「そう。ゆうちゃんって、その犬神様の跡を継ぐ筈だったんだ。だけど勝手に林を降りて交通事故に遭って死んでしまったから、あの世でもう一度修行して、この世に戻ってくるんだってさ、だからこの身が滅ぶまで僕にこの身体を預けるだって、今しばらく父さんの処に行けないみたい」


 みっちゃんは母さんの肩を抱き寄せた。僕は母さんの膝の上に座っている。三人で揃って茜色の空を見上げた。それは


  空に描く


     see your again


ゆうからのラストメッセージ



               おわり

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空に描く see your again 久路市恵 @hisa051

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