一緒に宙を飛ぶ

 夕飯を済ませるとママさんはパパさんの運転する車で病院へと向かった。


 私はわーちゃんと一緒にお留守番をする事になった。


ゆうちゃんお部屋へ行こう」


「はい」


 わーちゃんは私の前を歩く、小さなお尻と尻尾をふりふりしながら時々こっちに振り返る。


「ここはさっきのお部屋」


 部屋のドアを開けて中に入るとさっきは気づかなかった勉強机がある。本棚には教科書が並んでいた。それに黒い学生服、


「中学2年の教科書、息子さんの」


「そう」


「息子さんは……どこ?」


「前は居たんだけど、今はいないんだ」


「どういう事?」


「うーん、僕について来て」


 息子さんの部屋を出て廊下を歩いて一番奥の部屋の前で私を見上げる。


「ドアを開けてくれる」


 私は言われるままドアを開けた。わーちゃんが中に入ったけど私は部屋を覗いてドアのところで立ち止まった。そこはパパさんとママさんの寝室だった。


「中に入って来て、その仏壇の扉を開けて」


「どれ、これのこと」


 とタンスを指差し、


「これが仏壇なの?」


 と、わーちゃんの顔を見たら、


「うん、仏壇に見えないけど仏壇なんだ」


 って言うから、恐る恐る扉を開けた。中にはふたつの写真が飾られている。


「その写真の子供の方、誰だがわかる」


「この男の子……のこと?」


「うん、そう」


「この男の人は誰なの、お仏壇って事は二人とも亡くなってるって事」


「うん、死んじゃった」


「いつ?」


「父親はその子が七歳の時に病気で死んだ。その子は十四歳……」


「十四歳で……ママさんの子供」


「子供じゃないよ」


「子供じゃないってどういう事」


「その人、病気で長く生きられない事を知ってママにその子を託したんだ。ママは、自分の子供でも無いその子を引き取って育てていたんだけど、その子、昨年、事故で死んだ」


「昨年に事故で……」


 私はわーちゃんを見てたら胸が苦しくなった。なぜこんなに心が痛むのかわからない。


「わーちゃん……事故ってどんな事故」


 しばらくわーちゃんは黙ったまま仏壇の写真を見上げていた。


「その人は僕のお父さんなんだ。つまりその男の子は僕」


「この子がわーちゃん!」


 私は写真を手に取って見た。あっ……この子、私をここに連れてきてくれた子に似てる。


「わーちゃん、この男の子、私をここに連れて来てくれた子に似てる気がする」


「まだ、思い出さない?僕の事」


「だから、ここに連れてきてくれた子……」

 

 私はじっと写真を見た。

 わーちゃんはなにを言ってるんだろう。


ゆうちゃん、まだ思い出せない思い出して欲しいな」


「思い出す……なにを思い出すの、事故って車に撥ねられたとか……」


 私の頭の中はくるくるくるくると記憶が巡っている。


「……わーちゃん、もしかして、あの時の男の子」



※※※


 あの日、私はお腹が空いて神社の裏山から街に降りた。


 ふらふらと歩道を歩いていたら、どこからか、とっても良い匂いがしてきてお腹がグゥーっとなった。美味しそうな匂いがしたから一生懸命走ったんだ。


 その時、キィーって耳が痛くなるほどのすごい音がしたと思ったら誰かが私を抱きかかえて一緒にちゅうを舞った。その時、見えた顔、


 私はすぐに地面に頭を打ちつけてそのまま意識が落ちていった。その時、微かに聞こえてきた声、


「せっかく、助けてやったんだ生きてくれ、頼むから、お前だけでも生きてくれ」


 そう言われても……。

 そう言われても……。


「あの時、ゆうちゃんは何処かへ行ってしまった。声をかけても全然返事をしなくて、せっかく僕が助けてやったのに、くそっ!って、だったら僕が生きてやる。いいんだな。戻って来ないんだったら、僕がこの体を貰うぞ!って気づいたら犬になってた」


 私は人間のわーちゃんの写真を元に戻して、わーちゃんを抱きしめた。


「ごめんなさい。私、いつも寂しくて、いつもお腹が空いてたの」


 ふと気づくと、ドアの所にパパさんが立っていた。わーちゃんはパパさんに気づいて、


「ねえ、みっちゃん、この子だよ。この子がこの身体の子」


「みっちゃん?」


 私はパパを見上げた。


「そうみたいだね。ゆうちゃん、リビングに行こう。わーちゃんもミルク入れてあげるよ」


 私はわーちゃんを抱っこしたままパパさんの後について行った。


ゆうちゃん、ソファに座ってて、ホットミルク入れてあげるからね」


 わーちゃんは私の膝の上で私の顔をじっと見ながら、


「事故の後、ふらふら道を歩いてたんだ。そしたらみっちゃんと出会った。この身体に入って暫くは慣れなくて、少し歩いては、こてんと倒れて、みっちゃんは心配して拳次郎けんじろうの病院へ連れて行ってくれた。拳次郎って獣医さんで、みっちゃんの親友なんだ。二人で一緒に僕のこの家を探してくれた。ここに戻って来れたのはいいけれど、僕が死んで母さんはショックで家から出られなくなってた。みっちゃんが毎日ここに連れて来てくれたんだ。母さんには僕だと告げずにね。ある日、母さんの夢に父さんが出て来て、そのワンコはわたるだよって言ったんだって、それで母さんと僕は一緒に暮らすようになった。いつの間にか、みっちゃんもここに住んでて、母さんとラブラブになってた。そうだよね。みっちゃん」


「そうだったかな」


 パパさんは照れくさそうに笑いながら、ミルクの入ったカップをひとつローテーブルの上に、もうひとつはわーちゃん専用の食台の上に置いた。カップからふわりと湯気が立つのを私はじっと見つめてた。







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